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November
芸大祭 Side 翠葉 09話
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コーヒーが運ばれてきたときには、冷たくなった手が体温を取り戻しつつあった。
たぶん、緊張が緩んだのだ。
どうしたことか、私の足元に座り込んでいた倉敷くんが同じソファに座り直しても何も感じない。
どうしてだろう……。
普段なら、知らない男子がこの距離にいるだけで身体が硬直してしまうのに……。
小さいころに会ったことのある人だから? ――ううん、それならさっきだって緊張しなかったはず。
ならどうして……?
……格好悪いところを見られたから?
初めて会ったときもメンタルボロボロだったし、今もそれに近いものがあった。
未だ衝撃は残っているものの、気持ちはマイナス方面へ引っ張られてはいない。それは、倉敷くんのフォローがあったからこそ――
あぁ、そうか……。
この人は、コンクールなんて場所で緊張している他人におまじないを教えてくれるほどに人が好く、何か問題にぶつかったら対峙させようとする厳しさを持ち合わせてはいるけど、対峙する間はフォローもしてくれるような優しい人なのだ。
そんな人を怖いと思うわけがなかった。
「翠葉さ、人前での演奏が苦手ならAO入試にしろよ。そしたら、三回まで再受験可能だし、さすがに三回目には慣れてるだろ?」
それはどうだろう……。
三回目には、「これが最後のチャンス」と崖っぷちに立たされている気分に陥らないだろうか。
倉敷くんのポジティブさに唖然としながら、
「あの……実はまだ、芸大一本に決めたわけではなくて……」
「はっ!?」
「そうなんですか?」
ふたりの反応に愛想笑いを返す。
「今はまだ決められなくて、でも、行きたいと思ったときに技術が伴わなくて行けないのはいやなので……」
尻すぼみに声が小さくなると、
「御園生さん、後ろめたく思うことなどありませんよ。僕はオーダーどおり、あなたがこの大学に合格できるレベルに仕上げるのが仕事ですから。来年の夏までにはある程度のレベルへ引き上げます」
先生の目は、目標を定めたとても厳しいものだった。
おそらくこれからは、どんな言い訳も通用はしない、と言われているのだろう。
私は気を引き締め、
「よろしくお願いします」
できるだけ丁寧に頭を下げた。
「で? ほかに考えてる進路って何? 医療系とか?」
ようやく口を開いた倉敷くんの言葉に首を傾げる。
「……どうして医療系?」
「や、ほら、入院してたりするから……」
「するから……?」
「ほらっ、近くで見たことのある職業って憧れたりするだろっ!?」
あぁ、そういう意味か……。
「看護師さんとかお医者さんとかすごいな、とは思うけど、私には無理かな」
「なんで? 藤宮行くくらい頭いいなら十分選択肢にできるだろ? 藤宮大学って医学部もあるしさ」
「んー……根本的な部分でちょっと無理というか」
「なんだよそれ」
「重く受け止めないでね……?」
「ん?」
「持病があって、たまに意識失っちゃったりするの。そんな状態で人様の命は預かれないでしょう?」
倉敷くんはまたしても、申し訳なさ全開の表情になる。
土下座こそされなかったけれど、これはどうしたらいいものか……。
「もう……だから、重く受け止めないでって言ったのに」
ごめんなさい、って顔が叱られた犬みたいで、やっぱり大型犬だな、などと思う。と、
「あ、だからバイタルがわかるようになっているんですか?」
先生に尋ねられ、少し意味合いは違うけれど、私は頷くことで肯定した。
「失神というと、脳……? それとも――」
「循環器系です」
「心臓? となると、不整脈か何か?」
