谷間の姫百合 〜もうすぐ結婚式ですが、あなたのために婚約破棄したいのです〜

佐倉 蘭

文字の大きさ
21 / 25
Sista Kapitel

しおりを挟む

「セント・ポールズ校であなたの兄と同室になって以来、彼の家族の話はよく聞かされていたからね。だから、あなたとの結婚話が出たときは——自分の結婚後はそう悪くないかもしれない、という希望が持てたよ」

   思いがけない大尉の言葉に、リリはびっくりしてしまった。

「それに、私がKangliga Flottan王立艦隊で率いる部隊は平民から成っているのだ。彼らとの親睦を深めるために、結婚後の家庭に招いてもてなさねばならぬ必要も出てくるあろうが、そのとき取りすました『貴族令嬢』が女主人では、彼らはさぞかし気後れして心を開かぬことだろう」

——ま、まさか……そんな……

   リリは呆然となった。

「わ、私……てっきり大尉から……庶民の出であることを……うとんじられてるとばかり……」

   かすれた声で、かろうじてそうつぶやく。

「なぜ、私があなたを疎んじる必要が?私は未だかつて、あなたにそのようなことを言った覚えはないのだが?」

   大尉が怪訝な顔になる。

「もしも、私があなたとの結婚がいやなのであれば、そもそも了承すらしていないが?」

「で、でも……婚約をしても、あなたは素っ気ないままでいらしたわ。私を疎んじていらっしゃるのか、ほとんどお会いする機会もなかったし、ストックホルムの舞踏会にだって、たったの一度しか私を呼んでくださらなかったわ。私なんかを、貴族の方々がいらっしゃる場へ連れて行かればならないのは、恥ずかしくお思いになったからではなくて?だからいつも……私を避けていらっしゃるのではなくて?」

   リリの脳裏に、大尉と婚約してからの味気ない日々が甦る。

「あなたに対する素っ気ない態度は……申し訳なかった。私は昔からこういう性分なんだ。子どもの頃からいつも一緒にいたアンドレとウルラ=ブリッドが社交的で、その反動からか正反対になってしまった。また、軍人にはよくある気性だから、今まで特に改める必要がなかったのもあだとなった」

   大尉は苦渋に満ちた表情ではあったが、リリが疑問に思っていたことを次々と弁明していく。

「それから、私があなたと会う機会がほとんどなかったのは——軍事機密に当たるから詳細は言えないが、任務のためにここ何年か、カールスクルーナを離れる許可がなかなか下りなかったのだ。決して、あなたを疎んじているからではない。……どうか、信じてほしい」

   大尉はリリの翠玉色エメラルドグリーンの瞳を見つめて、真摯に告げた。

   今世紀初頭に勃発した第二次ロシア・スウェーデン戦争によってロシアに敗したスウェーデンは、フィンランド領およびオーランド諸島を割譲することとなり、以後ロシアとの関係は緊張を強いるものとなっていた。彼はその対ロシアに関わる任務にあたっていたのだ。

「私は、私たちが互いのことを知るにはこれから時間はたっぷりあるのだから、結婚後にでもゆっくりと理解わかり合っていけばいいと、愚かにも甘く考えていた。……アンドレからは、あなたに対する態度を改めろと、幾度となく説教されていたんだがな」

   大尉は自分自身に対してあざけるように苦笑した。

「それに……驚いたな。あなたはあのような不毛な舞踏会でも、また行きたいと思っていたのか?」

   大尉はリリの心のうちを、慎重に探るような目で尋ねる。

「あの日以来、あなたをあのような場へ連れて行かないのは、もちろん私自身が好まないというのもあるが……没落している現状を決して直視せぬ、見栄を張るしか能のない、貴族の女どもの不躾な視線や口さがない厭味いやみから、あなたを守りたかったからだ。だから伯爵邸でも、なるだけ目立たぬようにダンスも控えて壁際にいたんだがな」

——ええっ?もしかして、大尉は……私のことをまもってくだすっていたの?

しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

女避けの為の婚約なので卒業したら穏やかに婚約破棄される予定です

くじら
恋愛
「俺の…婚約者のフリをしてくれないか」 身分や肩書きだけで何人もの男性に声を掛ける留学生から逃れる為、彼は私に恋人のふりをしてほしいと言う。 期間は卒業まで。 彼のことが気になっていたので快諾したものの、別れの時は近づいて…。

沈黙の指輪 ―公爵令嬢の恋慕―

柴田はつみ
恋愛
公爵家の令嬢シャルロッテは、政略結婚で財閥御曹司カリウスと結ばれた。 最初は形式だけの結婚だったが、優しく包み込むような夫の愛情に、彼女の心は次第に解けていく。 しかし、蜜月のあと訪れたのは小さな誤解の連鎖だった。 カリウスの秘書との噂、消えた指輪、隠された手紙――そして「君を幸せにできない」という冷たい言葉。 離婚届の上に、涙が落ちる。 それでもシャルロッテは信じたい。 あの日、薔薇の庭で誓った“永遠”を。 すれ違いと沈黙の夜を越えて、二人の愛はもう一度咲くのだろうか。

初恋にケリをつけたい

志熊みゅう
恋愛
「初恋にケリをつけたかっただけなんだ」  そう言って、夫・クライブは、初恋だという未亡人と不倫した。そして彼女はクライブの子を身ごもったという。私グレースとクライブの結婚は確かに政略結婚だった。そこに燃えるような恋や愛はなくとも、20年の信頼と情はあると信じていた。だがそれは一瞬で崩れ去った。 「分かりました。私たち離婚しましょう、クライブ」  初恋とケリをつけたい男女の話。 ☆小説家になろうの日間異世界(恋愛)ランキング (すべて)で1位獲得しました。(2025/9/18) ☆小説家になろうの日間総合ランキング (すべて)で1位獲得しました。(2025/9/18) ☆小説家になろうの週間総合ランキング (すべて)で1位獲得しました。(2025/9/22)

10年前に戻れたら…

かのん
恋愛
10年前にあなたから大切な人を奪った

悪役令嬢は追放エンドを所望する~嫌がらせのつもりが国を救ってしまいました~

万里戸千波
恋愛
前世の記憶を取り戻した悪役令嬢が、追放されようとがんばりますがからまわってしまうお話です!

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

届かぬ温もり

HARUKA
恋愛
夫には忘れられない人がいた。それを知りながら、私は彼のそばにいたかった。愛することで自分を捨て、夫の隣にいることを選んだ私。だけど、その恋に答えはなかった。すべてを失いかけた私が選んだのは、彼から離れ、自分自身の人生を取り戻す道だった····· ◆◇◆◇◆◇◆ 読んでくださり感謝いたします。 すべてフィクションです。不快に思われた方は読むのを止めて下さい。 ゆっくり更新していきます。 誤字脱字も見つけ次第直していきます。 よろしくお願いします。

なくなって気付く愛

戒月冷音
恋愛
生まれて死ぬまで…意味があるのかしら?

処理中です...