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الفصل ١「アブダビってどこ?」
②
しおりを挟む——という、あたしの「心の声」が聞こえたのだろうか?
「あぁ、アブダビってのはだね……」
人事部長は説明してくれた。
「アラブ首長国連邦を構成する七つの首長国のうちの一つで、連邦政府の首都が置かれている中心地だ」
——ええっ、『アラブ首長国連邦』⁉︎
「また、一九七一年に撤退したイギリスからアラブ首長国連邦として完全に独立して以来、連邦政府の大統領はずっとこのアブダビ首長国の首長一族なんだよ」
——へぇ、そうなんだ。あれっ、でも……
「アラブ首長国連邦って、ドバイがあるところじゃないんですか?」
「確かに、ドバイ首長国もUAEにある七つの中の一つだけど、面積はもちろん人口も経済も最大なのはアブダビ首長国だよ」
ドバイって、世界一高層のビルを建設したり、競馬でとんでもない賞金を出したりして、ものすごーくお金持ちの国のイメージがあるんだけど……まだ「上」があるんだ。
「実は、アブダビでは二〇三〇年までに首都機能を今のペルシア湾の沿岸部から内陸部の方に移転する計画があってね」
「最初から首都機能を集約するために造られる『計画都市』ですね?」
古くはアメリカ合衆国のワシントンD.C.・カナダのオタワ・オーストラリアのキャンベラなどがそうで、最近ではブラジルのブラジリアがある。
オーストラリアはかつて首都を決める際、二大都市のシドニーとメルボルンが名乗りをあげたがまとまらず、妥協案として両者の中間地点に近い町を首都にするために計画都市としてキャンベラを選んだという経緯がある。
そんな街は地域経済に力を入れるより首都機能の方に特化するため、「首都」なのになんだか地味~ぃな感じになってしまう。
ブラジリアの場合は人口の増え過ぎたリオデジャネイロから人々を分散させるために、結構本腰を入れて推し進めたそうだが、残念ながらそううまくは行かないようだ。
「そうだよ。世界一の政府系投資ファンドと言われるアブダビ投資庁の下、約三七万人を移住させる計画がスタートしたんだ」
——三七万人の移住計画……うわっ、ガチの本気計画じゃん。
「その計画のうちの一つである政府系タワービル建設の関連事業に、このたび長澤不動産も参入できることになってね。それに伴い、社内でアブダビ新都市建設事業室が立ち上げられ、プロジェクトチームが結成されることになった。……君は、そのメンバーの一人に選ばれたよ」
「で、でもっ、UAEってアラビア語ですよね?アラビア語なんて、まーったく話せませんけど……」
「あぁ、社内でアラビア語を話せる者なんていないから、通訳を雇うことになっているよ。それに、もともとUAEはイギリスの保護国だったし、うちの仕事で関わる人たちは英語は話せるはずだからね。……君は英語を話せたよね?」
人事部長は手元のタブレットをスクロールしながら尋ねる。あたしの個人データを確認しているのだろう。
「ええ、まぁ……でも、専門用語は勉強しなければならないとは思いますが」
もともと英語に興味があり、高校三年生のときに英検二級を取得して語学に特化した大学に進むと、学内のExchange Student制度を利用しニュージーランドのワイカト大学で一年間過ごした。
NZの英語は「Kiwi English」と呼ばれ、ヨーロッパやアメリカの人たちからは訛っててわかりづらいと言われがちだそうだが、あたしの耳には宗主国であったUK風の発音に聞こえる。
アメリカ英語のように、単語の語尾と次の単語の語頭を重ねて発音するreductionがあまりないため、ネイティブスピーカーでない者にとってはむしろ聞き取りやすい方なのではないかとすら思う。
ちなみに、NZの「天敵」はなんといってもオーストラリアなのだが、あたしにとっては彼らの「Aussie English」が天敵である。(「today」がどうしても「to die」に聞こえてしまう、というのはよく聞く話だ。もちろん、話す人にもよるけれども)
——UAEの人たちの英語って、どんな発音なんだろ?聞き取りやすかったら、いいんだけど……
まぁ、あたし自身はどこからどう見ても、正真正銘の日本人なのだから、ネイティブ並みの「流暢な」発音なんて向こうも期待していないと思うけどね。
それよりも、今回は確実に仕事を遂行するために、とにかく行き違いのない発音と誤解を生じない言い回しを心がける方が先決だ。
「ところで、近藤部長」
あたしは、ふと思いついたことを訊いてみた。
「人事異動にしては、やけに中途半端な時期ですよね?」
すると、人事部長の顔色が明らかに変わった。
「いや、えっと……それはだね……」
その目が泳いでいる。
「実は……プライバシーに関わることだから、だれとは言えないが……」
しかし、観念したのか話し始めた。(あたしが部長相手に「圧」をかけたわけじゃないからね)
「プロジェクトメンバーに選ばれていた一人が、急に海外赴任できない状況になってね」
「えっ、病気かなんかですか?」
びっくりしたあたしは尋ねた。
「いや……病気、ではないな……」
——もしかして……
その部長の口調で、なんとなくわかった。
「いや、彼女の代わりで君を仕方なく、というわけではないからね!ほんとに三浦さんは最終選考まで残ったうちの一人だったから!」
「……その人、『授かり婚』でもされました?」
部長の細い目が見開かれた。
——やっぱり。
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