異世界をかける少女

天地海

文字の大きさ
20 / 20
第一部 エピローグ

異世界をかける少女

しおりを挟む
 天音もあいりちゃんもどこかのビルの屋上で大の字になって倒れていた。
 空が青い。
 爽やかな空気が駆け抜ける。
 よくよく見れば、このビルもほとんど半壊しているし、どこかのビルからは煙も上がっている。
 ソロネシアに破壊された爪痕は痛々しいし、復興には時間がかかるだろう。
 ただ、もうこの世界の未来を脅かすものはいない。
 平和になったのだという確信があった。
「あいり~」
 ふよふよと力なく天音の前を横切ってあいりちゃんのところへ飛んでいったのは、光の妖精ティンクル。
 あいりちゃんはティンクルを抱きしめて立ち上がった。
「ティンクル、無事だったのね」
「それはこっちのセリフさ。でも、一体どうやってあいつを倒したんだ? シャイニーグリムの魔法があんなに通用しなかったのに」
「それはもう、天音さんのお陰。だから――」
 あいりちゃんのボロボロになっていた魔法少女の衣装が輝く。
 それは、魔法のようにパッと消えて、どこかの制服を着たごく普通の中学生が立っていた。
 黒髪のポニーテールが特徴的で背は平均よりもやや小さく、スタイル全般的に平均より下で成長が少し遅いのかも知れない。くりくりとした瞳が愛らしい。小動物を連想させるような女の子だった。
「お、おい。あいり……いいのか?」
「いいの、天音さんにはちゃんと本当の私を知ってもらいたいから」
 あいりちゃんは天音に手を差し出した。天音はその手を力強く掴んで立ち上がる。
「初めまして、一ノ瀬あいりです。光ヶ丘中学二年生。一四歳」
 そう言って輝くような笑顔を見せた。
「えと、私の名前はもう知ってるよね。神ノ宮高校二年生。十六歳」
「え? 私より二つも年上……だったんですか?」
「童顔なのはお互い様だと思うけど」
「アハハッ、それもそうですね」
 そう笑ったかと思ったら、あいりちゃんは急に真剣な表情へと変わった。
「あの、異世界から来たこと、教えてくれませんか?」
「そうだ。僕もその事を聞いておきたかったんだ」
 戦いのどさくさで明かしたから忘れているかと思ったけど、あいりちゃんもティンクルも記憶力は良いみたい。
「教えてって言われても、そのままの意味なんだけど。私はこことは違う、異世界からやってきたの。どうやら、私の世界の隣りにこの世界はあるみたいだけど」
「……天音さんは元の世界でも魔法が使えるんですか?」
「え? ううん。私の世界には魔法なんて存在しない。そう言うのはゲームとかアニメの世界の話で」
「でも、魔法を使ったじゃないですか」
「あの魔法は、私の世界じゃなくて、また別の異世界で学んだ力」
「別の、異世界?」
「そう、私の能力――『異世界跳躍』でいろんな世界へ行くことができるの」
「それは、魔法ではないんですか?」
「現象だけ見ると、魔法に見えると思う。でも、私が自分の意志で行った事象だって、教えてもらった」
 あいりちゃんとティンクルは腕組みをしたまま考え込んでいた。
「わかりました」
「へ? 本当に? 僕はまだよく理解しきれてないけど」
 戸惑うティンクルを退かして、あいりちゃんは天音の両手を包み込むようにして握ってきた。
「天音さん。この世界で一緒に魔法少女として平和を守っていきましょう」
「ちょ、あいり!? 君は何を言ってるんだ?」
「だって、難しい話はよくわからないし。要するに、天音さんは魔法が使える。なら、魔法少女で良いじゃない」
「そういう問題じゃないと思うよ」
