光のもとで1

葉野りるは

文字の大きさ
246 / 1,060
第六章 葛藤

33話

しおりを挟む
 ポーチで音がしたと思ったら栞さんが帰ってきた。
 栞さんが部屋に入ってきたとき、栞さんを迎えに出たらしい秋斗さんと一瞬目が合ったけれど、ドキドキはドキドキでも、相変らず心臓に悪いほうのドキドキだった。
「翠葉ちゃん、体調はどう?」
 栞さんの手が額に伸びてくる。
「少し熱があるかしら?」
 言いながら、栞さんは枕元に置いてある私の携帯を手に取った。
「三十七度五分。でも、身体は起こせるようになったのね」
 栞さんのほっとした顔に自分もつられてほっとする。
「で、秋斗くんが廊下に座り込んでいたけれど、何かあったの?」
「「「えっ!?」」」
 三人顔を見合わせ絶句する。
 さっきまでの会話をすべて聞かれていたのだろうか。
「司、何も言わずに偵察かよ……」
 蒼兄が零すと、
「彼、淡白なだけじゃなくて意外と侮れないわけね……」
 若槻さんが顔を引きつらせた。
 栞さんは意味がわからないという顔を私に向けてくる。
「……なんでもないです」
 もう誰にも何も言いたくないし訊かれたくもなかった。そこへ、
「若槻、ちょっと付き合えよ」
 秋斗さんが少し荒っぽい口調で廊下から声を発した。
「……マジでっ!?」
 どこか引き気味の若槻さん。
「若槻さん?」
「唯?」
「あはは……いや、なんでもない。うん、なんでもないから。なんでもないようにしてくる……」
 わけのわからないことを口走って立ち上がる。
「えっ!? 秋斗くんと若槻くん、夕飯は? みんないるっていうからたくさん買ってきたのよっ!?」
 栞さんが抗議すると、
「すんません、俺と秋斗さんの分却下で……。本当にごめんなさい」
 ペコリ、と頭を下げて若槻さんは出ていった。
「……やっぱり怒ってるから、だよね」
「たぶんな」
 私と蒼兄の会話に、
「何があったの?」
 栞さんに尋ねられたけど、もう何も話せなかった。
 司先輩が開いたままのドアを軽くノックして入ってくる。
「秋兄、かなり荒れてたけど昼間何かあった?」
 話せない私の代わりに蒼兄が口を開く。
「不肖の妹が、というかなんというか……。経験値の差がネックで本日二回ほど先輩を怒らせてるんだ」
「……二回って、さっきのエレベーターホールの?」
「あぁ……それを入れちゃうと要因は三つになるかな」
 蒼兄がかいつまんでエレベーターホールでの出来事を栞さんに話すと、
「秋斗くんて嫉妬深いのね……。悪いことじゃないと思うけど――」
 栞さんは私に向き直った。
「でも、秋斗くんは面白くないと思うわ」
「どうして……?」
 私が訊くと、司先輩が「鈍感」と一言口にした。
 そんなこと言われても……恋愛において、人が何で怒るかなんてわからないもの。
 ――「自分がされて嫌なことは人にしないこと」。
 そうお母さんに何度となく言われてきた。
 私が秋斗さんだったら、もし秋斗さんに今日の私のようなことをされたらどう思うだろう。
 たとえば、秋斗さんと一緒に街中を歩いていたとして、すごくきれいな人に秋斗さんが目を奪われたら? 「きれい」って言ったら?
 ……秋斗さんが目を奪われるほどにきれいな人ならば、私も一緒になって見惚れていそうだ。
 そんなことしか想像できなかった。
 じゃぁ、秋斗さんがほかの女の子を抱っこしたら?
 秋斗さんは誰にでも優しいし……。きっと、具合の女の子が校内にいたら普通にそういう行動を取りそう。
 ……あれ?
 それはつまり、私はまったく特別待遇なんて受けていなくて、秋斗さんにとっては普通のことをされているだけなのかな。
 彼女とかそういうことではなくて……。
 だとしたら、普通にしていることに過剰反応しているのは私なのだろうか――
 でも、私にとっては全然普通のことではなくて、はるかにキャパシティを超えることで……。
 それでも……自分が普通だと思ってしていることを拒絶されたらショックなのかもしれない。だから、「慣れて」って言われるのかな。
 でも、やっぱり――そんな簡単に慣れるなんてできないし、そのたびに秋斗さんに怒られたらつらいし……。
 怒るということは不快に思うということと同義だと思えば、私がそんな態度を取るたびに不快な思いをさせるのは申し訳ないし……。
 一緒にいる意味、あるのかな――
 ただ側にいられて、普通に笑って話せるだけ。それだけで私は幸せだけど、秋斗さんは違うんだ……。
「価値観」と少し似ているかもしれない。
 私の好きと秋斗さんの好きは別物――
 そんな気がしてきた……。

