177 / 1,060
第五章 うつろう心
26話
しおりを挟む
ブースに入ると荒川先輩が涙の痕を拭き取ってくれ、違和感がないようにおしろいで押さえてくれた。
「ほら、行っておいで」
ブースを出ると、澄んだ声が聞こえてくる。
「きれい――妖精が歌っているみたい……」
「会場へ戻ろう」
待っていてくれた司先輩に左手を差し出され、その手に自分の手を重ねる。
最近、こういう手に慣れ始めている自分が怖い。
この手はいつなくなるともしれないのに、その手を頼りにして歩いている自分が、ひどく頼りないものにく思えた。
「またくだらないことを考えてないか?」
「……先輩にとってはくだらないことかもしれないけれど、私にとっては大事なことなんです」
先輩は何か言いたそうにしていたけれど、何を言うでもなく歩き始めた。
特等席は会場の一等地にあり、里見先輩は二曲歌い終わると私の側までやってきた。
「翠葉ちゃん、共演しよう!」
にっこりと笑われる。
「え……でも、何を?」
「エーデルワイスがいいな。知ってるでしょう?」
知っているけど……。
「即興で適当に伴奏して? ハ長調でいこう!」
両手で右手を引張られ、出ないわけにはいかない状況になりステージへと上がった。
ドの音を鳴らすと、里見先輩は音を取ってコクリと頷く。私は少し考え、
「頭五小節前奏を入れます」
小声で伝えると、茜先輩は背に手を回し、OKサインをつくってみせた。
ソの音から前奏を始めると、あたりに響くピアノの音にはっとする。
外で演奏するのって、こんなに気持ちがいいものだったのね……。
さっきはそんなことを感じる余裕すらなかった。
人と一緒にステージに上がっただけで、ステージ上の空気やピアノの向こうに広がる景色が違って見えた。
五小節の前奏が終わると里見先輩の歌が始まる。
「っ……!?」
自分が伴奏しているのに鳥肌が立つ。声とピアノの音が共鳴していた。
すごく気持ちがいい……。
普段、人と音楽をすることなんてなかったから、こんな感覚は知らなかった。
ベーゼンドルファーの繊細な音が、里見先輩の透き通った声をより引き立てる。
やっぱり、すてきなピアノ――またいつか機会があったら弾きたいな。
そう思っているうちに短い曲は終わりを迎えた。
「翠葉ちゃん、ありがとう!」
「こちらこそ、ありがとうございます」
里見先輩に右手を差し出され、握手を交わす。と、その場に拍手が沸き起こった。
「茜先輩、マイクっす!」
どこかで聞いたことのある声がすると、茜先輩は片手にマイクを握っていた。
『ご清聴いただきありがとうございました。――それでは! これから第三十八回生徒会就任式を行います!』
え? 生徒会就任式……?
私の手はまだ里見先輩にしっかりと握られている。そこに現生徒会メンバーが集ってきて、気づけば私の隣には海斗くんが立っていた。
「やっほー」
やっほーじゃなくて、これは何……?
海斗くんの隣には何度か会ったことのあるサザナミくんが立っていた。そして、その隣には桃華さん。
『はいっ! それでは一年の新メンバーをご紹介!』
と、茜先輩が私を見た。
『まずひとり目は姫こと御園生翠葉さん! 彼女は会計です。お隣、藤宮海斗くん! 彼は書記担当です。お隣、漣千里くん。そしてクラス委員と生徒会を兼任することになった簾条桃華さんっ! ふたりは機動部隊です!』
そこまで茜先輩が話すと、
『異議のある人はここで申し出てくれるー?』
加納先輩の手にもマイクが握られていた。
『さすがに全校生徒の挙手は確認取れないよねぇ……。じゃ、異議がなければ拍手をっ!』
言った途端、広場にいる人たちやテラスからこちらを眺めている人たちからの拍手が沸き起こった。
「もう逃げられないからね?」
右手を握ったままの里見先輩に微笑まれる。
「あの……でも――できません」
「こんなにたくさんの人たちにOKもらったのに?」
それでも――
「私にはできません」
「どうしてか訊いてもいいかしら?」
珍しく里見先輩に訊かれる。いつもなら、言いたくないことは言わなくていいと言ってくれる人が……。
「私、学校にきちんと通ってこれるかわからないので……。仕事が忙しいときに穴は開けたくないです。それに、私以上の適任者がいるはずです」
「じゃぁ、誰? 推薦してくれる?」
誰……? そんなのわからない……。
