小説請負人Hisae 全8話

當宮秀樹

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3アーティスト

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 今年も桜が咲いて綺麗、桜と云えば花見酒、てかっ!桜餅食いてえ~、桜餅と酒買ってこよっと。

Hisaeは餅を口に入れながらPCを開いた。

一通のメールが来た。

なになに?

「初めまして。私は五十五歳を迎えたばかりのどこにでもいる、いたって普通の主婦で山口美和と申します。

Hisaeさんの仕事に興味を持ち主人と相談し、早速メール致しました。私と主人の光晴は、
若い頃音楽を生業として食べることを夢見る二人でした。

YAMAPAミュージックコンテスト地区大会で優勝しましたが、県大会では落選してしまいました。

以後ストリートミュージシャンを数年やって子供が出来たのを期に、普通のサラリーマンとして生きてきました。

ごく普通の何処にでもいる音楽に憧れ挫折したというパターンの夫婦です。

せめて小説の中だけでも私達を、シンガーソングライターを生業とするミュージシャンとして描いて
頂きたくメールいたしました」


Hisaeは返信した。 

「ご依頼いただきありがとうございました。この依頼、受けさせていただきたいと思います。
つきましては、小説をリアルなものにしたいので、お二人で作った曲名と曲風。 
書き表したい想い出に残るエピソードなどをお聞かせ下さい。
まずは、あらすじを書いてみますのでご確認ください」


あらすじ

これは、自分達の創作した音楽が、多くの日本人の心に、安らぎと感動を与えた、
男女ユニットミュージシャンの物語。

昭和四八年。多数の有名人を世に送り出した、YAMAPAミュージックコンテスト。

地方予選を勝ち抜いてきた男女二人のミュージシャンが全国大会で見事グランプリを獲得し、
日本音楽業界に数々の功績を残したしたミュージシャン夫婦の物語。

そのミュージシャンの名はMitu&Miwaそうこれは日本の音楽業界に多大な影響を与えた
Mitu&Miwaの半生を描いた作品。

学生時代から夢見た音楽家への道。

順調満帆にみえる2人であったが他人に言えない挫折そして再起。心の葛藤と歓喜。
そんなMitu&Miwaの物語。


昭和45年。2人は同じ中学の同級生。

隣町のレコード店で同じジャンルのレコードをMituとMiwaは偶然探していた。
隣の女の子の顔を見てMituはビックリした。

「おや、Miwaどうしたの?」

「私、井上陽水が好きなの、でレコード見てたの、Mitu君は?」

「僕は、岡林信康」

そんな話から2人は意気投合した。そこからMitu&Miwaの物語が始まった。

これでどうかな?と。

Hisaeは山口美和にメールした。

「ありがとうございます。あらすじだけでも何だかワクワクします。そのまま執筆をお願いいたします。 
山口」

もう一度Hisaeは質問した。

「了承いたしました。こちらからの質問ですが、お2人の作った曲名と歌詞を差し支えなければ
数曲教えていただければ、作品によりリアル感が生まれますが。
あと書いてほしい事柄やエピソードがあったら教えて下さい。 Hisae」

「曲名は、『笹舟・SANGA・絆』の3曲です。歌詞はどこにでもある内容です。
恥ずかしいので勘弁して下さいませ。  山口」


「Mitu & Miwa」

昭和45年、Mitu13歳 。フォークギターを抱えて札幌市の玉屋レコード店でレコードを
物色していた。お気に入りは岡林信康。彼は日本フォーク界のパイオニア的存在。
Mituがアルバムを見ていたら、隣の女性に肘が触れてしまった。

