1 / 44
الفصل ١「アブダビってどこ?」
①
しおりを挟む「——えっ、人事部長から呼び出し、ですか?」
いつものように定時出社し、タブレットでスケジュールアプリを開いて、この日ご希望される物件の内覧にご案内するお客様の確認を自席で行っていたときだった。
「そうなんだよ。今、僕に部長から社内メールで連絡があってね」
あたしが所属するマンション事業販売部の田代課長が腕を組んで訝しげな顔をする。
四十代半ばの上司の目下のお悩みは、一人娘ちゃんが中学生になって反抗期モードに突入し、なかなか口を聞いてくれなくなったことだと聞いている。
「いったい、何の用だろうね?」
ゆるキャラのタヌキみたいな風貌で 、惚けた顔して訊いてくる。
——いやいやいや、こっちが聞きたいんですけれども。
そういうところですよ、娘ちゃんがイラッとするの。決して、悪い人ではないんだけどなぁ……
人当たりも良く、お客様のお話を親身になって聞いて決してガツガツと売り込んだりしないから、成約物件数はいつも上位の人なんだけど……
まぁ、今は売り手市場で特に都内の物件数自体が不足しているし、それでなくてもうちは大手の不動産会社だから景気に左右されることは少なく、おかげさまで少々余裕かましてても割とコンスタントに売れていくんだけどもね。
もちろん、あたしはいつでもベストを尽くすけどっ!
「とにかく、行ってきます」
お客様との約束の時間もあるし、担当の新築物件のマンションギャラリーにも寄らなきゃいけない。なんだかわからない厄介な話は、とっとと終わらせるに越したことはない。
あたしは、すくっと席から立ち上がった。
あたしが勤務する(株)長澤不動産は、長澤ホールディングスを持株会社として、傘下にはほかに(株)長澤建設や(株)長澤リゾートなどを擁する総合建設業である。
そして、本社にある首都圏住宅販売事業部・マンション事業販売部に、あたしは配属されている。
本社は、有栖川パークヒルズ内に聳え立つ高層のオフィスビル内にあった。このオフィスビルは、四十八階までは店舗や企業などのテナントが入居するライフサービスゾーンで、四十九階から上は我が国屈指の歴史を誇る名門ホテルになっていて、最上階の五十四階にはフランスの某タイヤ会社から齎らされた星を冠する高級レストランがある。
さらに、有栖川パークヒルズはそんなオフィスゾーンだけではなく、「日本の古き良き文化を世界に発信する」というコンセプトで老舗和菓子店・呉服店・宝石店などが入ったショッピングモール、二十四時間コンシェルジュ常駐で一戸が軽く億を越える低層の高級レジデンス、全室個室のうえにホテル並みのサービスを提供するという高級総合病院まで備えているのだ。
まさに、「複合タウン」である。
あたしの所属するマンション事業販売部は、長澤不動産の有栖川パークヒルズ支店の店舗がある二階にある。
ところが、人事部のある管理部門は四十六階にあった。社長室や重役室がある本社フロアだ。
なので、いったんオフィスから出て、ビルのエレベーターに乗って四十六階へと赴く。
゜゚・*:.。. .。.:*・゜゚・*:.。. .。.:*・゜゚
「——あら、パールじゃん。どうしたの?」
同期で人事部にいる井上 朋美があたしを見て、不思議そうな顔で尋ねる。もともと、個人情報を扱う人事部はなにかと法令遵守がうるさいから、一般社員はおいそれとは近づけないのだ。
あたしの名前は、三浦 真珠子と書いて「みうら まみこ」と読む。キラキラネームではないと思いたいが、生まれてこの方、一度たりとも正しく読んでもらったことはない。
そして、小学生の頃から「真珠」と呼ばれてきた。(もっとも、男子からは「パールライス」と呼ばれてきたけれど……ムカつく)
「人事部長から呼び出されてんのよ」
あたしがそう答えると、
「えっ、そうなんだ。すぐに部長呼んでくるわ」
朋美は奥にあるミーティングルームへと案内してくれた。
ミーティングルームに通されてから、しばらくすると近藤人事部長がやってきた。
五十代の部長は、さすが人事部を任されているだけあって、ゆったりとした所作ではあるが切れ者の印象は隠せない。
「あぁ、三浦さん、こっちから呼び出しておいて待たせてすまなかったね。ちょっと、急に社長から呼ばれたもんでね」
長澤不動産の現社長は、前社長の二男で創業者一族のうちの一人だ。
「いえ……それで、どのような御用件でしょう?」
あたしは早速本題に入った。
「三浦さん、君は海外事業部への転属願いを出していたよね?」
——そうだ、ダメ元で人事に出していたんだった。
「正式な辞令は後日になるが、その前に君の意思を確認しておきたい」
できれば若いうちに日本以外の国で働いて、自分の力を試してみたかったのだ。
「君に——アブダビへの海外赴任の内示だ」
——って……アブダビって、どこ⁉︎
0
あなたにおすすめの小説
アラフォー×バツ1×IT社長と週末婚
日下奈緒
恋愛
仕事の契約を打ち切られ、年末をあと1か月残して就職活動に入ったつむぎ。ある日街で車に轢かれそうになるところを助けて貰ったのだが、突然週末婚を持ち出され……