「候補をひとりもあげられないようじゃだめね。翠葉ちゃん、いいのよ。学校に来られなくても私たちが行けば済むことだし、このご時世通信手段だって複数あるわ」
「でもっ、申し訳ないですっ」
「うちの生徒会、私の意見が絶対なの。私が法律、私が校則よ?」
蕩けてしまいそうなほどかわいい笑顔を向けられる。
「翠葉、茜先輩には逆らわないほうがいいと思うぞ?」
海斗くんに言われてちょっと困る。
「翠葉が動けないときのための私よ? クラス委員も生徒会も変らないわ。この男の指図を受けるってことにおいてはね」
桃華さんは嫌そうな顔で司先輩を見て私に視線を戻す。
「それなら翠葉の助けになるほうがよっぽどいいわ」
「事情は知らないけど、うちの生徒会結構楽しいよ?」
サザナミ君にも声をかけられた。
「……全部わかってて、それでも受け入れてくれるんですか?」
里見先輩に訊くと、
「そうよ。だって、うちのメンバーみんな翠葉ちゃんに首っ丈なんだもの」
茜先輩に微笑まれ、私の隣に司先輩が立った。
「バックアップ体制は整ってる。あとは翠の気持ちしだい」
どこか挑発的な目で見られた。
「やりたい――それなら、やってみたい」
「じゃ、決まり!」
美都先輩が口にし、メンバー全員が加納先輩に視線を移すと、加納先輩はにっこりと微笑んだ。
『それでは、本人の承諾もいただけましたので、これにて新メンバーの就任式を終わらせていただきます!』
そのすぐあと、飛鳥ちゃんの元気な声がスピーカーから流れてくる。
『ここからはパーティーの続きをお楽しみください! ご存知かとは思いますが、本日の料理は調理部皆さんのお手製です。テーブルにかけられているクロスは手芸部洋裁部門の作品となっております。さ、吹奏楽部のすてきな演奏が再スタートですっ!』
演奏が始まると、
「これから飛鳥もこっちに来るわ」
と、桃華さんが教えてくれた。
「桃華さん、すごく……すごく驚いた。今日、何度心臓が止まりそうになったのか数えきれないくらい」
桃華さんは嬉しそうにクスリ、と笑う。
「だから、驚かせる自信はあるって言ったでしょう?」
こういうのを企むのが上手な人っているんだな、と思っていると、気づかないうちにクラスメイトがステージの周りに集っていた。そこへ飛鳥ちゃんが息を切らせてやってくる。
飛鳥ちゃんが到着と同時に「せーの!」と掛け声をかけると、
「ハッピーバースデイ、翠葉っ!」
クラス全員の声に包まれた。
こんな大勢の人に祝われたことなんてない。たぶん、この先はもうないんじゃないかと思う。
「あり、がとう……」
さっきとは違う種類の涙が溢れてくる。
「これ、クラスのみんなからのプレゼント」
海斗くんから渡されたのはCDだった。ケースの裏には曲名とアーティスト名が記されている。
「それ、みんなが御園生に聞いてほしいって思った曲なんだ」
佐野くんに言われてまじまじとCDケースを見ていた。
「普段、インスト以外はあまり聴かないんでしょ?」
飛鳥ちゃんに訊かれてコクリと頷く。
「恋愛小説を読むよりもっとダイレクトに伝わりそうな歌詞がある」
海斗くんに言われて、
「そう、なの……?」
訊けばクラス中が頷く。
「ありがとう……」
もう一度口にすると、
「お礼ならピアノが聴きたいわ。せっかくここにピアノがあるんですもの」
桃華さんに言われて、背後にあるピアノを振り返る。
ひとりで演奏するのはなんとなく抵抗があり、里実先輩の姿を探すと数メートル離れたところに姿を見つけた。
「……里見先輩、歌、歌ってもらえますか?」
「何? なんの曲?」
「星に願いを、なんてどうでしょう?」
「あ、好き!」
「さっきと同じ調で大丈夫ですか?」
「大丈夫!」
深呼吸をひとつして前奏を始める。
ピアノの音に里見先輩の歌が乗り、桜の葉がそよぐ音まで音楽の一部に聞こえた。
楽器を演奏して、こんなにも気持ちがいいと感じたのは初めてかもしれない。
忘れないようにしよう。この感覚を、ずっと忘れずにいよう――
演奏が終わると拍手が起こる。さっきと同じように、里見先輩に手を差し出され、その手を取ると一緒にお辞儀をした。
パーティーがお開きになるころ、里見先輩に話しかけられた。
「翠葉ちゃんの音は真っ直ぐね? 悲しいのもつらいのも、何もかもが心にダイレクトに伝わるわ。そういうの、全部一緒に乗り越えられるような仲間になろう? で、いつか私とまたリサイタルしてね?」