「あっ、すみません」

「いえ」顔を上げたその先には同じクラスの女の子、Miwaの姿があった。お互いビックリして
顔を見合わせた。

「Mituくん、どうしたのこんなとこで?」

「どうしたって、レコード見てるんだけど、Miwaこそフォークソング聞くんだ?」

「私、井上陽水が好きなのよ、でレコード見てたの、Mituくんは?」

「僕は、岡林信康」

「岡林もいいよね。私も手紙やチューリップのアップリケが好き、関西フォークって、語りも面白いし。
ライブバージョンなんて最高よね!」

「僕も陽水は聞くよ。今までのフォーク歌手にない透き通った歌声とメロディーラインが好きだよ」

「Mituくん、これから用事あるの?」

「別にないけど」

「よかったら、ウエシマの喫茶店でコーヒー飲まない?」

「いいね、フォークの話しようか?」

二人は向き合って座った。

「私、嬉しい。私達の年代ってみん、郷ひろみ・秀樹・五郎の御三家でしょ。どこか感覚が合わないのよね」

「同感。男も小柳ルミ子や南さおりだとかだから、可愛いけど、歌の方向性がいまいち合わないよ。
まあ南さおりは僕的には大好物なんだけどね!」 

Miwaはメロンソーダを吹き出した。

「Mituくん、面白い、ところでMituくん、そのギター弾いて歌ってるの?」

「ああ、親にねだって買ってもらったばかりなんだ。コードは一通り憶えたよ少しぎこちないけどね」

「私も同じ。ハイコードがいまいちぎこちないの」

「ハハハハ」

2人はすっかり意気投合した。

「今度、ギター持って家においでよ。アルペジオ教えてくれない?」

「良いけど、僕も練習中だから教えるまでいってないよ」

「いいの、二人でギターの練習しようよ」

二時間程話してから店を出て別れた。

数日後、MituはMiwaの家にいた。

「ここにあるレコード見ていい?」

「お好きにどうぞ」

「へ~。ロックも聴くんだね」

「うん、最初はボブディランだとか洋楽だったのね。でも歌詞が解らないから、だんだん日本の
フォークに入れ込んだの」

「解る。僕もそう思ってた。 やっぱりダイレクトで歌詞も味わいたいよね。 
英語の字面や・発音だけじゃあ、いまいちだよ。ツェッペリンの天国の階段や
・ELP・サイモンとガーファンクルやボブディランなんて特にそう思うんだ」

「Mituくんは感性まで私と似てる、うけるんだけど!」

「本当だね。岡林も良いけど五つの赤い風船も好きなんだよねぇ」

突然Miwaが「今度、私と曲を作ってみない? 私が作詞するからMituくんが作曲ってのはどう?」

「オリジナル・・?」Mituの目が光った。

「うん、いいかもしれないね。僕、作ってみるよ」

「楽しそう、オリジナルなんて考えてもみなかったもん」

Miwaも心が弾んだ。

「アップテンポの曲とバラード調の曲をふたつ作るね」

「うん、ところでどっち先に作るの、詞? 曲?」

「できれば作詞を先にしてほしいな。その詩をイメージして曲作りをしたいんだけど」

「わかった。その代わり、絶対笑わないって約束してほしい、いい?」

「了解。できあがったら学校で渡してくれる? なんか楽しみだな~」

「私もなんか緊張してきた……」

二人は、同じ趣味を語り合える人間と出会った喜びに感動した。

数日後の放課後MiwaはMituに封筒を恥ずかしそうに渡した。

「これ宜しく……」

「ああ、お疲れ…」受け取ったMituもすこし照れていた。

足早に帰宅したMituは部屋に入り封筒を開けた。レポート用紙二枚が入っていた。
女の子らしい丸い文字が印象的。

「どれどれ?笹舟とSANGA」


Hisaeは手を止めた。今日はこの辺で勘弁してやる。アタシはもう寝る!ベッドの上で瞑想に入った。
瞑想はHisaeの日課。急にある思いが沸上がってきた。

私が簡単な作詞をするか……それともメールで問い合わせして実際の詞を組み入れるか? 

とりあえず本人にメールしてから寝ようっと。メールをしてから寝た。

「Hisaeです。小説は順調に進んでおります。 これから歌詩りに入ります。
実際の笹舟はバラード調でSANGAはUPテンポでよかったでしょうか? 

それと作詞は実際のものをリアルに使った方がよいのか?
架空の作詞にした方がよいのか? その場合『私が勝手に作ります』その辺を確認してほしいと思います」 

翌朝PCの電源を入れるとMiwaからメールがあった。

「お気使い、ありがとうございます。メールの件ですが、私が書いた詩を添付いたします。
とっても恥ずかしいです。でも、折角の小説、恥を忍んで送ります。 Miwa」


笹舟(バラード調)
今も心に残る
あの日あなたが最後に作ってくれた笹舟
夕日が眩しい川面の中で
あなたは呟いた。
これで最後だねって
私の頬に止めどもなく流れ落ちる涙
もういいの私は決めたの
私は思いをこの笹舟に乗せて
旅立つことにするの

