ジャック&ミーナ ―魔法科学部研究科―

浅山いちる

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東雲(しののめ)⑦

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 あれから数日、彼は一度も研究室に姿を現していなかった。
 痺れから復帰したフィリカは、ここに来る度、その事でずっと心配そうな顔をしている。

「ジャックさん······今日も来てませんね。どうかしたんですか?」

 魔法の研究に没頭する彼女に、フィリカは尋ねる。

「······何もないわ」
「だったら、どうしてココに来ないんです?」

 だが、ミーナは何も言わず、薬品を混ぜているだけだった。

「······もしかしてあの日、あの勇者さんと何かあったんで——」
「フィリカ。······いいから放っておきなさい」

 小さいながらも彼女の鋭い声に、フィリカもつい黙ってしまう。
 余計な詮索はするな、というように、取り付く島も与えない様子だった。

「もう······いいです」

 フィリカは本を置いて、足早に部屋を出て行った。
 寂しくひとり取り残されるミーナ。

「············何て言えばいいのよ」

 彼女は手に持っていた容器を置いて、そう呟いていた。




 一方、ジャックは船着き場の階段で、ぼんやりと遠くを眺めていた。
 川の向こうで兵士達が一体の魔物と、剣で戦い始めていた。

 それを見た彼は、先日のクレスタとの戦いを想起する。
 踏み込む度に跳ねる水溜り。
 雨の中、風を切り裂く音。
 剣が触れる度に響く甲高い音。

 ”あいつは、どれもこれも本気じゃなかった”
 ”俺を殺す気なんてこれっぽっちもなかった”
 ”なのにわざわざギリギリで避けて、ギリギリで受け止めて······"
 "斬りあげ、払い、振り下ろし、突き、足払い、しまいには泥の巻き上げまで······全部受け流しやがって······"
 "そして後のほうは防戦一方······"

 ——ジャック。そんなものかい?

 競り合った際の彼の声が、ジャックの頭に蘇ってくる。

「くそっ······黙れ!!」

 その声に、近くを通った行商が、彼をチラリと見ては通り過ぎる。
 彼は強く、拳を握りしめていた。

 対岸では、兵士達が歓喜の声を上げている。

 その時、ジャックの後ろから話し掛ける声がする。

「よぉ。こんなトコに居たのか」

 そこに居たのは兵士のスライだった。

「······なんだ、お前か」
「なんだ、はないだろ? こっちは練習相手いなくて困ってんだぞ」
「そんな事ないだろ。他にたくさん兵士いるじゃねえか」
「他の奴らじゃ相手にならないんだよ。俺は強いからな」

 自信ありげに彼は、その言葉を口にする。

「······お前もそのセリフ言うのか」
「なんだ、あの勇者がそう言ってたのか?」

 その言葉にジャックは、少し面を食らう。

「······見てたのか?」
「偶然な」
「そうか······」

 スライが隣に座り、空を見上げると、白い鳥が三羽、悠々と青の中を泳いでいた。

「あれは勝てねぇよ」

 彼は小石を拾うと、それを川に投げる。

「何度も死線をくぐり抜けてきた動きだ。直接見て、直接戦ったお前なら、分かるだろ?」
「······あぁ」

 ジャックも足元の石を拾っては投げる。

「最後、力負けしたのは残念だったな」
「······あいつが本気出しただけだ」
「······あぁ、そうか」

 実際、あの日の彼の攻撃は、最後の一撃以外、どれも本気ではなかった。

 次の言葉が返ってこないのを見て、ジャックは話を切り替える。

「今日は、あっちじゃないのか?」

 対岸の軍隊を見て、隣の彼に尋ねる。

「あぁ。今日は後衛の担当で、こちらの勝ちが見えたから、街を見回ってたってたんだ」
「なるほどね」
「んで、そしたら職務怠慢してるやつ見つけた、ってわけ」
「誰が怠慢だ」
「実際、怠慢だろ?」

 彼はそれ以上、何も言い返せなかった。

「まぁ、今回のとこは大目に見てやるよ」

 「さてと······」と言ってスライは立ち上がる。

「お前、負けっぱなしでいいのか?」
「いや······」

 川の遠くで、山から流されてきたであろう木の実が、プカプカと浮かんでいた。

「だよな」

 スライは落ちてた石を拾うと、それに目がけ、思いっきり石を投げる。
 真っ直ぐに伸びた玉は、的の中心へと命中し、実を真っ二つに割った。

「よっしゃ。······まぁ、今はそれだけ聞ければいいや」

 スライは砂埃を落とすように、軽く手を払う。

「んじゃ、俺そろそろ行くわ。あんま時間掛けてると、それこそサボってると思われちまうからな」
「······そうだな」

 そうして、彼は石段を登って、街道へ向かおうとする。
 だが、その間際、何かを思い出した彼は、ジャックにその事を伝える。

「そうそう、ハイゼル司令官から言われたんだけどな、えーと······なんて言ったかな······フィ······フィ······あっ、そうだ。——フィリカって子がお前を探してるから、見かけたら伝えて欲しいって言われてたんだ」
「フィリカが?」
「知ってる子だよな?」
「あぁ、うちの後輩だ」
「後輩だって? ······なぁ、その子一体何者なんだよ。あの司令官を伝言係に使うなんてさ」

 ジャックは思わず息を漏らし、ふっ、と笑っていた。

「知らねぇよ。俺が聞きたいぐらいだ」

 ジャックは再び小石を拾うと、それを遠くへと投げた。
 スライの割った的を狙ったジャックだったが、残念ながら全くカスることもなく、それは虚しく、水の中へと落ちていった。

「······フィリカの事は分かった。もう少ししたら行くよ」
「ちゃんと伝えたからな」
「あぁ、サンキュ」
「んじゃ、またな」
「おう」

 スライは階段を上がっていく。
 だが、彼は石段を登りきった所で「もう一個言い忘れてた」とジャックに言う。
 そして、後ろを振り返ると

「明日は訓練場来いよ」

 彼はそう言って、立ち去って行った。
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