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August
夏の思い出 Side 翠葉 22話
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ボートを降りるときに差し出されたツカサの手が、いつもりよひんやりと冷たく感じた。
もちろん、私の手よりは温かいのだけど、いつもの「熱」を感じない。
「少し冷えた……?」
「そう……?」
ツカサは自覚がないらしく、手を握ったり開いたりしながら血流を促そうとしているようだ。
「部屋に戻ったら、何かあたたかい飲み物を淹れるね。何がいい? コーヒー? ハーブティー? ほかには緑茶と麦茶と――」
いつもより早足で歩き出した私は、右手首を掴まれ歩くことを制される。
「何……?」
「飲み物じゃなくて――」
じゃなくて……?
「一緒に風呂に入ろう」
思わず沈黙してしまったのは私。そんな私を見たツカサは私を引き寄せ、
「昨夜も今朝も一緒に入っただろ?」
まるで、二度も越えたハードルなのだから、「問題ないだろ」的なニュアンス。
「そうなのだけど……」
恥ずかしさが勝って、「Yes」とも「No」とも答えられない。
「実は結構無理やり一緒に入ってくれてたとか?」
「そんなことないっ」
「じゃあ、なんで沈黙?」
「即答するには至らないというか、女の子の恥じらいを察して欲しいというか……」
しどろもどろ口にしていると、
「じゃ、今から女子の恥じらいを考慮する」
ツカサは目を瞑るとたったの数秒で目を開けた。
「考慮した結果、断るのは却下の方向で」
「えっ!?」
「マンションのバスタブでもふたりで入ることは可能だけど、ここのバスタブほど広くはないし、星を見ながら入れる機会はまたしばらく訪れない。その点を鑑みて、快諾してもらえると嬉しいんだけど?」
にこりと笑ってゴリ押しとはどういうことか――
笑顔の使い方についていくつか物申し上げたいところだけれど、
「そこまで言われたら、断りづらくなる、かな……?」
「それ、いいってこと?」
私が小さく頷くと、ツカサは私をおいてスタスタと歩き出し、真っ直ぐバスルームへ向かった。
「もぅ……現金なんだから」
私は足元に置かれたランタンを手に持ち、小さな歩幅を維持しながら屋内へ向かって歩き始めた。
部屋に戻るとすぐにお茶の準備を始める。すると、バスルームから出てきたツカサがさも不思議そうな顔でやってきた。
「なんでお茶?」
「お風呂上りに水分補給したくなるでしょう? 今淹れておけば、お風呂上りには飲みやすい温度になってると思うから」
そんなふうに説明すると、「なるほど」と納得してくれた。
一緒にお風呂に入るのを了承したけれど、なかなかキッチンから出られずにいると、ツカサが迎えに来てくれた。
手を引かれて脱衣所へ向かうと、今朝のように髪の毛をブラッシングしてくれる。それで終わりかと思ったら、髪の毛をまとめ始めた。
「まとめるの?」
「さっきシャワー浴びたときに髪も洗ったし、そのあとは汗かいてないだろ?」
そう言われてみれば……。
「翠がどうしても髪を洗いたいって言うなら下ろすけど……」
「……? ううん。ツカサの言うとおりだと思うから、髪の毛は洗わなくていいよ?」
「翠、身体洗うのにどのくらいかかる?」
「え? あ……十分ちょっとかな?」
「じゃ、十五分したら入る」
そう言うと、ツカサは脱衣所から出て行ってくれた。
どうやら、身体や髪の毛を洗うところは見られたくない、という気持ちは汲んでくれるようだ。
そんなところに律儀さを感じながら、私はバスルームに足を踏み入れた。
顔を洗ったあとはボディーソープをモクモクと泡立て、身体を隅々まで洗う。
今日もエッチするのかな……。
そんなことを考えるだけでも、まだ頬が熱を持つ。
ツカサに触れられるのは好きだし気持ちがいい。でも、その感覚に溺れそうになるのはまだ少し怖いし、恥ずかしさが未だ拭えない。
私はこんな状態だというのに、ツカサは少しも恥ずかしそうな素振りを見せない。
それどころか、うんと優しい表情になったり、切なそうな表情になったり、普段は絶対に見られないような余裕のなさがうかがえて、そんな様子を見られることが少し嬉しい……。
いっぱいいっぱいなのは自分だけじゃないのかな、と思えて――
コンコンコン――
「十五分経ったけど入っても平気?」
「あっ、はいっ」
私は慌ててバスタブに逃げ込んだ。
ツカサは先日と同じようにバスルームの照明を落とし、ロックグラスに浮かべたキャンドルをバスタブの端に置いてくれる。
一緒にお風呂に入ることは強行するけれど、気遣いは決して忘れない、本当に優しい人なのだ。
私がツカサにできる気遣いとはどんなものがあるだろう……?
