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Last Chapter
③
しおりを挟む——うっわー、これって、ガチのプロポーズじゃないのっ!
イギリスのウィリアム王子が、妻となったキャサリン妃にプロポーズの際に贈ったリングは、若くして命を落としたダイアナ元皇太子妃が結婚の際にチャールズ皇太子からもらった、美しいダイヤモンドが周囲を取り巻く大きなサファイアのリングだという。
輝かしいgemは人の命よりも永く生きる。
イギリスの貴族社会では先祖代々引き継がれてきたものを、次世代へとつなぐことはめずらしいことではない。決して「中古を回した」なんて言ってはいけない。
もし、時を経て古く感じられるデザインなら、いくらでも現代風にリメイクして「新しく」できる。また、それに耐えうるハイクオリティな宝石が使われているのだ。
今、麻琴の手のひらのケースに収まっている恭介の祖母の婚約指輪に使われているのは、まさに今となってはおいそれとは用意できないほど貴重な代物である。
そして、なによりも——
恭介の「本気度」がひしひしと感じられるのは、大好きだった祖母が一番大切にしていたものを、惜しげもなく麻琴に渡してしまう、というところだ。
でも……だが……しかし……
「あ、あの……恭介さん」
そんなことを考えている間、表面上はしばらくスリープモードになっていた麻琴が、ようやく口を開いた。
「わたしたち……おつき合いしてませんよね?なのに、いきなり『結婚』だなんて……」
そうなのだ。麻琴と恭介は恋人同士ではない。
「あれっ、そうだっけ?」
未だ中世の騎士のように片膝をつく恭介は——しかも、彼の風貌だとやたらと似合っている——麻琴を見上げたまま、首をこてん、と傾げた。
——いやいやいや、ちゃんと「現実」を受け止めてっ!わたしたち、未だかつて、つき合ったことなんてありませんからっ⁉︎
「そ、それに、キス一つしたこともない人と、いきなり結婚して、一緒に暮らすなんて、わたしには考えられませんっ!」
すると、リアル王子様のごとく片膝をついていた恭介が、突然立ち上がった。
ヒールを履いて一七〇センチを超える麻琴だが、さすがに一八五センチ以上ある恭介からは見下ろされる。
——な、なに?
麻琴がそう思った次の瞬間……見目麗しき顔が近づいてきたかと思うと……
ちゅっ、と自分のくちびるで軽やかな音がした。
「……キスはもうしたよ?」
恭介があの黒い笑顔を浮かべていた。麻琴のことを「マコッティ」呼びしていたときの顔だ。
「でも、結婚して一緒に暮らすんだから……もっと先に進まないとね?」
「あ、あの……ひとつ、訊いてもいいですか?」
なんだか不穏な雰囲気になりそうなので、麻琴は以前から不思議に思っていたことを訊いてみることにした。
「わたしの……どこが好きなんですか?」
この歳になってこんなイタい質問、今まで訊くのが躊躇われていたのだけれども、つい先刻プロポーズまでされたのだから、もういいだろう、と麻琴は思った。
ずっと、不思議だったのだ。
魚住にも青山にも選ばれなかった自分が、彼らよりもハイスペックな恭介に、これほどまでに所望される意味がさっぱりわからなかった。
すると、恭介が虚を衝かれた顔になった。
「……そういう一筋縄ではいかないところも好きだけどね。追っても追っても、いつもするりと逃げて行くしね」
今までの「黒い笑顔」が一瞬で消えていた。
「きみは気づいてなかったみたいだけれど、僕がきみを初めて見たのは、翔の店だったんだ。きみが独りでカウンターに座って、ウィスキーを呑んでいる後ろ姿がね、背筋が伸びて凛としていて、カッコよかったんだ。……でもね」
恭介がそのときのことに思いを馳せる目をした。
「なんだか、すっごく儚げに見えて……寂しそうだったんだ」
——たぶん、青山さんとの「不毛な関係」に後悔してメンタルをやられていた頃だわ……
それでも、なんとか軌道修正して「あたりまえの関係」——つまり、普通の恋人同士から結婚相手へとつながる道を模索していた時期だ。
それは見事に失敗に終わったが。
——うっわぁー、最悪な姿を見られていたわねぇ……
「これだけ言っても、僕が麻琴のどこを好きになったのか……わからない?こんなに言っても、僕が麻琴をどんなに好きなのか……信じられない?」
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