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「お見えた見えた、やっぱりここは特等席だ」
 平内 里奈(ヒラウチ リナ)は就職と同時に訳アリ物件に引っ越しをした。和得アリ物件と言っても幽霊が出るとか、建物が古いとかが原因ではない。それはやくざの事務所が隣にあるからだ。
私が三階の自分の部屋からのぞくのは一ノ瀬組の組合員の山瀬 逸人(ヤマセ イツト)。彼は私にとっては神様のような人だ。毒親から私をかっこよく助けてくれたそこから私は彼にメロメロなんだ。私は彼を見ているだけで幸せだ。
(あっ、またコンビニのカツサンド食べてる。それにペットボトルのコーラがぶ飲みしてる。あんな食生活をしていると体壊すって言ってるのに)
平内は不満げに口を尖らせた。出会って6年もたってるんだ。出会った当初は20代前半だった逸人ももう三十手前だ。学生のように好きなものばかり食べていては体に悪い。そろそろ食生活を見直す必要がある。

(それにしても今日も怒鳴ってるな。)
声は聞こえないが、部下らしき男を怒鳴っているのはここからでもよく見える。
(カルシュウム不足かな。アーモンドフィッシュとかつまめるように買ってこようかな。)
今夜の晩酌にうちへ訪れるであろう逸人の顔を思い浮かべた
。(でも、あんまり高い魚だと怒られるし。あーどうしよう。)
そんなことを考えているうちにいつの間にか時間が過ぎて昼になっていた。私は急いで近くのスーパーに向かった。
***
「おい、誰がこんなところに住めって言ったんだ!!」
開口一番にやくざらしいどすの利いた言葉。
(あっ、来てくれた。逸人さんならすぐに気づいてくれると思っていたよ。)
私は感激して玄関まで飛んでいった。
「逸人さん、おかえりなさい!!」
「おかえりなさいじゃねえよ!!」
不機嫌そうに眉を寄せた逸人さんからすきを見てカバンを手に取る。
「あっ、おい、返せ!!」

「ご飯できてるから、リビングに座ってて」
私は逸人さんの手をよけてエプロン姿のままにっこり笑った。
「リビングってここワンルームだろうが」
あきらめてミニテーブルの奥に胡坐をかいて座った。
そんな逸人にビールを持っていく。
「おっ、気が利くじゃねえか」
キンキンに冷えたものをグラスに次ぐと一息でごくごくと飲み干した。
(よかった、機嫌は直ったみたい。)
みそ汁を温めておかずを持っていく。
白身魚のフライに千切りキャベツとミニトマトをのせたものだ。菜の花のおひたしに鰹節としょう油をかけて小鉢にしてご飯とお味噌汁を持ってきた。
逸人は箸をもって食べ始める。
その様子をちらりと見る。
(あの箸、コレクションに追加しよう。押し入れの中の逸人さんコレクションがまた潤うわ。)
「じゃねーー!!」
ドスンと箸をおいた。買っているインコのピピリが驚いてピーピー泣いてる。
何かを思い出した逸人さんが青筋を浮かべながらにらみつける。
(ああ、そんな顔もかっこいい。ペット用カメラ奮発して高画質録画付きにしといてよかった。角度も調整したからあとで見返そう。)
「てめえな、確かに付きまとうのはやめるといったがな。堂々と事務所の隣に引っ越してくるのやめろ!!管理人脅して鍵ぶんどるはめになっただろ!!」
普通なら怖いと思う起こった声もやくざらしい行動も私にはご褒美にしか感じない。
「だって逸人さんを待ってたらいつまでたってもうちに来てくれないもん」
(まあ、来てくれなきゃ私が行くんだけどね。)
「お前な、普通に考えてみろ。やくざとかかわってもいいことねえんだぞ」
再び食べ始めた逸人さんにときめきく。
(いいことも何もい逸人さんがいればそれだけでいいことなんだよ)
「ねえ、逸人さん、ご飯美味しい?」

サクサクの衣に使ったパン粉や卵の産地にもこだわって作ってみたから反応が欲しい。
「う、その」
「えっ、もしかしておいしくない」
ガーンと少し落ち込んだような姿を見せると逸人さんは当てたように言ってくれる。
「うまい!!うまいから」
(自信作だもん当たり前だけど。でもやっぱり言葉にしてくれるのはうれしいよね。)
そんなことを思いながら調子に乗ってみる。
「ねえ逸人さん、私の料理、好き?」
逸人さんは少し考えたが私が目を伏せてしゅんとするとお望み通りの言葉を言ってくれる。
「お前の料理はすきだから、そんな顔すんなよ。」
(よし、ちゃんとICレコーダーに録音できたぞ。あとで編集して『お前は好きだからそんな顔すんなよ』にして目覚まし音にしようかな。やっぱり好きな人の声で起きたいし・・・・)
 「あと逸人さんまたカツサンドにコーラなんてお昼に食べてたでしょう!!」
「はっ、何で知ってんだよ」
「あと、ここに来る前も。シュークリームとチョコバナナサンデー食べてたし」
(お土産か何か知らないけど女から差し入れられてるのはっきり見たんだからね)
「別に何食べたっていいだろ。」
「よくないよ!!もうすぐ30才でしょ!!メタボになったらどうするのよ。せっかく腹筋割れてるのに」
私は逸人さんの背後に回り込んで服の裾から手を伸ばして触る。
(相変わらずいい弾力・・・)
「くすぐったいからやめろ。30ってまだあと2年もあるだろ。」
「30なんてすぐでしょ。すぐ体型なんて崩れてだらしなくなっちゃうんだから。」
(体系崩れても私は逸人さんのこと大好きなままだけどね。ん?待てよ、一層のこと太らせたらほかの女寄ってこないんじゃ・・・・いや、だめよ、悪魔にそそのかされちゃ。太ったら病気のリスクだって高くなるのよ。私がいながら早死になんて許せないわ。)
「・・・・・何百面相してんだよ。食べ終わったぞごちそうさん。」
「えっ、もう食べ終わったの」

逸人さんは食器を重ねてキッチンへ行ってしまった。ジャーと水の流す音がする。
「はやく、しないと洗い物おわっっちまうぞ」
「わぁああ、まってよ」
私は冷めかけたご飯を流し込む。
「ねえ、逸人さん、私、逸人さんのために毎日おいしいご飯作るからね。」
「・・・おう、お前は言っても聞かねえからな」
逸人さんが少し笑ってくれた気がした。
(逸人さんの笑顔ゲット!!)
私は逸人さんの言葉に満足しながら食器を逸人さんに手渡すのだった。

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