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アルスフォード編
第五十八話 父との確執
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貴族の子供は皆、息苦しいほどの期待に溺れている。
それはユリーカも例外ではなかった。
ユリーカは生まれつき魔力が多く、扱える属性も多種に渡った。
そんなユリーカに過剰な期待をかけたのは、ユリーカの父だった。
「ユリーカ。今日は何をしていた?」
「……特訓してました」
「特訓? どのような?」
「……魔力制御と、撃ち出しの」
嘘だ。
特訓などしていない。
ユリーカは今日、外で遊び回っていただけだ。
そんなことはつゆ知らず、父は笑った。
「そうか。よく励めよ。お前はムルティ家を継ぐ存在なのだから」
「はい……」
「さあ、夕飯にしよう」
かしこまったように並べられた食器が嫌いだった。
貴族社会では当然のことが、なぜかユリーカは受け入れ難い。
しかしここで逆らえば、父がどういう行動を取るかは理解しているため、ユリーカは素直に姉と食卓へついた。
「いただきます」
食事を始める。
テーブルマナーは大切。
ナイフとフォークの使い方、食べる順番、そんなものに気を遣うせいで、口にしたものはどこか味気ない。
一流のシェフが作ったはずのそれは、城下町でこっそり食べたものより美味しくはなかった。
食事が終われば、勉強が始まる。
父が帰ってくれば、ユリーカの時間は必然的に拘束された。
夜遅くまで勉強して、父が寝入ってからユリーカは解放される。
「……ユリーカ? 入るよ?」
「あ、うん」
姉がユリーカを訪ねてくる。
姉はひたすらに憐れむような、申し訳なさそうな顔をしていた。
「疲れたでしょう。夜食作ってもらったから、食べな」
「ありがとう、お姉ちゃん」
出された湯気の立つお粥を掬って食べていれば、姉が恐る恐る口を開く。
「ごめんねユリーカ……本当なら、私がこんな風に勉強させられていたんだけど。私が魔力が少ないばっかりに」
「お姉ちゃんのせいじゃないよ。それに、貴族として当たり前のことでしょう?」
そんなことを自然と口にして、ユリーカは気がついた。
そういえば、この頃はまだ何も知らなかった。
この状況が普通なのだと、思い込んでいたからでこその発言なのだろう。
過去に沿っているのか、ユリーカの口は勝手に動く。
姉は視線を彷徨わせると、ポツリと言った。
「私さ、英雄学園に入ったじゃない? そこでわかったんだけど……やっぱり、ちょっとおかしいよ。厳しすぎると思う。ユリーカだって、嫌だから脱走したりしてるんでしょ?」
「まあ、うん」
「でも今日は心配だったんだよ。普段行かないところまで行って……どれだけ肝を冷やしたか」
「ごめんね、お姉ちゃん」
謝れば、「いいのよ」と言って姉が抱きしめてくれる。
「あなたは『お転婆娘』でいてね」
「……うん」
ユリーカの家、ムルティ家は母方の実家である。
父は別の貴族の三男坊であったらしく、こちらに嫁ぐ形でやってきた。
ムルティ家は先祖が劇団の団長をしており、それを王に気に入られ、貴族の地位を与えられた家だ。
その伝統は今も継続しており、貴族の仕事を傍らに劇団の経営と、その劇団の一員として働くことをムルティ家の人間は課せられる。
そんな生い立ちを持つからか、ムルティ家の立場は貴族社会ではかなり不安定であった。
そこで魔力の多いユリーカが生まれ、より上の地位の貴族の息子を婿に貰うことを期待されている。
姉も同様に、安定した地位の貴族に嫁ぐことを目標としていた。
「お姉ちゃん、いい人は見つかった?」
「ダメそう。本当ならもう婚約してていいと思うんだけど……狙い目のムーンオルト家は、長男がギルドに所属しているから出会いがない。次男は家長に溺愛されているみたいだけど、いい噂は聞かないわね。三男は病弱って言うし」
幼い頃はなんとなく聞き流していた話だが、過去に戻ってきた今だからこそわかる。
ラフテルから語られた、アレクの虐待の生い立ち。
この頃はどうやら、病弱ということにして表舞台に立たせていなかったらしい。
アレクはユリーカよりも、素晴らしい才能の持ち主だ。
そんなアレクに憧れつつも、どこかシンパシーを感じていたのは、生い立ちが原因だったのだろうか。
「お姉ちゃん、玉の輿に乗ってやるからっ。そうしたらユリーカもちょっとは楽になると思う!」
「私のことは気にしなくていいよ。お姉ちゃんはどうか、素敵な人を見つけてね」
「うーん、お父さんが認めてくれたらいいんだけどね」
そんな話をしながら、今度は嬉しそうに姉が破顔した。
「それより、今日は久々にお母さんが帰ってきたじゃない? 何かして欲しいことある?」
「遊園地に行きたいなあ……」
「いいじゃない! 明日ねだりましょう!」
母はこの一家の主人として、各地を飛び回り忙しい生活を送っている。
基本子供のことは父に任せていた分、この状況には気がついていないのだろう。
たまに母が帰ってくれば、ユリーカ達は父では聞いてもらえないであろうお願いを母にいつもしていた。
(そういえば、ここからどうなったかしら……)
