1 / 6
気になってる人
俺には最近、気になっている人がいる。『気になっている人』という表現があっているのかどうかはわからないけれど、とにかく『頭の中をいっぱいにしてしまっている人』なのだ。
それは、家事代行のアルバイトでお宅に伺っているお客さんのおじさんだ。
お名前は辻さん。所謂イケオジといった雰囲気の人で、長い髪をゆるくまとめているなんとも絵になる男の人だった。気だるげな雰囲気のある外見に漂う、ほんのりと甘い煙草の香りを纏った大人の魅力に溢れたおじさん。
俺は歳を取るならこんな風がいいと、一目見た瞬間に憧れを抱いてしまった。
「これからお世話になります、家事代行サービス『ひだまり』の喜多村と申します!」
始まりはまず元気で明るい挨拶から。それが勤め先である企業のポリシーだった。初対面の日はそんな風に始まった。
「世話してもらうのはこっちだけどね。こちらこそ、よろしくお願いします」
「あはは、確かにそうかもですね。でも、俺も不慣れな部分もあるかと思うので」
俺はあくまでアルバイトスタッフだ。スキマ時間に働くのにちょうどいい家事代行のアルバイトは最近始めたもので、まだまだ慣れていないところも多かった。
「あまり小煩いことは言いませんから、大丈夫ですよ。掃除をメインに、たまに買い出しとかをお願いします。いつも散らかしちゃって悪いんだけど」
「はい!わかりました」
「あと事前に確認もしてあるけど、煙草は平気? もしアレだったら換気扇のとこで吸うようにするから」
「お気遣いありがとうございます。全然平気なんで、自由にしてもらって大丈夫ですよ!」
辻さんの家は確かに言葉通り、あまり掃除や片付けは行き届いていない感じだった。話を聞けば辻さんは小説家で、執筆が立て込んでいるときは生活のことが後回しになってしまうらしい。
「まあそれでなくとも、僕は片付けが下手なんだけどね」
「わかります。俺も仕事ではやりますけど、自分のこととなると難しいんですよね」
「僕は仕事でだってできないよ。スタッフさん達には頭が上がりません」
「いえいえ、誰でも得意なこととそうでないことがありますから」
渋くてかっこいい印象の、隙なんてひとつもなさそうな辻さんが、そう言って自分の弱みを素直に認めているのがまたかっこよく思える。少し怖そうな人にも見えるけれど、腰が低くて優しい人だった。
俺が洗い物や掃除・洗濯・片付けなどをこなしていると、別の部屋で仕事をしていた辻さんが様子を見に顔を出した。
「おお、すごいね。もうだいぶ綺麗になってる、手際がいいんだね」
「ありがとうございます。いやぁ、結構やりがいありましたね~」
「あはは、ほんと申し訳ない。代行もしばらく頼めていなかったから」
「そうだったんですね。これからは週に二回でしたよね?」
「うん。小まめに来てもらえれば、ここまでにはならないで済むかなって。ほっとくと僕はすぐにでもゴミ屋敷を作るからね」
「そうはならないように、頑張ります」
そんな風に何気ない話をしているときに、ふいに辻さんは俺の首から下げている名札が目に入ったらしい。
「キタムラくんって、こういう字で書くんだ。珍しいね」
「そうなんです。方角の北だと思われて間違われちゃうんですよね」
「僕も下の名前に喜の文字が入るんだよ」
辻さんはそう言いながら本棚に並んだ自分の著書の背表紙をトントンと指で示しながら言った。辻喜久、とそこには書いてある。
「あ、本当だ……!」
「ふふ、お揃いだね」
くすくすと笑いながらそう言う辻さんはイメージにそぐわず、なんだかかわいくて俺は戸惑ってしまった。
その後も着々と作業を進めて、予定していた時間になる頃には一通り部屋は整頓され綺麗な状態にすることができた。
「おお、仕事が速くてすごいねえ」
