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Secret 6
④
しおりを挟むしかし、田中の「発作」は、わたしたちが遠巻きに眺めている間に、だんだんと落ち着いていって、やがて終息を迎えた。
「ななみん……もしかして、外?」
ようやく、スマホに向かって、田中が言葉を発した。
「……だれかと一緒?」
——やっぱり、七海と通話してたんだ。
わたしの胸が、ずきり、とする。
「げっ、あいつが『ななみん』⁉︎——って、だれだ、そいつ⁉︎」
本宮が素っ頓狂な声をあげた。
「もおっ、本宮さんっ、声がデカいっ」
すぐさま、戸川に窘められる。
「諒志さんのお見合い相手です。水野局長のお嬢さんで、七瀬さんの妹さんですよ」
高木が簡潔に「解説」する。
「へぇ……あいつ、『見合いするのは、出世のためじゃない』って言ってただけあるな。うまくやってんじゃん」
本宮がぼそりとつぶやく。
先刻までの笑い転げていた余韻はすっかり影を潜めたが、ビデオ通話で映っているのであろう七海へ、田中はやさしくて穏やかな笑顔を向けていた。
——あいつでも、あんな顔するんだ……
「……一人?」
その口調が今までとガラリと変わって、いきなり冷気が漂い始めたような気がする——と言っても、いつもの「人造人間の田中」に戻っただけなんだけれども……
「ななみん、今どこ?」
まるで、容疑者を取り調べる刑事のように——いや、書類送検された被疑者の調書を取る検察官のように、田中は「尋問」する。
「道玄坂のどこ?」
間髪入れず、畳みかけるように「尋問」は続く。
——って言うか、七海っ、あんたこんな深夜に、渋谷なんかを一人でほっつき歩いてんのっ⁉︎
「とにかく、どこでもいいから、速攻で近くのコンビニに入ってくれ」
——姉のわたしだって、強くつよくそう願うわっ。
「今から、迎えに行くから」
「えっ……し、仕事はどうするんですか?」
高木が息をのんだ。いつも冷静な顔を痙攣らせている。
田中だって、この土日は庁舎から出られないほどの案件を抱えているはずだ。
「こんな時間に、ななみんをたった一人で渋谷になんか置いておけないだろう?」
なのに、田中はスマホの向こうに向かって、もどかしげに言い放っていた。
「いいか、コンビニに入ったら、もう一度通話して店舗の名前を教えてくれ。とりあえず、これから道玄坂方面へ向かうから」
そう言いながらデスクの上を手早く片付けだして、すぐにでも外に出られるよう支度を始めている。
——ううっ、姉のわたしとしては、申し訳なさすぎて、隣にいる高木の顔をまともに見られないんですけれども……
゜゚・*:.。. .。.:*・゜゚・*:.。. .。.:*・゜゚
「おい、高木!」
七海とのスマホでの通話を終えた田中が、ようやくこちらに目を向けた。
「悪いが……少し、出てくる。なにかあったら、おれのスマホに連絡してくれ」
田中は銀座タニ◯ワの黒いブリーフケースを手にし、わたしたちの前をすーっと通り過ぎて行くと、課のドアに手をかけた。
「……わかりましたよ。でも、この『貸し』は、今度きっちりと返してもらいますからね?」
高木は顳顬を押さえ、ため息を吐きつつも、なんとか了承した。
「田中……七海が迷惑かけて、ごめんね」
姉として居たたまれなくなったわたしは、田中に謝罪した。
「いや、水野が謝ることじゃない」
田中は、わたしをちらりと見て言った。
口の端を少し上げて、一見微笑んでいるような表情なのだが「暖かみ」なんて微塵もない。
そこからは「冷気」以外、いっさいなにも感じられなかった。
一目見たら最後、背筋がカチコチに凍りついてしまうほど——怖ろしい「笑顔」だった。
「どうやら、おれが……彼女のことを野放しにさせすぎちまったみたいだからな」
そんな彼を見て、戸川はもちろん本宮だって、息をのんで黙ったまんまだ。
「だが、もう二度と——こんなふうにはさせない」
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