気がついたときにコーヒーを淹れる。ツカサが好きなフロランタンを焼く――
どれを取っても二年前の私と変わらない。それに、ツカサがくれる気遣いとは根本的に本質が違うというかなんというか……。
そんなことを考えているうちにツカサは洗髪を済ませ、泡だらけになった身体を流し終えていた。
「何か考えごと?」
「んー……ツカサがしてくれる気遣いと、私がツカサにできることって何か本質的に違うなぁ、と思って」
「たとえば?」
「一緒にお風呂に入ることは強行するけれど、ちゃんと照明を落としてくれるし、そういうの……」
「じゃ、ひとつ気遣いよろしく」
「え?」
「しりとりしよう」
「しりとり……?」
「そう。今すぐにでも翠を抱きたくて仕方がないから、少し後悔してる。ボート降りてすぐにベッドルームに連れ込めばよかったかなって」
「なっ――」
「だから、しりとり」
「……普通の? 何縛りとかなしで?」
「何縛り……?」
「たとえば、乗り物縛りとか、動物縛りとか……」
「動物だった場合、俺の圧勝だと思うけど?」
「そう言われてみたらそうね? じゃ、何にしよう?」
ツカサは少し黙って、
「『スキ』って言ったら負けで、『キス』は何度言ってもいいとかは?」
その提案に笑みが漏れた。
「ちょっとツカサらしくない提案だね? でも、面白そう! ……あ、名前とか動作とかはどうする?」
「別にありでもなしでもいいけど……」
「じゃ、ありにしてください。これがあるととっても助かるので」
そこから私たちは星を見ながらしりとりを始めた。
ジャンケンで私が負けたため、先行がツカサ。つまり、「しりとり」だ。
「じゃぁねぇ……リス」
「スノウ」
「臼」
「ストレス」
さっそく「ス」が回ってきた。
「ス、ス……ストライキ」
「キス」
また「ス」っ!
「簀巻きっ」
「そんなにキスって言わせたいの?」
「むしろ言ってほしくないです……」
だって、「キス」と言われたら、自動的に「ス」が回ってくるのだ。
「じゃあ、機械」
「椅子っ!」
今度は自分が「ス」を回せた。するとツカサは何のためらいもなく口を開く。
「スクレーパー」
「パスっ」
「スメル」
「ルアー」
「明日」
また「ス」~……。
「あっ、スパイっ!」
「イルカ」
「カ……カス?」
よし、「ス」を回せた! そう思った次の瞬間、
「スイカズラ」
すぐにクリアされてしまう。
「じゃあ……ライスっ!」
「スイトピー」
まるで効果なしだ。
「ピースっ!」
今度こそ! そんな思いで口にすると、ツカサはクスクスと笑いながら、
「スケッチ」
と答える。
そして、「思いもよらない『ス』攻めだな」と口にした。
「地図」
『ス』攻めしたくても、そうそう都合よく「ス」で終わる言葉を見つけられるわけではない。
ツカサは「ス」をあまり意識してはいないのか、すぐに「図録」と答えた。
絵が好きなツカサらしい言葉だ。
それなら私もあまり「ス」にこだわるのはやめようか……。
「クーラー」
「あ、『ス』じゃない」
「うん、ちょっとね……」
「ライブラリー」
「リースっ!」
「ちょっとね、とか言ったくせにまた『ス』だし……。そうだな、スイス」
「『ス』っ!?」
「仕返し」
「ス~……スクエアっ」
「アイス」
「また『ス』ーーーっっっ!」
「だから、仕返しだって言っただろ?」
「むぅ……あっ、スターバックスッ!」
「やられた……じゃあ、スタート」
「トスっ!」
「翠だって『ス』ばかり返す」
「勝負ですから!」
「じゃ、本気出す。スチール」
「留守っ!」
「スチュワーデス」
『ス』~……!