「ダメ、ですか?」
 上目遣いで訴えるような瞳。女の子なのに、心が揺れそうになる。天音に妹がいたらこんな感じなのだろうか。
 ……あいりちゃんの申し出に心が揺れたのは、もちろんそれだけのためではない。
 こんなことは、授業中にいくつも妄想してきた。
 世界のピンチに特別な力に目覚めて世界を救う英雄として活躍する。
 だから、そういう気持ちがないといったら嘘になる。
 ――だけど。
「ごめん。それはできない」
「どうしてですか?」
「何となく、わかった気がするんだ。私は、妄想するのが好きだったんだ。だから、私が妄想しているような異世界が本当にあって、そこに生きる人たちが必死に毎日を暮らしているなんて考えてもみなかった」
 世界は一つしかなくて、自分の世界だけが絶対で、そこが平和で安全だったからそれを退屈だと感じていた。
 天音の世界にだって平和じゃないところはある。
 だからもし、日本以外に生まれていたら、きっと平和な世界を求めていたんじゃないかな。
 本当の世界のピンチなんて、求めてはいない。
 妄想の中で華麗に活躍するのと現実ではあまりにも違っていた。
 退屈でも代わり映えのないあの平穏な日々こそが、天音が本当に求めるものだった。
「それなら、なぜ逃げなかったんですか?」
「……逃げようとは、思ったよ。魔法少女が苦戦する敵を相手に、私ができることはないと思ったし」
「でも、そうしなかった。天音さんにも魔法少女の心はあるはずです」
「ううん、やっぱりそれはないよ。だって、あいりちゃんと違って私には『異世界跳躍』が使える。私はここにいても、テレビの前で見ている視聴者とたいして変わらない。いつでもチャンネルを変えてこの世界を見なかったことにできる。あなたとは覚悟が違う。いえ、あなただけじゃない。この世界に生きる全ての人と違うんだ。私だけ心は常に安全なところにいる。ただの卑怯者よ」
「……天音さんがどう思っていても、私と一緒にこの世界を守ってくれた事実は変わりません。だから、私は天音さんにも魔法少女の心があると信じてます」
 ただ真っ直ぐに今の空と同じような澄んだ瞳であいりちゃんはそう言った。
 心が温かくなる。本当に、そういう気持ちもあったのかなと思ってしまう。
「ありがとう」
 もうこれ以上、あいりちゃんの言葉を否定する意味はない。天音はあいりちゃんの気持ちを素直に受け取った。
「……帰るんですね」
「うん。元の世界には友達が待ってるし、両親もあまり心配させたくないしね」
「わかりました。今は諦めます」
 そう言ってあいりちゃんは一歩下がった。
 ティンクルがあいりちゃんの肩に乗って、初めて笑顔を向けた。
「ま、取り敢えず。礼は言っておくぜ。あいりを、魔法少女シャイニーグリムを助けてくれてありがとうな」
「どういたしまして」
「ねえ、天音さん」
 あいりちゃんも笑っている。何か吹っ切れたような明るい笑顔。
「ん? 何?」
「私たちもう友達ですよね?」
「ああ、うん。そうだね、私の能力は友達にしか話してないないし」
「だったら、また私がピンチになったら助けに来てください。天音さんは友達を見捨てたりしないって信じてますから」
「……それ、ちょっとずるいと思う」
「えへへ……」
 今度は悪戯っぽい顔。コロコロと表情が変わる。これがあいりちゃんの本当の素顔なんだと思った。
「そうね、ここにはいつでも来られるから。なるべく平和なときにまた遊びに来るわ」
「……はい。私も楽しみにしてます」
「それじゃ、またね」
 お互いに手を振って別れた。