「ありがとうございます!」
「この状態を自分で保てればいいんだけど」
「あはは、お仕事されながらだと難しいときもありますよね」
「難しいときもあるっていうか、僕の場合はいつもだ。どうにも苦手でね」
辻さんは本当に片付けやらが苦手らしい。これは後から聞いた話だけれど、初対面の俺がやりやすいように適度に優しくしてくれたり他の人に気をまわすことはできるのに、自分のための行動となると途端に億劫になってしまい身のまわりのことは適当になってしまうらしい。
「辻さんにできないことは、僕がやりますよ。そのために僕が来るんですから」
「助かります」
俺よりもうんと年上なのに、何かを頼むときは丁寧な口調で軽く頭を下げる辻さん。俺は初日ですっかり辻さんのことが好きになってしまった。もちろんそれは、人としてだけれど。
それは、家事代行のアルバイトでお宅に伺っているお客さんのおじさんだ。
お名前は辻さん。所謂イケオジといった雰囲気の人で、長い髪をゆるくまとめているなんとも絵になる男の人だった。気だるげな雰囲気のある外見に漂う、ほんのりと甘い煙草の香りを纏った大人の魅力に溢れたおじさん。
俺は歳を取るならこんな風がいいと、一目見た瞬間に憧れを抱いてしまった。
「これからお世話になります、家事代行サービス『ひだまり』の喜多村と申します!」
始まりはまず元気で明るい挨拶から。それが勤め先である企業のポリシーだった。初対面の日はそんな風に始まった。
「世話してもらうのはこっちだけどね。こちらこそ、よろしくお願いします」
「あはは、確かにそうかもですね。でも、俺も不慣れな部分もあるかと思うので」
俺はあくまでアルバイトスタッフだ。スキマ時間に働くのにちょうどいい家事代行のアルバイトは最近始めたもので、まだまだ慣れていないところも多かった。
「あまり小煩いことは言いませんから、大丈夫ですよ。掃除をメインに、たまに買い出しとかをお願いします。いつも散らかしちゃって悪いんだけど」
「はい!わかりました」
「あと事前に確認もしてあるけど、煙草は平気? もしアレだったら換気扇のとこで吸うようにするから」
「お気遣いありがとうございます。全然平気なんで、自由にしてもらって大丈夫ですよ!」
辻さんの家は確かに言葉通り、あまり掃除や片付けは行き届いていない感じだった。話を聞けば辻さんは小説家で、執筆が立て込んでいるときは生活のことが後回しになってしまうらしい。
「まあそれでなくとも、僕は片付けが下手なんだけどね」
「わかります。俺も仕事ではやりますけど、自分のこととなると難しいんですよね」
「僕は仕事でだってできないよ。スタッフさん達には頭が上がりません」
「いえいえ、誰でも得意なこととそうでないことがありますから」
渋くてかっこいい印象の、隙なんてひとつもなさそうな辻さんが、そう言って自分の弱みを素直に認めているのがまたかっこよく思える。少し怖そうな人にも見えるけれど、腰が低くて優しい人だった。
俺が洗い物や掃除・洗濯・片付けなどをこなしていると、別の部屋で仕事をしていた辻さんが様子を見に顔を出した。
「おお、すごいね。もうだいぶ綺麗になってる、手際がいいんだね」
「ありがとうございます。いやぁ、結構やりがいありましたね~」
「あはは、ほんと申し訳ない。代行もしばらく頼めていなかったから」
「そうだったんですね。これからは週に二回でしたよね?」
「うん。小まめに来てもらえれば、ここまでにはならないで済むかなって。ほっとくと僕はすぐにでもゴミ屋敷を作るからね」
「そうはならないように、頑張ります」
そんな風に何気ない話をしているときに、ふいに辻さんは俺の首から下げている名札が目に入ったらしい。
「キタムラくんって、こういう字で書くんだ。珍しいね」
