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March
お花見デート Side 翠葉 04話
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必要な写真を撮り終えるとツカサは作業に戻り、私は桜の写真や草花の写真、たまにツカサが絵を描いている姿を盗み撮りしながら過ごした。
二時間近く写真を撮っていただろうか。少し疲れた気がしてラグへ戻ろうとしたとき、さ、と血の気が引き目の前が暗くなった。
咄嗟にしゃがみこんだけど、気持ち悪さのあまりその場で横になる。
倒れたわけではない。でも、カメラは無事だろうか。
違う――今は身体の状況確認を優先しなくちゃ。
視界はきかないけれど平衡感覚までは持っていかれてないし、症状としては吐き気がする程度。
少し休めばきっと大丈夫――
そう思っていると、「翠っ」と少し離れたところでツカサの声がして、すぐに足音が近づいてきた。
「ごめん、貧血……」
「スマホはっ?」
「ポシェットの中」
「……血圧六十五まで下がってるし脈圧もない。でも、不整脈が起きたわけじゃないみたいだ」
「ん……。少し休めば平気だと思う」
「ラグに運ぶ」
そう言うと、身体がふわりと浮いた。
「あのね、カメラ……無事かな?」
「カメラより自分の身体だろ?」
「でも――」
「……少し待って」
ラグに下ろされ横になっていると、
「一通り動作確認したけど、プレビュー画面も表示されるし、データの破損もないと思う」
「ありがとう」
「視界は?」
「まだ……」
「だから休み休み動けって言ったのに……」
そう言うと、ツカサの手が額に触れた。
「視界が回復したら帰って休め」
「それはいや……」
「なんで……」
「だって、まだここにいたいもの……」
「春休みはまだ始まったばかりだし、ここの桜だってまだしばらくはもつだろ。また来ればいい」
「そうなんだけど……」
今日がとても特別な日に思えたのだ。だから、違う日にまた来ればいいとかそういうことではなく、「今日」――まだここにいたい。
きっと「だめ」と言われる。そう思って口を噤んでいると、髪の毛が少し引っ張られる感覚があった。
「髪、ずいぶん伸びたな」
話が急に変わって少し驚く。
でも、ツカサがそう言う程度には髪が伸びていて、今となってはお尻が隠れるほどの長さがある。
「気づいたら、学校で一番髪の毛が長い人になってた」
その返答がおかしかったのか、ツカサがクスリと笑う声が聞えた。
「さすがに長すぎかな? 春休み中に切ろうかどうしようか悩んでいるの」
「どうして? きれいなんだから伸ばしておけば?」
言いながら、何度も何度も額近くを手櫛で梳いてくれる。それがなんだかとっても気持ちがよくて、眠りを誘う。
このままずっと髪を梳かれていたら寝ちゃうかも……。
そんなことを思いながらツカサと話をしているうちに、私は眠りの淵に落ちてしまった。
風が頬を撫でる感覚に、ふと意識が浮上する。
目を閉じていてもとても眩しく感じるここは……――外?
でも……外で寝てるってどういう状況……?
あれ? 私、何してたんだっけ……? その前にどこにいるんだっけ……?
雑然とした頭で必死に一番新しい記憶を探る。
確かツカサとお花見に来て――あ、貧血起こしてラグに横にさせてもらったんだ。で、ツカサと話していて、ツカサの手櫛が気持ちよくて……あ、れ? 寝てた? 私、寝てたっ!?
パチリ、と目を開けると目を疑う光景が飛び込んできた。
私の隣にツカサが目を閉じて横になっていたのだ。
えぇとえぇと……これ、どういう状況……?
タータンチェックが視界に入ることからラグの上にいることは間違いなさそうだ。
そろりそろりと身体を起こす。と、私の身体にはツカサのジャケットがかけられていて、隣のツカサは自分の右腕を枕にすやすやと寝ている。
わー……貴重すぎる。どしよう……写真撮ってもいいかな……?
私はツカサのすぐ側に置かれていた自分のスマホに手を伸ばし、そっとディスプレイをタッチした。すると、カシャ――無機質な音が遠慮なく鳴り、ツカサが目を覚ました。
「あぁ、起きた? 具合は?」
身体を起こしたツカサにスマホを取り上げられ発狂寸前。
今スマホのディスプレイにはそれはそれは美しい寝顔のツカサが表示されているわけで――
ツカサはディスプレイを見たまま一瞬動作が止まった。
次の動作を察して、「削除しないでっ!」と懇願すると、ツカサは何も言わずにホーム画面を表示させ、血圧などのチェックを始めた。
えぇと……これはどういう反応? 怒った? 呆れた? どっち……?
恐る恐る様子を静観していると、
「血圧も八十台に戻ったし、脈圧もぎりぎり二十」
「え? それだけ?」
「あぁ、写真?」
コクコク頷くと、ツカサはばつが悪そうにスケッチブックを私の方へ放る。
「え?」
「俺も似たようなことしてたから」
そう言ってスケッチブックを開くと、私の顔がたくさん描かれていた。
しかも、髪の毛が三つ編みにされていたり、頭に花冠が載っていたり、これはどういうことだろう……。
今日は髪の毛結んきてないんだけどな、と両サイドの髪を見ると、きれいに三つ編みがされていた。
「え……」
もしかして、と寝ていた場所に視線を落とすと、絵に描かれた花冠が落ちているわけで……。
「え……? え? えっ!?」
ツカサはくっ、と喉の奥で笑う。
「気持ち良さそうに寝てるから、最初はそのままの絵を描いてたんだけど、三つ編みにしたらかわいいだろうな、とか。花冠載せたらきれいだろうな、とか。色々やりだしたら止まらなかった。おかげでこんなにたくさん描けた」
そう言って二枚目三枚目とページをめくっていく。
そこには寝返りをうつたびに髪の毛や花冠をいじられた私が描かれていた。
なんだかものすごく恥ずかしい……。でも、同じくらい嬉しいとも思う。
それはきっと、絵からツカサの愛情を感じることができたから。
私はスケッチブックを胸に抱き、
「ツカサ、好き……大好きっ!」
そのままツカサに体当たり。
ツカサはびっくりしていたけどちゃんと身体を受け止めてくれた。
「寝顔描かれたのに怒ってないの?」
「こんな絵描かれたら怒れないよ」
その意味がわからないのか、ツカサは不思議そうな顔をしたまま。私は嬉しさに身を任せ、そのままちゅ、とツカサの唇にキスをした。
ツカサのびっくり眼がかわいくて笑みが漏れる。でも、形勢はすぐに逆転。
身体をラグに倒され、キスの嵐が降ってくる。最初は嬉しくてキスを受けていたのだけど、途中ではっとした。
「ツカサっ、外っっっ!」
「先にキスしてきたのは翠だけど?」
そう言って笑みを深めるツカサを止める術はなく、唇を戦慄かせていると、
「今日はじーさんもいないし、ここには誰も立ち入らない」
だから心配ないと言わんがごとく、何度も何度も深く口付けられた。
舌先が痺れ何も考えられなくなるくらいにキスを繰り返すと、最後に額に口付けられる。
「そろそろマンションに戻ろう。風が冷たくなってきた」
「ん……でも、もう少しだけ」
そう言ってツカサに身を寄せると、ツカサは何も言わずに抱きしめてくれた。
「去年から、ツカサと藤山に来るといいことしかない」
「いいこと……?」
「うん。紅葉を見に来たときはたくさんお話しできたし、ツカサに初めて『好き』って言ってもらえた。今日は朝起きたときから楽しくて、嬉しいの連続で、すっごくすっごく幸せだったの」
「翠、紅葉のときはひどい怪我してたし、今日だって貧血起こしたと思うんだけど……」
「マイナス点だけピックアップしないで!」
そう言ってツカサの胸を軽く叩くと、その手を掴まれ柔らかな眼差しが返される。
「別にここに留まろうとしなくていい。この先だって楽しいことはたくさんあるから」
「そうだよね……」
どちからともなく身体を起こすとツカサはすぐにスマホに手を伸ばした。通話がつながると、「引き上げます」。ただそれだけ口にして通話を切る。
「帰ったら今日も楽典やるんだろ?」
「やるっ! 来週のレッスンで先生に驚いてもらう予定なの!」
「じゃ、片付け」
「はい!」
私はトラベルラグ周りの片づけを始め、ツカサは画材道具を片付けに向かった。
