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本編
52.あたたかな風の吹くところ
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長閑な田畑が広がる田舎町。ぽつぽつと離れて家が並び、この季節は殆どの畑が収穫が終わっていて、すっかり秋から冬に移り変わる準備が出来ているという雰囲気だ。
都会で過ごしていると、こんな風に景色で季節を強く感じるということは少ない。電車の窓から見える風景に、蓜島は良いところだな、と思った。
「畑と川くらいしか何にもないところですよ」
「何もないのが良い、ということもあるでしょう。それに、東さんの故郷ですから」
好きな人が、生まれ育った場所。それだけで、なんだか目に映るものすべてが綺麗なものに見える。それは、こんなにも綺麗な人が生まれた場所だと思うからだろうかと、蓜島は考えた。
最寄りの駅を降りて、そこからはバスに乗る。東は親から駅まで車で迎えに行こうかという連絡を受けていたが、いきなり初対面で車に乗るのも落ち着いて話もできないし緊張するだろうと断っていた。
そうでなくとも、今日の蓜島はやはりどこか緊張しているようだった。状況を考えれば、それはそうだろうと思う。
「手土産も忘れてないし、服装も……堅苦しすぎず、綺麗めなのを選んだつもりなんですが……大丈夫ですよね?」
蓜島は家を出てからずっとそわそわと持ち物の確認をしたり身だしなみを気にしたりしている。こんなに落ち着かない蓜島を見るのはなかなかに珍しい。
「大丈夫ですよ、そんなお堅いちゃんとした家じゃないですから。むしろ、ちょっと騒がしい家族ですけど」
蓜島としては、そうは言われても元々憧れの人と恋人になれたというだけでも未だ夢見心地だというのに、その御両親に挨拶するだなんて考えただけでも緊張してしまう。
こんなに綺麗な人の親となると、やっぱり……なんてことまで考える。さすがにそれは口には出来なかったし、考えないようにしていたけれど。
どんなに緊張して不安がっていても東の案内する通りに道を進めば、目的地へと着いてしまう。心の準備は既にしてきたつもりだったのに、いざ近付くと足がすくむような心持ちだった。
バスを降りて三分ほど歩いた頃、東が少し先を指差してあそこがうちですよ、と言った。
大きなビニールハウスがたくさん並び、その周りにも畑が広がっている大きな敷地。気持ち良い風の吹くその先に、その家はあった。
「ただいまーっ」
東は家の中に入ろうとはせず、畑のほうへ向かって大きな声でそう言った。すると、ひとつのビニールハウスの扉が開き、人が出てくる。
「おかえり、聡介!」
「おお、帰ったか」
「聡くん、おかえり!」
出てきたのは東の両親と弟だった。皆、東の姿を見るとパッと明るい笑顔になって、とても嬉しそうだ。
駆け寄ってきた東の家族は、隣の蓜島にも同じ笑顔を向けた。
「あなたが蓜島さん? いつも聡介がお世話になってます」
「はい、蓜島通成と申します。本日はお招きいただきありがとうございます」
「あらあら、ご丁寧にありがとうございます。ちゃんとした方なのね~」
まるで仕事の取引先に挨拶でもするように、いつも通り……いや、いつもよりももっと深々とお辞儀をする蓜島を見て、東の母は少し驚いてから笑った。それはおかしくて笑ったというよりも、なんだか安心したような笑顔に見えた。
同性同士で付き合うということは、少しずつ世間に認識が広まりつつあるとは言え、まだまだ受け入れられにくいものだと蓜島は考えていた。
それゆえに、あまりにもさっぱりとした東の家族に対応にやや肩透かしを喰らっていた。
「蓜島さん、本当にきちんとしてる方なのね~。なんで聡介と、なんて考えちゃう」
「だなあ。蓜島さん、うちのが迷惑かけてませんか」
「いえ、迷惑だなんて。むしろ私のほうがお世話になっているようなもので」
ちょっとくらい値踏みするような顔をされることも念の為覚悟してきたというのに、逆にそんなことを聞かれてしまう。蓜島は本心から言葉を返す。
「でも、僕も意外だった! 聡くんの彼氏っていうから、もっと変な人かなって」
「誠生、失礼だろ」
「あはは、真逆で良かったって話だよ」
「おれに失礼だろってことだよ」
「確かに!」
東の弟も人懐っこそうな笑顔のかわいい青年だった。二人で並ぶと似ていないが、親子で並ぶと家族なのだとわかる。東の涼やかな美しさと甘やかな雰囲気は両親ともに似ているし、弟の快活な印象のあるかわいらしさは母親にそっくりだった。
「ほらね、緊張するような家族じゃなかったでしょ」
東はそう言って笑う。
「…はい。とても緊張していたんですけど皆さんあたたかな人たちで……こういうご家族のなかで育ったから、東さん…聡介さんは優しくてあたたかい人なんだなと知れて嬉しいです」
蓜島のまっすぐな言葉に、東一家は皆思わず目を丸くして、それから照れるように笑った。
「……こういうことサラッと言う人なんだよ」
「す、すてきね~…!! お父さんもロマンチストだけど、こうも実直そうな人にストレートに言われるのはなかなか…」
