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January
プロポーズとは…… Side 翠葉 02話
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「あっきれたっ! 何、あのプロポーズ。女子の夢をことごとく踏みにじるようなプロポーズじゃないっ。翠葉っ、あんなのプロポーズにカウントする必要ないわっ」
私の隣でぷりぷりと怒る桃華さんを見ながらも、私はひとり境内へ置いてきてしまったツカサが気になっていた。
ひとまず、過去にプロポーズされてことを気づかず素通りしてしまったことは仕方ないにしても、プロポーズであるとわかったうえで、申し込んできた男性をひとり取り残してきてしまった自分は、あとでどんな制裁を受ける羽目になるのだろう。
正直、ちょっと恐ろしくて考えたくない……。
佐野くんのおうちの地下へ下りると、スタジオの入り口で待っていてくれた飛鳥ちゃんと合流した。
屋内は十分にあたたかいらしく、飛鳥ちゃんはニット一枚にミニスカ、ニーハイソックスという軽装だった。
「佐野がクリスマスパーティー以上の出来事が起きたとかなんとか言ってたんだけど、何なに、どうしたの?」
「飛鳥、聞いてよ。あの男、こともあろうことか四月の時点でプロポーズまでしてたのよっ?」
「へっ? 四月? 何、どういうこと?」
きょとんとしている飛鳥ちゃんに、桃華さんは珍しく声を荒らげた。
「交際を申し込むと同時にプロポーズまでしてたってことっ。ほんっと、手抜かりないっていうか、図々しいにもほどがあるっていうか、合理性ばかり求めてデリカシーの欠片もないんだからっ」
言葉の刺々しさがいつもより数割増しだし、麗しいお顔の眉間には深いしわが寄っている。一方飛鳥ちゃんはというと、
「ちょっとそれ詳しくっ!」
かなり食い気味に詰め寄られた。
私は観念して、四月の図書室での話やクリスマスパーティーの日にした話を順を追って話すことにした。
思い返せば思い返すほど、自分の間抜けさが際立つ内容で、地中深くに穴を掘って隠れてしまいたい。
でもやっぱり、少しくらいは言い訳をしても許されるのではないか、と思ってしまう。
「私、四月の時点ではお付き合いするしないって話だけで頭がいっぱいで、その先に『結婚』を示唆されたことには気づいていたのだけど、あのときの返事で婚約が成立していたとは思ってなかったの」
「それ、めっちゃ翠葉っぽいけどボケすぎでしょ!」
飛鳥ちゃんはケタケタと笑う。
「でもさでもさ、クリスマスパーティーで指輪もらったときにはちゃんと自覚してたんじゃないの~?」
「ん~……それなのだけど、婚約指輪の代わりのリングであることは理解していたのだけど、『正式に婚約するまではそれをつけてて』って言われたから、てっきり婚約はこれからするものだと思っていて……」
考えれば考えるほどに頭を抱えたくなる。
今ならツカサの考えが手に取るようにわかるけど、今わかったところであとの祭りだ……。
ツカサの言葉には何が潜んでいるのか見当もつかないので、これからは吟味に吟味を重ね、どんな小さなことでも確認作業を怠ることなく遂行しなくては……。
即座に「返事は?」と詰め寄られても、まずは考えることを自分に強要したい……。
ふと気づけば飛鳥ちゃんにじーっと顔を覗き込まれていて、「ん?」と尋ねると、
「言葉如何どうあれ、好きな人にプロポーズされたんだよ? 嬉しくないの? 一応今婚約状態なんでしょ?」
飛鳥ちゃんに言われてびっくりした。
そうだ。話の流れはともかくとして、好きな人にプロポーズされたのだし、現在は口約束とはいえ婚約状態。それが嬉しくないわけは――……嬉しくないわけはないのだけど、自分が想像していたような感情は微塵も湧いてこない。
「プロポーズって……こんなものなのかな……」
「どういうこと?」