「不整脈もなのですが、自律神経の働きが悪いみたいで……」
「それは大変ですね……」
「いえ、お医者様に言われたことさえ守っていれば、生活は普通にできるので」
視線を隣に戻すと、倉敷くんはまだしょんぼりとしていた。
「倉敷く……さん? 先輩……?」
頭の中ではずっと「倉敷くん」だったけれど、いざ口にしようと思うと呼び方に戸惑う。すると、
「慧でいい」
「でも年上だし……」
「苗字はやなんだ」
あぁ、そういう意味か……。
「じゃ、慧くん……」
「呼び捨てでいいのに」
「それはさすがに抵抗があるので……」
でも、気づけば口調はすでに敬語が崩れ始めていた。
どうしたものかと思いつつ、
「申し訳なく思うのなら、何か弾いて? お詫びに演奏を聴かせて?」
やっぱり口調は幾分か砕けたものになっていた。
そして、お願いを聞いた倉敷くんの表情は電気がついたみたいにパッと輝く。
「何がいいっ? 何、弾いてほしいっ?」
前のめりな倉敷くんに驚きつつ、しだいにおかしくなって笑みが零れる。
「あのコンクールの日に弾いた曲。私、聴けなかったから」
「……いいよ」
言いながら倉敷くんはピアノへ移動し、鍵盤へ向かった。
倉敷くんの纏う空気が変わる。
騒々しい雰囲気が消えうせ、静寂に包まれた。
すぐに演奏が始まるかと思いきや、倉敷くんは一度目を瞑る。
あ……ピアノさんにご挨拶。
数秒後、目を開けた倉敷くんは手を揉み解してから鍵盤に乗せた。
走り出したメロディーに面食らう。
これ、さっき私が弾いたきらきら星変奏曲!?
あの日、倉敷くんが弾いたのはこの曲だったの?
またしてもなんという偶然。
……もしかしたら、ここまで揃う偶然は、「必然」なのかもしれない。
新たな気持ちで演奏を聴く。と、さっきのラフマニノフとはまったく違う演奏だった。
ひたすら楽しそうに無邪気に、けれど正確なまでに音をはじきだしていく。
短調に変わった途端に音色が物悲しそうなそれへと変化し、倉敷くんの表情も苦しそうに歪んでいた。しかし、そこから長調へ戻ると、それまでとはまったく違う清々しい音で奏ではじめる。
音が力強くてクリアで透き通っている感じがした。
あぁ、こんなふうに弾けたら楽しいだろうな……。
そんなことを思っているうちに演奏は終焉を迎えた。
十分ほどある曲にもかかわらず、一瞬で終わってしまった気がする。
「どうよっ!」
「すっごくすっごく楽しかった! いいな、私もこんなふうに弾けるようになりたい!」
「まぁね! 俺、二ヶ月もさぼったりしないし」
そこをつかれるとちょっと痛い。来年の紅葉祭前も今年と似たり寄ったりの状況に陥るだろう。でも、さすがに受験目前にそれは避けなくてはいけない。
何か抜け道考えなくちゃ……。
「そうだ、御園生さん。左手のみで結構ですのでちょっと弾いてもらっていいですか?」
「はい……?」
疑問に思いながらスケールを弾くと、先生は不思議そうに首を傾げていた。
「緊張しているから、というわけではないみたいですね」
「え……?」
「いえ、鍵盤を押すとき、少し力を入れすぎている節があるので……」
あ……。
「そんなに力を入れなくとも、音は鳴りますよ?」
「あの……今、自宅で弾いているピアノの鍵盤が重くて、それでつい――」
「それ、よくねーよ」
倉敷くんの言葉にドキッとする。
「そうですね。鍵盤が重過ぎるのはよくない。今みたいに変な癖がつきますから。自宅のピアノメーカーは?」
あ……――
「そこでなんで黙り込むんだよ」
それは黙り込みたくなる理由があるからです……。
「えぇと、私の持っているピアノはシュベスターで、とても鍵盤の軽い子なのですが、今練習に使っているのはスタインウェイで……」
先生のことをどうこう言える立場じゃなかった。
もっとも身にそぐわないピアノを弾いているのは自分のほうだった。