「……場に相応しくない曲を弾いてしまってすみませんでした」
毒にしかなり得ない演奏だった、と今ならわかる。でも、どうしても吐き出したかった……。
「でも、エーデルワイスも星に願いも、全然違う音で弾いてくれたでしょう? それで帳消し!」
いつものように、花が綻ぶような笑みを見せてくれる。
「ありがとうございます」
「さ、着替えに戻ろう? 嵐が図書棟で待機してくれてるわ」
手を取られ、今度は私が握り返した。
ふたり仲良く手をつないで図書棟までの道のりを歩く。
「ドレスってなんだかウキウキするよね?」
「私、フルレングスのドレスは初めて着ました。それに、まだ自分の姿は見ていないし……」
「私はドレスが着たくて声楽を始めたの。……ねぇ、翠葉ちゃん。私とユニットを組まない?」
「え……?」
「本気よ? 考えておいてね?」
里見先輩はにこりと笑って私の手を放す。そして軽やかに走り出し、先に図書棟へと入っていった。
CDを出しているという里見先輩。それはどう考えても遊びの域ではないはずだ。
……ユニットって……?
考えてみたところでクエスチョンマークしか頭に浮かばない。
里見先輩、説明不十分にて受理いたしかねます……。
テラスにはパーティーに参加できなかった生徒たちがたくさんいた。けれども、その人たちは腕章をしている人たちが規制してくれている。
不思議な行事が多い学校だけれど、蓋を開ければきちんと規律だったものがある。そんなところに感心しながら図書室へ戻った。
蒼兄……学校のイベントがびっくり箱みたい。ほかにはどんなイベントがあるのかな。
色々あるのに、蒼兄は全部秘密にして私をここに入れてくれたのね。
すごく嬉しい。すごく幸せ……。
蒼兄が帰ってきたら報告することがいっぱいあるよ。
「ほら、行っておいで」
ブースを出ると、澄んだ声が聞こえてくる。
「きれい――妖精が歌っているみたい……」
「会場へ戻ろう」
待っていてくれた司先輩に左手を差し出され、その手に自分の手を重ねる。
最近、こういう手に慣れ始めている自分が怖い。
この手はいつなくなるともしれないのに、その手を頼りにして歩いている自分が、ひどく頼りないものにく思えた。
「またくだらないことを考えてないか?」
「……先輩にとってはくだらないことかもしれないけれど、私にとっては大事なことなんです」
先輩は何か言いたそうにしていたけれど、何を言うでもなく歩き始めた。
特等席は会場の一等地にあり、里見先輩は二曲歌い終わると私の側までやってきた。
「翠葉ちゃん、共演しよう!」
にっこりと笑われる。
「え……でも、何を?」
「エーデルワイスがいいな。知ってるでしょう?」
知っているけど……。
「即興で適当に伴奏して? ハ長調でいこう!」
両手で右手を引張られ、出ないわけにはいかない状況になりステージへと上がった。
ドの音を鳴らすと、里見先輩は音を取ってコクリと頷く。私は少し考え、
「頭五小節前奏を入れます」
小声で伝えると、茜先輩は背に手を回し、OKサインをつくってみせた。
ソの音から前奏を始めると、あたりに響くピアノの音にはっとする。
外で演奏するのって、こんなに気持ちがいいものだったのね……。
さっきはそんなことを感じる余裕すらなかった。
人と一緒にステージに上がっただけで、ステージ上の空気やピアノの向こうに広がる景色が違って見えた。
五小節の前奏が終わると里見先輩の歌が始まる。
「っ……!?」
自分が伴奏しているのに鳥肌が立つ。声とピアノの音が共鳴していた。
すごく気持ちがいい……。
普段、人と音楽をすることなんてなかったから、こんな感覚は知らなかった。
ベーゼンドルファーの繊細な音が、里見先輩の透き通った声をより引き立てる。
やっぱり、すてきなピアノ――またいつか機会があったら弾きたいな。
そう思っているうちに短い曲は終わりを迎えた。
「翠葉ちゃん、ありがとう!」
「こちらこそ、ありがとうございます」
里見先輩に右手を差し出され、握手を交わす。と、その場に拍手が沸き起こった。
「茜先輩、マイクっす!」
どこかで聞いたことのある声がすると、茜先輩は片手にマイクを握っていた。
『ご清聴いただきありがとうございました。――それでは! これから第三十八回生徒会就任式を行います!』
え? 生徒会就任式……?
