あまいの、いくつほしい?

白湯すい

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いつか熟して、あまくなる

和山のこと

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「……少し、俺の話をしてもいい?」
「もちろんです」
「…………この話はさ、東にしかしたことないんだ。東の家族とか、他の親しい人にも言ったことがない」
「……はい」
「あんまり聞いて気持ちがいい話でもない。俺は可哀相って思われるのも嫌だし、この話を誰かにしたからって俺自身が変われることはないって思ってたから、誰にも言わなかった」

 卯月はそれを聞いて、少したじろいだ。けれど、それを必死に隠そうとしている。和山からどんな話をされたとしても、絶対に変な態度を取ったりしないという決意を感じる。
 そういう卯月だから、話す気になった。和山はゆっくりと息を吐く。


 昔の話をするのは、慣れていない。何せたった一人にしか話したことがないのだ。昔のことは、思い返すたびに息が詰まる。
「……前、俺にも家に帰りたくないときがあったって言ってただろ」
「はい、覚えてます」

「うちの母親、不倫してたんだ。まだ俺が小学校にもあがってない頃に、よく父親が仕事で居ない昼間に知らない男を家に連れ込んで派手にやってた。俺は見たって何してるかわかんないだろうって感じで、俺に隠れてやるつもりもなさそうだった」
「…………」
「確かに初めて見たときは何してるのかなんてわからなかったけど、そのうちわかるようになった。俺が中学に上がる前くらいにはもうそういうのを見ることはなくなったけど、俺が知らない間にしてるのか、もうしなくなったのかはわからない。でも家族に特に変わった様子はなくて、両親は仲良さそうにしてた。俺は、それがどうしようもなく気持ち悪く見えたんだ」

 家に帰って、両親のものではない大人の靴が玄関にある。おかえり、と迎えてくれる声の代わりに、母親の聞いたことのない苦しそうな声を聞いた。
 今でもそれを、嫌になるほど鮮明に覚えている。
 何をしているのかわからなくて、ただその光景が異様で、きっとよくないことだというのを感じてじわりと首筋にかいた汗の生ぬるい感触。

 和山はその現場に居合わせてしまうたびにひどく逃げ出したい気持ちに襲われて、ひとりぼっちで夜まで外で過ごすことがあった。

「高校生くらいのときに知ったけど、母親がそういうことをしてたのは父親も知っていたらしい。それでももめたりしなかったのは、俺がまだ子どもで、子どもには両親が必要だと思ったからだそうだ。さらに後から知ったけど、父親も職場の女とできてたりしてたって噂もあった。結局それは証拠がなくて本当かどうかわからなかったけど。俺のために我慢してたって話も結局嘘だったのかもしれない。俺は確かめる気にもならなかった」
「……そんな、」
 卯月は言葉が見つからないみたいだった。無理もない。和山はそう思う。

「子どもだから何してもわからないだろう、ばれずにやれば裏切ったっていい。何もかもなかったふりをして、子どものためだって体のいい嘘で自分を守って、それに利用される俺も何も言えなくて。そういうのの何もかもが気持ち悪かった。嘘だらけのはりぼての家で、一秒だって過ごしていたくなかった。誰のことも信じられなかったし、興味も持てなかった」

 仲が良いふりをして嘘でかためた笑顔で過ごす家族のことも、そんな人間に軽んじられる自分も、そんな人間を頼らなければ生きていけない自分も、全部が嫌で仕方がなかった。

「それで、東さんが助けてくれたんですね」
「そう。あいつと知り合ったのはたまたまだったけど、お互い全然違うのにちょっと似たところがあってさ。あいつは優しいから、何も聞かずにうちにおいでよって言ってくれた。ほんとに助かったな、あれは」

 帰ってまたあんなものを見てしまったらどうしよう。俺が帰ってくる前に居なくなっただけで、さっきまでここでこの女は知らない男と寝ていたのかもしれない。そんな風に思ったら、家で過ごす時間というのは苦痛でしかなくなった。
 家と親という、本来安らげるはずの居場所がそういう場所になってしまった孤独感は、今でも体に染みついている。

 今となっては東の実家で過ごしている時間のほうが長いかもしれないと思うほど、和山は東の家族にお世話になった。

「それからずっと、女ってものがトラウマでね。普通に接する分にはいいけど、ちょっとでもそういう雰囲気で触られたりすると気持ち悪くてたまらない。だから恋愛なんてろくにできなかった。今まで何人か付き合ってみたこともあるけど、何をしたって何も感じなかったし、必死にフラッシュバックと吐き気を耐えてるだけの時間だった。頭では相手はあの女じゃないってわかってるのに、体が全部拒否してるみたいでどうしようもなかった」

 幼いころのショックというのは想像以上に引きずってしまうらしい。脳よりももっと深いところに傷がついているみたいで、治りかけてはまだ傷口がひらいで、体の奥のほうで不快感がぶわりと広がっていく。頭の中でどう暗示をかけたって、言い聞かせたってどうしようもなかった。

「そんなのさ、相手の子にも失礼だろ。その子には何の関係もないのに、俺だけが勝手に相手を信じられなくなったり気持ち悪がったりしてる。いつか壊れてしまうことより、そんな歪なものをそのままに維持していくことが何より耐えられなかった。だから結局、俺は誰のことも最終的には遠ざけて傷つけるんだよ」
「……そうなってしまうのも、仕方がないんだろうって、僕でもわかります」
 卯月の家庭環境とはまったく違う。だから想像の域を出ないけれど、卯月は懸命に理解しようと嚙み砕いていた。
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