100年後わたくしの力が潰えるまでに、封印中の魔王を改心させてみせますわ!

七森陽

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お触り厳禁なのはどちらか?

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 この城に来てひとり彷徨っていた時、本当にじんわりと微かにだが、イヴは自身の持つ力が弱まっていることに気がついた。
 何故ここにいるのかはわからないが、失敗したにしろ成功したにしろ、おそらく自分の命はこの力と共に萎んでゆくのだろうと直感的に思ったのだ。
 そして併せて感じたのは、自分が『人間として生きていない』という感覚。生身の人間ではなく、魂としてここに存在しているような、不思議な感覚である。なぜそう思ったか説明しろと言われても難しいが、とにかく『そう』だと思った。
 どれくらいもつのだろうか、自分の意識は。
 階段を上がりながら、深層まで意識を高める。
 そしてその時ふと、数年前に歴史分析していた時の記憶が蘇った。過去の『魔王討伐』の古文書を解読した内容である。そこには、100年おきに飢饉や天災が起こっておりそれが魔物や悪神の災いによるものだったと記されていた。当時は、たかが逸話でどこにでもありそうな話だと思った。
 けれど、妙にそれがしっくりきた。
 そして唐突に悟った。
 『ああ、100年でこの力は潰えるのだ』と。
 失敗していても成功していても、どちらでもいい。この力が尽きてこの意識が消え去るまでに、きちんと自らの使命を果たしてみせよう。
 そう、思ったのだ。



「魔王さま、晩御飯の支度ができましたわ」
 執務室を覗くと、先程とは違う書物を読んでいたアグレアスがこちらを見ることもなく言葉を返す。
「わざわざ共に食べる必要はない」
 またこれである。
 実は毎食イヴが手料理を振る舞っているのだが、アグレアスは一向に食卓を共にしてくれないのだ。
 何の因果かこうして一緒の時間を過ごすことになってしまったのだし、少しくらいは打ち解けてくれてもいいのに、とイヴは思う。
「もうそんな意固地にならなくてもよろしいでしょう、魔王さま!仲良く一緒に食べましょう?」
 何度目かもわからない誘い文句を吐くと、それまで一瞥もくれなかったアグレアスが、突然その鋭い金色の目をイヴに向けて、吼えた。
「仲良くできるわけがなかろう!」
 今まで聞いたこともないような咆哮に、イヴはびっくりして口を閉ざす。
 いや、本当はわかっているのだ、イヴだって。
 これまで7年もの間、イヴは魔王を倒すためだけに生きてきたし、魔王は魔王で(どんな経緯かも知らないが)人間を滅ぼすために生きてきたのである。
 しかもイヴは、この力が尽きるまえに、使命を果たしきると己に誓ってもいる。
 それがこんなよくわからない状況になって、仲良くなんて、そりゃあ出来るはずもない。
 ――わかってはいるのだが。
 イヴは、しかし、どうしてもアグレアスを憎むことが出来なかった。
 宿敵であるのに。
 彼を滅ぼさなければ、人間がまた危うくなるのに。
 まるで手負いのライオンのように威嚇する魔王が、ただただ可哀想で――なぜだかイヴは、どうしても彼に触れてみたくなってしまった。
「……」
 そっと右手を伸ばす。
 アグレアスの金色が少し濃くなって、怯えたようにその手に注目した。
 そっと本を持つ彼の手に、その手を重ねると――
「っきゃあ!」
「!!」
 ばちん、と音がして、イヴは後ろにすっ飛んだ。
 ガターン!背中をドアに打ち付けて、その衝撃でむせ込む。
「っげほ、」
「……」
 アグレアスは椅子に座ったまま、自身の手を呆然と見下ろしていた。
 今の光は、魔王を封印する時にイヴが発した光と同じ成分であった。つまり、魔を排するための力。
 咳き込みながら、イヴは冷静に脳内で分析していた。
 やはりこの状況は、魔王討伐に『失敗した』結果ではない。
 『今この状況が封印の最中』なのだ、と。
 なるほど、では自分はこの100年間、この可哀想な魔王をただひたすら封印し続ける運命であったのだと、半ば確信のように思った。