私の手はまだ里見先輩にしっかりと握られている。そこに現生徒会メンバーが集ってきて、気づけば私の隣には海斗くんが立っていた。
「やっほー」
やっほーじゃなくて、これは何……?
海斗くんの隣には何度か会ったことのあるサザナミくんが立っていた。そして、その隣には桃華さん。
『はいっ! それでは一年の新メンバーをご紹介!』
と、茜先輩が私を見た。
『まずひとり目は姫こと御園生翠葉さん! 彼女は会計です。お隣、藤宮海斗くん! 彼は書記担当です。お隣、漣千里くん。そしてクラス委員と生徒会を兼任することになった簾条桃華さんっ! ふたりは機動部隊です!』
そこまで茜先輩が話すと、
『異議のある人はここで申し出てくれるー?』
加納先輩の手にもマイクが握られていた。
『さすがに全校生徒の挙手は確認取れないよねぇ……。じゃ、異議がなければ拍手をっ!』
言った途端、広場にいる人たちやテラスからこちらを眺めている人たちからの拍手が沸き起こった。
「もう逃げられないからね?」
右手を握ったままの里見先輩に微笑まれる。
「あの……でも――できません」
「こんなにたくさんの人たちにOKもらったのに?」
それでも――
「私にはできません」
「どうしてか訊いてもいいかしら?」
珍しく里見先輩に訊かれる。いつもなら、言いたくないことは言わなくていいと言ってくれる人が……。
「私、学校にきちんと通ってこれるかわからないので……。仕事が忙しいときに穴は開けたくないです。それに、私以上の適任者がいるはずです」
「じゃぁ、誰? 推薦してくれる?」
誰……? そんなのわからない……。
「候補をひとりもあげられないようじゃだめね。翠葉ちゃん、いいのよ。学校に来られなくても私たちが行けば済むことだし、このご時世通信手段だって複数あるわ」
「でもっ、申し訳ないですっ」
「うちの生徒会、私の意見が絶対なの。私が法律、私が校則よ?」
蕩けてしまいそうなほどかわいい笑顔を向けられる。
「翠葉、茜先輩には逆らわないほうがいいと思うぞ?」
海斗くんに言われてちょっと困る。
「翠葉が動けないときのための私よ? クラス委員も生徒会も変らないわ。この男の指図を受けるってことにおいてはね」
桃華さんは嫌そうな顔で司先輩を見て私に視線を戻す。
「それなら翠葉の助けになるほうがよっぽどいいわ」
「事情は知らないけど、うちの生徒会結構楽しいよ?」
サザナミ君にも声をかけられた。
「……全部わかってて、それでも受け入れてくれるんですか?」
里見先輩に訊くと、
「そうよ。だって、うちのメンバーみんな翠葉ちゃんに首っ丈なんだもの」
茜先輩に微笑まれ、私の隣に司先輩が立った。
「バックアップ体制は整ってる。あとは翠の気持ちしだい」
どこか挑発的な目で見られた。
「やりたい――それなら、やってみたい」
「じゃ、決まり!」
美都先輩が口にし、メンバー全員が加納先輩に視線を移すと、加納先輩はにっこりと微笑んだ。
『それでは、本人の承諾もいただけましたので、これにて新メンバーの就任式を終わらせていただきます!』
そのすぐあと、飛鳥ちゃんの元気な声がスピーカーから流れてくる。
『ここからはパーティーの続きをお楽しみください! ご存知かとは思いますが、本日の料理は調理部皆さんのお手製です。テーブルにかけられているクロスは手芸部洋裁部門の作品となっております。さ、吹奏楽部のすてきな演奏が再スタートですっ!』
演奏が始まると、
「これから飛鳥もこっちに来るわ」
と、桃華さんが教えてくれた。
