光のもとで2

葉野りるは

文字の大きさ
38 / 271
May

距離 Side 司 01話

しおりを挟む
「司、わかっているとは思うけど、もう二週間だよ。そろそろ機嫌直すなり、要因と向きあうなりしなよ」
 ホームルームが終わるなり、朝陽はそう言って教室を出ていった。
 次の動作に移る気を殺がれ、なんとなしに窓の外へ目を向ける。と、翠が「春庭園」と呼ぶ中庭が目に入った。いくつかの花が咲く中、とくに目を引くのは藤棚。
 大して珍しくもないそれを見てため息をつきたくなる。
 機嫌が悪い原因はわかっているし、周りの人間に当たっている自覚もある。けど、どうしたらいいのかはわからないまま時間だけが過ぎ、気づけば二週間が経っていた。
 藤の会で見た翠は、未だ残像となって俺を悩ませる。
 日が変われば元に戻る。化粧をしていない翠なら問題はない――そう思っていたけれど、それは大きな間違いだった。
 化粧をせず、見慣れた制服を着ていても、俺は翠の唇や首筋を意識してしまう。
 髪を下ろしている日はまだいい。が、暑くなる日には髪を結ってくることもあり、首筋を露にする翠を直視することはできなかった。
 目にすれば意識せずにはいられない――そんな自分を人に見られるのは耐えられなかったし、翠本人に気づかれることも避けたかった。
 困りかねた俺は、ゴムに指をかけ解いてしまった。翠は驚いた顔をしていたが、行動理由など説明ができるわけもない。そんなことを繰り返しているうちに、翠が隣に座ることも、手をつなぐことも、何もかもが受け入れられなくなっていった。
 側にいられたくないわけじゃない。でも、ふとしたときに肩や腕が触れるだけで、翠の体温をもっと感じたくなる。手をつないだだけで抱きしめたい、と欲求が膨れ上がる。
 人目がある場所では抑えることができるものの、人目がない場所では自制する自信がなかった。だから、自分を自制できる程度の距離を欲するようになった――

 俺が感じている欲求は、ごく自然なものだろう。それをそれとして受け入れられないのは、相手がほかの誰でもない翠だから。
 こんな感情を持っていると翠に知れたら、翠はどんな目で俺を見るだろう。かつて、秋兄はそこで失敗をしている。秋兄と同じことはしたくない。そうは思っても、今持て余している感情は、あのとき秋兄が抱えていたものと同質のもの。
 キスをすればその先を望む。ならば、キスだけで、抱きしめるだけで満足していられるのはいつまでなのか――
「その先」を考えるだけではなく、現状に満足していられるのはいつまでなのか、と己に問いかけてみたところで、明確な期間は提示できなかった。すでに「その先」を望み始めている自分には、無駄な問いかけだったのかもしれない。
 こんなことを考えている傍らで、翠の無防備は変わらず、それまで以上に俺に近づいてくるから頭を抱えたくなる。
 翠が意識していない動作のひとつひとつに、俺は迷惑なくらい揺さぶられていた。
 
 教室を出て図書棟へ向かう途中、食堂で優太と嵐、漣と海斗を見かけた。そして、テラスでは朝陽が複数の女子と弁当を食べていた。
 二年メンバーはいつも一緒に弁当を食べている印象があったが、どうやら違ったらしい。
 図書室でひとりの時間を堪能していると、集合時間十分前にちらほらとメンバーが集まり始めた。しかし、時間に几帳面な翠と簾条がまだ姿を見せない。
「海斗、翠は?」
「あぁ、今日は桃華と教室で弁当食ってる。別に体調は悪そうじゃなかったけど?」
 海斗が言い終わると同時に電子音が鳴り、自動ドアが開くと翠と簾条の姿があった。
 翠と一瞬目が合うも、それは翠によって逸らされる。
 一瞬の出来事だったが、危機感を覚えるには十分だった。
 この二週間、俺の態度がぎこちなくなろうと、翠の態度は一貫して変わらなかった。努めていつもどおりに接してくれていたと思う。けどこれは――
 朝陽が言ったとおり、もう二週間が経つのだ。翠が普通を装おうのもそろそろ限界なのかもしれない。
 そう思えば、答えを出せずに過ごした二週間を悔やまずにはいられなかった。

 今日のミーティングは生徒会一年メンバーとの顔合わせから始まったわけだが、隣に座る翠はものの見事に上の空だった。
 気づいたのなら俺が注意すればいい。しかし、上の空の要因が自分にあるかと思えば目を瞑りたくもなる。
 翠は自分に回ってきた自己紹介の場ですら反応を示さなかった。
 仕方なく声をかけようとしたとき、俺よりワンテンポ早く指摘する声があがる。
 翠の斜向かいに座る飛翔だ。
「あんた、ここにいる意味あるの?」
「……え?」
 翠が顔を上げたときには、テーブルに着く人間すべての視線が翠に集まっていた。慌てふためいた翠は、咄嗟に謝罪の言葉を口にする。
「自己紹介、翠葉の番よ」
 簾条のフォローを受けて立ち上がると、翠はいつもより小さな声で自己紹介を始めた。