「ステンレスっ!」
「ステージ」
「実家」
「カオス」
「ツカサの意地悪っ!」
「だって勝負なんだろ?」
こっちは必死なのに、あくまでも余裕そうな笑みを浮かべるツカサの頬を思わずつねってしまう。
「ストライキっ」
「キス」
言うと、ツカサは顔を近づけ頬にキスをした。
「もぅ……ス……ス……砂っ!」
「ナス」
「もうっっっ! ……スヌード!」
「度数」
「ウエハースっ!」
やっと「ス」を回せたことに喜んだのも束の間。
「煤」
「すす……?」
「煤を払うの、煤」
「いーじーわーるーーーっっっ!」
「そういうゲームだし」
「スマホっ」
「ホース」
ツカサはクスクス笑ったまま「ス」攻めを繰り返す。
「スノーボードっ!」
「ドライヤー」
「ヤンキースっ!」
「スパイス」
また「ス」っ!?
「スプリング……」
「グラス」
「少しくらい手加減してっ!」
「へぇ、手加減して欲しいんだ?」
「シテホシクナイデス……」
「じゃ、がんばって」
「スプレー……」
「レース」
また「ス」……。
「スラーっ」
「ラウンジ」
「じー……じー……ジオラマ!」
「マウス」
ツカサは「ス」を回してくるたびににこりと笑う。
でも、今回は私も「ス」を回せる。
「スペースっ!」
「あ、やられた……。ス、ねぇ……。スペシャル」
「人名のルイスっ!」
「スペック」
「クラスっ!」
「墨」
「ミスっ!」
自分が「ス」攻めできることに高揚感を覚える。と、ツカサは少しも困った顔をせず、
「家に住むの住む」
言葉や名前しばりなしなので、これもルールの範囲内。
うぅぅぅ……。
「あっ、蒸すっ! 蒸気とかの、蒸すっ!」
「じゃあ、皇」
「ぎ~……ギア?」
「ああ、車とかの?」
「うん」
「じゃあ、アリストテレス」
また「ス」っ!?
「スパム……」
「昔」
「シラスっ!」
「くっ……翠、『ス』返しができたとき喜びすぎだし」
言ってツカサはくつくつと笑う。
「じゃ、スモッグ」
「グッズ」
「ズッキーニ」
「ニスっ!」
「ス、ねぇ……スリム」
「ムースっ!」
「スリル」
「るーるーるー……メーカーのルコック」
「クライシス」
「スルー!」
「瑠璃」
「リピート!」
「トレース」
「翠葉っ!」
「蓮……そろそろ負けて欲しいんだけど?」
「負けたくないものっ!」
「じゃ、負けたら相手にキスをしなくちゃいけないルール追加で」
絶対負けたくない……。
「翠、顔に出てる……」
「な、なんのことかな? すー……す……スリランカっ!」
「カイザー」
「座椅子っ!」
「もう俺の負けでいい」
そう言うとツカサは身体の向きを変え、ちゅぅ、と唇に強く吸い付く。
きっと何度も口付けられる――そう思っていたけれど、唇はすぐに離れた。
「これ以上は寝室で。そろそろ上がろう?」
期待していた自分が少し恥ずかしく思えて、俯くように頷くと、
「先に上がるから、翠はきっちり冷水を浴びて出てくること」
ツカサは念を押すように指示を出してから、シャワーを軽く浴びて出て行った。
もちろん、私の手よりは温かいのだけど、いつもの「熱」を感じない。
「少し冷えた……?」
「そう……?」
ツカサは自覚がないらしく、手を握ったり開いたりしながら血流を促そうとしているようだ。
「部屋に戻ったら、何かあたたかい飲み物を淹れるね。何がいい? コーヒー? ハーブティー? ほかには緑茶と麦茶と――」
いつもより早足で歩き出した私は、右手首を掴まれ歩くことを制される。
「何……?」
「飲み物じゃなくて――」
じゃなくて……?