「桃華さん、すごく……すごく驚いた。今日、何度心臓が止まりそうになったのか数えきれないくらい」
桃華さんは嬉しそうにクスリ、と笑う。
「だから、驚かせる自信はあるって言ったでしょう?」
こういうのを企むのが上手な人っているんだな、と思っていると、気づかないうちにクラスメイトがステージの周りに集っていた。そこへ飛鳥ちゃんが息を切らせてやってくる。
飛鳥ちゃんが到着と同時に「せーの!」と掛け声をかけると、
「ハッピーバースデイ、翠葉っ!」
クラス全員の声に包まれた。
こんな大勢の人に祝われたことなんてない。たぶん、この先はもうないんじゃないかと思う。
「あり、がとう……」
さっきとは違う種類の涙が溢れてくる。
「これ、クラスのみんなからのプレゼント」
海斗くんから渡されたのはCDだった。ケースの裏には曲名とアーティスト名が記されている。
「それ、みんなが御園生に聞いてほしいって思った曲なんだ」
佐野くんに言われてまじまじとCDケースを見ていた。
「普段、インスト以外はあまり聴かないんでしょ?」
飛鳥ちゃんに訊かれてコクリと頷く。
「恋愛小説を読むよりもっとダイレクトに伝わりそうな歌詞がある」
海斗くんに言われて、
「そう、なの……?」
訊けばクラス中が頷く。
「ありがとう……」
もう一度口にすると、
「お礼ならピアノが聴きたいわ。せっかくここにピアノがあるんですもの」
桃華さんに言われて、背後にあるピアノを振り返る。
ひとりで演奏するのはなんとなく抵抗があり、里実先輩の姿を探すと数メートル離れたところに姿を見つけた。
「……里見先輩、歌、歌ってもらえますか?」
「何? なんの曲?」
「星に願いを、なんてどうでしょう?」
「あ、好き!」
「さっきと同じ調で大丈夫ですか?」
「大丈夫!」
深呼吸をひとつして前奏を始める。
ピアノの音に里見先輩の歌が乗り、桜の葉がそよぐ音まで音楽の一部に聞こえた。
楽器を演奏して、こんなにも気持ちがいいと感じたのは初めてかもしれない。
忘れないようにしよう。この感覚を、ずっと忘れずにいよう――
演奏が終わると拍手が起こる。さっきと同じように、里見先輩に手を差し出され、その手を取ると一緒にお辞儀をした。
パーティーがお開きになるころ、里見先輩に話しかけられた。
「翠葉ちゃんの音は真っ直ぐね? 悲しいのもつらいのも、何もかもが心にダイレクトに伝わるわ。そういうの、全部一緒に乗り越えられるような仲間になろう? で、いつか私とまたリサイタルしてね?」
「……場に相応しくない曲を弾いてしまってすみませんでした」
毒にしかなり得ない演奏だった、と今ならわかる。でも、どうしても吐き出したかった……。
「でも、エーデルワイスも星に願いも、全然違う音で弾いてくれたでしょう? それで帳消し!」
いつものように、花が綻ぶような笑みを見せてくれる。
「ありがとうございます」
「さ、着替えに戻ろう? 嵐が図書棟で待機してくれてるわ」
手を取られ、今度は私が握り返した。
ふたり仲良く手をつないで図書棟までの道のりを歩く。
「ドレスってなんだかウキウキするよね?」
「私、フルレングスのドレスは初めて着ました。それに、まだ自分の姿は見ていないし……」
「私はドレスが着たくて声楽を始めたの。……ねぇ、翠葉ちゃん。私とユニットを組まない?」
「え……?」
「本気よ? 考えておいてね?」
里見先輩はにこりと笑って私の手を放す。そして軽やかに走り出し、先に図書棟へと入っていった。
CDを出しているという里見先輩。それはどう考えても遊びの域ではないはずだ。
……ユニットって……?
