光のもとで2

葉野りるは

文字の大きさ
222 / 271
January

プロポーズとは…… Side 翠葉 02話

しおりを挟む
「あっきれたっ! 何、あのプロポーズ。女子の夢をことごとく踏みにじるようなプロポーズじゃないっ。翠葉っ、あんなのプロポーズにカウントする必要ないわっ」
 私の隣でぷりぷりと怒る桃華さんを見ながらも、私はひとり境内へ置いてきてしまったツカサが気になっていた。
 ひとまず、過去にプロポーズされてことを気づかず素通りしてしまったことは仕方ないにしても、プロポーズであるとわかったうえで、申し込んできた男性をひとり取り残してきてしまった自分は、あとでどんな制裁を受ける羽目になるのだろう。
 正直、ちょっと恐ろしくて考えたくない……。
 佐野くんのおうちの地下へ下りると、スタジオの入り口で待っていてくれた飛鳥ちゃんと合流した。
 屋内は十分にあたたかいらしく、飛鳥ちゃんはニット一枚にミニスカ、ニーハイソックスという軽装だった。
「佐野がクリスマスパーティー以上の出来事が起きたとかなんとか言ってたんだけど、何なに、どうしたの?」
「飛鳥、聞いてよ。あの男、こともあろうことか四月の時点でプロポーズまでしてたのよっ?」
「へっ? 四月? 何、どういうこと?」
 きょとんとしている飛鳥ちゃんに、桃華さんは珍しく声を荒らげた。
「交際を申し込むと同時にプロポーズまでしてたってことっ。ほんっと、手抜かりないっていうか、図々しいにもほどがあるっていうか、合理性ばかり求めてデリカシーの欠片もないんだからっ」
 言葉の刺々しさがいつもより数割増しだし、麗しいお顔の眉間には深いしわが寄っている。一方飛鳥ちゃんはというと、
「ちょっとそれ詳しくっ!」
 かなり食い気味に詰め寄られた。
 私は観念して、四月の図書室での話やクリスマスパーティーの日にした話を順を追って話すことにした。
 思い返せば思い返すほど、自分の間抜けさが際立つ内容で、地中深くに穴を掘って隠れてしまいたい。
 でもやっぱり、少しくらいは言い訳をしても許されるのではないか、と思ってしまう。
「私、四月の時点ではお付き合いするしないって話だけで頭がいっぱいで、その先に『結婚』を示唆されたことには気づいていたのだけど、あのときの返事で婚約が成立していたとは思ってなかったの」
「それ、めっちゃ翠葉っぽいけどボケすぎでしょ!」
 飛鳥ちゃんはケタケタと笑う。
「でもさでもさ、クリスマスパーティーで指輪もらったときにはちゃんと自覚してたんじゃないの~?」
「ん~……それなのだけど、婚約指輪の代わりのリングであることは理解していたのだけど、『正式に婚約するまではそれをつけてて』って言われたから、てっきり婚約はこれからするものだと思っていて……」
 考えれば考えるほどに頭を抱えたくなる。
 今ならツカサの考えが手に取るようにわかるけど、今わかったところであとの祭りだ……。
 ツカサの言葉には何が潜んでいるのか見当もつかないので、これからは吟味に吟味を重ね、どんな小さなことでも確認作業を怠ることなく遂行しなくては……。
 即座に「返事は?」と詰め寄られても、まずは考えることを自分に強要したい……。
 ふと気づけば飛鳥ちゃんにじーっと顔を覗き込まれていて、「ん?」と尋ねると、
「言葉如何どうあれ、好きな人にプロポーズされたんだよ? 嬉しくないの? 一応今婚約状態なんでしょ?」
 飛鳥ちゃんに言われてびっくりした。
 そうだ。話の流れはともかくとして、好きな人にプロポーズされたのだし、現在は口約束とはいえ婚約状態。それが嬉しくないわけは――……嬉しくないわけはないのだけど、自分が想像していたような感情は微塵も湧いてこない。
「プロポーズって……こんなものなのかな……」
「どういうこと?」
 飛鳥ちゃんに尋ねられ、
「あのね、ちょっと色んなことにびっくりしているの……。プロポーズされていたことに気づけなかったことも、日常会話的にプロポーズが終わってしまっていたことも……。プロポーズって、もっとドキドキしたり、言葉に言い表せないほど嬉しさがこみ上げてくるものだと思っていて、でも、実際は全然そんなことなくて、なんか『あれ?』ってなっちゃって……。なのに、婚約発表をするとか、話だけは先に進んでいて、現実味がないって話したら会食をするからっどうのって話になって……」
 どうにもこうにも心がついていかない。
 すると、桃華さんがものすごく呆れたようにため息をついた。
「それ、全部目の前で聞かせてもらったけれど、すべて藤宮司の話の持って行き方に原因があると思うのだけど」
「でももし……もし私が、四月のツカサの言葉をきちんと理解することができていたなら、もう少し違った感じに聞こえたのかな、って……。そう思うと、なんだか色々申し訳ないやらもったいないやら……」
「翠葉……わかっていると思うけど、たとえ翠葉が間違わずに話の流れを理解していたとしても、藤宮司のあの文言がロマンチックに聞こえてくることはないわよ?」
 あぁ、それはそうかもしれない……。
「なんか、モヤモヤする……」
「そりゃそうでしょっ。こんなプロポーズに納得できる人間のほうが少な――えっ? 翠葉っ!?」
 気づけば、私は自分の身体を支えることすら出来ずに床へ転がっていた。
「翠葉どうしたのっ!?」
 どうしたの……かな。なんか気持ち悪いし、頭ふわふわする……。
 この日私は、久しぶりに血圧の低下により意識を失った。

 徐々に意識がはっきりしだす。と、まず最初に肌寒さを感じた。
 えぇと……桃華さんと飛鳥ちゃんと地下スタジオの入り口で話し込んでいて……あ、そうか。屋内に入ったにも関わらず、コートを着たまま話していたから血圧が下がってしまったのだろう。胸のモヤモヤは吐き気で、頭のふわふわ感は血圧が下がったとき特有の症状だった。
 そこまで考えて、心の中でひとつため息をつく。
 たぶん、目を開けたらすぐ近くにツカサがいて、開口一番にお小言を言われるのだろう。
 そんな想像をして目を開ける。と、やはりお布団のすぐ脇にツカサが座りこんでいた。
「あんなあたたかい屋内でコートを脱がないバカがあるか」
 ほら、やっぱり開口一番はお小言だ。
 でも、口調と反して額に触れる指が優しい。
 ふたつの要素が相まってこそツカサだな、と思うと、自然と笑みが漏れた。
「ごめん……。コート脱ぐ前に話し込んじゃって……ここは?」
 あたりを見回すと、それほど広い部屋ではないことがわかる。
 六畳くらいの部屋にベッドとデスクがあり、クローゼットのドアにいくつかのスパイクがレイアウトされていて、私が寝かされているのは床に敷かれたお布団だった。
 ツカサの話によると佐野くんの自室とのこと。
 それにしても、なぜこんなに寒いのか……。
 風を感じて窓の方へ視線を向けると、窓が全開に開いていた。
 さらには、自分の格好にも納得がいく。
 コートはもちろんのこと、中に着ていたカーディガンまで丁寧に脱がされていたうえ、お布団はお腹のあたりまでしかかけられていなかったのだ。
 つまり、手っ取り早く身体を冷やして血圧を上げる対応をしてくれたのだろう。
 私のスマホを手に持ったツカサはディスプレイを見ながら、
「気分は?」
「もう大丈夫」
 ゆっくりと身体を起こすと、お布団の横に白い四角いものが置かれていた。
 一、二、三、四――
 じっと見つめ数えているうちに、それがカイロのような気がしてきた。しかも「四」という数字は、今日自分が身体に貼ってきた枚数と合致する。
「え……?」
 ペタペタと背中や胃に手を当てると、貼ってあったはずのカイロがなかった。
「あぁ、そんなものつけてたら血圧上がらないから剥がした」
「剥がしたってっ――」
 下着に貼ってあったのにどうやって剥がしたのっ!?
 ツカサは私が何か言おうとしたのを悟ったかのように口を開き、
「人命救助の一環だし、そこでうだうだ言うなら俺も言い足りない文句を今から言わせてもらうけど?」
 そんなことを言われたら口を噤まずにはいられない。
 でも、恥ずかしいぃぃぃ……。
 両手で顔を隠し、体育座りしている足をばたつかせる。
「そんな恥ずかしがらなくても……第一、ワンピースなんて面倒な服装のせいで、剥がすの大変で下着まで見る余裕なんてなかったし」
 そうは言われても恥ずかしさがなくなることはない。先手を打たれ、文句の発言権を剥奪された私は、感情のままにツカサへ向かってグーパンチを繰り出すしかなくなっていた。
 ツカサは私の両手を手のひらで受け止めるとクスクスと笑い、
「本当にもう平気そうだな」
「……ん、もう大丈夫……ごめん。ありがとう」
 ツカサは立ち上がって窓を閉めると暖房を入れるのではなく、私のコートを肩からかけてくれた。そして私の正面に腰を下ろし、
「さっき簾条たちとしてた会話、廊下で聞いてた」
 突然の話題変更に、私の心臓はきゅっと竦み上がった。
しおりを挟む
感想 3

あなたにおすすめの小説

光のもとで1

葉野りるは
青春
一年間の療養期間を経て、新たに高校へ通いだした翠葉。 小さいころから学校を休みがちだった翠葉は人と話すことが苦手。 自分の身体にコンプレックスを抱え、人に迷惑をかけることを恐れ、人の中に踏み込んでいくことができない。 そんな翠葉が、一歩一歩ゆっくりと歩きだす。 初めて心から信頼できる友達に出逢い、初めての恋をする―― (全15章の長編小説(挿絵あり)。恋愛風味は第三章から出てきます) 10万文字を1冊として、文庫本40冊ほどの長さです。

黒に染まった華を摘む

馬場 蓮実
青春
夏の終わり、転校してきたのは、初恋の相手だった——。 鬱々とした気分で二学期の初日を迎えた高須明希は、忘れかけていた記憶と向き合うことになる。 名前を変えて戻ってきたかつての幼馴染、立石麻美。そして、昔から気になっていたクラスメイト、河西栞。 親友の田中浩大が麻美に一目惚れしたことで、この再会が静かに波紋を広げていく。 性と欲の狭間で、歪み出す日常。 無邪気な笑顔の裏に隠された想いと、揺れ動く心。 そのすべてに触れたとき、明希は何を守り、何を選ぶのか。 青春の光と影を描く、"遅れてきた"ひと夏の物語。   前編 「恋愛譚」 : 序章〜第5章 後編 「青春譚」 : 第6章〜

キャバ嬢(ハイスペック)との同棲が、僕の高校生活を色々と変えていく。

たかなしポン太
青春
   僕のアパートの前で、巨乳美人のお姉さんが倒れていた。  助けたそのお姉さんは一流大卒だが内定取り消しとなり、就職浪人中のキャバ嬢だった。  でもまさかそのお姉さんと、同棲することになるとは…。 「今日のパンツってどんなんだっけ? ああ、これか。」 「ちょっと、確認しなくていいですから!」 「これ、可愛いでしょ? 色違いでピンクもあるんだけどね。綿なんだけど生地がサラサラで、この上の部分のリボンが」 「もういいです! いいですから、パンツの説明は!」    天然高学歴キャバ嬢と、心優しいDT高校生。  異色の2人が繰り広げる、水色パンツから始まる日常系ラブコメディー! ※小説家になろうとカクヨムにも同時掲載中です。 ※本作品はフィクションであり、実在の人物や団体、製品とは一切関係ありません。

居酒屋で記憶をなくしてから、大学の美少女からやたらと飲みに誘われるようになった件について

古野ジョン
青春
記憶をなくすほど飲み過ぎた翌日、俺は二日酔いで慌てて駅を駆けていた。 すると、たまたまコンコースでぶつかった相手が――大学でも有名な美少女!? 「また飲みに誘ってくれれば」って……何の話だ? 俺、君と話したことも無いんだけど……? カクヨム・小説家になろう・ハーメルンにも投稿しています。

美人生徒会長は、俺の料理の虜です!~二人きりで過ごす美味しい時間~

root-M
青春
高校一年生の三ツ瀬豪は、入学早々ぼっちになってしまい、昼休みは空き教室で一人寂しく弁当を食べる日々を過ごしていた。 そんなある日、豪の前に目を見張るほどの美人生徒が現れる。彼女は、生徒会長の巴あきら。豪のぼっちを察したあきらは、「一緒に昼食を食べよう」と豪を生徒会室へ誘う。 すると、あきらは豪の手作り弁当に強い興味を示し、卵焼きを食べたことで豪の料理にハマってしまう。一方の豪も、自分の料理を絶賛してもらえたことが嬉しくて仕方ない。 それから二人は、毎日生徒会室でお昼ご飯を食べながら、互いのことを語り合い、ゆっくり親交を深めていく。家庭の味に飢えているあきらは、豪の作るおかずを実に幸せそうに食べてくれるのだった。 やがて、あきらの要求はどんどん過激(?)になっていく。「わたしにもお弁当を作って欲しい」「お弁当以外の料理も食べてみたい」「ゴウくんのおうちに行ってもいい?」 美人生徒会長の頼み、断れるわけがない! でも、この生徒会、なにかちょっとおかしいような……。 ※時代設定は2018年頃。お米も卵も今よりずっと安価です。 ※他のサイトにも投稿しています。 イラスト:siroma様

【完結】イケメンが邪魔して本命に告白できません

竹柏凪紗
青春
高校の入学式、芸能コースに通うアイドルでイケメンの如月風磨が普通科で目立たない最上碧衣の教室にやってきた。女子たちがキャーキャー騒ぐなか、風磨は碧衣の肩を抱き寄せ「お前、今日から俺の女な」と宣言する。その真意とウソつきたちによって複雑になっていく2人の結末とは──

熱のない部屋で

中道舞夜
ライト文芸
合鍵預かってくれない?から始まる同期との恋。もどかしい純愛ラブストーリー

極悪家庭教師の溺愛レッスン~悪魔な彼はお隣さん~

恵喜 どうこ
恋愛
「高校合格のお礼をくれない?」 そう言っておねだりしてきたのはお隣の家庭教師のお兄ちゃん。 私よりも10歳上のお兄ちゃんはずっと憧れの人だったんだけど、好きだという告白もないままに男女の関係に発展してしまった私は苦しくて、どうしようもなくて、彼の一挙手一投足にただ振り回されてしまっていた。 葵は私のことを本当はどう思ってるの? 私は葵のことをどう思ってるの? 意地悪なカテキョに翻弄されっぱなし。 こうなったら確かめなくちゃ! 葵の気持ちも、自分の気持ちも! だけど甘い誘惑が多すぎて―― ちょっぴりスパイスをきかせた大人の男と女子高生のラブストーリーです。

処理中です...