大江戸シンデレラ

佐倉 蘭

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四段目

逢引の場〈参〉

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   つい先刻さっき、夜見世が閉じられた。大川の川開きを彩る花火もとっくに終わったらしく、もう音も聞こえてこない。

   宴をぞんぶんに楽しんだ客は今ごろ、馴染なじみのおんなと一つ布団の中だ。
   ゆえに、夜更けのくるわは潮が引いたかのごとく静かになった。


   舞ひつるは急いで真っ赤な振袖を脱ぎ、着付けの男衆おとこしに渡した。

   遊女たちの着物は重いし、着付けるのにも力がいるゆえ、おのこの仕事だった。預けた着物は明日の夜見世の前に、また綺麗きれぇなりになって戻ってくるという寸法だ。

   男衆が去ったあと米糠こめぬか化粧けわいを落とすと、緋縮緬の襦袢の上に黄八丈をまとう。

——若さまも、もう御役目を終えなんしかえ。もうお稲荷さんに行っとりんす頃合いかも……

   胸のうちではそわそわとして焦りつつも、手早く帯を玉章たまずさ結びに締める。

   羽衣は今宵の客と寝間に引き上げたが、禿かむろの羽おりと羽おとは同じ部屋で同じように化粧を落としたり着替えたりしていた。

——さて、如何いかにして、二人に気づかれずに見世の外に出なんしかえ。

   かように思案していると、ふすまがすーっと開いた。
   番頭新造のおしげ・・・であろうか、と三人が入り口の方へ振り向いた。
 
  ところが、誠にめずらしきことにお内儀かみおつた・・・であった。

「おまえさんたち、今日は一日ご苦労だったね」

   どうやら、朝から晩までてんやわんやだった今日一日をねぎらうために、お内儀かみ自らおんなたちを回っているらしい。

   一年のうちでも指折りの大商いを無事終えて、気丈なおなごと評判のお内儀であっても、やはりほっとしたのであろう、顔つきがやわらかい。

「御座敷ではほとんど食べてないだろ。一階したの内所に、余らせたおまんま・・・・を支度してあるから食べてくるといいよ」

   今日の宴では、お内儀の実家にあたる浅草の料理茶屋が特に腕によりをかけた豪華で美味おいしそうな料理が並んでいた。

   羽おりと羽おとの顔が、みるみるうちにほころぶ。二人とも、小さい身体からだで朝から晩までよく働いた。褒美があっても罰は当たらない。

「舞ひつるには、ちょいと話があるからね。おまえたち、先に行っといで」

「「お内儀っかさん、ありがたきことでなんし。舞ひつる姐さん、お先でありんす」」

   三つ指ついた二人は、双子のごとくぴたりと合わせてお辞儀をした。声が辺りに響くといけないため、小声だ。
   そして、すぐさま立ち上がると、いそいそと部屋を出て行った。

——二人が出て行っておくんなんしたのは、良うありんした。あとは、お内儀さんとはよう話を切り上げて、見世を抜け出すなんし。

   この後まだほかの部屋も回らねばならぬお内儀は、きっとさほど此処ここにはとどまらぬであろう、と舞ひつるは算段した。


   されども、二人が部屋を出て行ったのを見計らって、穏やかだったお内儀かみの顔つきが、がらりと変わった。

「舞ひつる、幼き頃より今日まで、この久喜萬字屋のために身を粉にして働いてくれて、本当にご苦労だったね。礼を云うよ、ありがとう。裏に駕籠かごを待たせてあるから、このまま身一つで構わない」

   一段と声を落とし、息の音だけで早口でささやく。


「……今すぐ、見世から出て行ってもらうよ」

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