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Chapter 9
①
しおりを挟むしばらく、無言が続いた。無理もない。突然、昨晩過ごした女の、夫が通話に出たのだから……
『……っていうことは』
ようやく、口が開かれた。
『専務さんですかっ⁉︎』
——はっ⁉︎
『いつもお世話になっておりますぅ』
——はぁ⁉︎
『……ちょ…オカン、余計なこと言うなやっ!』
ガサガサッと雑音がしたかと思うと、
『せ、専務っ!おはようございますっ!』
そ、その声は——
「い…伊東っ!お、おまえが……『凌牙』かっ⁉︎」
『ちゃ…違いますよっ‼︎ な、なに言うたはるんですかっ⁉︎』
伊東がスマホの向こうで絶叫した。
——うるさいっ!他人の女房を寝取った上に、その亭主の鼓膜までもブッ壊す気かっ⁉︎
『……「凌牙」ってのは、うちのオカンの……母親のことですっ!』
おまえの「オカン」は、パートでホストをやってるのかっ⁉︎
——ざけんなっ!
学生時代から付き合ってて半同棲中とかいう、伊丹空港のグランドホステスの彼女はどうしたっ⁉︎ そいつは、カモフラージュだったのか⁉︎
そもそも、東京にいるはずの紗香に——どうやって近づいた⁉︎ どうやって誑かしたっ⁉︎
「ちょっと、返してっ!」
あまりのことに呆然としている隙に、紗香にスマホを奪い取られた。
「伊東くん、ごめんね。……主人とは……話し合ってみる。……また、あとで連絡するから」
——なんだと⁉︎
この期に及んで、まだつき合いを続ける気かっ!
いや、バレたからにはおれと話し合って別れて、伊東と大手を振ってつき合うことにするのかっ⁉︎
——紗香、おまえ正気か?伊東はまだ二十六歳だぞ?息子の大地と三つしか違わないんだぞ⁉︎
「えっ……そうなの?……わかったわ」
紗香は顔を曇らせながらも、
「伊東くんが、あなたと話したいって」
おれにスマホを寄越した。
『……専務、今回のことでは本当に、奥さんにお世話になりました』
伊東が殊勝な声で言った。
『おかげでうちの家族は、バラバラにならんとやっていけます。家族が力を合わせることで絆になる、っていうのがようわかりました。……本当に、ありがとうございました』
スマホの向こうで、頭を下げている気配がした。
——おまえ、もしかして、おれにバレたからって、紗香を棄てる気じゃねえだろうな⁉︎
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