「…っ魔王さま、お怪我は…?」
「……は?」
 起き上がりながらイヴは問うたが、その質問にアグレアスはまた理解が及ばず間抜けな反応をする。
「なんだか静電気みたいなのが走りましたけど、痛くはありませんでした?」
「……いや……どう考えても……」
 どう考えてもそっちの方が被害が大きいだろう。
 言外にそう言いたいのがわかって、イヴは顔には出さず心の中でくすりと笑う。やはり、どうしても憎めないのである。
「どうやらお触り厳禁みたいですわね、魔王さまには」
 スカートの裾をパタパタとはたきながらイヴは残念そうに呟いた。
「残念ですが、仕方ないですわね」
「……」
 ちらりと見遣ると、アグレアスはひたすら怪訝な顔で見つめてきている。
 なんせこの状況は、どう考えても『イヴがアグレアスに触れない』のではなく『アグレアスがイヴに手出しできない』方であることをイヴもアグレアスも直感的に理解していたからである。
 それでも、イヴは軽口を叩く。
「さ、では晩御飯が冷めないうちに、食堂へ参りましょう魔王さま」
「……」
 アグレアスは吹っ飛ばすことになってしまった先程の状況に負い目を感じてくれているのか(は希望的観測かもしれないが)、少し深めのため息をついたあと、すんなり椅子から立ち上がった。
「…もう断るのも煩わしくなってしまった」
 どうやらようやく一緒に食卓を囲む気になってくれたらしい。
 その長身からは考えられないほどゆっくりと、身体を引きずるようにしながら、アグレアスは歩き出す。そしてその後ろをイヴはひょこひょことついて行く。なんとなく2人は無言であったが、特にそれが居心地悪いという訳でもなかった。
 イヴはアグレアスの後ろ姿を見てひっそり思う。
 きっと人間界では、あの後聖なる巫女が消失したことで騒然となったに違いないが、魔王も同時に姿を消したのだから封印は成ったのだと解釈しているだろう。予定通り宝具を教会の祭壇で管理し、巫女たちの祈りによって守っていくのであろう、これからずっと。
 ただ、それも100年だけの安寧である。
 人間界と連絡をとる術は今のところ皆無だ。古文書の研究をどうにか続け、『100年ごとの歴史』に気づいて対策を取ってくれる者が現れれば良いのだが。
 そこまで考えて、他人事のようにそう思っていることに気付き、イヴはこっそり驚いた。
 あんなに魔王の封印に命を懸けていたのに、そしてそれが期限付きのものであったと気づいたのに、危機感がほとんど無いということに。
 イヴはまたアグレアスの後ろ姿を盗み見る。
 想像していた残虐非道の魔王は、この7日間観察した限りではまるで手負いのライオンである。あんなにも王国中を恐怖で支配していた存在とはどうしても重ならない。
 さて、これから100年、どうしたもんだろうか。
 そんなことを思案していると、突然後ろから両腕が襲ってきた。
「イーヴ!」
「きゃあ!」
 強い力で巻き付かれ驚くが、このテンションからジズだとすぐに気付く。
「イヴ、ご飯は!?」
「ですから、今からみんなで食べるところでしょう」
「やーったね!」
 ジズはまるで猫のようにゴロゴロ喉を鳴らしている。鳥の魔物だと思っていたのだが違ったのだろうか。
「…おい…ジズ」
 その声に前を見ると、振り返ったアグレアスが信じられないものを見る目でジズを睨んでいた。
「お前、ソレが光の巫女だとわかってやっているのか…!?」
「えー、わかってますよぉそんなこと」
「ならば離れろ!」
「いーじゃないっすか~!別に消滅もしないんだし」
「お前っ魔族の誇りはどうした!」
「そんなん腹膨れねぇし、どーでもいいっす!」
 ジズはイヴにくっついたまま、怒り心頭なアグレアスとやり取りをしていてイヴはいたたまれない。
「ジズ…久しぶりにアレをせねばならんか…!?」
「アッやべ」
 アグレアスの黒い髪が逆立ち始めたのを見て、ジズはそう呟いて姿を消した。
「おい、ジズ!逃げるでない!」
 アグレアスは虚空に向かって吼えるが、もうそれ以外の物音はひとつも聞こえなかった。
「……」
 ばちりと金色のつり目と視線が合う。
「えーと、あの、仲良くしましょう?」
 何と言っていいかわからずそう漏らすと、
「お前に言われる筋合いはないわ!」
ドカーンと城の外で雷が鳴った。
 それはそうですわね!
 イヴは初めてアグレアスの『魔王らしさ』を垣間見て、少しだけ冷や汗をかいたのだった。
 
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