考えてみたところでクエスチョンマークしか頭に浮かばない。
里見先輩、説明不十分にて受理いたしかねます……。
テラスにはパーティーに参加できなかった生徒たちがたくさんいた。けれども、その人たちは腕章をしている人たちが規制してくれている。
不思議な行事が多い学校だけれど、蓋を開ければきちんと規律だったものがある。そんなところに感心しながら図書室へ戻った。
蒼兄……学校のイベントがびっくり箱みたい。ほかにはどんなイベントがあるのかな。
色々あるのに、蒼兄は全部秘密にして私をここに入れてくれたのね。
すごく嬉しい。すごく幸せ……。
蒼兄が帰ってきたら報告することがいっぱいあるよ。
6
あなたにおすすめの小説
光のもとで2
葉野りるは
青春
一年の療養を経て高校へ入学した翠葉は「高校一年」という濃厚な時間を過ごし、
新たな気持ちで新学期を迎える。
好きな人と両思いにはなれたけれど、だからといって順風満帆にいくわけではないみたい。
少し環境が変わっただけで会う機会は減ってしまったし、気持ちがすれ違うことも多々。
それでも、同じ時間を過ごし共に歩めることに感謝を……。
この世界には当たり前のことなどひとつもなく、あるのは光のような奇跡だけだから。
何か問題が起きたとしても、一つひとつ乗り越えて行きたい――
(10万文字を一冊として、文庫本10冊ほどの長さです)
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
【完結】イケメンが邪魔して本命に告白できません
竹柏凪紗
青春
高校の入学式、芸能コースに通うアイドルでイケメンの如月風磨が普通科で目立たない最上碧衣の教室にやってきた。女子たちがキャーキャー騒ぐなか、風磨は碧衣の肩を抱き寄せ「お前、今日から俺の女な」と宣言する。その真意とウソつきたちによって複雑になっていく2人の結末とは──
愛された側妃と、愛されなかった正妃
編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。
夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。
連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。
正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。
※カクヨムさんにも掲載中
※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります
※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。
遡ったのは君だけじゃない。離縁状を置いて出ていった妻ーー始まりは、そこからだった。
沼野 花
恋愛
夫と子供たちに、選ばれなかったイネス。
すべてを愛人に奪われ、彼女は限界を迎え、屋敷を去る。
だが、その先に待っていたのは、救いではなかった。
イネスを襲った、取り返しのつかない出来事。
変わり果てた現実を前に、
夫はようやく、自分が何を失ったのかを思い知る。
深い後悔と悲しみに苛まれながら、
失ったイネスの心を取り戻そうとする夫。
しかし、彼女の心はすでに、外の世界へと向かっていた。
贖罪を背負いながらもイネスを求め続ける夫。
そして、母の心を知っていく子供たち。
イネスが求める愛とは、
そして、幸せとは――。
私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。
MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。
幼馴染が家出したので、僕と同居生活することになったのだが。
四乃森ゆいな
青春
とある事情で一人暮らしをしている僕──和泉湊はある日、幼馴染でクラスメイト、更には『女神様』と崇められている美少女、真城美桜を拾うことに……?
どうやら何か事情があるらしく、頑なに喋ろうとしない美桜。普段は無愛想で、人との距離感が異常に遠い彼女だが、何故か僕にだけは世話焼きになり……挙句には、
「私と同棲してください!」
「要求が増えてますよ!」
意味のわからない同棲宣言をされてしまう。
とりあえず同居するという形で、居候することになった美桜は、家事から僕の宿題を見たりと、高校生らしい生活をしていくこととなる。
中学生の頃から疎遠気味だったために、空いていた互いの時間が徐々に埋まっていき、お互いに知らない自分を曝け出していく中──女神様は何でもない『日常』を、僕の隣で歩んでいく。
無愛想だけど僕にだけ本性をみせる女神様 × ワケあり陰キャぼっちの幼馴染が送る、半同棲な同居生活ラブコメ。
学園のアイドルに、俺の部屋のギャル地縛霊がちょっかいを出すから話がややこしくなる。
たかなしポン太
青春
【第1回ノベルピアWEB小説コンテスト中間選考通過作品】
『み、見えるの?』
「見えるかと言われると……ギリ見えない……」
『ふぇっ? ちょっ、ちょっと! どこ見てんのよ!』
◆◆◆
仏教系学園の高校に通う霊能者、尚也。
劣悪な環境での寮生活を1年間終えたあと、2年生から念願のアパート暮らしを始めることになった。
ところが入居予定のアパートの部屋に行ってみると……そこにはセーラー服を着たギャル地縛霊、りんが住み着いていた。
後悔の念が強すぎて、この世に魂が残ってしまったりん。
尚也はそんなりんを無事に成仏させるため、りんと共同生活をすることを決意する。
また新学期の学校では、尚也は学園のアイドルこと花宮琴葉と同じクラスで席も近くなった。
尚也は1年生の時、たまたま琴葉が困っていた時に助けてあげたことがあるのだが……
霊能者の尚也、ギャル地縛霊のりん、学園のアイドル琴葉。
3人とその仲間たちが繰り広げる、ちょっと不思議な日常。
愉快で甘くて、ちょっと切ない、ライトファンタジーなラブコメディー!
※本作品はフィクションであり、実在の人物や団体、製品とは一切関係ありません。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる