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いつか熟して、あまくなる
卯月のこと
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まだ知り合ったばかりの男の子を家にあげて、バスルームも着替えも貸して、今リビングで二人で過ごしている。
和山は自分がまさかこういう状況に置かれるとは思ってもみなかった。まるで女の子でも持ち帰りしたみたいな雰囲気だったが、相手は男だ。
「……和山さんは、何も聞かないんですね」
「それだと、何か聞いてほしいみたいに聞こえるけど」
「……そういう部分も、あるかもしれないです」
卯月はもう酔っている訳ではないようだった。けれどいつも職場で見るような快活さはなく、元気がなくて寂しそうだった。
そういう部分もある。聞かないでいてくれることがありがたくて、でもどこか聞いてほしいような気持ちもある。卯月の話す言葉のひとつひとつが、身に覚えがありすぎて和山は苦笑いする。
「……俺も昔、家に帰りたくないってときがあった。そういうときに、東が助けてくれたんだよ」
「東さんが?」
「俺と東は高校のときからの同級生なんだ。そんなに仲が良かったって訳でもなかったのに、理由も聞かずに夜遅くまで俺に付き合ってくれたり、家に泊めてくれたりしてさ。そういうのが助かるって、俺は経験上知ってるから」
「……そうだったんですね」
「何があったんだとか聞かないし、でも話したいなら聞くよ」
「……ありがとうございます」
卯月はその言葉を聞いて、少し安心したようだった。明るくて元気で人当たりが良くて、そういう卯月にもこんな一面があったのだと和山は思う。
「和山さん、優しいんですね」
「俺は優しくないよ。俺に最初に優しくしてくれたのが東だから、俺は同じことを誰かに返してるだけ」
「それが優しくないとできないことですよ」
「そうか?」
卯月はぽつりぽつりと口数が増えてきた。和山が答えようによっては無理に家に帰したりとか理由を問いただすつもりがないとわかったからだ。
「……今日、楽しかったんです」
「? そりゃ良かった」
「今日だけじゃなくて、ジュジュで仕事を始めてからずっと、忙しいけど楽しくて。今日は他のスタッフの方たちとも仲良くなれて、少しも寂しくなかった」
卯月は瞳に寂しそうな色を残したまま、にこにこと笑ってそう話していた。けれど、いったんそこで話が途切れると、またその笑顔は向ける先がわからなくなってしまったみたいにしてあやふやな表情になる。
「僕の家、誰もいないんです。実家なんですけど、子どもの頃からずっと、親の顔ってあんまり見たことなくて」
「……そうなのか」
「父親も母親も仕事で海外に行っていて、なかなか帰ってこないんです。小さい頃からおばあちゃんに育てられたんですけど、小学三年生のときにおばあちゃんが亡くなってからは週に二回お手伝いさんが来てくれるだけで、広い家にいつもひとりでした」
親の顔を見ずに育った子ども。卯月は小学生のころから肉親の愛情を受けることは満足にできなかったのだ。
「うちは裕福で、お金に困ったことはありません。両親も数年に一度帰ってきたときは優しいんですよ。たまに電話とかもくれますし。だから僕は恵まれた子、なんだと思います」
「うん」
「……でも僕、今日みなさんと居て、すごく楽しくて。こんなにあたたかいのは、初めてで」
「うん」
「あそこから、またひとりぼっちの家に帰るんだって思ったら……すごく、嫌で」
「……うん」
「あー僕、ずっと寂しかったんだって、気づいちゃって」
「……うん、寂しかったな」
和山がずっと頷いて話を聞いてくれたことが、卯月は嬉しかった。寂しかった、そう素直に言えた卯月の頭をくしゃくしゃと和山の手が撫でると、こらえていた涙が次々とこぼれだした。
「ごめんなさい、僕もう、大人なのに」
「……歳は関係ないだろ」
確かに和山は、卯月のことを年齢の割には少し幼いなと感じていた。それは外見だけの話ではなくて、やけに素直で純粋で、呑み込みがはやいというよりかは『聞き分けが良い』という感じの印象を受けていた。
その幼さは、幼少期からこれまでずっと満足に愛情を与えられなかったことが理由なのかと、今合点がいった。
それと同時に、和山はどうしてこんなにも卯月を放っておけないのかがわかった。
「……っ、和山さん」
それがわかった瞬間、気づいたら和山は卯月をぎゅっと抱き締めていた。
「もう大人なのにとか、そんなこと気にしなくていいんだよ。大人だって寂しいときは寂しい」
まるで自分に言い聞かせているような気分になって、和山は胸の奥がちくちくと痛む。
「……和山さんも、寂しいときがあるんですか?」
和山の腕の中でぐずぐずと涙を止められずにいる卯月がそう尋ねる。和山が感じているシンパシーのようなものを、卯月もどこかで感じ取っている。
「……さあ、どうだろうな」
それでもまだ、和山は自分の心の中を見せる気にはなれなかった。それは卯月に対してだけではない。
このことは、東以外の誰にも言ったことはない。東にだって詳細なことは話していないのだから、他の誰に対してもそうだ。
「和山さん、肝心なところで意地悪なんですね」
「だから俺は優しくないって言っただろ」
