光のもとで2

葉野りるは

文字の大きさ
83 / 271
September

約束 Side 翠葉 06話

しおりを挟む
 雅さんと会った翌日から週末まで、ツカサとふたりで話す時間はとれなかった。かといって電話で話したい内容でもなく、結果的には事前の予定どおり日曜日に会うことになった。
 全国模試の結果が出て、ドライブデートに連れて行ってもらえることになったのだ。
 それでも、日曜日はお昼前からソルフェージュのレッスンとピアノのレッスンがあるため、丸一日費やすことはできない。そこで、レッスンの帰りにツカサが迎えに来てくれ、その足で海へ行くことになった。
 前回の海とは違い、そこまで遠出するわけでもなければ海に入るわけでもない。ただ、海辺をドライブして、隣接する公園をお散歩するだけ。
 午後からだからお弁当を作れるわけでもないけれど、初めてのドライブデートに初めて行く公園は、とても楽しみなお出かけだった。
 柊ちゃんに、「今日、レッスンのあとに何かあるの?」と訊かれるくらいには嬉しそうにしていたのだろうし、ピアノの先生に「そんなに楽しそうに弾く曲ではないのですが……」と言われるほどには浮かれていたのだと思う。
 レッスンが終わって建物の外に出ると、広い歩道に面した大通り沿いに白い車が停車しており、その車の前にはツカサが立っていた。
 単なる待ち合わせ。好きな人が迎えに来てくれただけ――でも、「車」というオプションがつくだけで何もかもが慣れないものに早変わり。
「お待たせ」「迎えに来てくれてありがとう」――どんな言葉を発するにも緊張が伴うし、車の前に立つツカサにドキドキする。結果、私が何を口にする前に、「お疲れ様」とツカサに言われてしまった。
「……迎えに来てくれてありがとう」
「どういたしまして」
 助手席に乗るように促され、私はカチコチした動作で助手席に収まった。
 車の助手席に乗ることなど珍しくもなんともない。でも、ツカサが運転する車では初めてのこと。たかがそれだけのことにドキドキしてしまう。
「車、涼先生の?」
「そう」
 これで会話が終わってしまうことだって別段珍しいことではない。でも、車という狭い密室ではなんとなく気まずい。
 互いが別のことをしているわけではないし、音楽もラジオもかかっていない空間は、車の走行音しかしないのだ。
 無言の密室に耐えかねて、
「なんだか緊張するねっ?」
「俺の運転が信用ならないってこと?」
「えっ!? そういうことじゃなくてっ――」
 なんて言ったらわかってもらえるだろう。
「……蒼兄や唯兄が免許を取ったときも助手席には乗っていたのだけど、同年代の人の車に乗るのは初めてで、いつもと違う状況にドキドキするというか……」
「あぁ、そういう意味……。でも、これからはそれが普通になるんじゃない?」
「え?」
「一定の年になれば誰でも免許は取れるし、自分が年をとれば必然的にそういうシーンが増えるだろ」
「……そっか」
 納得したところで、今のこの緊張が解けてなくなるわけではない。
「安心していい。そんなに緊張しなくても安全運転を心がけるから。……ただ、何がきれいって言われてもそっちを見ることはできないけど」
「…………」
 これは間違いなく、蒼兄に聞いた話から釘を刺されたのだろう。
 蒼兄とドライブへ行くとき、窓から見える景色がきれいで何度となく蒼兄に「きれいだよ! きれいだよ!」と話しかけてしまう癖がある。それに対し蒼兄は、「さすがに運転中は見られないよ」と苦笑を漏らすのがいつものこと。
 そんな話題に肩の力が抜けた。
 少し浮かせていた身体をシートに沈めると、
「到着まで一時間かからないくらいだから、少し休んでれば?」
 思ってもみない申し出に少し戸惑う。
「でも――」
「今日は午前から動いてるだろ。海に着いたら多少なりとも歩くわけだし……」
 きっと気を使ってくれているのだろう。でも、せっかく一緒にいられる時間を寝て過ごしてしまうのはもったいなくも申し訳なくも思える。了承しかねていると、
「これから先、ずっと一緒にいるわけだから、今少し休むくらいなんてことはない」
「……じゃ、少しだけ」
 そう言って横にならせてもらったけれど、緊張している状態では眠りに落ちることはなく、サイドブレーキを引く音や方向指示器のカチカチいう音に耳を傾け、右隣にから伝う人の存在感に意識を向けていた。

