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本編
55.父との会話(2)
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「最近の聡介はね、少し変わったよ。明るくなった。あの子が心を開けたのは家族の他には和山くんくらいだったから、蓜島くんに出会えたことがそれほど嬉しかったんだろう」
「…そう、なんですね。私は出会ってからの聡介さんのことしか知りませんから……いえ、テレビなどでは拝見していましたが」
テレビ、と聞いて東の父はほんの少しふきだして笑う。
「あれは気取りすぎだな。でもあれが戦略で、心に無理がないならそれでいい。大衆の前で本音を晒してそれを好き勝手言われるくらいなら、偽物の姿でも見せておけばいいとも言える」
東の父は聡明な人だった。そして何よりも自分の子供たちを愛しているのだ。蓜島の目からも一見無愛想に見えるその人がふと優しげに目を細めるとき、深い愛情を感じてなんだかたまらなくなる。
「蓜島くんには気取らず、素直に向き合っているようで安心したよ。まあ、よく笑うようになった聡介を見ていたから、そんなに心配はしていなかったけど」
そう言って、東の父は家の中から視線を外して、蓜島のほうを見る。
「……正直ね、相手が男性だと聞いて驚いたし、戸惑ったよ。けれど今は、何を不安に思っていたのか忘れてしまったくらいだ。聡介があんなにも幸せそうに笑っていてくれるのなら、きみとずっと居てくれたらいいなと、今は思ってる」
「……私は……」
言葉に詰まったのは、嬉しかったからだ。不安に思ったのは蓜島も同じで、でもきっと親の目線で感じた不安とはまったく違うものなのだろうとはわかっていた。
こんなふうに言ってもらえるなんて、やっぱり自分は幸運だと蓜島は思った。こんなにもあたたかくてやさしい家族に生まれた東と出会って、恋をして。それが運命だったんだ、なんてことさえ考えてしまうほどに。嬉しかったのだ。
「私は、東さんの傷ついたり落ち込んだりしている姿を、見たことがないんです。なので、東さんが本当は気が弱くて落ち込みやすくて……という話を聞くたびに、そうなのだろうかと思ってしまうんです。東さんは、私の前では明るくて素直で、私が困っているときは助けてくれるし、わがままもちゃんと言ってくれて……そういう人です。だから私は、なるべく知らないままでいた方が良いのかもしれないと、そう思っています」
「そうだね。その通りだ」
蓜島の言葉に、父は深く頷く。その目には安堵の色が滲んでいて、この信頼を決して裏切ることはしないと、蓜島は心に誓う。
「弱いところを見せてくれたときも、そばに居ます。何ができるかはわかりませんが、そのとき私が一番の支えでありたい。けれど願わくば、そんな日は来なくて、東さんの心が穏やかであれば良いと思っています」
「……聡介は、いい人を見つけたね」
「……私にとっても、そうです。東さんが見つけてくれて、私は幸運です」
「ふふ、普段の呼び方が出てしまっているのだろうけど、ぼくも東さんだからなんだかむず痒くなってしまったな」
「……あっ……も、申し訳ありません」
いつもの呼び方になってしまっていたのを、蓜島は気付いていなかった。家族の前では気をつけていたはずだったが、心からの言葉を紡ぐとき、つい呼び名は戻ってしまっていた。
東の父は、それほど真剣に語ってくれていたのだと感じた。嬉しい言葉が聞けたと、話を締めるのに少しだけ冗談を言うと、恥ずかしそうにしている蓜島を見て、本当に真面目な青年だな、と笑った。
「…そう、なんですね。私は出会ってからの聡介さんのことしか知りませんから……いえ、テレビなどでは拝見していましたが」
テレビ、と聞いて東の父はほんの少しふきだして笑う。
「あれは気取りすぎだな。でもあれが戦略で、心に無理がないならそれでいい。大衆の前で本音を晒してそれを好き勝手言われるくらいなら、偽物の姿でも見せておけばいいとも言える」
東の父は聡明な人だった。そして何よりも自分の子供たちを愛しているのだ。蓜島の目からも一見無愛想に見えるその人がふと優しげに目を細めるとき、深い愛情を感じてなんだかたまらなくなる。
「蓜島くんには気取らず、素直に向き合っているようで安心したよ。まあ、よく笑うようになった聡介を見ていたから、そんなに心配はしていなかったけど」
そう言って、東の父は家の中から視線を外して、蓜島のほうを見る。
「……正直ね、相手が男性だと聞いて驚いたし、戸惑ったよ。けれど今は、何を不安に思っていたのか忘れてしまったくらいだ。聡介があんなにも幸せそうに笑っていてくれるのなら、きみとずっと居てくれたらいいなと、今は思ってる」
「……私は……」
言葉に詰まったのは、嬉しかったからだ。不安に思ったのは蓜島も同じで、でもきっと親の目線で感じた不安とはまったく違うものなのだろうとはわかっていた。
こんなふうに言ってもらえるなんて、やっぱり自分は幸運だと蓜島は思った。こんなにもあたたかくてやさしい家族に生まれた東と出会って、恋をして。それが運命だったんだ、なんてことさえ考えてしまうほどに。嬉しかったのだ。
「私は、東さんの傷ついたり落ち込んだりしている姿を、見たことがないんです。なので、東さんが本当は気が弱くて落ち込みやすくて……という話を聞くたびに、そうなのだろうかと思ってしまうんです。東さんは、私の前では明るくて素直で、私が困っているときは助けてくれるし、わがままもちゃんと言ってくれて……そういう人です。だから私は、なるべく知らないままでいた方が良いのかもしれないと、そう思っています」
「そうだね。その通りだ」
蓜島の言葉に、父は深く頷く。その目には安堵の色が滲んでいて、この信頼を決して裏切ることはしないと、蓜島は心に誓う。
「弱いところを見せてくれたときも、そばに居ます。何ができるかはわかりませんが、そのとき私が一番の支えでありたい。けれど願わくば、そんな日は来なくて、東さんの心が穏やかであれば良いと思っています」
「……聡介は、いい人を見つけたね」
「……私にとっても、そうです。東さんが見つけてくれて、私は幸運です」
「ふふ、普段の呼び方が出てしまっているのだろうけど、ぼくも東さんだからなんだかむず痒くなってしまったな」
「……あっ……も、申し訳ありません」
いつもの呼び方になってしまっていたのを、蓜島は気付いていなかった。家族の前では気をつけていたはずだったが、心からの言葉を紡ぐとき、つい呼び名は戻ってしまっていた。
東の父は、それほど真剣に語ってくれていたのだと感じた。嬉しい言葉が聞けたと、話を締めるのに少しだけ冗談を言うと、恥ずかしそうにしている蓜島を見て、本当に真面目な青年だな、と笑った。
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