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Sista Kapitel
①
しおりを挟む「リリコンヴァーリェ嬢、改めて……あなたにいくつか確認してもいいだろうか?」
珈琲を飲んで一息ついた大尉が、問いかける。
リリはこっくりと肯いた。
「まず、あなたには私との婚約を解消してまで添い遂げたいと願う『生まれや育ちに隔たりのない男』はいないのだな?」
「もちろんよ。これから修道女になって一生を神に捧げようと決意している私に……そんな男いるはずがなくてよ」
彼女はきっぱりと言い切った。
「では、あなたは先刻『こんなに生まれや育ちに隔たりのある私たちが婚約したこと自体、誤りだったのでは』『そんな私たちが結婚しても幸せになるどころか、互いに理解わかり合うことすらできない』というようなことを言ったと思うが。……どうして、そのように思うんだ?」
「あらそんなの、当然ではなくて?あなたは高貴な男爵家のHedrandeで、私は市井のしがない新興の商工業者の娘だもの。とても釣り合わないわ」
リリの脳裏には、ストックホルムの某伯爵家で開かれた、あの夏の日の舞踏会のさまがまざまざと甦っていた。
「だから、グランホルム大尉……あなたの隣にはきっと、ヘッグルンド令嬢のような『生まれや育ちに隔たりのない女性』が、ふさわしいに違いなくてよ」
たっぷりと結った黒みがかった栗色の髪に小振りの帽子をちょこんと乗せ、ヒップの部分がふっくらと盛り上がったバッスルスタイルの石榴石色のイブニングドレスを——生まれながらの気品で着こなしていたあの女性が、リリの脳裏を掠めた。
——そうよ、首元を飾る先祖代々引き継がれた豪華な宝石にも勝るとも劣らない、きらきらと輝く榛色の瞳を持つあの美しい女のような……
「私こそ——男爵家に生まれたとは名ばかりの爵位も継げぬ『しがない』海軍軍人なのだがな」
大尉が腕を組んで、ぼそり、とつぶやいた。
「だから、妻には貴族の娘など端から望んでいなかったのだが。いや、むしろ貴族の娘ではない方がいいと考えていた」
——えっ?
リリは、対面に座する彼をまじまじと見た。
今まで、はしたなく思われるのを危惧したのと、そもそもなんだか怖くて近寄り難かったのとで、こんなふうに彼を見つめることはなかった。
白金色の髪は、今はきっちりと整えられているが、少し癖があって実はまとまりにくいかもしれない。
不機嫌な表情しか目にしてこなかったため気づがなかったが、意外にも少年っぽさが残る丸顔気味の輪郭だった。
やや目尻の上がった、アーモンドのように大きな瞳は、琥珀色だとばかり思っていたけれども、どうやらずっと色素は薄く、まるでミルクをたっぶりと入れた珈琲の色をしていた。
そして、すーっと通った高い鼻梁から感じられる冷淡さとは裏腹に、ちょっと厚めの唇は、もし触れられるものなら、温かくてやわらかいのかもしれない……
「……あなたは、私と結婚してカールスクルーナで暮らさねばならないことをどう思っていた?」
リリは大尉との結婚後、生まれ育ったイェーテボリを離れて、彼の住むカールスクルーナへ移ることになっていた。
スウェーデン随一の軍港を抱えるカールスクルーナではあるが、「海軍の町」しか言うべき特徴のない、ただの田舎町だった。
軍事機密を保持するためには人々の出入りは最小限に抑えることが最優先で、特に町として発展する必要がないからだ。
「住み慣れたイェーテボリを離れるのに不安はないか、と問われれば、それはないとは言えないけれど、カールスクルーナに赴くことに関しては別に……」
「だが、貴族の女たちは、そうはいかないらしい。彼女たちは華やかな社交界なしでは生きていけないからな。シーズンオフに自分たちの領地へ引き下がることはやぶかさでないが、ほぼ一年中、片田舎で無粋な野蛮な軍人たちに囲まれた生活をするには耐えられないそうだ」
大尉は口の片端を微かに上げて苦笑した。
「あなたが言う『あの美しいヘッグルンド令嬢』——ウルラ=ブリッドも所詮そういう女の一人だ。ストックホルムを離れて暮らすことなどできないよ」
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