私の思いはずっとあなたと一緒
あなたが逝ったその時から
私はあなたと一緒なの
だから私は旅立つ 
この笹舟に乗ってあなたのもとへ
だから私も旅立つ 
この笹舟に乗ってあなたのもとへ
争いのない理想の街
慈しみのある平和な街

etc

SANGA(UPテンポ)
都会が闇に包まれた時
お前は俺に語りかける
自由の長い旅に出てみよう
束縛のない自由な旅
そこに、お前を狂わす何かがある
そこに、お前を狂わす人が居る
そうさ、お前は旅に出るんだ
そうさ、お前はあるがままに あるがままに
今まで、見つけられなかったお前だけの居場所さ
お前らしく、お前らしく
ジャンプ、今、旅に出よう
ジャンプ、今しかない
ジャンプ、自分に帰ろう

ジャンプ、今、旅に出よう
ジャンプ、今しかない
ジャンプ、自分に帰ろう
etc

Miwaからのメールに詩が添付されていた。

ベタだけど、中学生の少女が書いた詩にしてはけっこういいね! この詩にどんな曲がついたのかな?
Hisaeは、曲も聴いてみたい衝動に駆られた。


Mituは読み終わってからひと息ついた。

「これ中学女子の詞?今の日本フォークの連中に通用する詞だよなぁ……」

Mituは、わずかな重圧を感じ曲作りに入った。一週間で完成し、学校でMiwaに報告した。

「出来たよ。でも僕、楽譜に出来ないから……」

「わかったわ。今日、私の家に来られる?」

「うん、了解。掃除当番だから若干遅くなるけど、それに家に戻ってギター取ってからだから
四時までには行ける」

「うん、待ってる」

緊張した面持ちの二人だった。

ピンポーン・ピンポーン

「ハイ、どうぞ」

Miwaの部屋に通された。

「なんか緊張するよ」Mituが呟いた。

「私だって緊張してるよ」Miwaが自分の胸に手を当てた。

「じゃぁ、笹舟からいくね」

コードAmから始まるしっとりとした前奏。ギターテクニックはまだまだ荒削りだったが、
笹舟が川面に揺らめく様子と、詞の内容のようにどこか淋しげな感じが伝わってくるメロディーライン。

