光のもとで1

葉野りるは

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第七章 つながり

20話

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 湊先生が淹れてくれたお茶を飲みながら、三限が終わるのを待っていた。
 先生はバイタルを見ながら、
「少し脈が速いけれど、血圧は大丈夫ね。次の生徒総会は大丈夫?」
「はい。みんなが準備してくれたことがあるから、私もがんばらないと……」
 隣の椅子に置いたストールに目をやる。
「気休めなんて言っても仕方ないから言わないけど、今は忘れてなさい。翠葉は若槻にオルゴールを渡したら、そのあと一緒にいてくれればいい。それだけよ。何を言わなくちゃいけないわけでもないし、若槻がオルゴールとどう向き合うか、ただそれだけだから。あんたが何をしなくちゃいけないわけじゃない」
 確かに、私には言葉をかけることもできないし、何ができるわけでもない。
 できることはただひとつ。オルゴールを返すことと側にいることだけだ。
 悩んでも仕方のないことだった。
「はい」と告げると、三限の終わりを知らせるチャイムが鳴った。
 二分もすると飛鳥ちゃんと佐野くんが迎えに来てくれた。
「先生、いってきます」
「くれぐれも無理はしないように。……ま、司が側にいるなら大丈夫ね」
 先生は手をひらひらとさせ、ノートパソコンを開いたデスクに向かった。