【完結】あなたに恋愛指南します
夏目若葉
恋愛
大手商社の受付で働く舞花(まいか)は、訪問客として週に一度必ず現れる和久井(わくい)という男性に恋心を寄せるようになった。
お近づきになりたいが、どうすればいいかわからない。
少しずつ距離が縮まっていくふたり。しかし和久井には忘れられない女性がいるような気配があって、それも気になり……
純真女子の片想いストーリー
一途で素直な女 × 本気の恋を知らない男
ムズキュンです♪
出逢いがしらに恋をして 〜一目惚れした超イケメンが今日から上司になりました〜
泉南佳那
恋愛
高橋ひよりは25歳の会社員。
ある朝、遅刻寸前で乗った会社のエレベーターで見知らぬ男性とふたりになる。
モデルと見まごうほど超美形のその人は、その日、本社から移動してきた
ひよりの上司だった。
彼、宮沢ジュリアーノは29歳。日伊ハーフの気鋭のプロジェクト・マネージャー。
彼に一目惚れしたひよりだが、彼には本社重役の娘で会社で一番の美人、鈴木亜矢美の花婿候補との噂が……
定時で帰りたい私と、残業常習犯の美形部長。秘密の夜食がきっかけで、胃袋も心も掴みました
藤森瑠璃香
恋愛
「お先に失礼しまーす!」がモットーの私、中堅社員の結城志穂。
そんな私の天敵は、仕事の鬼で社内では氷の王子と恐れられる完璧美男子・一条部長だ。
ある夜、忘れ物を取りに戻ったオフィスで、デスクで倒れるように眠る部長を発見してしまう。差し入れた温かいスープを、彼は疲れ切った顔で、でも少しだけ嬉しそうに飲んでくれた。
その日を境に、誰もいないオフィスでの「秘密の夜食」が始まった。
仕事では見せない、少しだけ抜けた素顔、美味しそうにご飯を食べる姿、ふとした時に見せる優しい笑顔。
会社での厳しい上司と、二人きりの時の可愛い人。そのギャップを知ってしまったら、もう、ただの上司だなんて思えない。
これは、美味しいご飯から始まる、少し大人で、甘くて温かいオフィスラブ。
ある日、憧れブランドの社長が溺愛求婚してきました
蓮恭
恋愛
恋人に裏切られ、傷心のヒロイン杏子は勤め先の美容室を去り、人気の老舗美容室に転職する。
そこで真面目に培ってきた技術を買われ、憧れのヘアケアブランドの社長である統一郎の自宅を訪問して施術をする事に……。
しかも統一郎からどうしてもと頼まれたのは、その後の杏子の人生を大きく変えてしまうような事で……⁉︎
杏子は過去の臆病な自分と決別し、統一郎との新しい一歩を踏み出せるのか?
【サクサク読める現代物溺愛系恋愛ストーリーです】
あなたと恋に落ちるまで~御曹司は、一途に私に恋をする~
けいこ
恋愛
カフェも併設されたオシャレなパン屋で働く私は、大好きなパンに囲まれて幸せな日々を送っていた。
ただ…
トラウマを抱え、恋愛が上手く出来ない私。
誰かを好きになりたいのに傷つくのが怖いって言う恋愛こじらせ女子。
いや…もう女子と言える年齢ではない。
キラキラドキドキした恋愛はしたい…
結婚もしなきゃいけないと…思ってはいる25歳。
最近、パン屋に来てくれるようになったスーツ姿のイケメン過ぎる男性。
彼が百貨店などを幅広く経営する榊グループの社長で御曹司とわかり、店のみんなが騒ぎ出して…
そんな人が、
『「杏」のパンを、時々会社に配達してもらいたい』
だなんて、私を指名してくれて…
そして…
スーパーで買ったイチゴを落としてしまったバカな私を、必死に走って追いかけ、届けてくれた20歳の可愛い系イケメン君には、
『今度、一緒にテーマパーク行って下さい。この…メロンパンと塩パンとカフェオレのお礼したいから』
って、誘われた…
いったい私に何が起こっているの?
パン屋に出入りする同年齢の爽やかイケメン、パン屋の明るい美人店長、バイトの可愛い女の子…
たくさんの個性溢れる人々に関わる中で、私の平凡過ぎる毎日が変わっていくのがわかる。
誰かを思いっきり好きになって…
甘えてみても…いいですか?
※after story別作品で公開中(同じタイトル)
【完結】孤高の皇帝は冷酷なはずなのに、王妃には甘過ぎです。
朝日みらい
恋愛
異国からやってきた第3王女のアリシアは、帝国の冷徹な皇帝カイゼルの元に王妃として迎えられた。しかし、冷酷な皇帝と呼ばれるカイゼルは周囲に心を許さず、心を閉ざしていた。しかし、アリシアのひたむきさと笑顔が、次第にカイゼルの心を溶かしていき――。
隠れオタクの女子社員は若社長に溺愛される
永久保セツナ
恋愛
【最終話まで毎日20時更新】
「少女趣味」ならぬ「少年趣味」(プラモデルやカードゲームなど男性的な趣味)を隠して暮らしていた女子社員・能登原こずえは、ある日勤めている会社のイケメン若社長・藤井スバルに趣味がバレてしまう。
しかしそこから二人は意気投合し、やがて恋愛関係に発展する――?
肝心のターゲット層である女性に理解できるか分からない異色の女性向け恋愛小説!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる