ジャック&ミーナ ―魔法科学部研究科―

浅山いちる

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先輩と後輩⑤

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「······どういうことなんだ?」

 司書の仕事を早めに終わらせたフィリカを連れて、彼らはあの一番奥の部屋へと来ていた。
 椅子を三つ、三角に並べ、向かいあって座っている。
 その中で一人は下を向き、ただ、茫然としていた。

「恐らく······コウモリの特性ってのが一番近いんじゃないかしら」
「コウモリ?」
「そう。コウモリがどうやって暗闇で、敵や獲物の位置を知るかわかる?」
「いや······」
「彼らは、人には聞こえない音波を発して、その返ってくる波で、相手の位置を知ると言われているの。——反響定位。とも言うわ」

 それを聞いたフィリカは顔を上げ、一度ミーナを見ると、また俯向く。

「その······つまり、フィリカにもそれが聞こえてるっていうのか?」
「そういう事じゃないわ。それが一番近いって言ったでしょ? コウモリは音波だけど、例えば······その音波を代用してるのが魔力だったとしたら?」

 膝の上に置いたフィリカの手がピクリと動く。

「魔力の波を飛ばして、その跳ね返ってきた魔力を感じる。って事か······」
「そう。最初は魔力を辺りに展開して、入ってくる人を察知するのかと思ったわ。でもそれだと、魔力はすぐ尽きてしまうだろうから考えにくかった。だから、もしかして、瞬間的に僅かな魔力を飛ばしているんじゃないか、と思ったの」
「魔力の細かい操作なんて難しいのに、少しだけ全方位に魔力を飛ばすなんて······そんなこと本当に出来るのか?」
「······例えば、自然に動くもので、当たり前のように、弱く音を発するモノの力を借りれば、不可能じゃないわ」
「そんな都合のいいものあるのか?」
「······あるのよ」

 そう言うとミーナは人差し指で、ジャックの胸を指す。

「······心臓よ」
「はぁ?」
「心臓なら全方位に拍動するし、勝手に動いてくれるでしょ? だから、そこに魔力を上手く混ぜれればいいの」
「理屈としては理解出来るけど······」
「ただ、それ以上にすごいのは、この子の、跳ね返った自分の魔力を感じ取る力よ。私でもそんなの出来るか分からないわ」

 呆気に取られたジャックは言葉を失う。
 オレンジに染まる部屋の窓を風が叩く。
 その音だけが三人の、この空間を支配する。

 書庫の時にも似た、張り詰めた空気。

 その中で最初に口を開いたのは、またしても彼女だった。
 小さく「本当に」と言う声が響き渡る。

「本当に······なんでもお見通しなんですね······」

 フィリカはようやく、固く閉ざしていた口を開いた。そして、掛けていた眼鏡を外すと、それを机の上に置く。
 彼女は、力のない目をしていた。

「ごめんね、フィリカ。問い詰めるような真似して。もしフィリカが良かったら、詳しい事、教えてくれないかしら?」

「······はい」

 ――三年前、書庫でミーナに出会ったフィリカは、彼女のようになりたいと強く憧れた。
 そして、どうしたら近づけるか、彼女がどんな人なのかを噂で聞いているうちに、昔、魔力が好きだった、という事を知る。そうして、書庫にあった魔力の本を借りては家で読み、独学でその使い方を学んだのだった。

「最初は、魔力の事をきっかけに、もっとミーナさんと近くでお話出来たら良かったんです。でも、読んでいくうちに、きっと、ミーナさんは魔力を上手に使うんじゃないか、と考えたんです。だったら私も頑張って身に付けなきゃ、と思って······。それから毎日、司書の仕事が終わってから寝るまでの間、ずっと、本に書かれていた事を練習しました」
「でも······そんな簡単なもんじゃないだろ?」
「はい。最初は、全然上手くいきませんでした。流れている自分の魔力すら感じ取れなくて、何度やめようと思ったか分かりません······。でも、時々書庫に来て、声を掛けてくれるミーナさんに会うたびに、もう少し頑張ろう、って折れそうな自分を励ましていました」

 ミーナは複雑な表情を浮かべる。

「そして一年かかって、ようやく魔力を掴めるようになったんです。でも、操作の方はまだ上手くいかないし、魔力の全体量も少ないしで、途方に暮れていました。——そんなある日の帰り道、夕焼けに浮かぶコウモリがふと目に入ったんです。私は、"コレだ"と思いました。たまたま読んだ本のおかげで、コウモリの音波については知っていましたから」

 ジャックは横目で一度、ミーナのほうを見る。

「それからはひたすら、鼓動で魔力を飛ばせるようにする事だけを練習しました。これなら昼の仕事中でも可能でしたから······。当初は量の調節が上手くいかなくて、魔力はすぐに尽きてしまいましたけどね」

 フィリカは二人を見て力無く微笑む。

「次第に、跳ね返ってくる魔力も掴めるようになりました。それでも最初はボンヤリとして、形なんて何にも掴めませんでしたけど」

 今度は目を合わせず、ひとりで笑う。

「ですが、日が経つにつれてそれらも磨かれていきました。ボヤけていた輪郭は鮮明になり、厚く飛び過ぎていた魔力は、今では、身体の供給と同じぐらいの薄さで飛ばせるようにもなりました」
「はぁ······すごいな······。でもどうしてそれ、ミーナに言わなかったんだ? その為に頑張ってきたんだろ?」

