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六年に一度の決まりごと
しおりを挟む俗に「人別帳」と呼ばれる「宗門人別改帳」は、そもそもはキリシタン(キリスト教徒)を嫌ってバテレン(宣教師)を国外へ追放した初代の公方様(徳川家康)が国内にいる信徒をあぶり出すために、檀那寺に檀徒である証文を書かせてキリシタンではなく仏教徒だと云う証をさせた「宗門帳」(寺請制度)に端を発したものだった。
やがてキリシタンがほとんど見られなくなった八代の公方様(徳川吉宗)の頃になると、家族ごとの名前や歳および続柄等が記された「人別帳」も加わるようになった。
江戸の町家では、六年おきに町名主によって取りまとめられ、町奉行から任を受けた町年寄へ差し出すことになっている。
ゆえに、町年寄の許に納められた宗門人別改帳を見れば、各町にどれだけの男女がどんな間柄で暮らしているのかはもちろんのこと、家持(家主)・家守(管理人)・店子(借家人)の類や、親の代からの江戸住まいなのか或いは何処の故郷から江戸に出てきたのかなども一目瞭然であった。
「先達て、名主さんから淡路屋の旦那様にお達しがあってな。早速、家守のあっしにうちの店子らの人別を調べとくれとのこった」
此の裏店の家持は廻船問屋の淡路屋だ。
すると、 古参の女房が訳知り顔で口を挟む。裏店の女房連中にとっての「名主」だ。
「えーっと、ここんとこ六年で新しくなった顔ぶれはってぇと……みんな待っとくれ、あたいが今思い出すからさ」
「いや、そいつぁ心配無用だ」
されども、茂三がぴしゃりと制す。
「越してくるときに、ちゃあんと寺請証文を預かるようにしてっからな」
如何なる由があるにせよ、今住む場処から引っ越す折には今までの宗門人別改帳から外れることになるゆえ、必ず檀那寺で寺請証文を書いてもらってから出なければならない。寺請証文がなければ「証」がないため、移り住んだ先の宗門人別改帳に新たに入れてもらえないからだ。
つまり、改められることなく外れたままとなる「帳外れ」——いわゆる「無宿者」に成り下がってしまう。
帳外れになると人扱いされぬようになり、職探しに難儀して住む場処にも事欠くようになることから無宿者と呼ばれるのだ。
丑丸に目を向ける。下帯一つで右手に糠袋、左手に洗い物を持ち突っ立っていた。
茂三はだれにも聞こえぬ声で呟いた。
「だけどよ……四、五年ほど前に移ってきたおめぇん家のだけ、預かってねえのよ」
故郷から出奔してきたゆえであろうか、父親は寺請証文を持っていなかったのだ。そして、母親のおすみも同様であった。
茂三は今よりもずっと幼い丑丸を抱えているのに親子三人何処にも行き場がないのは不憫だと思い、父親の人柄も見て店子にした。
されど、今となってはその情けが仇となった。
此度のお改めで——丑丸は無宿者になる。
゜゚・*:.。. .。.:*・゜゚・*:.。. .。.:*・゜゚
茂三はすぐさま洗い物をおいくに託して、丑丸に「お下がり」の着物を着させた。
その後、表通りにあるおのれの仕舞屋へ丑丸を連れ帰った。
女房のおよねに丑丸を巽の一番陽当たりの良い座敷に通させる。およねは茶の支度をするからと、すぐに下がっていった。
同じ家の奥の座敷とは云え、先日のとは明らかに異なった。茂三たちが寝間に使っている先般の間ではなく此処は客間だった。
張り替えたばかりの畳面なのだろう。清々とした井草の匂いが芳しい。
されども、裏店育ちの丑丸にはどうにも落ち着かない。お下がりが手に入ったのはありがたかったが、いかんせん古着である。こないに綺麗な畳を汚しちまったらと思うと冷や汗が出た。
しばらくして、茂三がおよねを伴って座敷に入ってきた。盆を持ったおよねが茂三と丑丸の前に茶を置く。今度は下がらずに、茂三の隣に腰を下ろした。
二人からはなんとなく改まった気配がして、丑丸は思わず背筋を伸ばし居住まいを正した。
「なぁ、丑丸。おめぇにとっちゃ辛ぇことばかり続いてっけどな。
おめぇのような者があっしの預かる店に巡ってきたってのは、此れもまた『巡り合わせ』ってもんじゃねぇのかい」
丑丸はきょとんとした顔で茂三を見返した。
「お前さん、たった八つの子にそないな回りくどい云い方したって伝わりゃしないよ」
江戸者は気が短い。およねがずいと膝を進めた。
「ねぇ、丑丸。子のないあたしらにゃ、なんだか仏様が結んでくだすった『ご縁』のような気がして仕方ないのさ。
——どうだい、あんた、うちの子にならないかえ」
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