Miwaは拍手した。

「続けるね、SANGA」

曲のはじめはアルペジオでしっとりとバラード調。詩の変わり目からストロークで激しく表現した。

「Mituくん、凄い! 私、感動した。 Mituくんお世辞抜きで作曲の才能あると思う」

「いやぁ、詩の内容がボブディランや岡林風だったから、一時はどうなるかと思ったんだけどなんとか出来たよ」

「私、譜面に起こすからコード進行教えて」

これがMitu&Miwa初の合作であり処女作でもあった。

二人なりにアレンジをして曲は新たに編曲も加わり、素朴でありながら力強さの感じられる曲となった。

二人は、週に二~三日は笹舟とSANGAを練習した。月日が過ぎ自然の成り行きでお互いに意識し合い、
交際するようになっていた。

二人は同じ高校に進学した。高校三年の春。MiwaがMituに提案をした。

「ねぇ、オリジナルの中からどれか一曲選んでYAMAPAミュージックコンテストに応募しない?」

その頃には三〇を越えるオリジナル曲が出来上がっていた。

「えっ、あの中島春雪も出たYAMAPAの……?冗談だろ、恥ずかしいよ」

「なんで? 思いで作りでどう……」

「想い出? もうMiwaとの想い出は十分出来てるよ」

「高校生最後のよ」

Miwaに押し切られる形で渋々了承した。

Hisaeは休憩した。

よし、順調と。久しぶりに風呂入るか。

ここは、YAMAPAミュージックコンテストの地区予選会場。2人は「Mitu&Miwa」
という名でエントリーした。

曲は2人の処女作「笹舟」を選んだ。

コンテストは同世代から20歳代後半と思われる人達がエントリーしていた。

出番を待つ2人に突然後ろから女性が「ねえ、君達も出るの?私もなの。緊張するよね」

Miwaが応えた「はい、。緊張しまくりです」

「お互い、本選に向けて頑張ろうね」

女は勝手に言って勝手に去っていった。

Mituが言った「あのオバサン、感じワル!」

「次はエントリーナンバー18番、大友祐子。曲名傷心」

Mituが「あっ、さっきのオバサンだ」

「あなたの~燃える背中。だんだん小さくなる」

会場はその曲と歌声に魅了された。

Mituは呟いた「何という出だし。そして歌唱力と雰囲気このオバサンすげっ!」

曲が終わると今までで一番盛大な歓声と拍手。

「なにパワーに飲まれてんのよ。そろそろよ!」強気なMiwaだった。

「Miwa、あんがい冷静だね」

「だってしかたないでしょうが、あの人はあの人なんだから」

「まっ、そうだけど……」

「エントリーナンバー、二二番、Mitu&Miwa曲名笹舟」

アナウンスが流れ2人はステージに立った。

Miwaがマイクに向かった「笹舟、聞いて下さい」

編曲されたイントロは川のせせらぎを感じさせる調べ。アコスティックの繊細な金属音が会場に響いた。

「今も心に残るあの日 あなたが最後に作ってくれた笹舟……」出だしは、Miwaの繊細な声で始まった。
曲半ばからMituがハモリを入れ歌い出した。

全体にまとまりのあるアレンジで詩の内容のような繊細さがアコスティックギターの音色で表現され
観衆の心に届いた。
会場は大友祐子の時とは違った意味で、拍手と歓声が響きわたった。2人は高校生らしく深々と
お辞儀をし楽屋に戻った。

また、後ろからあの声がした「良かったわよ」大友祐子だった。

Miwaが「あ・ありがとうございます」軽くお辞儀をした。

発表の時が来た。

地区予選の2組が全国本選への出場資格をもらえる。選ばれたのは大友祐子とMitu&Miwaだった。

帰りの列車の中で「どうする?」Mituが言った。

「どうするって?」

「本選に出るかってこと?」

「ここまで来たら出るのが当たり前じゃないの。それともMituくんびびってる?もしかして……」

「いや、僕達まだ未成年者だし。親の承諾をもらわないと…」

「いいわ、Mituくんに任せる断るならそれでもいいけど、これはおぼえておいてね、
他の落選した人たちに申し訳ないよ。出ないなら初めから申し込みしなきゃよかったのに……」

Miwaは憮然とした態度で沈黙した。

後日、MituがMiwaの両親の了解を得ようと家に訪問していた。

緊張のMituは「お父さん、お母さん。……と言うわけで本選に東京まで行かせて下さい。
僕達二人悔いを残したくないんです」

「お願い」Miwaも頭を下げた。

「いい想い出を作って来て下さい。結果に囚われず二人で楽しんで来て下さい。父さんと母さんは応援するよ」

2人は心がスッキリした。


東京武道館「YAMAPAミュージックコンテスト全国大会」

Miwaが「とうとう東京本戦に来たのね……私達」

「ああ、とうとう来てしまったね。最初は冗談で応募したのに、テープ審査二回と地区予選。道大会、
そして全国大会。なんかあっという間にここまできたよね」

「ほんとね」

Miwaの後ろから肩を叩く人がいた。振り返るとあの大友祐子だった。

「大友さん、お久しぶりです」Miwaは親しみを込めて挨拶をした。

「とうとう本選まで来たわね『笹舟』あれはいい曲。お互い頑張りましょうね!」

「大友さんこそ『傷心』最高です。ガンバって下さい」

大友祐子は二番目のエントリーだ。堂々たる雰囲気とそれを上回る声量が観衆を引きつけた。 
遠くで見ていたMituとMiwaは大友の素人離れしたステージに魅了されていた。

そしてアナウンスが入った「つぎはエントリーナンバー二八番、北海道代表Mitu&Miwa、曲名、笹舟」

会場に拍手が響いた。 

「高校生、ガンバれよ!」

Mituのアコスティックギターの前奏から入った。やはり本選会場は音が桁違いに良い。
音楽の神に取り憑かれたように歌った。練習では絶対に出ないギターの音色が二人の心を高揚させた。
音そのものを楽しそうに身体で感じていた。
地区予選とは何かが違う? やっぱり本選のパワーは凄い。MituとMiwaはそう感じていた。

そしてコンテストは終わった。

「審査員特別賞」を受賞。

帰省した二人は翌日、双方の家に報告の挨拶に向かった。

Mituが「しばらく会うのよそうよ。今回のことで頭が真っ白になったんだ」

「私も真っ白になってるの。なんか、心にぽっかり穴が開いたようなの……」

お互い連絡を取り合うのを控えた。

ふた月程経った頃学校から帰ったMituを待ち受けていた人間がいた。

「こんにちは、突然ですみません。私はYamapaミュージックの林と申します。
先日のコンテストを見まして、君たちとお話しがしてみたくてお邪魔させてもらいました。
この後Miwaさんのお宅にも伺う予定です」