「一緒に風呂に入ろう」
思わず沈黙してしまったのは私。そんな私を見たツカサは私を引き寄せ、
「昨夜も今朝も一緒に入っただろ?」
まるで、二度も越えたハードルなのだから、「問題ないだろ」的なニュアンス。
「そうなのだけど……」
恥ずかしさが勝って、「Yes」とも「No」とも答えられない。
「実は結構無理やり一緒に入ってくれてたとか?」
「そんなことないっ」
「じゃあ、なんで沈黙?」
「即答するには至らないというか、女の子の恥じらいを察して欲しいというか……」
しどろもどろ口にしていると、
「じゃ、今から女子の恥じらいを考慮する」
ツカサは目を瞑るとたったの数秒で目を開けた。
「考慮した結果、断るのは却下の方向で」
「えっ!?」
「マンションのバスタブでもふたりで入ることは可能だけど、ここのバスタブほど広くはないし、星を見ながら入れる機会はまたしばらく訪れない。その点を鑑みて、快諾してもらえると嬉しいんだけど?」
にこりと笑ってゴリ押しとはどういうことか――
笑顔の使い方についていくつか物申し上げたいところだけれど、
「そこまで言われたら、断りづらくなる、かな……?」
「それ、いいってこと?」
私が小さく頷くと、ツカサは私をおいてスタスタと歩き出し、真っ直ぐバスルームへ向かった。
「もぅ……現金なんだから」
私は足元に置かれたランタンを手に持ち、小さな歩幅を維持しながら屋内へ向かって歩き始めた。
部屋に戻るとすぐにお茶の準備を始める。すると、バスルームから出てきたツカサがさも不思議そうな顔でやってきた。
「なんでお茶?」
「お風呂上りに水分補給したくなるでしょう? 今淹れておけば、お風呂上りには飲みやすい温度になってると思うから」
そんなふうに説明すると、「なるほど」と納得してくれた。
一緒にお風呂に入るのを了承したけれど、なかなかキッチンから出られずにいると、ツカサが迎えに来てくれた。
手を引かれて脱衣所へ向かうと、今朝のように髪の毛をブラッシングしてくれる。それで終わりかと思ったら、髪の毛をまとめ始めた。
「まとめるの?」
「さっきシャワー浴びたときに髪も洗ったし、そのあとは汗かいてないだろ?」
そう言われてみれば……。
「翠がどうしても髪を洗いたいって言うなら下ろすけど……」
「……? ううん。ツカサの言うとおりだと思うから、髪の毛は洗わなくていいよ?」
「翠、身体洗うのにどのくらいかかる?」
「え? あ……十分ちょっとかな?」
「じゃ、十五分したら入る」
そう言うと、ツカサは脱衣所から出て行ってくれた。
どうやら、身体や髪の毛を洗うところは見られたくない、という気持ちは汲んでくれるようだ。
そんなところに律儀さを感じながら、私はバスルームに足を踏み入れた。
顔を洗ったあとはボディーソープをモクモクと泡立て、身体を隅々まで洗う。
今日もエッチするのかな……。
そんなことを考えるだけでも、まだ頬が熱を持つ。
ツカサに触れられるのは好きだし気持ちがいい。でも、その感覚に溺れそうになるのはまだ少し怖いし、恥ずかしさが未だ拭えない。
私はこんな状態だというのに、ツカサは少しも恥ずかしそうな素振りを見せない。
それどころか、うんと優しい表情になったり、切なそうな表情になったり、普段は絶対に見られないような余裕のなさがうかがえて、そんな様子を見られることが少し嬉しい……。
いっぱいいっぱいなのは自分だけじゃないのかな、と思えて――
コンコンコン――
「十五分経ったけど入っても平気?」
「あっ、はいっ」
私は慌ててバスタブに逃げ込んだ。
ツカサは先日と同じようにバスルームの照明を落とし、ロックグラスに浮かべたキャンドルをバスタブの端に置いてくれる。
一緒にお風呂に入ることは強行するけれど、気遣いは決して忘れない、本当に優しい人なのだ。
私がツカサにできる気遣いとはどんなものがあるだろう……?
