常務の愛娘の「田中さん」を探せ!

佐倉 蘭

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Chapter 6

大地と「田中さん」⑧

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 洗濯が一段落したあと、亜湖は冷蔵庫の中のベーコン・玉ねぎとスライスチーズを使って、ピザトーストをつくった。ソースはトマトケチャップしかないので、少々甘ったるいけれど仕方ない。
 ——ホールトマトの缶詰でもあれば、もうちょっと本格的な味になったのにな。できれば、しめじもほしかった。かろうじて玉ねぎがあってよかったけど。

 玉子と牛乳があったので、フレンチトーストもつくった。たぶん、大地は甘ったるい味が苦手そうに見えるから、甘さは控えめにした。
 ——シナモンがあれば、もっと甘さを抑えられるんだけど。

 それから、スクランブルエッグをつくって、マヨネーズと(コンビニでおでんなんかを買ったときにもらったと思われる)辛子をタルタル風に和えて、(同じくコンビニで買ったと見られる)カット野菜の上に乗せて、さらにその上にカリカリに焼いたオニオンをまぶしてサラダにした。
 ——チューブ入りのニンニクでもあれば、カリカリに焼いたオニオンがぐっとスパイシーになるのにな。ガーリックトーストもつくりたかったな。

 あと、せめてコンソメの顆粒か固形でもあればオニオンスープをつくったのだが、大地のうちのキッチンにそんなものがあるわけなく、泣く泣く買い置きされていた市販のインスタントのポタージュスープにする。

 それでも、ペニンシュラキッチンのカウンターに手早く並んだブランチに、大地は目を見張った。
「……おまえ、料理できたんだな?」
 実家暮らしだから、家事は母親に任せっきりだと思っていた。
 ——料理、ってほどでもないんだけどなぁ。

 亜湖は自分の料理の実力がこんなもんか、と思われるのはイヤだった。伊達に会社のお昼休憩で蓉子とランチ行脚してるわけじゃない。確かに、亜湖の風貌ではリンゴの皮もろくろく剥けなさそうではあるのだが……

 だけど、一つ、確信したことがある。

 冷蔵庫の中にはビールと酒のつまみになるような食材しか入ってなかった。パスタの乾麺すらなく、炊飯器は一応あるがお米もない。炭水化物類はトーストしかなかった。だから、こんな朝食のようなメニューになってしまったのだが。さらに、おしゃれでありながら機能的なキッチンなのに、調味料もキッチン用具もほとんどない。

 ——女の人の影がまったく窺えないのだ。

「……すっごく使いやすいキッチンなんだけどね」
 料理好きの亜湖が、ダイニングテーブルのいらないほどゆったりと広いペニンシュラキッチンを見ながら、ぼそっとつぶやくと、
「これから、おまえの好きにしていいぞ」
 大地が背後から抱きついてきた。亜湖の頬から首筋にかけて、ちゅっ、ちゅっ、とキスをするので、あわてて身体からだを離す。
「……今日はもう、無理だからね」

 とたんに、大地がふてくされた子どもの顔になる。
「おれの方が無理……そのポロシャツ、ヤバい……襲いたくなる」
 本当は亜湖が料理しているときから、背後から抱きつきたくて仕方がなかったのだ。

「さ、食べよっ」
 亜湖は大地の腕をとって、ペニンシュラキッチンのカウンターへと促した。


「……大地はうちのおかあさん、知ってるの?」
 大地はものすごい勢いで、亜湖がつくった料理を食べていた。証券マンの哀しき習慣で、食べるのが早いということもあるが、腹が空いている上に、なにより亜湖のつくったものが美味うまいのである。

「おまえがおれを知ってるより、たぶん、おまえの両親の方がおれを知ってるぞ」
 大地は苦笑した。
「朝比奈の新年パーティで、ガキの頃のおれの腕白三昧を見てるからな」

 我が国を代表する一流ホテルの広ーいパーティ会場で率先して、鬼ごっこはするわ、戦隊ごっこはするわで、周囲に大迷惑を撒き散らしていた。その度に雷を落として叱りまくっていたのが「田中のおじさん」——つまり、亜湖の父親だ。

「……そうだ。亜湖、おまえ、どうして朝比奈のパーティに一回しか来なかったんだ?
 親父さんもおふくろさんも、毎年来てただろ?」
「うーん、それが覚えてないの。バーで杉山さんに言われたんだけど、水島課長も蓉子もわたしのこと覚えてたのに、わたしだけ覚えてなくて。一回行ってたことをやっと思い出せたのは昨夜だもん」
 そう言って、亜湖はサラダに散らしたカリカリのオニオンを口にした。

「あ、そうだ。……なんで冷蔵庫に玉ねぎがあるの?あとはコンビニに売ってある、おつまみ系のものばかりなのに」
 カット野菜はあったが「単体」の野菜は玉ねぎだけだった。

 フレンチトーストの最後の一片を、これは甘ったるくなくて美味いな、と食べていた大地が、とたんにしかめっ面をした。
「だから、変に勘ぐるなって」
 ペニンシュラキッチンのカウンターで、並んで座っている亜湖の頬を撫でる。
「大阪のおふくろから送られてきたんだ」

 亜湖がぴん、ときた。
「淡路島産の玉ねぎ、でしょ?甘くて美味おいしいの。こっちじゃなかなか手に入らないんだよ」
「ふーん……おまえ、詳しいな」
 大地はポタージュスープを飲んだ。気のせいか、市販のこれはなんだか味気ないような気がした。

「大地、もうちょっと食事に気をつけなきゃダメだよ。お母さんも心配なんだわ」
 ——「大地のお母さん」ってことは、大阪支社の専務の奥さまか。蓉子と同じ、朝比奈家の人だよね?

「だったら、亜湖がおれの健康管理してくれよ。……なんなら、もう一緒に住むか?」
 大地が亜湖を、甘く焦れた目で見る。
 ——毎日、美味いメシが食えて、亜湖自身も堪能できるのなら望むところだ。

「結婚せずに同棲なんて、おとうさんに殺されるわ」
 亜湖はふふっ、と笑った。

「……結婚すりゃいいんだろ?」

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