あまいの、いくつほしい?

白湯すい

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いつか熟して、あまくなる

どんな気持ちで

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 その日はまた、ネット番組の取材と収録が入っていて、店の厨房にカメラが入り東は撮影をしていた。
 カメラの前の東はいつも通り余裕があって人当たりのよい、誰もが憧れる王子様のような演技をしている。
 東の大ファンだという卯月はそれを見学していて、大きな瞳をキラキラとさせていた。

 収録はそう長いものではなかったので特にトラブルもなくスムーズに終わり、撮影スタッフたちは帰っていった。
「あ~、疲れた……どっと疲れた……」
 さっきまでの王子様スマイルはどこへやら、東はとてもファンには聞かせられないような掠れた低い声を出してバックヤードでうなだれていた。

「お疲れ。今日のそんなに大変だったのか?」
「いや、内容はそんなにだけど……動画で撮られるのは久々だったから」
「それもそうか」
 ここ最近の東は少しずつメディアへの露出を控えるようになってきていた。店への集客はもうじゅうぶんという段階にきているし、こういう売り方もそろそろ潮時だとお互い考えていた。

「じゃあもうこれからあんまり東さんが出てるの見られなくなっちゃうんですか?」
「雑誌とか拘束時間が少なくて効果が見込めるやつは断らないつもりだけどね」
「ファンとしては供給がなくなるのは悲しいですけど、仕方ないですね……」
 卯月がしょぼしょぼと元気なくそう言う姿に東は苦笑する。
「卯月くんは店でいくらでも見れるでしょ……」
「もちろん生で見られる東さんは素晴らしいんですけど! テレビでキラキラ輝いて他のタレントから褒めちぎられてる推しから得られる成分は体にいいんですよ!」
「そ、そうなの?」
 卯月の力説に少し引き気味の東を眺めているのは、ちょっと面白い。少し離れたデスクで眺めている和山はこっそりと笑いをこらえている。

「でも東さんって、やっぱりテレビで見る感じとは違いますよね」
 卯月のその言葉に、東は少しぎくりとする。東にとって『イメージと違う』『思ってたのと違った』というようなワードはつい反応してしまうものだった。
「……がっかりした?」
「え? しないですよ。 素の東さんもナチュラルな感じで素敵ですし、仕事中の東さんはいつものカメラの前の東さんと変わらず凛々しくてかっこいいです!」
 卯月の言葉は決して東を気遣ったものではなく、素直な気持ちを話してくれたものだとわかる。こんなにもまっすぐに目を見て言われて、疑う人は誰も居ないだろう。思わず東もどぎまぎとしてしまうほどだった。
「あ、ありがとう……」
「よかったな、東」
「ねー、和山のそれは、からかってるでしょ絶対」


 卯月はその後、着替えを終えてきた三上さんとも仲良さげにおしゃべりをした後、和山の「もう鍵閉めるぞー」という声に従い帰り支度をした。

 中の施錠を一通り終えた和山もすっかり帰る支度を整えると、店の従業員入り口のあたりに立っている卯月のふわふわとした後ろ頭を見つけた。
「なんだ、まだ帰ってなかったのか」
「わっ、和山さん、お疲れ様です」
 後ろから声をかけると、卯月はびくっと少し飛び跳ねるくらい驚いていた。

「また帰りたくなくなったか?」
「もう、からかわないでください」
「からかってないよ。別にいいって言っただろ。で、どうしたんだ」
 和山は本心から聞いたのだが、卯月にはからかっているように聞こえたらしい。皮肉屋な性格も考えものだなと思いながら和山は聞き直した。
 すると卯月は少し恥ずかしそうにもじもじとしながら持っていた紙袋を渡してきた。
「この前はありがとうございました。借りてた服はクリーニングしておきましたので」
「クリーニング? そんなたいした服じゃないだろ。まあ、わざわざありがとな」
 袋の中身は卯月を家に泊めたときに貸した部屋着だった。ごく普通のトレーナーで、ひどく汚したとかでもないだろうにわざわざクリーニングに出して返してきた卯月は、やはりどこかズレているなあと和山は感じたが、善意は素直に受け取ることにする。

「この前は泣いちゃいましたけど、あんなことはそんなにしょっちゅうないはずなので! ご迷惑をおかけしました」
「いいよ。迷惑じゃないし、いつでも頼って」
 和山は、今度は嫌味やからかいに聞こえないようにとわざとにこりと笑って見せてそう言った。

 だというのに、卯月はその言葉を聞いて、ほんの少しだけ表情を曇らせた。

「……っ、それは、上司としての言葉ですか……?」
「え?」

 卯月はそれがほとんど意識せずに、ぽろりと漏れ出てしまった言葉だったようで、短く聞き返す和山の声にぴくっと驚いて首を横にぶんぶんと振った。

「なんでもないです! とにかく、お礼が言いたかっただけです、お疲れ様でした!」
「あ、ああ。お疲れ、気を付けて帰れよ」
 和山は小さくつぶやかれた卯月の言葉の意味がわからず、面食らったままその背中を見送ったのだった。
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