 元の世界に戻って一番最初に確認したのはスマホの日時。
 天音が元の世界から『異世界跳躍』をして二週間近く経っていた。
 もちろん、すぐに両親に会いに行ったが、今回はそれほど心配していなかった。
 暦ちゃんが上手く誤魔化してくれたみたい。
 ただ、問題がないわけではない。
 夏休みの宿題を残りわずかになった夏休みで集中して終わらせなければならないのだ。
 うーん。いっそのことロックの世界で宿題やろうか。
 あそこなら一ヶ月いたって、こっちでは一日くらいしか経たないし。
 まあ、それは本当にやばかったら使う奥の手として考えておこう。
「さて、とにかくまずは……」
 スマホで暦ちゃんにラインを送った。
[アリバイ作り手伝ってくれてありがとう。無事に帰ってきました]
 すぐに既読が付いて、返事が書き込まれた。
[お帰りなさい。明日、異世界の話を聞かせてください]
 ……明日? 急だけど、即答した。
 だって、天音も話したいことがたくさんあったから。

 この世界に帰ってくると、やっぱり退屈だなと思ってしまうのは仕方のないことなのだろうか。
 何気ない日常がどれほど尊いものか知っているのに。
 当たり前の日々が当たり前に流れていくと、異世界での出来事が全て夢だったんじゃないかとさえ思えてくる。
 しかし――鞄にしまったままになっている、というか封印しているロックの世界から持ち帰ったお土産。
 お土産と呼ぶにはあまりに物騒な代物だけど。
 それから――。
 クルスに教えてもらった数々の魔法。
「『風の翼』よ」
 夜に闇に紛れて、天音は空へ向かって飛び上がる。
 夏休みの宿題で溜まったストレスを発散させるために、夜に空を飛ぶのが日課になっていた。
 夜風に吹かれながら自分の世界を見渡す。
 今までの経験全てが事実であり、世界が一つではないというのが真実であると証明していた。
 天音は自分の進路に一つの答えを見出していた。
 異なる世界で懸命に生きる人たちが存在する。
 でも、この世界しか知らない、この世界に住む人たちはその事に気がつけない。
 今までは異世界のことなんて妄想の中にしかないものだと思っていた。
 その世界が実在していたのだ。
 それを天音は知った。
 だから、その事をこの世界の人たちにももっと知ってもらいたかった。
 気がついて欲しかった。
 そのために、異世界での出来事を描く物書きになりたいと思った。

「――久しぶりに、行ってみようかな。異世界のことを描くには、その世界のことをもっと知らないといけないし」

 イメージはしない。
 今度はまた別の――まだ行ったことのない異世界へ――。

 夜の闇にとけ込むように、天音は『異世界跳躍』を使った。

 異世界をかけるために――。
しおりを挟む
感想 0

この作品の感想を投稿する

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

底辺から始まった俺の異世界冒険物語!

ちかっぱ雪比呂
ファンタジー
 40歳の真島光流(ましまみつる)は、ある日突然、他数人とともに異世界に召喚された。  しかし、彼自身は勇者召喚に巻き込まれた一般人にすぎず、ステータスも低かったため、利用価値がないと判断され、追放されてしまう。  おまけに、道を歩いているとチンピラに身ぐるみを剥がされる始末。いきなり異世界で路頭に迷う彼だったが、路上生活をしているらしき男、シオンと出会ったことで、少しだけ道が開けた。  漁れる残飯、眠れる舗道、そして裏ギルドで受けられる雑用仕事など――生きていく方法を、教えてくれたのだ。  この世界では『ミーツ』と名乗ることにし、安い賃金ながらも洗濯などの雑用をこなしていくうちに、金が貯まり余裕も生まれてきた。その頃、ミーツは気付く。自分の使っている魔法が、非常識なほどチートなことに――

掃除婦に追いやられた私、城のゴミ山から古代兵器を次々と発掘して国中、世界中?がざわつく

タマ マコト
ファンタジー
王立工房の魔導測量師見習いリーナは、誰にも測れない“失われた魔力波長”を感じ取れるせいで奇人扱いされ、派閥争いのスケープゴートにされて掃除婦として城のゴミ置き場に追いやられる。 最底辺の仕事に落ちた彼女は、ゴミ山の中から自分にだけ見える微かな光を見つけ、それを磨き上げた結果、朽ちた金属片が古代兵器アークレールとして完全復活し、世界の均衡を揺るがす存在としての第一歩を踏み出す。