「……はっ、翠葉っ!」
 ゆさゆさと身体を揺さぶられて気づく。
「考えすぎ……」
 考え、すぎ……?
「翠葉ちゃん、今にも泣きそうな顔をしているわよ?」
「栞さん……恋愛って難しい。教科書、ないのかな」
 栞さんはクスクスと笑った。
「誰もが一度は考えることね。でも、恋愛に教科書はないの。問題にぶつかるごとに自分で解決していくしかないのよ。あとは……人の経験談を聞く、かしらねぇ?」
 あ――
「司先輩っ」
 ドア口に立ったままの司先輩に声をかけると、すごくびっくりした顔をされた。
「先輩はどうしてそんなふうに想えるんですかっ!?」
 今は側にいられるだけでいい、目の届くところにいればそれでいい。
 どうして、どうしてっ!?
「相手がそういう人間だから仕方ない」
「……それはすごく我慢が必要なことですか?」
「……人によると思う。俺は自分に我慢を強いているつもりはないけど、周りの人間には我慢しているように見えるらしいから」
 先輩がベッドサイドまでやってきて真正面から見られた。
「翠は翠のペースでいいと思う。どうしてそこで人に合わせる必要がある? ……それで許容量を超えてたら翠がもたない」
 その言葉にひどく救われた気がして涙が出てくる。
「なんで泣くんだよ……」
「だって……だって、わからないんだもの」
 自分のペースでいれば鈍感な人みたいに言われるし、人のペースを見ていると目まぐるしくてとてもついていけそうにはない。
 こんなこと、体力以外では何もなかったのに……。
 それはひとえに、私が人との付き合いをしてきていないということ。
 家族以外の人と交流がなかったことを示しているようでもあった――
しおりを挟む
感想 24

あなたにおすすめの小説

光のもとで2

葉野りるは
青春
一年の療養を経て高校へ入学した翠葉は「高校一年」という濃厚な時間を過ごし、 新たな気持ちで新学期を迎える。 好きな人と両思いにはなれたけれど、だからといって順風満帆にいくわけではないみたい。 少し環境が変わっただけで会う機会は減ってしまったし、気持ちがすれ違うことも多々。 それでも、同じ時間を過ごし共に歩めることに感謝を……。 この世界には当たり前のことなどひとつもなく、あるのは光のような奇跡だけだから。 何か問題が起きたとしても、一つひとつ乗り越えて行きたい―― (10万文字を一冊として、文庫本10冊ほどの長さです)

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

【完結】イケメンが邪魔して本命に告白できません

竹柏凪紗
青春
高校の入学式、芸能コースに通うアイドルでイケメンの如月風磨が普通科で目立たない最上碧衣の教室にやってきた。女子たちがキャーキャー騒ぐなか、風磨は碧衣の肩を抱き寄せ「お前、今日から俺の女な」と宣言する。その真意とウソつきたちによって複雑になっていく2人の結末とは──

幼馴染が家出したので、僕と同居生活することになったのだが。

四乃森ゆいな
青春
とある事情で一人暮らしをしている僕──和泉湊はある日、幼馴染でクラスメイト、更には『女神様』と崇められている美少女、真城美桜を拾うことに……? どうやら何か事情があるらしく、頑なに喋ろうとしない美桜。普段は無愛想で、人との距離感が異常に遠い彼女だが、何故か僕にだけは世話焼きになり……挙句には、 「私と同棲してください!」 「要求が増えてますよ!」 意味のわからない同棲宣言をされてしまう。 とりあえず同居するという形で、居候することになった美桜は、家事から僕の宿題を見たりと、高校生らしい生活をしていくこととなる。 中学生の頃から疎遠気味だったために、空いていた互いの時間が徐々に埋まっていき、お互いに知らない自分を曝け出していく中──女神様は何でもない『日常』を、僕の隣で歩んでいく。 無愛想だけど僕にだけ本性をみせる女神様 × ワケあり陰キャぼっちの幼馴染が送る、半同棲な同居生活ラブコメ。

愛された側妃と、愛されなかった正妃

編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。 夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。 連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。 正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。 ※カクヨムさんにも掲載中 ※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります ※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。

学園のアイドルに、俺の部屋のギャル地縛霊がちょっかいを出すから話がややこしくなる。

たかなしポン太
青春
【第1回ノベルピアWEB小説コンテスト中間選考通過作品】 『み、見えるの?』 「見えるかと言われると……ギリ見えない……」 『ふぇっ? ちょっ、ちょっと! どこ見てんのよ!』  ◆◆◆  仏教系学園の高校に通う霊能者、尚也。  劣悪な環境での寮生活を1年間終えたあと、2年生から念願のアパート暮らしを始めることになった。  ところが入居予定のアパートの部屋に行ってみると……そこにはセーラー服を着たギャル地縛霊、りんが住み着いていた。  後悔の念が強すぎて、この世に魂が残ってしまったりん。  尚也はそんなりんを無事に成仏させるため、りんと共同生活をすることを決意する。    また新学期の学校では、尚也は学園のアイドルこと花宮琴葉と同じクラスで席も近くなった。  尚也は1年生の時、たまたま琴葉が困っていた時に助けてあげたことがあるのだが……    霊能者の尚也、ギャル地縛霊のりん、学園のアイドル琴葉。  3人とその仲間たちが繰り広げる、ちょっと不思議な日常。  愉快で甘くて、ちょっと切ない、ライトファンタジーなラブコメディー! ※本作品はフィクションであり、実在の人物や団体、製品とは一切関係ありません。

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

遡ったのは君だけじゃない。離縁状を置いて出ていった妻ーー始まりは、そこからだった。

沼野 花
恋愛
夫と子供たちに、選ばれなかったイネス。 すべてを愛人に奪われ、彼女は限界を迎え、屋敷を去る。 だが、その先に待っていたのは、救いではなかった。 イネスを襲った、取り返しのつかない出来事。 変わり果てた現実を前に、 夫はようやく、自分が何を失ったのかを思い知る。 深い後悔と悲しみに苛まれながら、 失ったイネスの心を取り戻そうとする夫。 しかし、彼女の心はすでに、外の世界へと向かっていた。 贖罪を背負いながらもイネスを求め続ける夫。 そして、母の心を知っていく子供たち。 イネスが求める愛とは、 そして、幸せとは――。

処理中です...