「なんでそんないいピアノ使ってんだよ!」
容赦ない突っ込みに、「かくかくしかじか」で説明を終わらせたくなる。
でも、そうはさせてもらえなくて、
「あの、今、知り合いのゲストルームに間借りさせていただいているのですが、そこに置いてあるピアノがスタインウェイなんです……。ピアニストの間宮静香さんをご存知ですか?」
ふたりは当然といわんばかりに頷いた。
「生前、間宮さんが使っていらしたピアノで、鍵盤が少し重めで……」
そこまで話すと、
「それ、今は間宮さんの息子さんが管理所有されているピアノでは……?」
「あ、そうです。ご存知なんですか?」
「そのピアノはうちが調律を担当していますから。そうでしたか、あのピアノを……。御園生さん、あのピアノを弾き続けたら身体を壊します。できることなら、御園生さんにあった調整をしたほうがいいのですが……」
えぇと、どうしよう……。
「あくまでもお借りしているピアノなので、静さんの了承を得ないことにはちょっと……」
「ご相談はできるのですか?」
「はい。とてもよくしてくださる方なので。ただ、形見ともいえるピアノなので、手を入れることを許してもらえるかまではわからないです。無理なら、自宅のピアノを搬入してもらいます」
「僕に連絡いただければ、調律師の手配はこちらでしますので」
「ありがとうございます」
先生の名刺をいただくと、
「んっ」
倉敷くんに携帯を向けられた。
「ん……?」
意味がわからずに首を傾げると、
「連絡先の交換くらいいいだろ?」
「あ、はい」
私たちが連絡先の交換を済ませると、
「そうだ」
先生が思いだしたように声をあげた。
「あの日のベーゼンドルファー、今どこにあると思いますか?」
さすがにそれはわからない。
確かあのピアノは、おじいちゃんの古くからの知り合いにお借りしたものだと聞いているけれど……。
「ベーゼンドルファーって、うちのピアノのこと?」
倉敷くんの言葉に、私はしまおうとしていたタンブラーを落としてしまった。
「おいおい、大丈夫かよ」
だってだってだって――
「慧くん、無理もないですよ。あれは彼女が初めて触れたピアノなんですから」
「え? そうなの?」
「あのピアノを一週間家具屋さんにレンタルしたのを覚えてませんか?」
「あぁ、じー様が贔屓にしてるアンティーク家具屋だかなんかだろ?」
「御園生さん、その家具屋さんのお孫さんなんです」
「はあっ!?」
「先生、知ってらしたんですかっ!?」
「えぇ」
先生はにっこりと笑って室内の家具たちを見回した。
たぶん、緊張が緩んだのだ。
どうしたことか、私の足元に座り込んでいた倉敷くんが同じソファに座り直しても何も感じない。
どうしてだろう……。
普段なら、知らない男子がこの距離にいるだけで身体が硬直してしまうのに……。
小さいころに会ったことのある人だから? ――ううん、それならさっきだって緊張しなかったはず。
ならどうして……?
……格好悪いところを見られたから?
初めて会ったときもメンタルボロボロだったし、今もそれに近いものがあった。
未だ衝撃は残っているものの、気持ちはマイナス方面へ引っ張られてはいない。それは、倉敷くんのフォローがあったからこそ――
あぁ、そうか……。
この人は、コンクールなんて場所で緊張している他人におまじないを教えてくれるほどに人が好く、何か問題にぶつかったら対峙させようとする厳しさを持ち合わせてはいるけど、対峙する間はフォローもしてくれるような優しい人なのだ。
そんな人を怖いと思うわけがなかった。
「翠葉さ、人前での演奏が苦手ならAO入試にしろよ。そしたら、三回まで再受験可能だし、さすがに三回目には慣れてるだろ?」
それはどうだろう……。
三回目には、「これが最後のチャンス」と崖っぷちに立たされている気分に陥らないだろうか。
