谷間の姫百合 〜もうすぐ結婚式ですが、あなたのために婚約破棄したいのです〜

佐倉 蘭

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Sista Kapitel

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   グランホルム大尉とリリは、最初から「結婚相手」として出会ったため、求婚プロポーズの「儀式」を経ることなく、双方の家によってすでに結婚することも、その結婚式の日取りまでもがすでに決まっていた。

   そのときのリリは「政略結婚」なのだから、自らが生涯の伴侶と定めて結婚するのとはわけが違うのだから、と諦めていた。

   だが——やはり、憧れていなかったかと言えば、それは「憧れていたJa」である。


「何度も言うが、私は貴族の生まれであっても、爵位を持たぬ一介の海軍軍人に過ぎない。だから、たとえ私と妻の宗派が違ったとしても、気にするほどの血筋ではないのだ。どうかこれからの日曜礼拝は、イェーテボリの修道院ではなく、カールスクルーナのカトリック教会へ行ってもらえないだろうか」

「まぁ、そんな……いけないわ……グランホルム大尉……」

   リリは大尉に取られた手を引っ込めようとした。
   しかし、彼はその手をきゅっと握って、決して離すまいとした。

「まだ、ほかに私と結婚できない理由でも?そういえば……確かあなたのミドルネーム——カトリックなら洗礼名になろうが……カタリナ、であったな?」

   リリはこくりと肯いた。とたんに、大尉の顔が歪んだ。

   リリの洗礼名のカタリナは、十四世紀の昔、スウェーデン国内に女子修道院を創設したビルジッタを母に持ち、自身も一心に神に仕えたことから、母子二代で教会から「聖女」として叙されていた。

「まさか……あなたはあの・・聖女カタリナのように、たとえ私と結婚したとしても、なにがなんでも『純潔』を守るつもりだったのではないだろうな?」

   カタリナは父の命令でドイツの青年貴族と結婚をしたものの、母の創った修道院で「神の花嫁」として一生を過ごす夢が諦めきれず、夫に懇願してそのような取り決めをしたという。
   そして、その夫が早世したこともあって、彼女は無垢な身体からだのまま、その生涯を修道院でまっとうしたと伝えられている。

「いくら気にするほどの血筋でないとはいえ……さすがに、初めから子を持たぬ取り決めをするのは……」

   青ざめた顔で大尉はつぶやいた。

「だが、あなたがどうしても、というのなら……」

「あの……大尉、いつまでもそのようにひざまずかれては落ち着かなくて……どうぞ、こちらにお座りになって……」

   リリは自分の気を落ち着けるためにも、彼を長椅子ソファに促した。大尉は言われるまま、すぐ隣に腰を下ろす。
   しかし、二人の間はあまりにも近かった。舞踏会で踊ったダンスのときと変わらないくらいだ。

   なので、リリが思わず後退あとずさりして距離をとろうとすると、大尉はすぐさま彼女の両手をその手に取って、やさしく包み込んだ。

「リリコンヴァーリェ嬢、私はあなたが望むことなら、どんなことでもすべて叶えるつもりだ」

   ミルクのたっぷり入った珈琲フィーカのような大尉の瞳が、いつの間にか熱のこもった深い琥珀色アンバーに変わっていた。

「……それでも、私たちはもう互いを伴侶と呼ぶことはできないのか?」

   吸い込まれそうなほど、強いつよい眼差まなざしだった。

「そ、それは……この期に及んでこの結婚を取りやめるなんて……あなたの自尊心プライドゆるさないからおっしゃっているのだわ……」
   リリは目を逸らしながら、苦し紛れに言った。

   そのとき、リリはすっぽりとなにかに包み込まれた感覚がした。
   すると、目の前に、グランホルム大尉の厚い胸板が来た。

——どうして? 私は今……大尉の腕の中に、閉じ込められている?

「リリコンヴァーリェ嬢、あなたはまだそんなふうに私のことを思っているのか?」

   頬が当たる、彼の胸から聞こえてきた。舞踏会で踊ったダンスのときですら、こんなに近くからは聞こえてこなかった。
   リリの心臓が早鐘を打つかのごとく、高鳴った。

——大尉に、聞こえてしまうかもしれない……

   だが、その大尉の胸からも、早鐘のような慌ただしい心音が聞こえてきた。

——えっ?まさか、大尉も……

   そう思った瞬間、リリのくちびるに、ふわりとやわらかなものが落ちてきた。

    大尉の少し厚めのくちびるだった。

    
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