「そうなんです。方角の北だと思われて間違われちゃうんですよね」
「僕も下の名前に喜の文字が入るんだよ」
辻さんはそう言いながら本棚に並んだ自分の著書の背表紙をトントンと指で示しながら言った。辻喜久、とそこには書いてある。
「あ、本当だ……!」
「ふふ、お揃いだね」
くすくすと笑いながらそう言う辻さんはイメージにそぐわず、なんだかかわいくて俺は戸惑ってしまった。
その後も着々と作業を進めて、予定していた時間になる頃には一通り部屋は整頓され綺麗な状態にすることができた。
「おお、仕事が速くてすごいねえ」
「ありがとうございます!」
「この状態を自分で保てればいいんだけど」
「あはは、お仕事されながらだと難しいときもありますよね」
「難しいときもあるっていうか、僕の場合はいつもだ。どうにも苦手でね」
辻さんは本当に片付けやらが苦手らしい。これは後から聞いた話だけれど、初対面の俺がやりやすいように適度に優しくしてくれたり他の人に気をまわすことはできるのに、自分のための行動となると途端に億劫になってしまい身のまわりのことは適当になってしまうらしい。
「辻さんにできないことは、僕がやりますよ。そのために僕が来るんですから」
「助かります」
俺よりもうんと年上なのに、何かを頼むときは丁寧な口調で軽く頭を下げる辻さん。俺は初日ですっかり辻さんのことが好きになってしまった。もちろんそれは、人としてだけれど。
あなたにおすすめの小説
邪神の祭壇へ無垢な筋肉を生贄として捧ぐ
零
BL
世間に秘された名門男子校・平坂学園体育科
空手の名選手であった高尾雄一は、新任教師として赴任する
高潔な人格と鋼のように鍛えられた肉体
それは、学園にとって最高の生贄の候補に他ならなかった
至高の筋肉を持つ、精神を削られ意志をなくした青年を太古の神に捧げるため、“水”、“風”、“土”の信奉者達が暗躍する
意志をなくし筋肉の操り人形と化した“デク”
消える教師
山奥の男子校で繰り広げられるダークファンタジー
上司、快楽に沈むまで
赤林檎
BL
完璧な男――それが、営業部課長・**榊(さかき)**の社内での評判だった。
冷静沈着、部下にも厳しい。私生活の噂すら立たないほどの隙のなさ。
だが、その“完璧”が崩れる日がくるとは、誰も想像していなかった。
入社三年目の篠原は、榊の直属の部下。
真面目だが強気で、どこか挑発的な笑みを浮かべる青年。
ある夜、取引先とのトラブル対応で二人だけが残ったオフィスで、
篠原は上司に向かって、いつもの穏やかな口調を崩した。「……そんな顔、部下には見せないんですね」
疲労で僅かに緩んだ榊の表情。
その弱さを見逃さず、篠原はデスク越しに距離を詰める。
「強がらなくていいですよ。俺の前では、もう」
指先が榊のネクタイを掴む。
引き寄せられた瞬間、榊の理性は音を立てて崩れた。
拒むことも、許すこともできないまま、
彼は“部下”の手によって、ひとつずつ乱されていく。
言葉で支配され、触れられるたびに、自分の知らなかった感情と快楽を知る。それは、上司としての誇りを壊すほどに甘く、逃れられないほどに深い。
だが、篠原の視線の奥に宿るのは、ただの欲望ではなかった。
そこには、ずっと榊だけを見つめ続けてきた、静かな執着がある。
「俺、前から思ってたんです。
あなたが誰かに“支配される”ところ、きっと綺麗だろうなって」
支配する側だったはずの男が、
支配されることで初めて“生きている”と感じてしまう――。
上司と部下、立場も理性も、すべてが絡み合うオフィスの夜。
秘密の扉を開けた榊は、もう戻れない。
快楽に溺れるその瞬間まで、彼を待つのは破滅か、それとも救いか。
――これは、ひとりの上司が“愛”という名の支配に沈んでいく物語。