谷間の姫百合 〜もうすぐ結婚式ですが、あなたのために婚約破棄したいのです〜

佐倉 蘭

文字の大きさ
18 / 25
Kapitel 4

しおりを挟む

「シェーンベリの家は、代々ローマ・カトリックなの」

   彼女はカトリック教会で幼児洗礼を受けた際に、かつて実在したスウェーデンの聖女・Katharinaカタリナの洗礼名を司祭から授けられていた。
   リリコンヴァーリェ・カタリナ・シェーンベリが彼女の正式な名前である。

   リリは肌身離さずつけているロザリオを手繰たぐり寄せ、その十字架メダイの部分を、そっとやさしく握りしめる。

「そして、私は特にマリア様を厚く信仰していてよ」

   聖母マリアは、福音ルター派プロテスタントの男爵・グランホルム家では信仰の対象にはならない存在だ。

「だから、あなたとの結婚を取りやめたい理由の一つに、プロテスタントに改宗したくないのもあるわ」

   リリはここまで話すつもりは毛頭なく、なるだけ穏便に済ませようと腐心してきた。
   だがこの大尉には、はっきりと言わぬままではらちが開かないと、ようやく気づいた。

   この際——すっかり話してしまおう、と決意した。

「日頃から奉仕活動のお手伝いをさせてもらっているイェーテボリの修道院のNunna修道女長に、生まれた身分も環境も宗教観もまったく異なるあなたとの結婚に、不安を感じていることを相談したの。
   慈悲深い修道女長は、私がこれからも変わらずマリア様への信仰を貫きたければ……私に、あなたとの結婚をやめて、すべてを捨てる覚悟があれば……いつでも修道院に迎えるとおっしゃってくだすったわ」

「……それで、あなたは私の妻になるより『神の花嫁』になろうとしているのか」

   大尉は忌々しげに嘆息した。

「あなたは本当に、その修道女に入れ知恵されたとおりに、これから先の人生を、一生修道院で過ごす気なのか?」

「『入れ知恵』って……そんな言い方、ひどいわ……!」

   リリはたまらず大きな声になってしまった。

「しかし……なるほど、あなたの考えはよくわかった」

   大尉は普段声を荒げることなどないリリの叫びなど、物ともしていなかった。

「ならば——私もあなたとの結婚について、考え直さねばならないな」

   淡々と、彼は告げた。

——あぁ、ようやく理解わかってもらえたのね。
   
   リリはホッとしたと同時に、喉の渇きを強く感じた。たぶん、大尉もそうであろう。
   だから、ひとまず珈琲フィーカの差し替えを命じることにした。


゜゚・*:.。. .。.:*・゜゚・*:.。. .。.:*・゜゚


   すぐに供された珈琲を互いに黙って飲みながら、彼女はあることに気づいた。

——そういえば、私、これほど大尉とお話をしたのって、初めてだわ。

   婚約して以来、リリは大尉とは数えるほどしか会っていなかったが、彼はいつも不機嫌そうに怒ったような顔をしていて、余程の用がない限り、話しかけられることがなかった。

   そして、生家の男爵家のために意に沿わぬ婚約相手を押しつけられ、きっとやりきれない思いを抱えているに違いないとおもんぱかり、彼女の方からも話しかけることもなかった。

——皮肉なものね。こうして初めてきちんとお話しするのが「最後」のときだなんて……

しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

女避けの為の婚約なので卒業したら穏やかに婚約破棄される予定です

くじら
恋愛
「俺の…婚約者のフリをしてくれないか」 身分や肩書きだけで何人もの男性に声を掛ける留学生から逃れる為、彼は私に恋人のふりをしてほしいと言う。 期間は卒業まで。 彼のことが気になっていたので快諾したものの、別れの時は近づいて…。

沈黙の指輪 ―公爵令嬢の恋慕―

柴田はつみ
恋愛
公爵家の令嬢シャルロッテは、政略結婚で財閥御曹司カリウスと結ばれた。 最初は形式だけの結婚だったが、優しく包み込むような夫の愛情に、彼女の心は次第に解けていく。 しかし、蜜月のあと訪れたのは小さな誤解の連鎖だった。 カリウスの秘書との噂、消えた指輪、隠された手紙――そして「君を幸せにできない」という冷たい言葉。 離婚届の上に、涙が落ちる。 それでもシャルロッテは信じたい。 あの日、薔薇の庭で誓った“永遠”を。 すれ違いと沈黙の夜を越えて、二人の愛はもう一度咲くのだろうか。

初恋にケリをつけたい

志熊みゅう
恋愛
「初恋にケリをつけたかっただけなんだ」  そう言って、夫・クライブは、初恋だという未亡人と不倫した。そして彼女はクライブの子を身ごもったという。私グレースとクライブの結婚は確かに政略結婚だった。そこに燃えるような恋や愛はなくとも、20年の信頼と情はあると信じていた。だがそれは一瞬で崩れ去った。 「分かりました。私たち離婚しましょう、クライブ」  初恋とケリをつけたい男女の話。 ☆小説家になろうの日間異世界(恋愛)ランキング (すべて)で1位獲得しました。(2025/9/18) ☆小説家になろうの日間総合ランキング (すべて)で1位獲得しました。(2025/9/18) ☆小説家になろうの週間総合ランキング (すべて)で1位獲得しました。(2025/9/22)

10年前に戻れたら…

かのん
恋愛
10年前にあなたから大切な人を奪った

悪役令嬢は追放エンドを所望する~嫌がらせのつもりが国を救ってしまいました~

万里戸千波
恋愛
前世の記憶を取り戻した悪役令嬢が、追放されようとがんばりますがからまわってしまうお話です!

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

届かぬ温もり

HARUKA
恋愛
夫には忘れられない人がいた。それを知りながら、私は彼のそばにいたかった。愛することで自分を捨て、夫の隣にいることを選んだ私。だけど、その恋に答えはなかった。すべてを失いかけた私が選んだのは、彼から離れ、自分自身の人生を取り戻す道だった····· ◆◇◆◇◆◇◆ 読んでくださり感謝いたします。 すべてフィクションです。不快に思われた方は読むのを止めて下さい。 ゆっくり更新していきます。 誤字脱字も見つけ次第直していきます。 よろしくお願いします。

なくなって気付く愛

戒月冷音
恋愛
生まれて死ぬまで…意味があるのかしら?

処理中です...