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アルスフォード編
第六十五話 クリアとティファン
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アルスフォードの、特に目立たないよくあるような森。
そこがポルカの拠点であった。
クリアはポルカの家から離れ、気配のほうへと向かう。
「……久しぶりね」
「やあ。来るとわかってたよ」
森の茂みへの声をかければ、一人の青年が姿を現す。
青年はクリアを見ると、懐かしげに笑う。
「元気にしてるかい、スノウ。まあ、あの子のそばにいるなら元気だろうけど」
「今はスノウじゃない。クリアよ」
「……ごめんね、クリア」
名前を訂正され、申し訳なさそうに謝る。
クリアは酷く低い声で彼に言った。
「あなた、アレクに何がしたいの。それより……あなた自身、何を望んでるの。あなたはそんな子だったかしら、ティファン!」
「クリア。君こそよくわかってないんじゃないの」
ティファンの言葉がクリアを遮る。
「君が変わったように僕も変わった。もう子供じゃないんだ」
「そうだけどっ……アレク達を襲った男と女。あなたの仲間でしょう? どういう要件よ」
「僕はね、アレクを連れ戻したいんだ」
ティファンがそう言うと、クリアは呆気に取られて口を開く。
「連れ戻したい……? 素直に戻ってきてと言えばいいじゃない。いいえ、アレクはもう人間の器に入って生まれ変わった。あなたの弟じゃない」
「僕の弟なんだよ、アレクは!」
大きな声でティファンが叫ぶ。
まるで納得のいかない子供が、駄々を捏ねるような様子だ。
「絶対あいつらなんかの弟じゃない。僕の、僕の弟なんだ! あの子を守ってあげられるのは僕だけ!」
「じゃあ、何で襲うような真似をするの」
「アレクの大切な存在を消したいんだ」
ティファンは鬱々とした雰囲気を纏い、早口で捲し立てる。
「アレクの大切がそこにあるなら、アレクは絶対そこから動かない。かつてウンディーネがアレクを連れ去ろうとした時と同じだ。君が人魚の女王に呼ばれ、話し合いの末出した結論とも。だから、アレクの寄りかかれる場所を潰さなきゃ」
「……何を、言っているの。それに、アレクが生まれ変わってることに、いつ気づいたの」
それを言われ、ティファンは苦々しい表情を浮かべる。
痛いところを突かれた、といいたげだった。
「悔しいけど、つい最近。精霊王がアレクから離れてからだよ……精霊王がアレクの力を抑止していたせいで、魂が視認できなかったんだ」
「ティファン。あなた、自分が言っていることわかる? アレクを傷つけようとしているのよ?」
クリアが嗜めるように言えば、「わかってるさ」とティファンが返す。
「そのくらい理解できる。アレクは優しいから、悲しむかもしれない。でも、全部忘れればいい話だ。万が一思い出したとしても、帰れなくすればいい」
「……ウンディーネの、記憶操作を使うつもりね」
クリアの周りに氷が渦巻く。
「どうやらはっきりさせないといけないみたいね。あなたが間違ってるってこと」
「……無茶はやめなよ。昔より相当弱ってる。戦う力もそんなにないだろう」
「どうかしらっ」
クリアが吐息を吐き出し、ティファンを氷漬けにしようとする。
それをティファンが避けて、クリアに突っ込んできた。
ティファンがクリアの腕を掴んだかと思うと、途端に体が氷の結晶へと変貌する。
「!」
「甘かったわねっーー」
(ここで決める! アレクと、周りの者のために!)
「そっちこそ」
その瞬間、クリアが上から押さえつけられた。
重力魔法だ。身動きが取れない。
身じろいでいれば、ティファンが上から見下ろしてくる。
「クリア。僕は君のことも大事なんだよ。母様の相棒であった君は、僕にとてもよくしてくれたからね」
「そうねっ、面倒見たわ……! 姉代わりにっ、酷いことするじゃない」
「君は大事。だから、死んでほしくない」
ティファンの手中に、剣が精製される。
それをゆっくりとクリアに向けた。
「一度体を壊させてもらう。だけど核は残してあげるから、いつか復活させてあげるよ。事が落ち着くまで眠ってるといい」
「くっ……!」
どうにかせねば。
ここで殺されてしまうわけにはいかない。
しかし、抜け出そうにも抜け出せない。
「じゃあ、おやすみ。クリア」
ティファンがそのまま剣を、クリアに振り下ろした。
「ガァアッ!!」
獣の唸り声が響いたかと思うと、ティファンの振り下ろした剣がパキンと割れる。
驚いて顔を上げれば、そこにはフェンリルのリルと、ユニコーンのサファが立っていた。
『クリアが危ない気がしたのー!』
「サファの言葉に従って正解だったな。間に合った」
「あなた達……」
クリアが体を浮かせ、リルとサファの後ろへと回る。
ティファンはさも愉快げに笑って見せた。
「君達、アレクの召喚獣だね? これまた立派な面子だ。どの子も神話級の者達ばかり」
『親さまを傷つける奴は許さない! クリアをいじめる奴も嫌いっ!』
「相手をしてやろうぞ、小僧」
グルル、とリルが牙を剥き出す。
氷の冷気が、空気ごと凍らせるような勢いで巻き起こる。
「……ふふ、いいよ。負かせてあげる。どの道、君達もアレクの帰る場所だもの。片付けなきゃね」