倉敷くんのポジティブさに唖然としながら、
「あの……実はまだ、芸大一本に決めたわけではなくて……」
「はっ!?」
「そうなんですか?」
ふたりの反応に愛想笑いを返す。
「今はまだ決められなくて、でも、行きたいと思ったときに技術が伴わなくて行けないのはいやなので……」
尻すぼみに声が小さくなると、
「御園生さん、後ろめたく思うことなどありませんよ。僕はオーダーどおり、あなたがこの大学に合格できるレベルに仕上げるのが仕事ですから。来年の夏までにはある程度のレベルへ引き上げます」
先生の目は、目標を定めたとても厳しいものだった。
おそらくこれからは、どんな言い訳も通用はしない、と言われているのだろう。
私は気を引き締め、
「よろしくお願いします」
できるだけ丁寧に頭を下げた。
「で? ほかに考えてる進路って何? 医療系とか?」
ようやく口を開いた倉敷くんの言葉に首を傾げる。
「……どうして医療系?」
「や、ほら、入院してたりするから……」
「するから……?」
「ほらっ、近くで見たことのある職業って憧れたりするだろっ!?」
あぁ、そういう意味か……。
「看護師さんとかお医者さんとかすごいな、とは思うけど、私には無理かな」
「なんで? 藤宮行くくらい頭いいなら十分選択肢にできるだろ? 藤宮大学って医学部もあるしさ」
「んー……根本的な部分でちょっと無理というか」
「なんだよそれ」
「重く受け止めないでね……?」
「ん?」
「持病があって、たまに意識失っちゃったりするの。そんな状態で人様の命は預かれないでしょう?」
倉敷くんはまたしても、申し訳なさ全開の表情になる。
土下座こそされなかったけれど、これはどうしたらいいものか……。
「もう……だから、重く受け止めないでって言ったのに」
ごめんなさい、って顔が叱られた犬みたいで、やっぱり大型犬だな、などと思う。と、
「あ、だからバイタルがわかるようになっているんですか?」
先生に尋ねられ、少し意味合いは違うけれど、私は頷くことで肯定した。
「失神というと、脳……? それとも――」
「循環器系です」
「心臓? となると、不整脈か何か?」
「不整脈もなのですが、自律神経の働きが悪いみたいで……」
「それは大変ですね……」
「いえ、お医者様に言われたことさえ守っていれば、生活は普通にできるので」
視線を隣に戻すと、倉敷くんはまだしょんぼりとしていた。
「倉敷く……さん? 先輩……?」
頭の中ではずっと「倉敷くん」だったけれど、いざ口にしようと思うと呼び方に戸惑う。すると、
「慧でいい」
「でも年上だし……」
「苗字はやなんだ」
あぁ、そういう意味か……。
「じゃ、慧くん……」
「呼び捨てでいいのに」
「それはさすがに抵抗があるので……」
でも、気づけば口調はすでに敬語が崩れ始めていた。
どうしたものかと思いつつ、
「申し訳なく思うのなら、何か弾いて? お詫びに演奏を聴かせて?」
やっぱり口調は幾分か砕けたものになっていた。
そして、お願いを聞いた倉敷くんの表情は電気がついたみたいにパッと輝く。
「何がいいっ? 何、弾いてほしいっ?」
前のめりな倉敷くんに驚きつつ、しだいにおかしくなって笑みが零れる。
「あのコンクールの日に弾いた曲。私、聴けなかったから」
「……いいよ」
言いながら倉敷くんはピアノへ移動し、鍵盤へ向かった。
倉敷くんの纏う空気が変わる。
騒々しい雰囲気が消えうせ、静寂に包まれた。
すぐに演奏が始まるかと思いきや、倉敷くんは一度目を瞑る。
あ……ピアノさんにご挨拶。
数秒後、目を開けた倉敷くんは手を揉み解してから鍵盤に乗せた。
走り出したメロディーに面食らう。
これ、さっき私が弾いたきらきら星変奏曲!?
あの日、倉敷くんが弾いたのはこの曲だったの?