飛鳥ちゃんに尋ねられ、
「あのね、ちょっと色んなことにびっくりしているの……。プロポーズされていたことに気づけなかったことも、日常会話的にプロポーズが終わってしまっていたことも……。プロポーズって、もっとドキドキしたり、言葉に言い表せないほど嬉しさがこみ上げてくるものだと思っていて、でも、実際は全然そんなことなくて、なんか『あれ?』ってなっちゃって……。なのに、婚約発表をするとか、話だけは先に進んでいて、現実味がないって話したら会食をするからっどうのって話になって……」
どうにもこうにも心がついていかない。
すると、桃華さんがものすごく呆れたようにため息をついた。
「それ、全部目の前で聞かせてもらったけれど、すべて藤宮司の話の持って行き方に原因があると思うのだけど」
「でももし……もし私が、四月のツカサの言葉をきちんと理解することができていたなら、もう少し違った感じに聞こえたのかな、って……。そう思うと、なんだか色々申し訳ないやらもったいないやら……」
「翠葉……わかっていると思うけど、たとえ翠葉が間違わずに話の流れを理解していたとしても、藤宮司のあの文言がロマンチックに聞こえてくることはないわよ?」
あぁ、それはそうかもしれない……。
「なんか、モヤモヤする……」
「そりゃそうでしょっ。こんなプロポーズに納得できる人間のほうが少な――えっ? 翠葉っ!?」
気づけば、私は自分の身体を支えることすら出来ずに床へ転がっていた。
「翠葉どうしたのっ!?」
どうしたの……かな。なんか気持ち悪いし、頭ふわふわする……。
この日私は、久しぶりに血圧の低下により意識を失った。
徐々に意識がはっきりしだす。と、まず最初に肌寒さを感じた。
えぇと……桃華さんと飛鳥ちゃんと地下スタジオの入り口で話し込んでいて……あ、そうか。屋内に入ったにも関わらず、コートを着たまま話していたから血圧が下がってしまったのだろう。胸のモヤモヤは吐き気で、頭のふわふわ感は血圧が下がったとき特有の症状だった。
そこまで考えて、心の中でひとつため息をつく。
たぶん、目を開けたらすぐ近くにツカサがいて、開口一番にお小言を言われるのだろう。
そんな想像をして目を開ける。と、やはりお布団のすぐ脇にツカサが座りこんでいた。
「あんなあたたかい屋内でコートを脱がないバカがあるか」
ほら、やっぱり開口一番はお小言だ。
でも、口調と反して額に触れる指が優しい。
ふたつの要素が相まってこそツカサだな、と思うと、自然と笑みが漏れた。
「ごめん……。コート脱ぐ前に話し込んじゃって……ここは?」
あたりを見回すと、それほど広い部屋ではないことがわかる。
六畳くらいの部屋にベッドとデスクがあり、クローゼットのドアにいくつかのスパイクがレイアウトされていて、私が寝かされているのは床に敷かれたお布団だった。
ツカサの話によると佐野くんの自室とのこと。
それにしても、なぜこんなに寒いのか……。
風を感じて窓の方へ視線を向けると、窓が全開に開いていた。
さらには、自分の格好にも納得がいく。
コートはもちろんのこと、中に着ていたカーディガンまで丁寧に脱がされていたうえ、お布団はお腹のあたりまでしかかけられていなかったのだ。
つまり、手っ取り早く身体を冷やして血圧を上げる対応をしてくれたのだろう。
私のスマホを手に持ったツカサはディスプレイを見ながら、
「気分は?」
「もう大丈夫」
ゆっくりと身体を起こすと、お布団の横に白い四角いものが置かれていた。
一、二、三、四――
じっと見つめ数えているうちに、それがカイロのような気がしてきた。しかも「四」という数字は、今日自分が身体に貼ってきた枚数と合致する。
「え……?」
ペタペタと背中や胃に手を当てると、貼ってあったはずのカイロがなかった。
「あぁ、そんなものつけてたら血圧上がらないから剥がした」
「剥がしたってっ――」
下着に貼ってあったのにどうやって剥がしたのっ!?
ツカサは私が何か言おうとしたのを悟ったかのように口を開き、
「人命救助の一環だし、そこでうだうだ言うなら俺も言い足りない文句を今から言わせてもらうけど?」
そんなことを言われたら口を噤まずにはいられない。
でも、恥ずかしいぃぃぃ……。
両手で顔を隠し、体育座りしている足をばたつかせる。
「そんな恥ずかしがらなくても……第一、ワンピースなんて面倒な服装のせいで、剥がすの大変で下着まで見る余裕なんてなかったし」
そうは言われても恥ずかしさがなくなることはない。先手を打たれ、文句の発言権を剥奪された私は、感情のままにツカサへ向かってグーパンチを繰り出すしかなくなっていた。
ツカサは私の両手を手のひらで受け止めるとクスクスと笑い、
「本当にもう平気そうだな」
「……ん、もう大丈夫……ごめん。ありがとう」
ツカサは立ち上がって窓を閉めると暖房を入れるのではなく、私のコートを肩からかけてくれた。そして私の正面に腰を下ろし、
「さっき簾条たちとしてた会話、廊下で聞いてた」
突然の話題変更に、私の心臓はきゅっと竦み上がった。
私の隣でぷりぷりと怒る桃華さんを見ながらも、私はひとり境内へ置いてきてしまったツカサが気になっていた。
ひとまず、過去にプロポーズされてことを気づかず素通りしてしまったことは仕方ないにしても、プロポーズであるとわかったうえで、申し込んできた男性をひとり取り残してきてしまった自分は、あとでどんな制裁を受ける羽目になるのだろう。
正直、ちょっと恐ろしくて考えたくない……。
佐野くんのおうちの地下へ下りると、スタジオの入り口で待っていてくれた飛鳥ちゃんと合流した。
屋内は十分にあたたかいらしく、飛鳥ちゃんはニット一枚にミニスカ、ニーハイソックスという軽装だった。
「佐野がクリスマスパーティー以上の出来事が起きたとかなんとか言ってたんだけど、何なに、どうしたの?」
「飛鳥、聞いてよ。あの男、こともあろうことか四月の時点でプロポーズまでしてたのよっ?」
「へっ? 四月? 何、どういうこと?」
きょとんとしている飛鳥ちゃんに、桃華さんは珍しく声を荒らげた。
「交際を申し込むと同時にプロポーズまでしてたってことっ。ほんっと、手抜かりないっていうか、図々しいにもほどがあるっていうか、合理性ばかり求めてデリカシーの欠片もないんだからっ」
言葉の刺々しさがいつもより数割増しだし、麗しいお顔の眉間には深いしわが寄っている。一方飛鳥ちゃんはというと、
「ちょっとそれ詳しくっ!」
かなり食い気味に詰め寄られた。
私は観念して、四月の図書室での話やクリスマスパーティーの日にした話を順を追って話すことにした。
思い返せば思い返すほど、自分の間抜けさが際立つ内容で、地中深くに穴を掘って隠れてしまいたい。
でもやっぱり、少しくらいは言い訳をしても許されるのではないか、と思ってしまう。
「私、四月の時点ではお付き合いするしないって話だけで頭がいっぱいで、その先に『結婚』を示唆されたことには気づいていたのだけど、あのときの返事で婚約が成立していたとは思ってなかったの」
「それ、めっちゃ翠葉っぽいけどボケすぎでしょ!」
飛鳥ちゃんはケタケタと笑う。
「でもさでもさ、クリスマスパーティーで指輪もらったときにはちゃんと自覚してたんじゃないの~?」
「ん~……それなのだけど、婚約指輪の代わりのリングであることは理解していたのだけど、『正式に婚約するまではそれをつけてて』って言われたから、てっきり婚約はこれからするものだと思っていて……」
考えれば考えるほどに頭を抱えたくなる。
今ならツカサの考えが手に取るようにわかるけど、今わかったところであとの祭りだ……。
ツカサの言葉には何が潜んでいるのか見当もつかないので、これからは吟味に吟味を重ね、どんな小さなことでも確認作業を怠ることなく遂行しなくては……。
即座に「返事は?」と詰め寄られても、まずは考えることを自分に強要したい……。
ふと気づけば飛鳥ちゃんにじーっと顔を覗き込まれていて、「ん?」と尋ねると、
「言葉如何どうあれ、好きな人にプロポーズされたんだよ? 嬉しくないの? 一応今婚約状態なんでしょ?」
飛鳥ちゃんに言われてびっくりした。
そうだ。話の流れはともかくとして、好きな人にプロポーズされたのだし、現在は口約束とはいえ婚約状態。それが嬉しくないわけは――……嬉しくないわけはないのだけど、自分が想像していたような感情は微塵も湧いてこない。
「プロポーズって……こんなものなのかな……」
「どういうこと?」
飛鳥ちゃんに尋ねられ、
「あのね、ちょっと色んなことにびっくりしているの……。プロポーズされていたことに気づけなかったことも、日常会話的にプロポーズが終わってしまっていたことも……。プロポーズって、もっとドキドキしたり、言葉に言い表せないほど嬉しさがこみ上げてくるものだと思っていて、でも、実際は全然そんなことなくて、なんか『あれ?』ってなっちゃって……。なのに、婚約発表をするとか、話だけは先に進んでいて、現実味がないって話したら会食をするからっどうのって話になって……」
どうにもこうにも心がついていかない。
すると、桃華さんがものすごく呆れたようにため息をついた。
「それ、全部目の前で聞かせてもらったけれど、すべて藤宮司の話の持って行き方に原因があると思うのだけど」
「でももし……もし私が、四月のツカサの言葉をきちんと理解することができていたなら、もう少し違った感じに聞こえたのかな、って……。そう思うと、なんだか色々申し訳ないやらもったいないやら……」
「翠葉……わかっていると思うけど、たとえ翠葉が間違わずに話の流れを理解していたとしても、藤宮司のあの文言がロマンチックに聞こえてくることはないわよ?」
あぁ、それはそうかもしれない……。
「なんか、モヤモヤする……」
「そりゃそうでしょっ。こんなプロポーズに納得できる人間のほうが少な――えっ? 翠葉っ!?」
気づけば、私は自分の身体を支えることすら出来ずに床へ転がっていた。
「翠葉どうしたのっ!?」
どうしたの……かな。なんか気持ち悪いし、頭ふわふわする……。
この日私は、久しぶりに血圧の低下により意識を失った。
徐々に意識がはっきりしだす。と、まず最初に肌寒さを感じた。
えぇと……桃華さんと飛鳥ちゃんと地下スタジオの入り口で話し込んでいて……あ、そうか。屋内に入ったにも関わらず、コートを着たまま話していたから血圧が下がってしまったのだろう。胸のモヤモヤは吐き気で、頭のふわふわ感は血圧が下がったとき特有の症状だった。
そこまで考えて、心の中でひとつため息をつく。
たぶん、目を開けたらすぐ近くにツカサがいて、開口一番にお小言を言われるのだろう。
そんな想像をして目を開ける。と、やはりお布団のすぐ脇にツカサが座りこんでいた。
「あんなあたたかい屋内でコートを脱がないバカがあるか」
ほら、やっぱり開口一番はお小言だ。
でも、口調と反して額に触れる指が優しい。
ふたつの要素が相まってこそツカサだな、と思うと、自然と笑みが漏れた。
「ごめん……。コート脱ぐ前に話し込んじゃって……ここは?」
あたりを見回すと、それほど広い部屋ではないことがわかる。
六畳くらいの部屋にベッドとデスクがあり、クローゼットのドアにいくつかのスパイクがレイアウトされていて、私が寝かされているのは床に敷かれたお布団だった。
ツカサの話によると佐野くんの自室とのこと。
それにしても、なぜこんなに寒いのか……。
風を感じて窓の方へ視線を向けると、窓が全開に開いていた。
さらには、自分の格好にも納得がいく。
コートはもちろんのこと、中に着ていたカーディガンまで丁寧に脱がされていたうえ、お布団はお腹のあたりまでしかかけられていなかったのだ。
つまり、手っ取り早く身体を冷やして血圧を上げる対応をしてくれたのだろう。
私のスマホを手に持ったツカサはディスプレイを見ながら、
「気分は?」
「もう大丈夫」
ゆっくりと身体を起こすと、お布団の横に白い四角いものが置かれていた。
一、二、三、四――
じっと見つめ数えているうちに、それがカイロのような気がしてきた。しかも「四」という数字は、今日自分が身体に貼ってきた枚数と合致する。
「え……?」
ペタペタと背中や胃に手を当てると、貼ってあったはずのカイロがなかった。
「あぁ、そんなものつけてたら血圧上がらないから剥がした」
「剥がしたってっ――」
下着に貼ってあったのにどうやって剥がしたのっ!?
ツカサは私が何か言おうとしたのを悟ったかのように口を開き、
「人命救助の一環だし、そこでうだうだ言うなら俺も言い足りない文句を今から言わせてもらうけど?」
そんなことを言われたら口を噤まずにはいられない。
でも、恥ずかしいぃぃぃ……。
両手で顔を隠し、体育座りしている足をばたつかせる。
「そんな恥ずかしがらなくても……第一、ワンピースなんて面倒な服装のせいで、剥がすの大変で下着まで見る余裕なんてなかったし」
そうは言われても恥ずかしさがなくなることはない。先手を打たれ、文句の発言権を剥奪された私は、感情のままにツカサへ向かってグーパンチを繰り出すしかなくなっていた。
ツカサは私の両手を手のひらで受け止めるとクスクスと笑い、
「本当にもう平気そうだな」
「……ん、もう大丈夫……ごめん。ありがとう」
ツカサは立ち上がって窓を閉めると暖房を入れるのではなく、私のコートを肩からかけてくれた。そして私の正面に腰を下ろし、
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