常務の愛娘の「田中さん」を探せ!

佐倉 蘭

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Chapter 5

そのときの「田中さん」⑩

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   大地はもともと烏の行水にもかかわらず、さらに速攻でバスルームから出たはずだった。
 ところが、リビングのカウチソファでは、すでに亜湖がこときれたように眠っていた。

「……マジかよぉ」
 営業二課の部下たちから「悪魔」と陰で呼ばれる「上條課長」が、世にも情けない声でつぶやく。

 まるでタツノオトシゴのようにうずくまって寝息を立てる亜湖を、やりきれない思いで大地は見つめる。
 亜湖がメイクをしっかり落としてすっぴんだったので、ちょっとホッとした。帰るつもりだったのなら、メイクは落とさないはずだろうから……

 大地は亜湖のそばでしゃがんで、立て膝をついた。
「……なぁ、起きろよ。……亜湖」

 彼女の真っ白な肌理きめの細かい肌に、そっと手を伸ばす。
「だいたい、一人で一升瓶空けるし、呑み会で食ったからってほとんどつまみも食わねえし、いくら酒に強くっても回るさ。……眠たくもなるよ」

 大地の右手が、亜湖の少女のようにふっくらしてハリのある頬を包み込む。
 別に化粧が濃い、というわけではないが、アイメイクのない亜湖はいつも以上に童顔だった。眠っているということもあるのか、子どもそのものの「あどけなさ」である。

 ——あれ、この顔、昔、どこかで見たような……

 大地は顔を近づけて、亜湖の目鼻立ちをじっくりと見た。

 ——まさか……「市松人形」!?
  
 
 そういえば——あのとき、おれは「市松人形」にキスしたんだった。


 ゜゜・*:.。. .。.:*・゜゜・*:.。. .。.:*・゜゜


 田中のおじさんにバレて、引きずられて行く大地と入れ替えに、親戚の子たちが亜湖に駆け寄った。

 蓉子と本家の彩乃あやのが声をかける。
『ねぇねぇ、あなたどこの子?』
『歳はいくつ?小学生?』

 慶人が早速、大人たちがコロッと騙される「王子様スマイル」で亜湖を見つめている。
 ——気をつけろっ!あいつの腹ん中は真っ黒けっけだぞぉー!!

 蓉子の双子の兄である太陽と海洋は二卵性なので、全然似ていない。だけど、二人とも要注意なのは同じだ。
 ——太陽は見た目と要領がいいから、小学校で何股も掛けてるチャラ男だぞぉー!
 ——海洋はクールで剣道一筋、女なんかに興味ねえって顔してるけど、彩乃にチョッカイ出してるむっつりスケベだぞぉー!

『おい、おまえらっ!おれの「市松人形」に手ぇ出すなよっ!!』
 大地は声を張り上げて威嚇した。

 その直後、田中のおじさんが大地の頭を思いっきり、 はたいた。
『だれが、おまえのだっ!? 大地っ!亜湖はだれにも渡さん!!』

『田中くーん、死なない程度なら、なにやっても構わないからねー』
 遠くから、すっかりご陽気になってる母親の紗香の声が聞こえた。ずいぶん呑んでるようだ。
 ——それでも、実の親かよ?


 ゜゜・*:.。. .。.:*・゜゜・*:.。. .。.:*・゜゜


 大地は、あのときの「田中のおじさん」が亜湖の父親であったことに気づいた。

 ——やっべぇな。田中常務のおれへの印象、最悪だぞ。道理でいつも冷淡な塩対応だったはずだ。

「『あこ』ってガチな名前だったんだな。『あきこ』とか『あやこ』とかを『あこ』って呼んでるのかと思ってた」
 大地は亜湖のおでこをぴんっ、と弾いた。

「早く起きろよ。……おれの『市松人形』」

 大地は亜湖のくちびるに、自分のくちびるを重ねた。

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