 ミーティングが終わると、翠は自らその場の片付けと戸締りを買って出る。きっと、上の空だったことへの罪滅ぼしだろう。
 メンバーは各々フォローの言葉を口にその申し出を受け、早々に図書室をあとにした。
 俺は翠が気になり図書室に留まったものの、なかなか声をかけられずにいた。すると、
「さっきは話を聞いてなくてごめんなさい。次からは気をつけます」
 言葉は区切られたが、翠はすぐに口を開く。
「ツカサはこのあと部活でしょう? 先に行って?」
 笑みを添えて言われたが、その笑みは間違いなく作られたもの。
 こんなふうに笑わせて、俺はいったい何をしているのか……。
 もう先延ばしにはできない。覚悟を決めて話すべきだ。でも、今この場で話せるほど簡単なことでもない。できればきちんと時間を取りたい。
「翠、明日の予定は?」
「え……? 何もないけど……ツカサは?」
「部活がある――」
「そう……部活、がんばってね」
 会う約束を取り付けるつもりだったが、笑顔の翠に押し切られる形で会話は終わった。
 なんとなく、「これ以上話したくない」――そんな空気がうかがえた。
しおりを挟む
感想 3

あなたにおすすめの小説

光のもとで1

葉野りるは
青春
一年間の療養期間を経て、新たに高校へ通いだした翠葉。 小さいころから学校を休みがちだった翠葉は人と話すことが苦手。 自分の身体にコンプレックスを抱え、人に迷惑をかけることを恐れ、人の中に踏み込んでいくことができない。 そんな翠葉が、一歩一歩ゆっくりと歩きだす。 初めて心から信頼できる友達に出逢い、初めての恋をする―― (全15章の長編小説(挿絵あり)。恋愛風味は第三章から出てきます) 10万文字を1冊として、文庫本40冊ほどの長さです。

黒に染まった華を摘む

馬場 蓮実
青春
夏の終わり、転校してきたのは、初恋の相手だった——。 鬱々とした気分で二学期の初日を迎えた高須明希は、忘れかけていた記憶と向き合うことになる。 名前を変えて戻ってきたかつての幼馴染、立石麻美。そして、昔から気になっていたクラスメイト、河西栞。 親友の田中浩大が麻美に一目惚れしたことで、この再会が静かに波紋を広げていく。 性と欲の狭間で、歪み出す日常。 無邪気な笑顔の裏に隠された想いと、揺れ動く心。 そのすべてに触れたとき、明希は何を守り、何を選ぶのか。 青春の光と影を描く、"遅れてきた"ひと夏の物語。   前編 「恋愛譚」 : 序章〜第5章 後編 「青春譚」 : 第6章〜

居酒屋で記憶をなくしてから、大学の美少女からやたらと飲みに誘われるようになった件について

古野ジョン
青春
記憶をなくすほど飲み過ぎた翌日、俺は二日酔いで慌てて駅を駆けていた。 すると、たまたまコンコースでぶつかった相手が――大学でも有名な美少女!? 「また飲みに誘ってくれれば」って……何の話だ? 俺、君と話したことも無いんだけど……? カクヨム・小説家になろう・ハーメルンにも投稿しています。

キャバ嬢(ハイスペック)との同棲が、僕の高校生活を色々と変えていく。

たかなしポン太
青春
   僕のアパートの前で、巨乳美人のお姉さんが倒れていた。  助けたそのお姉さんは一流大卒だが内定取り消しとなり、就職浪人中のキャバ嬢だった。  でもまさかそのお姉さんと、同棲することになるとは…。 「今日のパンツってどんなんだっけ? ああ、これか。」 「ちょっと、確認しなくていいですから!」 「これ、可愛いでしょ? 色違いでピンクもあるんだけどね。綿なんだけど生地がサラサラで、この上の部分のリボンが」 「もういいです! いいですから、パンツの説明は!」    天然高学歴キャバ嬢と、心優しいDT高校生。  異色の2人が繰り広げる、水色パンツから始まる日常系ラブコメディー! ※小説家になろうとカクヨムにも同時掲載中です。 ※本作品はフィクションであり、実在の人物や団体、製品とは一切関係ありません。

【完結】イケメンが邪魔して本命に告白できません

竹柏凪紗
青春
高校の入学式、芸能コースに通うアイドルでイケメンの如月風磨が普通科で目立たない最上碧衣の教室にやってきた。女子たちがキャーキャー騒ぐなか、風磨は碧衣の肩を抱き寄せ「お前、今日から俺の女な」と宣言する。その真意とウソつきたちによって複雑になっていく2人の結末とは──

美人生徒会長は、俺の料理の虜です!~二人きりで過ごす美味しい時間~

root-M
青春
高校一年生の三ツ瀬豪は、入学早々ぼっちになってしまい、昼休みは空き教室で一人寂しく弁当を食べる日々を過ごしていた。 そんなある日、豪の前に目を見張るほどの美人生徒が現れる。彼女は、生徒会長の巴あきら。豪のぼっちを察したあきらは、「一緒に昼食を食べよう」と豪を生徒会室へ誘う。 すると、あきらは豪の手作り弁当に強い興味を示し、卵焼きを食べたことで豪の料理にハマってしまう。一方の豪も、自分の料理を絶賛してもらえたことが嬉しくて仕方ない。 それから二人は、毎日生徒会室でお昼ご飯を食べながら、互いのことを語り合い、ゆっくり親交を深めていく。家庭の味に飢えているあきらは、豪の作るおかずを実に幸せそうに食べてくれるのだった。 やがて、あきらの要求はどんどん過激(?)になっていく。「わたしにもお弁当を作って欲しい」「お弁当以外の料理も食べてみたい」「ゴウくんのおうちに行ってもいい?」 美人生徒会長の頼み、断れるわけがない! でも、この生徒会、なにかちょっとおかしいような……。 ※時代設定は2018年頃。お米も卵も今よりずっと安価です。 ※他のサイトにも投稿しています。 イラスト:siroma様

みんなの女神サマは最強ヤンキーに甘く壊される

けるたん
青春
「ほんと胸がニセモノで良かったな。貧乳バンザイ!」 「離して洋子! じゃなきゃあのバカの頭をかち割れないっ!」 「お、落ちついてメイちゃんっ!? そんなバットで殴ったら死んじゃう!? オオカミくんが死んじゃうよ!?」 県立森実高校には2人の美の「女神」がいる。 頭脳明晰、容姿端麗、誰に対しても優しい聖女のような性格に、誰もが憧れる生徒会長と、天は二物を与えずという言葉に真正面から喧嘩を売って完膚なきまでに完勝している完全無敵の双子姉妹。 その名も『古羊姉妹』 本来であれば彼女の視界にすら入らないはずの少年Bである大神士狼のようなロマンティックゲス野郎とは、縁もゆかりもない女の子のはずだった。 ――士狼が彼女たちを不審者から助ける、その日までは。 そして『その日』は突然やってきた。 ある日、夜遊びで帰りが遅くなった士狼が急いで家へ帰ろうとすると、古羊姉妹がナイフを持った不審者に襲われている場面に遭遇したのだ。 助け出そうと駆け出すも、古羊姉妹の妹君である『古羊洋子』は助けることに成功したが、姉君であり『古羊芽衣』は不審者に胸元をザックリ斬りつけられてしまう。 何とか不審者を撃退し、急いで応急処置をしようと士狼は芽衣の身体を抱き上げた……その時だった! ――彼女の胸元から冗談みたいにバカデカい胸パッドが転げ落ちたのは。 そう、彼女は嘘で塗り固められた虚乳(きょにゅう)の持ち主だったのだ! 意識を取り戻した芽衣(Aカップ)は【乙女の秘密】を知られたことに発狂し、士狼を亡き者にするべく、その場で士狼に襲い掛かる。 士狼は洋子の協力もあり、何とか逃げることには成功するが翌日、芽衣の策略にハマり生徒会に強制入部させられる事に。 こうして古羊芽衣の無理難題を解決する大神士狼の受難の日々が始まった。 が、この時の古羊姉妹はまだ知らなかったのだ。 彼の蜂蜜のように甘い優しさが自分たち姉妹をどんどん狂わせていくことに。 ※【カクヨム】にて編掲載中。【ネオページ】にて序盤のみお試し掲載中。【Nolaノベル】【Tales】にて完全版を公開中。 イラスト担当:さんさん

静かに過ごしたい冬馬君が学園のマドンナに好かれてしまった件について

おとら@ 書籍発売中
青春
この物語は、とある理由から目立ちたくないぼっちの少年の成長物語である そんなある日、少年は不良に絡まれている女子を助けてしまったが……。 なんと、彼女は学園のマドンナだった……! こうして平穏に過ごしたい少年の生活は一変することになる。 彼女を避けていたが、度々遭遇してしまう。 そんな中、少年は次第に彼女に惹かれていく……。 そして助けられた少女もまた……。 二人の青春、そして成長物語をご覧ください。 ※中盤から甘々にご注意を。 ※性描写ありは保険です。 他サイトにも掲載しております。

処理中です...