気がついたときにコーヒーを淹れる。ツカサが好きなフロランタンを焼く――
どれを取っても二年前の私と変わらない。それに、ツカサがくれる気遣いとは根本的に本質が違うというかなんというか……。
そんなことを考えているうちにツカサは洗髪を済ませ、泡だらけになった身体を流し終えていた。
「何か考えごと?」
「んー……ツカサがしてくれる気遣いと、私がツカサにできることって何か本質的に違うなぁ、と思って」
「たとえば?」
「一緒にお風呂に入ることは強行するけれど、ちゃんと照明を落としてくれるし、そういうの……」
「じゃ、ひとつ気遣いよろしく」
「え?」
「しりとりしよう」
「しりとり……?」
「そう。今すぐにでも翠を抱きたくて仕方がないから、少し後悔してる。ボート降りてすぐにベッドルームに連れ込めばよかったかなって」
「なっ――」
「だから、しりとり」
「……普通の? 何縛りとかなしで?」
「何縛り……?」
「たとえば、乗り物縛りとか、動物縛りとか……」
「動物だった場合、俺の圧勝だと思うけど?」
「そう言われてみたらそうね? じゃ、何にしよう?」
ツカサは少し黙って、
「『スキ』って言ったら負けで、『キス』は何度言ってもいいとかは?」
その提案に笑みが漏れた。
「ちょっとツカサらしくない提案だね? でも、面白そう! ……あ、名前とか動作とかはどうする?」
「別にありでもなしでもいいけど……」
「じゃ、ありにしてください。これがあるととっても助かるので」
そこから私たちは星を見ながらしりとりを始めた。
ジャンケンで私が負けたため、先行がツカサ。つまり、「しりとり」だ。
「じゃぁねぇ……リス」
「スノウ」
「臼」
「ストレス」
さっそく「ス」が回ってきた。
「ス、ス……ストライキ」
「キス」
また「ス」っ!
「簀巻きっ」
「そんなにキスって言わせたいの?」
「むしろ言ってほしくないです……」
だって、「キス」と言われたら、自動的に「ス」が回ってくるのだ。
「じゃあ、機械」
「椅子っ!」
今度は自分が「ス」を回せた。するとツカサは何のためらいもなく口を開く。
「スクレーパー」
「パスっ」
「スメル」
「ルアー」
「明日」
また「ス」~……。
「あっ、スパイっ!」
「イルカ」
「カ……カス?」
よし、「ス」を回せた! そう思った次の瞬間、
「スイカズラ」
すぐにクリアされてしまう。
「じゃあ……ライスっ!」
「スイトピー」
まるで効果なしだ。
「ピースっ!」
今度こそ! そんな思いで口にすると、ツカサはクスクスと笑いながら、
「スケッチ」
と答える。
そして、「思いもよらない『ス』攻めだな」と口にした。
「地図」
『ス』攻めしたくても、そうそう都合よく「ス」で終わる言葉を見つけられるわけではない。
ツカサは「ス」をあまり意識してはいないのか、すぐに「図録」と答えた。
絵が好きなツカサらしい言葉だ。
それなら私もあまり「ス」にこだわるのはやめようか……。
「クーラー」
「あ、『ス』じゃない」
「うん、ちょっとね……」
「ライブラリー」
「リースっ!」
「ちょっとね、とか言ったくせにまた『ス』だし……。そうだな、スイス」
「『ス』っ!?」
「仕返し」
「ス~……スクエアっ」
「アイス」
「また『ス』ーーーっっっ!」
「だから、仕返しだって言っただろ?」
「むぅ……あっ、スターバックスッ!」
「やられた……じゃあ、スタート」
「トスっ!」
「翠だって『ス』ばかり返す」
「勝負ですから!」
「じゃ、本気出す。スチール」
「留守っ!」
「スチュワーデス」
『ス』~……!