先の未来に、大きな事件が構えているはず。
ユリーカの行く先を決めた、あの事件こそーーユリーカの覚悟へ繋がるはずだ。
それはユリーカも例外ではなかった。
ユリーカは生まれつき魔力が多く、扱える属性も多種に渡った。
そんなユリーカに過剰な期待をかけたのは、ユリーカの父だった。
「ユリーカ。今日は何をしていた?」
「……特訓してました」
「特訓? どのような?」
「……魔力制御と、撃ち出しの」
嘘だ。
特訓などしていない。
ユリーカは今日、外で遊び回っていただけだ。
そんなことはつゆ知らず、父は笑った。
「そうか。よく励めよ。お前はムルティ家を継ぐ存在なのだから」
「はい……」
「さあ、夕飯にしよう」
かしこまったように並べられた食器が嫌いだった。
貴族社会では当然のことが、なぜかユリーカは受け入れ難い。
しかしここで逆らえば、父がどういう行動を取るかは理解しているため、ユリーカは素直に姉と食卓へついた。
「いただきます」
食事を始める。
テーブルマナーは大切。
ナイフとフォークの使い方、食べる順番、そんなものに気を遣うせいで、口にしたものはどこか味気ない。
一流のシェフが作ったはずのそれは、城下町でこっそり食べたものより美味しくはなかった。
食事が終われば、勉強が始まる。
父が帰ってくれば、ユリーカの時間は必然的に拘束された。
夜遅くまで勉強して、父が寝入ってからユリーカは解放される。
「……ユリーカ? 入るよ?」
「あ、うん」
姉がユリーカを訪ねてくる。
姉はひたすらに憐れむような、申し訳なさそうな顔をしていた。
「疲れたでしょう。夜食作ってもらったから、食べな」
「ありがとう、お姉ちゃん」
出された湯気の立つお粥を掬って食べていれば、姉が恐る恐る口を開く。
「ごめんねユリーカ……本当なら、私がこんな風に勉強させられていたんだけど。私が魔力が少ないばっかりに」
「お姉ちゃんのせいじゃないよ。それに、貴族として当たり前のことでしょう?」
そんなことを自然と口にして、ユリーカは気がついた。
そういえば、この頃はまだ何も知らなかった。
この状況が普通なのだと、思い込んでいたからでこその発言なのだろう。
過去に沿っているのか、ユリーカの口は勝手に動く。
姉は視線を彷徨わせると、ポツリと言った。
「私さ、英雄学園に入ったじゃない? そこでわかったんだけど……やっぱり、ちょっとおかしいよ。厳しすぎると思う。ユリーカだって、嫌だから脱走したりしてるんでしょ?」
「まあ、うん」
「でも今日は心配だったんだよ。普段行かないところまで行って……どれだけ肝を冷やしたか」
「ごめんね、お姉ちゃん」
謝れば、「いいのよ」と言って姉が抱きしめてくれる。
「あなたは『お転婆娘』でいてね」
「……うん」
ユリーカの家、ムルティ家は母方の実家である。
父は別の貴族の三男坊であったらしく、こちらに嫁ぐ形でやってきた。
ムルティ家は先祖が劇団の団長をしており、それを王に気に入られ、貴族の地位を与えられた家だ。
その伝統は今も継続しており、貴族の仕事を傍らに劇団の経営と、その劇団の一員として働くことをムルティ家の人間は課せられる。
そんな生い立ちを持つからか、ムルティ家の立場は貴族社会ではかなり不安定であった。
そこで魔力の多いユリーカが生まれ、より上の地位の貴族の息子を婿に貰うことを期待されている。
姉も同様に、安定した地位の貴族に嫁ぐことを目標としていた。
「お姉ちゃん、いい人は見つかった?」
「ダメそう。本当ならもう婚約してていいと思うんだけど……狙い目のムーンオルト家は、長男がギルドに所属しているから出会いがない。次男は家長に溺愛されているみたいだけど、いい噂は聞かないわね。三男は病弱って言うし」
幼い頃はなんとなく聞き流していた話だが、過去に戻ってきた今だからこそわかる。
ラフテルから語られた、アレクの虐待の生い立ち。
この頃はどうやら、病弱ということにして表舞台に立たせていなかったらしい。
アレクはユリーカよりも、素晴らしい才能の持ち主だ。
そんなアレクに憧れつつも、どこかシンパシーを感じていたのは、生い立ちが原因だったのだろうか。
「お姉ちゃん、玉の輿に乗ってやるからっ。そうしたらユリーカもちょっとは楽になると思う!」
「私のことは気にしなくていいよ。お姉ちゃんはどうか、素敵な人を見つけてね」
「うーん、お父さんが認めてくれたらいいんだけどね」
そんな話をしながら、今度は嬉しそうに姉が破顔した。
「それより、今日は久々にお母さんが帰ってきたじゃない? 何かして欲しいことある?」
「遊園地に行きたいなあ……」
「いいじゃない! 明日ねだりましょう!」
母はこの一家の主人として、各地を飛び回り忙しい生活を送っている。
基本子供のことは父に任せていた分、この状況には気がついていないのだろう。
たまに母が帰ってくれば、ユリーカ達は父では聞いてもらえないであろうお願いを母にいつもしていた。
(そういえば、ここからどうなったかしら……)
先の未来に、大きな事件が構えているはず。
ユリーカの行く先を決めた、あの事件こそーーユリーカの覚悟へ繋がるはずだ。
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