砂漠の国でイケメン俺様CEOと秘密結婚⁉︎ 〜Romance in Abū Dhabī〜 【Alphapolis Edition】

佐倉 蘭

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الفصل ١「アブダビってどこ?」

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「おめでたいことじゃありませんか」
——その人は口惜しかっただろうな……あくまでも想像だけど。
わたくしとしては経緯はどうであれ、せっかくいただいたチャンスですから、前向きに捉えてかしたいと思います」

「あ、そう……よかった……」
   とたんに部長はホッとした顔になった。

——でも、ガチで選ばれたわけでなく実は「代打」だった、ってことについては、やっぱり複雑な心境でもあるのよ?

「じゃあ、三浦さん、当分日本には戻ってこれないし、また慣れない国でたいへんだとは思うけど……よろしく頼むね」

   進捗状況がまったくわからないけれども、少なくともこれから数年間はアブダビ向こうでこのプロジェクトに没頭することになる。だからこそ、「授かりデキ婚」の彼女は赴任を諦めて辞退したのだと思う。

「はい、会社のために精一杯がんばります」
   あたしは、人事部長に深々と一礼した。

   その瞬間、あたしの「アブダビ行き」が確定したとともに……
——あたし、二十七歳のアラサーなのに、確実に婚期を逃すことも決定したかもしれない……


゜゚・*:.。. .。.:*・゜゚・*:.。. .。.:*・゜゚


   人事部長との話が終わったあたしは、同期の朋美に「近々吞みに行こう」と軽く声をかけ、急いで人事部のスペースから廊下に出た。

   そして、小走り気味にエレベーターホールへ向かっていると、向こうから男の人が歩いてくるのが見えた。
   さらりとしたブラウン系の髪に、ぱっちり二重ふたえの赤褐色の瞳の彼は、ライトグレーのスリーピースをぴしりと着こなし、颯爽と歩いていた。

「あれ、真珠パールちゃん、ひさしぶりだね」
   彼があたしに気づき、にっこりと微笑む。まるで、王子様のような優雅な微笑みだ。

長澤ながさわさん……」

——あ、そっか。経営企画部は、このフロアだもんね。

   彼——長澤 典士のりあきは、経営企画部へ異動するまではあたしと同じマンション事業販売部にいた。二期上の彼は、あたしがこの会社に入社したときについてくれた教育係コーチャーだった。

   実は彼は、長澤ホールディングスの系列・長澤リゾートの長澤 世理子よりこ社長の一人息子である。そして、世理子社長は長澤不動産うちの長澤社長の妹だから、彼は社長の甥っ子だ。

「こちらこそ、おひさしぶりです」
   あたしは彼を見つめた。
「まだ『コンシェルジュ』の勤務も続けているそうですね」

   「御曹司」であるにもかかわらず、彼は二十代の頃は本社勤務と並行してあちこちのマンションにコンシェルジュとして派遣されていた。
   コンシェルジュは入居者様の「お世話係」のため、中には無理難題をおっしゃる方もいて、なかなかメンタルの削れる業務だ。
   あたしは配属前の新人研修で一週間だけ業務に着いたが、あの部署に配属されるのだけは絶対にイヤだと思ってしまった。

   おそらく、やがてはこの会社を背負って立つ彼に授けられる「帝王学」の一環であったのだろう。
   長澤社長には一人娘がいるが、すでに結婚していて、しかも相手は広告代理店の勤務だと聞く。畑違いの娘婿に跡を継がせる気はないということであろう。

「いやぁ、さすがに体がたなくてね。週一が限度だよ」
    少し癖のある前髪をかきあげ、苦笑する。
——そりゃそうだろう。経営企画部は激務な部署って言うもの。

    それでも、彼は「現場の感覚」を忘れたくないと言って、どうしてもと社長に頼み込んだらしい。

「これからは、体に気をつけてくださいね。もう二十代じゃないんですから、そうそう無理は利かなくなりますよ?」
    童顔で、どう見ても二十代半ばにしか見えないけれども、彼は今年三十歳になる。

「この会社で僕にそんなふうに言うのは、パールちゃんくらいだよ」
   彼はそう言って肩をすくめた。あたしは、ふふふ…と笑う。

   今でこそ、こんなふうに言い合えるようになったが、彼がコーチャーのときは本当に厳しくてキツかった。

……と言っても、声高に叱られたことは一度もない。

   やらかしてしまったときは、いつも「どうしてこのようなミスを犯してしまったのか」「今後どうすれば再発せずに業務を遂行できるか」を、徹底して追求させられた。

『僕が言えば、数分もかからずに済むけどね。それでは、三浦さんのためにならないんだよ。たとえ時間がかかっても、答えは自分自身の力で出さないとまた同じような過ちを繰り返すよ』
というのが、彼の「教え」だった。

   だから、あたしが自分なりの答えを出すまで、ひたすら根気強く待ってくれた。

——そう言えば、あのときはまだ『三浦さん』呼びだったなぁ……すでに職場の人たちからはニックネームで呼ばれていたのに。

   そして、研修期間という「修行」の身から晴れて「卒業」したとき、彼は王子さまのようなノーブルな微笑みとともに右手を差し出して……
『これで君はこの部署の正式な仲間だよ。——パールちゃん』
   初めてそう呼んでくれて、わたしたちはがっちりと握手を交わしたのだった。

——こんな人を……好きにならないわけ、ないじゃん……

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