 フィリカは、彼のほうを一度見ると表情を落とし、自分の手を見る。

「······怖くなったんです」
「怖くなった?」

 俯いたフィリカは、無意識に手に力を込める。
 彼女の柔らかい髪が、彼女の心を隠そうとする。

「日に日に眩しさが増していくんです。色んなことを、魔力の事を知る度にミーナさんの存在が······。でも、これだけ知って······これだけ頑張って、それでも万が一拒絶されたらと······思うと······どうしよう······って。それならこのまま······このままこの関係を続けて······いたほうが······」

 嗚咽を漏らすフィリカの手の甲に涙が落ちる。

「そのほうが······そのほうが、幸せなのかもしれないって······今の関係は······壊れることはないって······そう······そう思ってしまったんです······」

 ボロボロと涙をこぼすフィリカの頭を、ミーナが撫でる。
 彼女の柔らかい髪の繊細さが、その手に伝う。

「ごめんね······。あなたがそんな思いをしてたなんて······」

 彼女は泣きながら頭を左右に振る。

「ミーナさんは······何も悪くありません······」
「ううん、私はもっと早くにあなたの思いに気付くべきだった······。そしたらあなたは、こんな苦しまなくて済んだでしょう?」

 フィリカは、その言葉には何も示さなかった。
 たびたび肩をあげては、彼女は目を擦る。

 彼女の中に溜めていたものだけが、二人のなかに反響する。

 そんなフィリカの姿を見て、ミーナは一つの想いを抱く。そして、それを心に決めた彼女は、ジャックのほうを見た。
 彼は、瞳の奥に見える彼女の意思を感じとると、ただ一度、黙って頷いた。

「フィリカ」

 彼女は椅子から降り、膝をついてフィリカの前に座る。

「あなたは、誰よりも努力が出来る、すごい子よ」

 彼女は何も言わず、首を横に振る。

「だって三年間も、ずーっと一人で頑張ってきたんでしょう?」

 ミーナは子供を優しく誉めるように、フィリカの頭を撫でる。
 彼女のしゃくる音が、一段と勢いを増す。

「でも——」

 ミーナは、彼女の膝に置かれた手に、自分の手を重ねる。

「もう、我慢しなくていいのよ」

 途端、しゃくりあげていたフィリカの肩が、ピタリと止まる。
 秘密を知られた彼女は、先のことを恐れていた。

「いや······いや······」

 消え入りそうな声でフィリカは呟く。

「······フィリカ、聞いてくれる?」

 彼女は、何かを覚悟するように肩を縮める。

「私は······あなたに力を貸して欲しい。私は······フィリカ、あなたと一緒に仕事がしたい」

 身を竦め、目を腫らし、頬に涙を流した彼女が、ゆっくりと顔を上げる。

「あなたのその力は、その魔法は、必ずみんなの役に立つと思うわ。もちろん、無理にとは言わない。司書の仕事を続けてたままでも構わない。だから、時々でいいから······私達の力になってくれないかしら?」

 ミーナのその願いを聞いたフィリカは、なんとか声を絞り出して、彼女に聞き直す。

「······ほんとうに?」
「ええ。ほんとうよ」

 ミーナは微笑みを湛(たた)えて、それに応える。

 ぼやけた視界の向こうでそれを見たフィリカは、椅子から崩れ落ちるようにミーナに抱きついていた。彼女を受け止めたミーナは、彼女の柔らかい髪を優しく包むように、右手で撫でる。

 大声を出して泣く彼女は夕陽に照らされ、さっきまでとは違う涙を流していた。




 ——翌日。

「準備出来ました! ミーナさん!」
「気合い入ってるわね、フィリカ」
「まだ俺、準備出来てねぇよ」
「ジャックさんは遅いんですよ」
「そうよ」

 髪を上げたミーナの隣で、フィリカは生き生きとした表情をしていた。

「はいはい、仲のよろしいことで······」

 フィリカは司書の仕事を辞めず、時々こちらに顔を出す事にしていた。ただ、初めて"ミーナと一緒に仕事が出来る"という事で、今日は無理を言って、別の人に仕事を代わってもらっていた。

「フィリカ、また時間あるとき、私にもあの魔法教えてくれないかしら?」
「えっ!? 魔力飛ばすやつですか!? もちろんです!」
「ほんと? ありがと。楽しみにしてる」
「私も楽しみです!」

 そう笑顔で会話をする二人は、まるで姉と妹のようだった。

「フィリカ。きっとあなた、ジャックより魔法使うの上手よ」
「ほんとですか!?」
「ええ。彼、すぐ調子に乗って魔力の調整ミスるもの」
「おい、聞こえてんぞ」
「ほんとですか!?」
「確認すんな!」
「聞いてよ。この間なんて新しい魔法で、大事な書類全部燃やされたのよ」
「全部ですか! それはひどいですねぇ」
「こんなのに試させた私が間違いだと、心の底から反省したわ」
「おい」
「ミーナさんが悪いことは何一つないですよ! 絶対!」
「フィリカ、灰にされたいのか」
「やっぱりそうよねぇ」
「同意すんな!」
「そうですよー」
「おい!」

 ジャックは怒声をあげるが、彼女らは目もくれなかった。

「じゃあこれからは、私たち二人だけのほうが良いかもしれないわねぇ」
「はい!」
「はい! じゃねええええ!!」
「それじゃあもう、あんなのは放って行きましょう。遅すぎるわ」
「はい! 行きましょう!」
「おいいいいいいいい!!」

 そうして、まだ準備をしているジャックを置いて、ミーナとフィリカは部屋を出て行ってしまった。

 廊下では仲良く歩く二人の姉妹と、部屋から怒号を上げるジャックの声だけが響いていた。

 ——つづく。
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