「で、ご用件は何でしょうか?」Mituが言った。

「早速ですが、社でも今回の笹舟という曲。非常に評判が良く、レコーディングの話が出ているんですよ」

「はぁ」

「それで、君たちが良ければ我が社で用意したスタジオで本格的に録音してみないかと思いまして来ました」

「レコーディングですか……笹舟を」

突然のことでMituは呆然としてした。

「条件等について詳しくは後日正式にこちらから連絡します。今日は挨拶だけということで、
この足でMiwaさんの所にも顔出すつもりです」

「あっ、はい…解りました」同席した母親は急なことで戸惑いを隠せなかった。

「ご主人にもよろしくお伝え下さい。では、今日は失礼いたします」

翌日、久々にMiwaの家で話をした。

「Miwaはどう思う?」

「Mituくんがよければ、私はOKだよ、このまま進学して就職するのもいいけど、
自分の好きな音楽で食べていくのもいいかなって思ってる」

「僕も同じ考えだ。万一売れなくて他の道を行くようになったって全然、遠回りとは思えないんだ。
やらないで後悔するんだったら、やって後悔したい。たぶん、やったら後悔しないと思うけどね」

「じゃあ、決まりだね。後は未成年だから親の承諾ね」

Miwaの声は弾んでいた。二人の心はコンサート以降穴が開いたままだった。やっとやる気が出て来た。


Hisaeは手を止めた。ここらで何か企んでいたのだった。ここまではとりあえず順風満帆ね。
さて、どうしたものか?

その後、二人はデビューを果たし、順調に十年が過ぎた。そして十周年コンサートの打合せをしていた。

アマチュア時代からの担当、林が言った「君たちのデビュー十周年コンサートを全国ツアーという形で
やってみないか?どう?」

Mituが「そっかあ、デビューして十年経つのか」

Miwaが「ほんと、あっという間に過ぎたね。がむしゃらに歩んだ十年だった。本当に早かった……」

そんな矢先。Yamapaミュージック倒産の連絡が林から二人にあった。負債総額百億円の倒産。
緊急会議が行われた。 役員のひとりである林が二人に説明した。

「今回の件は僕も寝耳に水で、最近の音楽業界はCDが全然、売れなくなっていたらしい。
その事は聞かされていたが、倒産の憂き目にあっているとは知らなかったよ、おまけに、
経理の山田くんが二億円の横領をしていたらしい。 とりあえず君たちはヒット曲があるから、
どこかのレコード会社が拾ってくれると思う。明日から意識を切り替えて頑張って欲しい。 
力不足ですまない」

二人は自宅に戻った。

「Miwaはどう考える?」

「まだ三十歳だし多少の蓄えもあるから、わたし子供作ろうかな」

「それもいい考えだね。子作りは早いほうがっていうからね」


そしてMiwaは臨月を迎えた。分娩室に入る前に二人は顔を見合わせアイコンタクトを交わした。

どのくらいの時間が経っただろう、依然、分娩室から産声が聞こえてこない。

Mituは看護師に訪ねた。

「奥さん、がんばってますよ。もうすぐです」

看護師が走り出した。ん?ただ事ではない雰囲気!
Mituにも伝わってきた。

「ご主人さん、先生から緊急にお話があります」

嫌な予感がした。別室に通されたMituが聞いた話しとは。

「ご主人、お子さんの首にへその緒が絡まっていまして危険な状況にあります。
このまま帝王切開に切り変えますが、母子共に無事という保証はありません。
まんいちの状況も考慮して下さい。全力を尽くします。やむを得ず選択する場合当医院では
母親を優先します。 ご了承していただけますか?」