「お、おい、ぼくはロマンチストじゃないだろう」
「なんで聡くんが好きになったのかわかった気がする……」
口々にリアクションしていく東家に蓜島も照れてしまった。
都会で過ごしていると、こんな風に景色で季節を強く感じるということは少ない。電車の窓から見える風景に、蓜島は良いところだな、と思った。
「畑と川くらいしか何にもないところですよ」
「何もないのが良い、ということもあるでしょう。それに、東さんの故郷ですから」
好きな人が、生まれ育った場所。それだけで、なんだか目に映るものすべてが綺麗なものに見える。それは、こんなにも綺麗な人が生まれた場所だと思うからだろうかと、蓜島は考えた。
最寄りの駅を降りて、そこからはバスに乗る。東は親から駅まで車で迎えに行こうかという連絡を受けていたが、いきなり初対面で車に乗るのも落ち着いて話もできないし緊張するだろうと断っていた。
そうでなくとも、今日の蓜島はやはりどこか緊張しているようだった。状況を考えれば、それはそうだろうと思う。
「手土産も忘れてないし、服装も……堅苦しすぎず、綺麗めなのを選んだつもりなんですが……大丈夫ですよね?」
蓜島は家を出てからずっとそわそわと持ち物の確認をしたり身だしなみを気にしたりしている。こんなに落ち着かない蓜島を見るのはなかなかに珍しい。
「大丈夫ですよ、そんなお堅いちゃんとした家じゃないですから。むしろ、ちょっと騒がしい家族ですけど」
蓜島としては、そうは言われても元々憧れの人と恋人になれたというだけでも未だ夢見心地だというのに、その御両親に挨拶するだなんて考えただけでも緊張してしまう。
こんなに綺麗な人の親となると、やっぱり……なんてことまで考える。さすがにそれは口には出来なかったし、考えないようにしていたけれど。
どんなに緊張して不安がっていても東の案内する通りに道を進めば、目的地へと着いてしまう。心の準備は既にしてきたつもりだったのに、いざ近付くと足がすくむような心持ちだった。
バスを降りて三分ほど歩いた頃、東が少し先を指差してあそこがうちですよ、と言った。
大きなビニールハウスがたくさん並び、その周りにも畑が広がっている大きな敷地。気持ち良い風の吹くその先に、その家はあった。
「ただいまーっ」
東は家の中に入ろうとはせず、畑のほうへ向かって大きな声でそう言った。すると、ひとつのビニールハウスの扉が開き、人が出てくる。
「おかえり、聡介!」
「おお、帰ったか」
「聡くん、おかえり!」
出てきたのは東の両親と弟だった。皆、東の姿を見るとパッと明るい笑顔になって、とても嬉しそうだ。
駆け寄ってきた東の家族は、隣の蓜島にも同じ笑顔を向けた。
「あなたが蓜島さん? いつも聡介がお世話になってます」
「はい、蓜島通成と申します。本日はお招きいただきありがとうございます」
「あらあら、ご丁寧にありがとうございます。ちゃんとした方なのね~」
まるで仕事の取引先に挨拶でもするように、いつも通り……いや、いつもよりももっと深々とお辞儀をする蓜島を見て、東の母は少し驚いてから笑った。それはおかしくて笑ったというよりも、なんだか安心したような笑顔に見えた。
同性同士で付き合うということは、少しずつ世間に認識が広まりつつあるとは言え、まだまだ受け入れられにくいものだと蓜島は考えていた。
それゆえに、あまりにもさっぱりとした東の家族に対応にやや肩透かしを喰らっていた。
「蓜島さん、本当にきちんとしてる方なのね~。なんで聡介と、なんて考えちゃう」
「だなあ。蓜島さん、うちのが迷惑かけてませんか」
「いえ、迷惑だなんて。むしろ私のほうがお世話になっているようなもので」
ちょっとくらい値踏みするような顔をされることも念の為覚悟してきたというのに、逆にそんなことを聞かれてしまう。蓜島は本心から言葉を返す。
「でも、僕も意外だった! 聡くんの彼氏っていうから、もっと変な人かなって」
「誠生、失礼だろ」
「あはは、真逆で良かったって話だよ」
「おれに失礼だろってことだよ」
「確かに!」
東の弟も人懐っこそうな笑顔のかわいい青年だった。二人で並ぶと似ていないが、親子で並ぶと家族なのだとわかる。東の涼やかな美しさと甘やかな雰囲気は両親ともに似ているし、弟の快活な印象のあるかわいらしさは母親にそっくりだった。
「ほらね、緊張するような家族じゃなかったでしょ」
東はそう言って笑う。
「…はい。とても緊張していたんですけど皆さんあたたかな人たちで……こういうご家族のなかで育ったから、東さん…聡介さんは優しくてあたたかい人なんだなと知れて嬉しいです」
蓜島のまっすぐな言葉に、東一家は皆思わず目を丸くして、それから照れるように笑った。
「……こういうことサラッと言う人なんだよ」
「す、すてきね~…!! お父さんもロマンチストだけど、こうも実直そうな人にストレートに言われるのはなかなか…」
「お、おい、ぼくはロマンチストじゃないだろう」
「なんで聡くんが好きになったのかわかった気がする……」
口々にリアクションしていく東家に蓜島も照れてしまった。
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