 海に着いたのは四時前。
 外に出れば容赦ない日差しが未だ降り注いでいる。それでも、夏休みという時期を過ぎたからだろうか。海水浴に来ている人影は少なく、サーファーがちらほらいる程度。
 駐車場から出て砂浜の砂を触ってみたけれど、まだ歩くには熱すぎた。
「翠、先に海浜公園へ行こう」
 ツカサの提案に同意すると、公園の手前にある自販機で飲み物を買って日陰を探しながら公園へ向かった。
 海辺ということもあり、植わっている植物は潮風に強いものが多い。それぞれの立て札を読みながら歩いていたら、小高い丘の上に出た。
 そこには洋風の東屋が建っていて、ちょっとした休憩ができるようになっている。
 ひとまず周りを見渡してみると、公園と海が一望できた。
「暑いけど、気持ちのいい景色だね」
 ツカサも同じように景色を見渡して頷く。
 さっきからこれといった会話はない。
 私は植物を見られるだけでも楽しいけれど、ツカサはどう思っているだろう……。
 少し不安になって「楽しい?」と尋ねると、「つまらなくはない」という返事が返ってきた。
 つまりは楽しくもない、ということだろうか。なら、ツカサが楽しいと思えるデートとはどんなものだろう……。
「ツカサは何が好き? どういうところへ出かけたら楽しい?」
 私の質問に、ツカサは少し驚いた顔をした。
「別につまらないとは言ってないんだけど……」
「でも、楽しくもないのでしょう?」
「知らない知識を得る機会は有意義だと思ってる」
 それは植物において、ということだろうか。
 どうしたことか、ツカサとの会話がなぞなぞに思えてきた。
「ツカサが行きたい場所はどんなところ?」
 気を取り直して訊きなおすと、少しの沈黙のあと「動物園」と小さな声が答えた。その声を拾うように訊き返すと、ツカサは恥ずかしそうに顔を背ける。
「動物が好きなの?」
 ツカサは顔を背けたまま頷いた。
「じゃ、今度は動物園に行こう? 藤倉から近い動物園ってどこかな……」
 携帯を使って調べようとしたら、
「葉山動物園」
 ツカサがぼそりと口にした。
 携帯で検索をかけると、支倉で乗り換えて三駅目。そこからバスで二十分ほど行ったところにある動物園だった。
 もしかしたら、ツカサは何度か行ったことがあるのかもしれない。
「じゃぁ、次はそこへ行こうね。次はなんのご褒美かな……」
 宙を見上げると、「それ」とツカサに声をかけられた。
「それ」とは何を指すのだろう。
「デートに対する翠の認識が知りたいんだけど」
「え……?」
 デートに対する私の認識……?
「……特別な日。ご褒美、プレゼント、お祝い?」
 思いつくままに答えると、
「それ、改めて」
「え……?」
「特別な日はいいにしても、ご褒美とプレゼント、お祝いって何? 前にも言ったけど、プレゼントとデートを相殺しなくていいし、特別な何かがなくてもデートくらいするんだけど」
「……本当?」
「嘘つくようなことじゃないだろ」
 そう言われてみればそうなのだけど――
「なんだか嬉しい……」
 そう言って笑うと、ツカサはぷい、とそっぽを向いた。でも、つながれた手はそのまま。
 それが嬉しくて、私は頬が緩むのを感じていた。
しおりを挟む
感想 3

あなたにおすすめの小説

光のもとで1

葉野りるは
青春
一年間の療養期間を経て、新たに高校へ通いだした翠葉。 小さいころから学校を休みがちだった翠葉は人と話すことが苦手。 自分の身体にコンプレックスを抱え、人に迷惑をかけることを恐れ、人の中に踏み込んでいくことができない。 そんな翠葉が、一歩一歩ゆっくりと歩きだす。 初めて心から信頼できる友達に出逢い、初めての恋をする―― (全15章の長編小説(挿絵あり)。恋愛風味は第三章から出てきます) 10万文字を1冊として、文庫本40冊ほどの長さです。

黒に染まった華を摘む

馬場 蓮実
青春
夏の終わり、転校してきたのは、初恋の相手だった——。 鬱々とした気分で二学期の初日を迎えた高須明希は、忘れかけていた記憶と向き合うことになる。 名前を変えて戻ってきたかつての幼馴染、立石麻美。そして、昔から気になっていたクラスメイト、河西栞。 親友の田中浩大が麻美に一目惚れしたことで、この再会が静かに波紋を広げていく。 性と欲の狭間で、歪み出す日常。 無邪気な笑顔の裏に隠された想いと、揺れ動く心。 そのすべてに触れたとき、明希は何を守り、何を選ぶのか。 青春の光と影を描く、"遅れてきた"ひと夏の物語。   前編 「恋愛譚」 : 序章〜第5章 後編 「青春譚」 : 第6章〜

キャバ嬢(ハイスペック)との同棲が、僕の高校生活を色々と変えていく。

たかなしポン太
青春
   僕のアパートの前で、巨乳美人のお姉さんが倒れていた。  助けたそのお姉さんは一流大卒だが内定取り消しとなり、就職浪人中のキャバ嬢だった。  でもまさかそのお姉さんと、同棲することになるとは…。 「今日のパンツってどんなんだっけ? ああ、これか。」 「ちょっと、確認しなくていいですから!」 「これ、可愛いでしょ? 色違いでピンクもあるんだけどね。綿なんだけど生地がサラサラで、この上の部分のリボンが」 「もういいです! いいですから、パンツの説明は!」    天然高学歴キャバ嬢と、心優しいDT高校生。  異色の2人が繰り広げる、水色パンツから始まる日常系ラブコメディー! ※小説家になろうとカクヨムにも同時掲載中です。 ※本作品はフィクションであり、実在の人物や団体、製品とは一切関係ありません。

居酒屋で記憶をなくしてから、大学の美少女からやたらと飲みに誘われるようになった件について

古野ジョン
青春
記憶をなくすほど飲み過ぎた翌日、俺は二日酔いで慌てて駅を駆けていた。 すると、たまたまコンコースでぶつかった相手が――大学でも有名な美少女!? 「また飲みに誘ってくれれば」って……何の話だ? 俺、君と話したことも無いんだけど……? カクヨム・小説家になろう・ハーメルンにも投稿しています。

美人生徒会長は、俺の料理の虜です!~二人きりで過ごす美味しい時間~

root-M
青春
高校一年生の三ツ瀬豪は、入学早々ぼっちになってしまい、昼休みは空き教室で一人寂しく弁当を食べる日々を過ごしていた。 そんなある日、豪の前に目を見張るほどの美人生徒が現れる。彼女は、生徒会長の巴あきら。豪のぼっちを察したあきらは、「一緒に昼食を食べよう」と豪を生徒会室へ誘う。 すると、あきらは豪の手作り弁当に強い興味を示し、卵焼きを食べたことで豪の料理にハマってしまう。一方の豪も、自分の料理を絶賛してもらえたことが嬉しくて仕方ない。 それから二人は、毎日生徒会室でお昼ご飯を食べながら、互いのことを語り合い、ゆっくり親交を深めていく。家庭の味に飢えているあきらは、豪の作るおかずを実に幸せそうに食べてくれるのだった。 やがて、あきらの要求はどんどん過激(?)になっていく。「わたしにもお弁当を作って欲しい」「お弁当以外の料理も食べてみたい」「ゴウくんのおうちに行ってもいい?」 美人生徒会長の頼み、断れるわけがない! でも、この生徒会、なにかちょっとおかしいような……。 ※時代設定は2018年頃。お米も卵も今よりずっと安価です。 ※他のサイトにも投稿しています。 イラスト:siroma様

【完結】イケメンが邪魔して本命に告白できません

竹柏凪紗
青春
高校の入学式、芸能コースに通うアイドルでイケメンの如月風磨が普通科で目立たない最上碧衣の教室にやってきた。女子たちがキャーキャー騒ぐなか、風磨は碧衣の肩を抱き寄せ「お前、今日から俺の女な」と宣言する。その真意とウソつきたちによって複雑になっていく2人の結末とは──

熱のない部屋で

中道舞夜
ライト文芸
合鍵預かってくれない?から始まる同期との恋。もどかしい純愛ラブストーリー

極悪家庭教師の溺愛レッスン~悪魔な彼はお隣さん~

恵喜 どうこ
恋愛
「高校合格のお礼をくれない?」 そう言っておねだりしてきたのはお隣の家庭教師のお兄ちゃん。 私よりも10歳上のお兄ちゃんはずっと憧れの人だったんだけど、好きだという告白もないままに男女の関係に発展してしまった私は苦しくて、どうしようもなくて、彼の一挙手一投足にただ振り回されてしまっていた。 葵は私のことを本当はどう思ってるの? 私は葵のことをどう思ってるの? 意地悪なカテキョに翻弄されっぱなし。 こうなったら確かめなくちゃ! 葵の気持ちも、自分の気持ちも! だけど甘い誘惑が多すぎて―― ちょっぴりスパイスをきかせた大人の男と女子高生のラブストーリーです。

処理中です...