谷間の姫百合 〜もうすぐ結婚式ですが、あなたのために婚約破棄したいのです〜

佐倉 蘭

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Kapitel 4

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   リリは仰天した。

「ま、まさか……そんなことあるはずが……」

——今の自分の言葉から、いったいどうしてそのような話になるというのだろう?

「あなたは、婚約不履行による違約金および慰謝料を気にして、『生まれや育ちに隔たりのない男』のことを否定するのではないのか?」

   大尉はいぶかしげにリリを見た。

「私……そんな卑怯な真似はしなくてよ」

   青白かったリリの頬に、すっと赤みが差した。

「万が一、私にそのような方がいるのであれば、あなたに正直にお話をして許しを乞うわ。……神に誓ってもよくてよ」

   貴族階級から見れば下賤に映る商家の生まれであっても、矜持プライドというものはあるのだ。

「それに、今回の件に関して発生したあなたへの『お詫び』は、私自身が責任を持ってきちんとお支払いするつもりよ」

「リリコンヴァーリェ嬢、それを履行するのは『あなた』ではなく——『あなたの父親』なのでは?」

   大尉は腕を組んで、冷ややかに問う。

「いいえ、『私』よ。私には、結婚する際に父から譲られる持参金があるもの。そちらをそっくりそのまま、あなたにお渡しするわ。あなたが私と結婚することで受け取れるはずだったものよ」

   リリはきっぱりと言い切った。

——慰謝料として払った持参金の残りは、教会などへの慈善活動に寄付しようかと思っていたけれど、しかたがないわね。でも、ここまですれば、さすがに彼の男爵家も「納得」するでしょうよ。

「それでは、今後あなたが結婚する際の持参金がなくなるのではないのか?」

「ええ、そうね。でも、ご心配はご無用よ。私はもう、どなたとも結婚するつもりなんてないから」

   一介の商人の娘が、式の直前になって貴族の子息との結婚を一方的に反故にするのだ。
   今まで父親が地道にこつこつと積み上げてきた地位も名声も、大いに損わせるに違いない。

「多大なるご迷惑をおかけするあなたには、私にでき得る限りの謝罪をする覚悟もしているし、またその準備もできていてよ。だから、どうか私の父やシェーンベリの家に対しては、とがめないでいただきたいの」

——どのみち、このような娘にまともな縁談など、来るはずがない。

「私はもうすぐ……修道院へ入る手はずになっているの。そこで、修道女として神様に仕え、毎日あなたへの懺悔をしながら、世の中の人のために奉仕活動をして生きていくつもりよ」

「……修道院?」

   険しい表情の大尉の眉の片方が上がった。

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