ティファンは構えを取ると、一気に三人に向かって襲いかかった。
そこがポルカの拠点であった。
クリアはポルカの家から離れ、気配のほうへと向かう。
「……久しぶりね」
「やあ。来るとわかってたよ」
森の茂みへの声をかければ、一人の青年が姿を現す。
青年はクリアを見ると、懐かしげに笑う。
「元気にしてるかい、スノウ。まあ、あの子のそばにいるなら元気だろうけど」
「今はスノウじゃない。クリアよ」
「……ごめんね、クリア」
名前を訂正され、申し訳なさそうに謝る。
クリアは酷く低い声で彼に言った。
「あなた、アレクに何がしたいの。それより……あなた自身、何を望んでるの。あなたはそんな子だったかしら、ティファン!」
「クリア。君こそよくわかってないんじゃないの」
ティファンの言葉がクリアを遮る。
「君が変わったように僕も変わった。もう子供じゃないんだ」
「そうだけどっ……アレク達を襲った男と女。あなたの仲間でしょう? どういう要件よ」
「僕はね、アレクを連れ戻したいんだ」
ティファンがそう言うと、クリアは呆気に取られて口を開く。
「連れ戻したい……? 素直に戻ってきてと言えばいいじゃない。いいえ、アレクはもう人間の器に入って生まれ変わった。あなたの弟じゃない」
「僕の弟なんだよ、アレクは!」
大きな声でティファンが叫ぶ。
まるで納得のいかない子供が、駄々を捏ねるような様子だ。
「絶対あいつらなんかの弟じゃない。僕の、僕の弟なんだ! あの子を守ってあげられるのは僕だけ!」
「じゃあ、何で襲うような真似をするの」
「アレクの大切な存在を消したいんだ」
ティファンは鬱々とした雰囲気を纏い、早口で捲し立てる。
「アレクの大切がそこにあるなら、アレクは絶対そこから動かない。かつてウンディーネがアレクを連れ去ろうとした時と同じだ。君が人魚の女王に呼ばれ、話し合いの末出した結論とも。だから、アレクの寄りかかれる場所を潰さなきゃ」
「……何を、言っているの。それに、アレクが生まれ変わってることに、いつ気づいたの」
それを言われ、ティファンは苦々しい表情を浮かべる。
痛いところを突かれた、といいたげだった。
「悔しいけど、つい最近。精霊王がアレクから離れてからだよ……精霊王がアレクの力を抑止していたせいで、魂が視認できなかったんだ」
「ティファン。あなた、自分が言っていることわかる? アレクを傷つけようとしているのよ?」
クリアが嗜めるように言えば、「わかってるさ」とティファンが返す。
「そのくらい理解できる。アレクは優しいから、悲しむかもしれない。でも、全部忘れればいい話だ。万が一思い出したとしても、帰れなくすればいい」
「……ウンディーネの、記憶操作を使うつもりね」
クリアの周りに氷が渦巻く。
「どうやらはっきりさせないといけないみたいね。あなたが間違ってるってこと」
「……無茶はやめなよ。昔より相当弱ってる。戦う力もそんなにないだろう」
「どうかしらっ」
クリアが吐息を吐き出し、ティファンを氷漬けにしようとする。
それをティファンが避けて、クリアに突っ込んできた。
ティファンがクリアの腕を掴んだかと思うと、途端に体が氷の結晶へと変貌する。
「!」
「甘かったわねっーー」
(ここで決める! アレクと、周りの者のために!)
「そっちこそ」
その瞬間、クリアが上から押さえつけられた。
重力魔法だ。身動きが取れない。
身じろいでいれば、ティファンが上から見下ろしてくる。
「クリア。僕は君のことも大事なんだよ。母様の相棒であった君は、僕にとてもよくしてくれたからね」
「そうねっ、面倒見たわ……! 姉代わりにっ、酷いことするじゃない」
「君は大事。だから、死んでほしくない」
ティファンの手中に、剣が精製される。
それをゆっくりとクリアに向けた。
「一度体を壊させてもらう。だけど核は残してあげるから、いつか復活させてあげるよ。事が落ち着くまで眠ってるといい」
「くっ……!」
どうにかせねば。
ここで殺されてしまうわけにはいかない。
しかし、抜け出そうにも抜け出せない。
「じゃあ、おやすみ。クリア」
ティファンがそのまま剣を、クリアに振り下ろした。
「ガァアッ!!」
獣の唸り声が響いたかと思うと、ティファンの振り下ろした剣がパキンと割れる。
驚いて顔を上げれば、そこにはフェンリルのリルと、ユニコーンのサファが立っていた。
『クリアが危ない気がしたのー!』
「サファの言葉に従って正解だったな。間に合った」
「あなた達……」
クリアが体を浮かせ、リルとサファの後ろへと回る。
ティファンはさも愉快げに笑って見せた。
「君達、アレクの召喚獣だね? これまた立派な面子だ。どの子も神話級の者達ばかり」
『親さまを傷つける奴は許さない! クリアをいじめる奴も嫌いっ!』
「相手をしてやろうぞ、小僧」
グルル、とリルが牙を剥き出す。
氷の冷気が、空気ごと凍らせるような勢いで巻き起こる。
「……ふふ、いいよ。負かせてあげる。どの道、君達もアレクの帰る場所だもの。片付けなきゃね」
ティファンは構えを取ると、一気に三人に向かって襲いかかった。
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