私はもう必要ないらしいので、国を護る秘術を解くことにした〜気づいた頃には、もう遅いですよ?〜

AK
ファンタジー
ランドロール公爵家は、数百年前に王国を大地震の脅威から護った『要の巫女』の子孫として王国に名を残している。 そして15歳になったリシア・ランドロールも一族の慣しに従って『要の巫女』の座を受け継ぐこととなる。 さらに王太子がリシアを婚約者に選んだことで二人は婚約を結ぶことが決定した。 しかし本物の巫女としての力を持っていたのは初代のみで、それ以降はただ形式上の祈りを捧げる名ばかりの巫女ばかりであった。 それ故に時代とともにランドロール公爵家を敬う者は減っていき、遂に王太子アストラはリシアとの婚約破棄を宣言すると共にランドロール家の爵位を剥奪する事を決定してしまう。 だが彼らは知らなかった。リシアこそが初代『要の巫女』の生まれ変わりであり、これから王国で発生する大地震を予兆し鎮めていたと言う事実を。 そして「もう私は必要ないんですよね?」と、そっと術を解き、リシアは国を後にする決意をするのだった。 ※小説家になろう・カクヨムにも同タイトルで投稿しています。

【完結】20年後の真実

ゴールデンフィッシュメダル
恋愛
公爵令息のマリウスがが婚約者タチアナに婚約破棄を言い渡した。 マリウスは子爵令嬢のゾフィーとの恋に溺れ、婚約者を蔑ろにしていた。 それから20年。 マリウスはゾフィーと結婚し、タチアナは伯爵夫人となっていた。 そして、娘の恋愛を機にマリウスは婚約破棄騒動の真実を知る。 おじさんが昔を思い出しながらもだもだするだけのお話です。 全4話書き上げ済み。

ネグレクトされていた四歳の末娘は、前世の経理知識で実家の横領を見抜き追放されました。これからはもふもふ聖獣と美食巡りの旅に出ます。

☆ほしい
ファンタジー
アークライト子爵家の四歳の末娘リリアは、家族から存在しないものとして扱われていた。食事は厨房の残飯、衣服は兄姉のお下がりを更に継ぎ接ぎしたもの。冷たい床で眠る日々の中、彼女は高熱を出したことをきっかけに前世の記憶を取り戻す。 前世の彼女は、ブラック企業で過労死した経理担当のOLだった。 ある日、父の書斎に忍び込んだリリアは、ずさんな管理の家計簿を発見する。前世の知識でそれを読み解くと、父による悪質な横領と、家の財産がすでに破綻寸前であることが判明した。 「この家は、もうすぐ潰れます」 家族会議の場で、リリアはたった四歳とは思えぬ明瞭な口調で破産の事実を突きつける。激昂した父に「疫病神め!」と罵られ家を追い出されたリリアだったが、それは彼女の望むところだった。 手切れ金代わりの銅貨数枚を握りしめ、自由を手に入れたリリア。これからは誰にも縛られず、前世で夢見た美味しいものをたくさん食べる生活を目指す。

ちっちゃくなった俺の異世界攻略

ちくわ
ファンタジー
あるとき神の采配により異世界へ行くことを決意した高校生の大輝は……ちっちゃくなってしまっていた! 精霊と神様からの贈り物、そして大輝の力が試される異世界の大冒険?が幕を開ける!

【完結】辺境に飛ばされた子爵令嬢、前世の経営知識で大商会を作ったら王都がひれ伏したし、隣国のハイスペ王子とも結婚できました

いっぺいちゃん
ファンタジー
婚約破棄、そして辺境送り――。 子爵令嬢マリエールの運命は、結婚式直前に無惨にも断ち切られた。 「辺境の館で余生を送れ。もうお前は必要ない」 冷酷に告げた婚約者により、社交界から追放された彼女。 しかし、マリエールには秘密があった。 ――前世の彼女は、一流企業で辣腕を振るった経営コンサルタント。 未開拓の農産物、眠る鉱山資源、誠実で働き者の人々。 「必要ない」と切り捨てられた辺境には、未来を切り拓く力があった。 物流網を整え、作物をブランド化し、やがて「大商会」を設立! 数年で辺境は“商業帝国”と呼ばれるまでに発展していく。 さらに隣国の完璧王子から熱烈な求婚を受け、愛も手に入れるマリエール。 一方で、税収激減に苦しむ王都は彼女に救いを求めて―― 「必要ないとおっしゃったのは、そちらでしょう?」 これは、追放令嬢が“経営知識”で国を動かし、 ざまぁと恋と繁栄を手に入れる逆転サクセスストーリー! ※表紙のイラストは画像生成AIによって作られたものです。

処理中です...