「はい、お願いします。妻優先で……」

Mituは初めて「神」に祈った。

「神様!どうかどうか2人を無事生かして下さい」

「おぎゃっ!おぎゃっ!」元気な産声だった。

「生まれたか、妻は?」
 
「奥さん元気です。無事出産なさいましたよ。頑張りましたよ」

「ありがとうございます。で、妻は?」

「はい、今、処置をしてますからお待ちくださいね。もうすぐ会えますよ」

二人の顔を見るまで安心できないMituであった。三十分後看護師が呼びに来た。

「ご主人さん、お待たせいたしました。こちらへどうぞ」

2人は部屋にいた。

「うん、お疲れさん よく頑張ったね」

Miwaの胸に抱かれていた子は女の子。

「こんにちは、あなたの父親です。初めまして」

三十分程して看護師が病室に来た。

「ご主人さん、奥さんお疲れのようですのでこの辺で」

「あっ、はい」Mituは退室した。

マンションに戻り、名前を考えていたその時、電話のベルが鳴った。

「はい」

「山口さんですか?」

「はい、そうです」

「こちら、西南産婦人科ですが」

「はい、お世話になってます」

「今すぐ病院に来ていただけますか?」

「何かあったのですか?」

「奥さんの出血が止まらず様態が急変し一度、心肺停止したんです。今は蘇生してますが不安定な
状態なんです。 至急、病院にお戻り下さい」

「はい、解りました」

車の中で「頑張れMiwa!!・頑張れMiwa!!子供がお前の胸に抱かれたがってる。
頑張れMiwa!!・頑張れMiwa!!子供がお前の胸に抱かれたがってる。
頑張れMiwa!!・頑張れMiwa!!子供がお前の胸に………」何度も何度も繰り返した。

Mituが病院に着いた。

担当医から「ご主人、奥様は今状態は安定してますが、まだ意識が回復しません。
できる限り声を掛けてやってください」

「Miwa、Miwa、Miwa」

遠くで赤ん坊が鳴き声を上げた。Miwaの眉が微かに動いた。

Mituが「看護師さん、娘をここへ連れてきてもらえないですか?」

赤ん坊が看護師に抱かれ入ってきた。

Mituが「看護師さん、娘を泣かせて下さい」

医者が頷いた。そして看護師は医者の指示に従った。

赤ん坊は大きな声で泣いた。

一瞬Miwaの眉が動いた。赤ん坊の鳴き声に反応していた。

医者が看護師に指示した「この際、赤ちゃんを大泣きさせなさい。ご主人よろしいですね?」

看護師は「ごめんね」と小声で言った。

赤ちゃんの尻を3回叩いた。

「おぎゃ~ おんぎゃ~ ・おぎゃ~」

Miwaの目から涙が流れた。次の瞬間、Miwaの眉が微かに動いた。そして、手が動いた。
何かを探しているようだ。

Mituが「赤ん坊をMiwaに」

泣いている赤ん坊をMiwaの横に寝かせた。確実にMiwaは赤ん坊を捜していた。 
Miwaの指と赤ん坊が触れた瞬間、Miwaの目が開き赤ん坊を見た。強い母性本能。
母性本能がMiwaの意識を呼び戻したのだ。

Miwaは「Mituどうしたの? さっき帰ったんじゃ…」

医者は『もう、大丈夫!』と無言でMituに目配せした。

退院の日にはMiwaの両親も来ていた。2週間、Miwaと赤ん坊は里帰りだった。
赤ん坊はピリカと命名した。


それから月日が過ぎ、MituとMiwaはデビューして三十七年。一人娘のピリカも二十五歳になり
一児の母親になっていた。

母親になってからのMiwaの詞は深みが増した。MituとMiwaは、数多くのヒット曲を
世に送り出し、日本音楽業界で揺るぎない地位を確立していた。


その後もMituとMiwaの活動は生涯続いた。
                                                  
END


よし出来た。

Hisaeはキーボードを叩く手を止めた。早速製本し表紙を付けて送った。

山口美和 様
一通の手紙が添えていた。

この世で1冊だけの本「アーティスト」できあがりました。
                                       Hisae
                                     

山口美和からメールが入った。

この度はありがとうございました。作品の内容にとても感動しました。

でも、読んでいて驚いたことがあります。私の出産の描写ですがこの小説と同じだったんです。
お話ししていないのに出産シーンが克明に一致している事にビックリです。

そう、私も帝王切開でしかも出血量が多く心停止してるんです。驚きました……

思い描いていた世界がそこにこの本の中にあるんです。とっても感激してます。ありがとうございました。

追伸
主人のMituは昨年、心筋梗塞で他界しました。

息を引き取る前「僕達、あのまま歌い続けてたらどうなったかなぁ。今度、生まれ変わったら
本当に音楽で飯を食っていこう」と話していました。

その言葉が頭から離れず今回は小説の中ですが、主人の意向に沿った人生にしたく、
お願いいたした次第です。 

この小説は主人へのレクイエムでもあるんです。

本当にありがとうございました。                         

山口美和

END
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