二時間近く写真を撮っていただろうか。少し疲れた気がしてラグへ戻ろうとしたとき、さ、と血の気が引き目の前が暗くなった。
咄嗟にしゃがみこんだけど、気持ち悪さのあまりその場で横になる。
倒れたわけではない。でも、カメラは無事だろうか。
違う――今は身体の状況確認を優先しなくちゃ。
視界はきかないけれど平衡感覚までは持っていかれてないし、症状としては吐き気がする程度。
少し休めばきっと大丈夫――
そう思っていると、「翠っ」と少し離れたところでツカサの声がして、すぐに足音が近づいてきた。
「ごめん、貧血……」
「スマホはっ?」
「ポシェットの中」
「……血圧六十五まで下がってるし脈圧もない。でも、不整脈が起きたわけじゃないみたいだ」
「ん……。少し休めば平気だと思う」
「ラグに運ぶ」
そう言うと、身体がふわりと浮いた。
「あのね、カメラ……無事かな?」
「カメラより自分の身体だろ?」
「でも――」
「……少し待って」
ラグに下ろされ横になっていると、
「一通り動作確認したけど、プレビュー画面も表示されるし、データの破損もないと思う」
「ありがとう」
「視界は?」
「まだ……」
「だから休み休み動けって言ったのに……」
そう言うと、ツカサの手が額に触れた。
「視界が回復したら帰って休め」
「それはいや……」
「なんで……」
「だって、まだここにいたいもの……」
「春休みはまだ始まったばかりだし、ここの桜だってまだしばらくはもつだろ。また来ればいい」
「そうなんだけど……」
今日がとても特別な日に思えたのだ。だから、違う日にまた来ればいいとかそういうことではなく、「今日」――まだここにいたい。
きっと「だめ」と言われる。そう思って口を噤んでいると、髪の毛が少し引っ張られる感覚があった。
「髪、ずいぶん伸びたな」
話が急に変わって少し驚く。
でも、ツカサがそう言う程度には髪が伸びていて、今となってはお尻が隠れるほどの長さがある。
「気づいたら、学校で一番髪の毛が長い人になってた」
その返答がおかしかったのか、ツカサがクスリと笑う声が聞えた。
「さすがに長すぎかな? 春休み中に切ろうかどうしようか悩んでいるの」
「どうして? きれいなんだから伸ばしておけば?」
言いながら、何度も何度も額近くを手櫛で梳いてくれる。それがなんだかとっても気持ちがよくて、眠りを誘う。
このままずっと髪を梳かれていたら寝ちゃうかも……。
そんなことを思いながらツカサと話をしているうちに、私は眠りの淵に落ちてしまった。
風が頬を撫でる感覚に、ふと意識が浮上する。
目を閉じていてもとても眩しく感じるここは……――外?
でも……外で寝てるってどういう状況……?
あれ? 私、何してたんだっけ……? その前にどこにいるんだっけ……?
雑然とした頭で必死に一番新しい記憶を探る。
確かツカサとお花見に来て――あ、貧血起こしてラグに横にさせてもらったんだ。で、ツカサと話していて、ツカサの手櫛が気持ちよくて……あ、れ? 寝てた? 私、寝てたっ!?
パチリ、と目を開けると目を疑う光景が飛び込んできた。
私の隣にツカサが目を閉じて横になっていたのだ。
えぇとえぇと……これ、どういう状況……?
タータンチェックが視界に入ることからラグの上にいることは間違いなさそうだ。
そろりそろりと身体を起こす。と、私の身体にはツカサのジャケットがかけられていて、隣のツカサは自分の右腕を枕にすやすやと寝ている。
わー……貴重すぎる。どしよう……写真撮ってもいいかな……?
私はツカサのすぐ側に置かれていた自分のスマホに手を伸ばし、そっとディスプレイをタッチした。すると、カシャ――無機質な音が遠慮なく鳴り、ツカサが目を覚ました。
「あぁ、起きた? 具合は?」
身体を起こしたツカサにスマホを取り上げられ発狂寸前。
今スマホのディスプレイにはそれはそれは美しい寝顔のツカサが表示されているわけで――
ツカサはディスプレイを見たまま一瞬動作が止まった。
次の動作を察して、「削除しないでっ!」と懇願すると、ツカサは何も言わずにホーム画面を表示させ、血圧などのチェックを始めた。
えぇと……これはどういう反応? 怒った? 呆れた? どっち……?
恐る恐る様子を静観していると、
「血圧も八十台に戻ったし、脈圧もぎりぎり二十」
「え? それだけ?」
「あぁ、写真?」
コクコク頷くと、ツカサはばつが悪そうにスケッチブックを私の方へ放る。
「え?」
「俺も似たようなことしてたから」
そう言ってスケッチブックを開くと、私の顔がたくさん描かれていた。
しかも、髪の毛が三つ編みにされていたり、頭に花冠が載っていたり、これはどういうことだろう……。
今日は髪の毛結んきてないんだけどな、と両サイドの髪を見ると、きれいに三つ編みがされていた。
「え……」
もしかして、と寝ていた場所に視線を落とすと、絵に描かれた花冠が落ちているわけで……。
「え……? え? えっ!?」
ツカサはくっ、と喉の奥で笑う。
「気持ち良さそうに寝てるから、最初はそのままの絵を描いてたんだけど、三つ編みにしたらかわいいだろうな、とか。花冠載せたらきれいだろうな、とか。色々やりだしたら止まらなかった。おかげでこんなにたくさん描けた」
そう言って二枚目三枚目とページをめくっていく。
そこには寝返りをうつたびに髪の毛や花冠をいじられた私が描かれていた。
なんだかものすごく恥ずかしい……。でも、同じくらい嬉しいとも思う。
それはきっと、絵からツカサの愛情を感じることができたから。
私はスケッチブックを胸に抱き、
「ツカサ、好き……大好きっ!」
そのままツカサに体当たり。
ツカサはびっくりしていたけどちゃんと身体を受け止めてくれた。
「寝顔描かれたのに怒ってないの?」
「こんな絵描かれたら怒れないよ」
その意味がわからないのか、ツカサは不思議そうな顔をしたまま。私は嬉しさに身を任せ、そのままちゅ、とツカサの唇にキスをした。
ツカサのびっくり眼がかわいくて笑みが漏れる。でも、形勢はすぐに逆転。
身体をラグに倒され、キスの嵐が降ってくる。最初は嬉しくてキスを受けていたのだけど、途中ではっとした。
「ツカサっ、外っっっ!」
「先にキスしてきたのは翠だけど?」
そう言って笑みを深めるツカサを止める術はなく、唇を戦慄かせていると、
「今日はじーさんもいないし、ここには誰も立ち入らない」
だから心配ないと言わんがごとく、何度も何度も深く口付けられた。
舌先が痺れ何も考えられなくなるくらいにキスを繰り返すと、最後に額に口付けられる。
「そろそろマンションに戻ろう。風が冷たくなってきた」
「ん……でも、もう少しだけ」
そう言ってツカサに身を寄せると、ツカサは何も言わずに抱きしめてくれた。
「去年から、ツカサと藤山に来るといいことしかない」
「いいこと……?」
「うん。紅葉を見に来たときはたくさんお話しできたし、ツカサに初めて『好き』って言ってもらえた。今日は朝起きたときから楽しくて、嬉しいの連続で、すっごくすっごく幸せだったの」
「翠、紅葉のときはひどい怪我してたし、今日だって貧血起こしたと思うんだけど……」
「マイナス点だけピックアップしないで!」
そう言ってツカサの胸を軽く叩くと、その手を掴まれ柔らかな眼差しが返される。
「別にここに留まろうとしなくていい。この先だって楽しいことはたくさんあるから」
「そうだよね……」
どちからともなく身体を起こすとツカサはすぐにスマホに手を伸ばした。通話がつながると、「引き上げます」。ただそれだけ口にして通話を切る。
「帰ったら今日も楽典やるんだろ?」
「やるっ! 来週のレッスンで先生に驚いてもらう予定なの!」
「じゃ、片付け」
「はい!」
私はトラベルラグ周りの片づけを始め、ツカサは画材道具を片付けに向かった。
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