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番外編 特別な日2
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カイはその日から熱心に勉強に取り組んだ。ヴィルの言ったとおり、素質は悪くなかったのだろう。メキメキと成績は上昇し、不動の一位だったアデリナのライバルに名乗りをあげるまでになった。
そして迎えた十二歳の進級試験。同点一位ではあったが、首席としてその名を呼ばれたのはカイだった。金バッジを胸に舞台袖に戻ってきた彼をアデリナが出迎えた。
「おめでとう、カイ。次は絶対に負けないから」
入れ違いで舞台へ出ていくアデリナの背中を見送りながら、カイは自身の胸を押さえた。はやる鼓動に呼吸が苦しくなる。
(――アデリナが俺に話しかけた、初めて!)
彼女はきっと知らない。カイがどれだけこの瞬間を夢見ていたか。アデリナが自分を見て、声をかけてくれる。ただそれだけのことを、どれほど渇望していたことか。
「や……った!」
カイは思わず胸の前でこぶしを握り締めた。この日は彼の人生で特別に輝く一日となった。このときはまだ、明るい未来を夢見ることが許されていた。この先に起こる悲劇など知る由もなかった。
それからたった二年後、すべてが大きく変わってしまった。
感情のない白い顔でジェインが告げる。
「クリスティア・エバンス、いやもうミュラーか。彼女が死んだよ」
「クリスティア……アデリナの姉か」
カイは何度か目にしたことのある彼女の姿を思い出していた。アデリナとはあまり似ておらず、勝気そうな雰囲気の女性だった。
「いったいどうして?」
「自害だ」
ジェインは取り繕うこともせずに答える。彼女とジェインはたしか同級生だ。親しくしていたなどとは聞いたことがないが、カイはジェインがこんなにも動揺しているところを見るのは初めてで、少し驚いていた。
(自害……夫のあとを追ったのか?)
彼女の夫が今回の皇位継承争いで命を落としたと聞いたような気がする。だが、それをジェインに問い詰めるのはやめておいた。どうしてかは知らないが、彼のほうが今にも命を絶ってしまいそうに弱って見えたからだ。
ジェインはかすかに震える声で続ける。
「葬儀は明後日だそうだが、うちは当然参列しないよ」
カイはなにも言わずにうなずいた。それはそうだろう、彼女が夫のあとを追ったのだとしたら、オーギュスト家が殺したも同然だ。カイだって、その程度のわきまえはある。
遠くからそっと様子をうかがって、誰にも見つからないうちに帰るつもりだったのだ。だから、喪服も着なかったし手向けの花も用意していなかった。
だけど、細い雨に打たれる彼女の姿を見ていたら自然と足が動いてしまった。まるで幽霊みたいに、そのまま天へ昇っていってしまいそうなアデリナに思わず手を伸ばす。
(ダメだ、行くな!)
カイは心のなかで叫ぶ。なにがなんでも、彼女をこの世にとどめておきたかった。自分を憎むことが彼女の生きる力になるならそれでもいいと思った。
『結構よ。私は死んだりしない。負け犬にはならないわ』
憎らしげにカイを見返す彼女の瞳に、わずかな力が戻ったのを見てカイはほっと安堵した。
(それでいい。俺はもう夢なんて見ないから。だからどうか、生きてくれ)
そして迎えた十二歳の進級試験。同点一位ではあったが、首席としてその名を呼ばれたのはカイだった。金バッジを胸に舞台袖に戻ってきた彼をアデリナが出迎えた。
「おめでとう、カイ。次は絶対に負けないから」
入れ違いで舞台へ出ていくアデリナの背中を見送りながら、カイは自身の胸を押さえた。はやる鼓動に呼吸が苦しくなる。
(――アデリナが俺に話しかけた、初めて!)
彼女はきっと知らない。カイがどれだけこの瞬間を夢見ていたか。アデリナが自分を見て、声をかけてくれる。ただそれだけのことを、どれほど渇望していたことか。
「や……った!」
カイは思わず胸の前でこぶしを握り締めた。この日は彼の人生で特別に輝く一日となった。このときはまだ、明るい未来を夢見ることが許されていた。この先に起こる悲劇など知る由もなかった。
それからたった二年後、すべてが大きく変わってしまった。
感情のない白い顔でジェインが告げる。
「クリスティア・エバンス、いやもうミュラーか。彼女が死んだよ」
「クリスティア……アデリナの姉か」
カイは何度か目にしたことのある彼女の姿を思い出していた。アデリナとはあまり似ておらず、勝気そうな雰囲気の女性だった。
「いったいどうして?」
「自害だ」
ジェインは取り繕うこともせずに答える。彼女とジェインはたしか同級生だ。親しくしていたなどとは聞いたことがないが、カイはジェインがこんなにも動揺しているところを見るのは初めてで、少し驚いていた。
(自害……夫のあとを追ったのか?)
彼女の夫が今回の皇位継承争いで命を落としたと聞いたような気がする。だが、それをジェインに問い詰めるのはやめておいた。どうしてかは知らないが、彼のほうが今にも命を絶ってしまいそうに弱って見えたからだ。
ジェインはかすかに震える声で続ける。
「葬儀は明後日だそうだが、うちは当然参列しないよ」
カイはなにも言わずにうなずいた。それはそうだろう、彼女が夫のあとを追ったのだとしたら、オーギュスト家が殺したも同然だ。カイだって、その程度のわきまえはある。
遠くからそっと様子をうかがって、誰にも見つからないうちに帰るつもりだったのだ。だから、喪服も着なかったし手向けの花も用意していなかった。
だけど、細い雨に打たれる彼女の姿を見ていたら自然と足が動いてしまった。まるで幽霊みたいに、そのまま天へ昇っていってしまいそうなアデリナに思わず手を伸ばす。
(ダメだ、行くな!)
カイは心のなかで叫ぶ。なにがなんでも、彼女をこの世にとどめておきたかった。自分を憎むことが彼女の生きる力になるならそれでもいいと思った。
『結構よ。私は死んだりしない。負け犬にはならないわ』
憎らしげにカイを見返す彼女の瞳に、わずかな力が戻ったのを見てカイはほっと安堵した。
(それでいい。俺はもう夢なんて見ないから。だからどうか、生きてくれ)
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