それでもいつか、卯月には話すときが来るんじゃないかと、和山は心のどこかで予感していた。今はそれに気づかないふりをしながら、抱き締めた卯月の体をあったかいなあ、なんてぼんやり思っていた。
和山は自分がまさかこういう状況に置かれるとは思ってもみなかった。まるで女の子でも持ち帰りしたみたいな雰囲気だったが、相手は男だ。
「……和山さんは、何も聞かないんですね」
「それだと、何か聞いてほしいみたいに聞こえるけど」
「……そういう部分も、あるかもしれないです」
卯月はもう酔っている訳ではないようだった。けれどいつも職場で見るような快活さはなく、元気がなくて寂しそうだった。
そういう部分もある。聞かないでいてくれることがありがたくて、でもどこか聞いてほしいような気持ちもある。卯月の話す言葉のひとつひとつが、身に覚えがありすぎて和山は苦笑いする。
「……俺も昔、家に帰りたくないってときがあった。そういうときに、東が助けてくれたんだよ」
「東さんが?」
「俺と東は高校のときからの同級生なんだ。そんなに仲が良かったって訳でもなかったのに、理由も聞かずに夜遅くまで俺に付き合ってくれたり、家に泊めてくれたりしてさ。そういうのが助かるって、俺は経験上知ってるから」
「……そうだったんですね」
「何があったんだとか聞かないし、でも話したいなら聞くよ」
「……ありがとうございます」
卯月はその言葉を聞いて、少し安心したようだった。明るくて元気で人当たりが良くて、そういう卯月にもこんな一面があったのだと和山は思う。
「和山さん、優しいんですね」
「俺は優しくないよ。俺に最初に優しくしてくれたのが東だから、俺は同じことを誰かに返してるだけ」
「それが優しくないとできないことですよ」
「そうか?」
卯月はぽつりぽつりと口数が増えてきた。和山が答えようによっては無理に家に帰したりとか理由を問いただすつもりがないとわかったからだ。
「……今日、楽しかったんです」
「? そりゃ良かった」
「今日だけじゃなくて、ジュジュで仕事を始めてからずっと、忙しいけど楽しくて。今日は他のスタッフの方たちとも仲良くなれて、少しも寂しくなかった」
卯月は瞳に寂しそうな色を残したまま、にこにこと笑ってそう話していた。けれど、いったんそこで話が途切れると、またその笑顔は向ける先がわからなくなってしまったみたいにしてあやふやな表情になる。
「僕の家、誰もいないんです。実家なんですけど、子どもの頃からずっと、親の顔ってあんまり見たことなくて」
「……そうなのか」
「父親も母親も仕事で海外に行っていて、なかなか帰ってこないんです。小さい頃からおばあちゃんに育てられたんですけど、小学三年生のときにおばあちゃんが亡くなってからは週に二回お手伝いさんが来てくれるだけで、広い家にいつもひとりでした」
親の顔を見ずに育った子ども。卯月は小学生のころから肉親の愛情を受けることは満足にできなかったのだ。
「うちは裕福で、お金に困ったことはありません。両親も数年に一度帰ってきたときは優しいんですよ。たまに電話とかもくれますし。だから僕は恵まれた子、なんだと思います」
「うん」
「……でも僕、今日みなさんと居て、すごく楽しくて。こんなにあたたかいのは、初めてで」
「うん」
「あそこから、またひとりぼっちの家に帰るんだって思ったら……すごく、嫌で」
「……うん」
「あー僕、ずっと寂しかったんだって、気づいちゃって」
「……うん、寂しかったな」
和山がずっと頷いて話を聞いてくれたことが、卯月は嬉しかった。寂しかった、そう素直に言えた卯月の頭をくしゃくしゃと和山の手が撫でると、こらえていた涙が次々とこぼれだした。
「ごめんなさい、僕もう、大人なのに」
「……歳は関係ないだろ」
確かに和山は、卯月のことを年齢の割には少し幼いなと感じていた。それは外見だけの話ではなくて、やけに素直で純粋で、呑み込みがはやいというよりかは『聞き分けが良い』という感じの印象を受けていた。
その幼さは、幼少期からこれまでずっと満足に愛情を与えられなかったことが理由なのかと、今合点がいった。
それと同時に、和山はどうしてこんなにも卯月を放っておけないのかがわかった。
「……っ、和山さん」
それがわかった瞬間、気づいたら和山は卯月をぎゅっと抱き締めていた。
「もう大人なのにとか、そんなこと気にしなくていいんだよ。大人だって寂しいときは寂しい」
まるで自分に言い聞かせているような気分になって、和山は胸の奥がちくちくと痛む。
「……和山さんも、寂しいときがあるんですか?」
和山の腕の中でぐずぐずと涙を止められずにいる卯月がそう尋ねる。和山が感じているシンパシーのようなものを、卯月もどこかで感じ取っている。
「……さあ、どうだろうな」
それでもまだ、和山は自分の心の中を見せる気にはなれなかった。それは卯月に対してだけではない。
このことは、東以外の誰にも言ったことはない。東にだって詳細なことは話していないのだから、他の誰に対してもそうだ。
「和山さん、肝心なところで意地悪なんですね」
「だから俺は優しくないって言っただろ」
それでもいつか、卯月には話すときが来るんじゃないかと、和山は心のどこかで予感していた。今はそれに気づかないふりをしながら、抱き締めた卯月の体をあったかいなあ、なんてぼんやり思っていた。
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