 保健室を出て廊下を右に行くかと思ったら、飛鳥ちゃんに手を引っ張られた。
「え?」
「東口と南口は一、二年生で出入り口いっぱいになるからね」
「御園生を人ごみに入れると簾条と藤宮先輩がおっかない。西口は三年しか出入りしないから、そっちの方が空いてるんだ」
 佐野くんが補助的な説明をしてくれて意味がわかった。
「あ、メール。らんちゃんからだ。西口で嵐ちゃんが待ってるって」
 ランちゃん……? あ、荒川先輩のこと?
 ずいぶんと仲がいいんだな。中等部でも一緒だったんだろうか。……でも、荒川先輩は外部生だった気が……。
 そんなことを考えつつ、五月には藤が咲いていた中庭の脇を通ると西口に着いた。
「飛鳥っ!」
 荒川先輩が元気に駆けてくる。
「同じ学校になったっていうのにめったに会わないよねぇ」
「本当。二階と三階ってだけなのにね」
 ……なんだろう、この会話。
「御園生御園生、それ以上首傾げると筋おかしくしそうだから頭もとの位置に戻して戻して」
「え? あ……」
 気がつけば、頭が肩につきそうなくらい首を傾げていた。
 首をさすりながらもとに戻すと、
「言ってなかったっけ?」
 と、飛鳥ちゃんに訊かれる。
「私と嵐ちゃん、従姉妹なんだよ」
 嬉しそうに教えてくれた飛鳥ちゃんと荒川先輩を見比べると、どこか雰囲気が似ていた。
 顔のつくりは少し違うのだけれど、雰囲気というかノリが同じ。それからきれいなアーモンド形の目は同じように見えた。
「さ、ここからは私が案内するわ。ふたりともありがとうね。ほら、翠葉行くよ!」
 今度は荒川先輩に手を引かれて歩きだす。
 慌てて佐野くんと飛鳥ちゃんにお礼を言うと、荒川先輩の誘導で生徒会メンバーが集るところまで連れていかれた。
 そこは桜林館のほぼ中央。
「お、翠葉無事到着!」
 すぐに気づいた海斗くんに声をかけられた。
「あまり顔色良くないな」
 と、司先輩がすぐ近くに来る。
「……えと、大丈夫です」
「翠の大丈夫は当てにならない。そこに座ってろ」
「でもっ……私、何かできることない?」
「やってもらうことはある。とりあえずは座れ」
 頭に手の平を押さえつけられ、そのまま重力をかけられて座らされる。
 荒川先輩に連れてこられた桜林館の中央には、幅五十センチくらいのサークルを模ったカウンターがある。そのカウンターは十字に包丁を入れたように、きれいな四等分に区切られていた。
 区切られた場所は人が出入りできるほどのスペースがあり、そのカウンターの周りに椅子となるものが設置されていた。
 座れ、と指示されたのは、その四分の一のひとつの席。
 白いカウンターにバサ、と置かれたのは数枚のプリント。
 表になっているようで、主には数字が目立つ。
 ざっと目を通すと、会計報告であることがわかった。
「それの読み上げが翠の仕事」
「えっ!?」
 桜林館には全校生徒が集まっている。その中央でこれを読み上げろと言うのだろうか。
 大勢の前で話すのは大の苦手なのだけど……。
 そろり、と司先輩を見上げると、
「何かしたいんだろ? 仮にも役員だし会計だし断わられるとは思ってないから」
 言い終えたときには笑みを深めていた。
 氷の女王スマイル全開だ……。
 最初から拒否権なんてないも同然。
「翠、今思ったこと当てようか?」
「いえ、謹んで遠慮申し上げます」
「司、相変らず翠葉ちゃんいじめるの好きね? そんなんじゃ嫌われちゃうわよ?」
 里見先輩が会話に入ってくるなり、
「翠葉ちゃん、ストール似合ってるー!」
 と、後ろから抱きつかれた。
 ふわり、と頬を掠めた髪の毛がくすぐったい。
 里見先輩も荒川先輩も、私と同じストールを羽織っていた。
 そういえば、桃華さんは……?
 あたりを見回すと、腕にプリントを抱え持った桃華さんとサザナミくんがやってきた。
「司先輩、こっちはこれで全部です」
 と、サザナミくんがプリントの束をカウンターに置く。反対方向から春日先輩と加納先輩が同じようにプリントを抱えて戻ってきた。
「収穫は?」
 司先輩が訊くと、「上々」と春日先輩が答える。
 なんの話だろう……?
「ってことは三五四人分回収済みだな」
「藤宮司、ひとり忘れてるわ」
 桃華さんがプリントを持って私のもとに来た。
「ご署名お願いします」
 差し出されたプリントには、
「……ストール認可の署名――これっ」
 桃華さんを見上げると、
「三学年の女子生徒全員の署名がここにあるのよ。是が非でも学校に認めさせるわ」
 と、それはそれは自信ありげに極上の微笑みを浮かべた。
 司先輩にボールペンを差し出され、一番最後の署名欄に自分の学年とクラス、名前を記入した。
「さてと、そろそろステージ上げるよー!」
 加納先輩の声に、みんなが席に着く。
 通路を挟んだ隣には司先輩が座り、私の右隣には春日先輩が座った。
 でも、何……? ステージを上げるってどういうこと……?
 周りをきょろきょろしていると、司先輩の隣に美都先輩が座った。
 美都先輩が座ったカウンターには埋め込み式のモニターとキーボードが備わっている。モニターはタッチパネルになっているようで、美都先輩がモニターに触れると、ウィーンという音と共に、床からの振動を感じた。
 それにびっくりして立ち上がると、眩暈がしてすぐに腕を取られた。
 見事にバランスを崩したけれど、
「……痛くない……?」
「いきなり立つな。今、円形ステージが上昇してるところだ」
 司先輩が支えたままに説明してくれる。
「円形ステージ……?」
「……あぁ、翠は見るの初めてか。桜林館自体が円形だろ? だから南側のステージ以外にも桜林館中央に円形ステージが設けられている。普段は平面で地下に収納されているんだ」
「すごい……」
「落ち着いたなら座って会計報告に目を通してろ」
 改めて席に着くと、右隣の春日先輩が笑っていた。
「この円形ステージ、ゆっくりだけど回る仕組みになってるんだ。酔ったりする?」
 優しい笑顔で訊いてくれる。
「ぐるぐる、とは回りませんよね?」
「そうだな、メリーゴーランドよりははるかにゆっくり」
「ゆっくりなら大丈夫だと思います」
「周りを見ようとすると酔うから、そのときステージで喋ってる人間を見てるといいよ」
「はい」
 改めて周りに目をやると、ひとつのカウンターを残して三つのカウンターに生徒会メンバーがおさまっていた。
 右から加納先輩、里見先輩、サザナミくん、桃華さん、海斗くん、荒川先輩、春日先輩、私、司先輩、美都先輩の順。
 機動部隊、書記部隊、会計部隊――メカ部隊、だろうか?
 首を傾げていると、
「署名は全学年女子から集めたけれど、満場一致が一番の近道なんだ。だから、女子生徒の署名を提示したうえで、全校生徒の指示を仰ぐ。観覧席にはシートの右下にボタンが付いているんだよ。賛成の人間に押してもらうと朝陽のいる場所にデータが上がってくる。ほら、この椅子にも付いてるでしょ?」
 春日先輩に言われた場所を手で触れると、確かにボタンが付いていた。
「あとは……俺たちの向かいのカウンターが丸々空いてるのは、そこに座る人たちがいるから」
「え……?」
「あの席には学園長と高等部校長、それから学園規則委員長が席に着く。カウンターの中に四角いのが三つと丸いのがひとつあるでしょう?」
 春日先輩から視線をカウンター内に移すと、確かにまだ何か仕掛けがありそうな床が存在した。
「そこは昇降機になっていて、あとで地下から三人が上がってくる。真ん中の丸いのは発言台ってところかな。それとこれ、ピンマイクね。今は外してていいけど、会計の読み上げのときにはこれつけて喋って?」
 小指くらいの大きさの、クリップつきの小型マイクを渡された。
「あの……もしかして、あの丸いところで読み上げるんですか?」
 引きつり笑いも作れないくらいに顔が固まる。
「通常はそうだけど、司に聞いてごらん」
 くる、と司先輩に向き直り訊こうとしたら、
「ここで座ってでいいから。台の上で倒れられたら厄介」
 私が何を訊くまでもなく、素っ気無くそれだけを口にする。
「……それは特別扱い?」
 なんとなく心がざわりとした。
「生徒総会を滞りなく進めるための一方法。あそこで話さない分、目立たないんだ。しっかり声出して誰が話しているのかわかるように努力しろ。それができなかったら特別扱いとなんら変わらない」
 ……特別扱いされたくないなら、ここでがんばれということ……?
 まじまじと司先輩の顔を見ると、「何」と一言返される。
「……先輩の意地悪は優しさの裏返しでなんだか難しいです」
 言うと、右隣の春日先輩が吹きだした。ワンテンポ遅れて美都先輩も吹きだす。
 笑われるようなことは言った覚えないのに……。
 美都先輩が司先輩の肩に腕を絡め、
「司さ、もう意地悪なんてやめて普通に優しくすればいいじゃん」
 司先輩は、その手をうざったそうに振り払った。
「別に意地悪をしているつもりも優しくしているつもりもとくにはない。こと、生徒会に関しては。それが翠の望みだろ?」
 訊き返されて少し戸惑ったけれど、それは正しかった。
 だから、「そうです」と小さく答えた。
 司先輩は入学式の日の出来事も、生徒会就任式での出来事も、私の言葉を寸分も違わず理解してくれている。
 そんな人がいつも近くにいてくれるのは心強く思えた。
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