またしてもなんという偶然。
……もしかしたら、ここまで揃う偶然は、「必然」なのかもしれない。
新たな気持ちで演奏を聴く。と、さっきのラフマニノフとはまったく違う演奏だった。
ひたすら楽しそうに無邪気に、けれど正確なまでに音をはじきだしていく。
短調に変わった途端に音色が物悲しそうなそれへと変化し、倉敷くんの表情も苦しそうに歪んでいた。しかし、そこから長調へ戻ると、それまでとはまったく違う清々しい音で奏ではじめる。
音が力強くてクリアで透き通っている感じがした。
あぁ、こんなふうに弾けたら楽しいだろうな……。
そんなことを思っているうちに演奏は終焉を迎えた。
十分ほどある曲にもかかわらず、一瞬で終わってしまった気がする。
「どうよっ!」
「すっごくすっごく楽しかった! いいな、私もこんなふうに弾けるようになりたい!」
「まぁね! 俺、二ヶ月もさぼったりしないし」
そこをつかれるとちょっと痛い。来年の紅葉祭前も今年と似たり寄ったりの状況に陥るだろう。でも、さすがに受験目前にそれは避けなくてはいけない。
何か抜け道考えなくちゃ……。
「そうだ、御園生さん。左手のみで結構ですのでちょっと弾いてもらっていいですか?」
「はい……?」
疑問に思いながらスケールを弾くと、先生は不思議そうに首を傾げていた。
「緊張しているから、というわけではないみたいですね」
「え……?」
「いえ、鍵盤を押すとき、少し力を入れすぎている節があるので……」
あ……。
「そんなに力を入れなくとも、音は鳴りますよ?」
「あの……今、自宅で弾いているピアノの鍵盤が重くて、それでつい――」
「それ、よくねーよ」
倉敷くんの言葉にドキッとする。
「そうですね。鍵盤が重過ぎるのはよくない。今みたいに変な癖がつきますから。自宅のピアノメーカーは?」
あ……――
「そこでなんで黙り込むんだよ」
それは黙り込みたくなる理由があるからです……。
「えぇと、私の持っているピアノはシュベスターで、とても鍵盤の軽い子なのですが、今練習に使っているのはスタインウェイで……」
先生のことをどうこう言える立場じゃなかった。
もっとも身にそぐわないピアノを弾いているのは自分のほうだった。
「なんでそんないいピアノ使ってんだよ!」
容赦ない突っ込みに、「かくかくしかじか」で説明を終わらせたくなる。
でも、そうはさせてもらえなくて、
「あの、今、知り合いのゲストルームに間借りさせていただいているのですが、そこに置いてあるピアノがスタインウェイなんです……。ピアニストの間宮静香さんをご存知ですか?」
ふたりは当然といわんばかりに頷いた。
「生前、間宮さんが使っていらしたピアノで、鍵盤が少し重めで……」
そこまで話すと、
「それ、今は間宮さんの息子さんが管理所有されているピアノでは……?」
「あ、そうです。ご存知なんですか?」
「そのピアノはうちが調律を担当していますから。そうでしたか、あのピアノを……。御園生さん、あのピアノを弾き続けたら身体を壊します。できることなら、御園生さんにあった調整をしたほうがいいのですが……」
えぇと、どうしよう……。
「あくまでもお借りしているピアノなので、静さんの了承を得ないことにはちょっと……」
「ご相談はできるのですか?」
「はい。とてもよくしてくださる方なので。ただ、形見ともいえるピアノなので、手を入れることを許してもらえるかまではわからないです。無理なら、自宅のピアノを搬入してもらいます」
「僕に連絡いただければ、調律師の手配はこちらでしますので」
「ありがとうございます」
先生の名刺をいただくと、
「んっ」
倉敷くんに携帯を向けられた。
「ん……?」
意味がわからずに首を傾げると、
「連絡先の交換くらいいいだろ?」
「あ、はい」
私たちが連絡先の交換を済ませると、
「そうだ」
先生が思いだしたように声をあげた。
「あの日のベーゼンドルファー、今どこにあると思いますか?」
さすがにそれはわからない。
確かあのピアノは、おじいちゃんの古くからの知り合いにお借りしたものだと聞いているけれど……。
「ベーゼンドルファーって、うちのピアノのこと?」
倉敷くんの言葉に、私はしまおうとしていたタンブラーを落としてしまった。
「おいおい、大丈夫かよ」
だってだってだって――
「慧くん、無理もないですよ。あれは彼女が初めて触れたピアノなんですから」
「え? そうなの?」
「あのピアノを一週間家具屋さんにレンタルしたのを覚えてませんか?」
「あぁ、じー様が贔屓にしてるアンティーク家具屋だかなんかだろ?」
「御園生さん、その家具屋さんのお孫さんなんです」
「はあっ!?」
「先生、知ってらしたんですかっ!?」
「えぇ」
先生はにっこりと笑って室内の家具たちを見回した。
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