「ステンレスっ!」
「ステージ」
「実家」
「カオス」
「ツカサの意地悪っ!」
「だって勝負なんだろ?」
こっちは必死なのに、あくまでも余裕そうな笑みを浮かべるツカサの頬を思わずつねってしまう。
「ストライキっ」
「キス」
言うと、ツカサは顔を近づけ頬にキスをした。
「もぅ……ス……ス……砂っ!」
「ナス」
「もうっっっ! ……スヌード!」
「度数」
「ウエハースっ!」
やっと「ス」を回せたことに喜んだのも束の間。
「煤」
「すす……?」
「煤を払うの、煤」
「いーじーわーるーーーっっっ!」
「そういうゲームだし」
「スマホっ」
「ホース」
ツカサはクスクス笑ったまま「ス」攻めを繰り返す。
「スノーボードっ!」
「ドライヤー」
「ヤンキースっ!」
「スパイス」
また「ス」っ!?
「スプリング……」
「グラス」
「少しくらい手加減してっ!」
「へぇ、手加減して欲しいんだ?」
「シテホシクナイデス……」
「じゃ、がんばって」
「スプレー……」
「レース」
また「ス」……。
「スラーっ」
「ラウンジ」
「じー……じー……ジオラマ!」
「マウス」
ツカサは「ス」を回してくるたびににこりと笑う。
でも、今回は私も「ス」を回せる。
「スペースっ!」
「あ、やられた……。ス、ねぇ……。スペシャル」
「人名のルイスっ!」
「スペック」
「クラスっ!」
「墨」
「ミスっ!」
自分が「ス」攻めできることに高揚感を覚える。と、ツカサは少しも困った顔をせず、
「家に住むの住む」
言葉や名前しばりなしなので、これもルールの範囲内。
うぅぅぅ……。
「あっ、蒸すっ! 蒸気とかの、蒸すっ!」
「じゃあ、皇」
「ぎ~……ギア?」
「ああ、車とかの?」
「うん」
「じゃあ、アリストテレス」
また「ス」っ!?
「スパム……」
「昔」
「シラスっ!」
「くっ……翠、『ス』返しができたとき喜びすぎだし」
言ってツカサはくつくつと笑う。
「じゃ、スモッグ」
「グッズ」
「ズッキーニ」
「ニスっ!」
「ス、ねぇ……スリム」
「ムースっ!」
「スリル」
「るーるーるー……メーカーのルコック」
「クライシス」
「スルー!」
「瑠璃」
「リピート!」
「トレース」
「翠葉っ!」
「蓮……そろそろ負けて欲しいんだけど?」
「負けたくないものっ!」
「じゃ、負けたら相手にキスをしなくちゃいけないルール追加で」
絶対負けたくない……。
「翠、顔に出てる……」
「な、なんのことかな? すー……す……スリランカっ!」
「カイザー」
「座椅子っ!」
「もう俺の負けでいい」
そう言うとツカサは身体の向きを変え、ちゅぅ、と唇に強く吸い付く。
きっと何度も口付けられる――そう思っていたけれど、唇はすぐに離れた。
「これ以上は寝室で。そろそろ上がろう?」
期待していた自分が少し恥ずかしく思えて、俯くように頷くと、
「先に上がるから、翠はきっちり冷水を浴びて出てくること」
ツカサは念を押すように指示を出してから、シャワーを軽く浴びて出て行った。
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