光のもとで1

葉野りるは

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第七章 つながり

23話

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「梓先生、最近道場に来ませんよね?」
 席を立ち上がり、篠宮先生に話しかけたのは加納先輩。
「あぁ、暇がない」
 篠宮先生はだるそうに書類をまとめだした。
「麗ちゃんが寂しがってるから来てよー」
「麗二とは三六五日家で会ってる。外に出てまで会う必要なし」
「くっ、相変わらずだなぁ~」
 ……知り合い?
 やり取りを見ていると、先生と生徒以上の何かを感じた。
「篠宮梓、旧姓藤宮梓。先生は藤宮の人間。加納の縁者、篠宮に嫁いで現在は篠宮梓。因みに、栞さんと姉さんの同級生」
 司先輩の補足説明にやっぱり、と思う。
 先輩から篠宮先生に視線を戻そうとしたら、いつの間にか私の前に立っていた
「付け加えるなら、湊が蹴った見合いを私が受けたってところかしらね? ったく、どんな手を使って会長を味方につけたんだか……」
 ぶつくさ言いながら悪態をつく。
「でも、麗二様はお優しいでしょう?」
 桃華さんが話しに加わって思い出す。
 すっかり忘れていたけれど、桃華さんは加納先輩と玲子先輩とは従兄妹関係なのだ。
「そうね、くじ運は悪くなかったかもしれないわ」
 ……くじ運。結婚にくじ運ってあるのかな?
 あ、違うかな……。お見合いだからくじ運なのだろうか……。
「先生方、今日は地下道から帰られますか? それとも地上から?」
 美都先輩が尋ねると、
「私は職員棟に迎えの車が来ているはずだから地上でかまわんよ」
 学園長の言葉に続き、校長先生も篠宮先生も「地上から」と答えた。
 この学園の地下には地下道なるものが存在するらしい。
 でも、さっきのステージ下を見たらあり得なくはないかな、と思った。
「じゃ、ステージごと下げるので、一度着席してください」
 美都先輩の指示に従い、みんな席に着く。
 今日何度目かの床の振動を足の裏に感じつつ、徐々に下がっていく視界を楽しんだ。
 けれどそれも束の間。
 さっきと同じ。身体が重い――
 重いというよりは力が少しずつ抜けていく気がする。
 気分的には床に力を吸い取られているような、そんな感じ。
 あぁ、これを重力というのだろうか……。
 あとは保健室まで戻るだけだし、気力でなんとかもつだろうか。
 逡巡していると、目の前がぼやけて見え暗くなり始める。
「ちょっとっっっ」
 この声は誰の声だったかな――


「でも、うまくいってるんでしょ? 良かったじゃない」
「ったく、あんたはちっとも変わらないわね? ま、結果的に、よ。結果的にいい相手と当たったかな、とは思ってる」
「篠宮麗二、顔もいいしね。娘、もう四歳だっけ?」
「そうよ、まどかの成長を見てると自分が老いるわけだわ、と痛感してるとこ。で、あんたは?」
「私? さぁ、どうかしらね」
「結婚ってそんなやなものでもなかったわよ?」
「くっ、梓の口からそんな言葉が聞けるとは思ってなかったわ」
「今年で三十でしょ? そろそろ賞味期限やばいんだからどうにかしなさいよ」
「何それ……女に賞味期限があってたまるかっ!」
「あるのよ~。っていうか、女なんてしょせん食べ物なんだから」
「ちょっと、そこに健全たる未成年が寝てることをお忘れずに」
「あぁ、御園生翠葉ね? ねぇ、あの子大丈夫なの? 自己紹介しただけだからどんな子なのか知らないけど、見るからに擦れてない子代表って印象の子じゃない」
「それね、擦れていない以上に性質悪いわよ。純粋培養ってほうがしっくりくる」
「そんな子があのメンバーの中になんでいるのよ」
「さぁね? そろそろ起きるころじゃないかしら?」
 これは湊先生と篠宮先生の会話だろうか……。
 ……ということは、ここは保健室?
 私、保健室まで歩いてこれたっけ……。
 どれだけ思い出そうとしても、自分の足でここまで歩いてきた記憶は見つからない。
 どこまで意識があっただろうか、と思い起こすも、ステージが下がり始めるあたりまでだ。
 目を開けると、一番最初に視界へ飛び込んできたのはクリーム色のカーテンと点滴パックだった。
 やっぱり保健室……。
 私、倒れたの……?
 携帯を取り出そうとしたら、カーテンがシャッ、と開いた。
「翠葉、起きたみたいね? 気分は?」
「……身体を起こしてみないことにはなんとも……」
「手を貸すからゆっくり起きなさい」
 左側から湊先生の介助を得て、ゆっくりと身体を起こした。
「……少し、くらくらします。っていうか、ふらふら、かな? 身体に力が入らない感じ」
「エネルギー不足ね。ずっと休んでたんだからこのくらいは仕方ないか。今五限の最中だけどまだ点滴終わらないから今日はこのあとの授業は休みなさい。あとでコンシェルジュに迎えに来るよう連絡入れておくから」
「あらこの子、ナンバーツーのマンションにいるの?」
 カーテンの隙間から篠宮先生が入ってきて、ベッドの足元に腰掛けた。
「話してなかったっけ? 今は静さんのゲストルームの住人よ」
「へぇ……あんな化け物みたいなのに気に入られちゃっただなんてご愁傷様」
 物言いは変わらないものの、桜林館で話したときよりも砕けた感じがした。
 なんというか、会話に温度がある感じ。
 それよりも、ナンバーツーや化け物って……。
 ひどい言われようだ。
「翠葉の場合はちょっと特殊よ。翠葉の両親と静さんが高校の同級生らしいの。それに加えて、パレスガーデンの建築設計、インテリアのチーム責任者なのよ」
「なるほどねぇ……両親も奇特な人間だったか」
 こういう物言いは藤宮一族の特色なのだろうか?
「何首傾げてるのよ」
 湊先生に小突かれる。
「いえ、話し方が湊先生と似てると思って……」
「「嬉しくないわね」」
 声がユニゾン……。
 ふたりは顔を見合わせて嫌そうな顔をした。
 さっきの会話からしても仲が悪いというわけではないのだろう。
「それにしても」と言葉を続けたのは篠宮先生で、その先の言葉に驚いた。
 まさか会話の途中でフルネームを呼ばれるとは思っていなくて。
「御園生翠葉、あんた大丈夫なの? あんなメンバーの中で」
 大丈夫、とは何に対してなのだろう。
 今の状況からすると、容態や体調と取るのが相応しい気がするけれど、先生は「あんなメンバーの中で」と口にした。
「あの……『大丈夫』はどこにかかるのでしょうか?」
「だから、あんなメンバーの中にいて潰されないかってことよ」
 潰れるとは優しさに押し潰されないか、ということ? それとも、勢いに押し潰されないか、ということ?
「……あの、何に潰されちゃうのでしょう?」
「ちょっと湊、この子本当に学年三位なの!? 未履修分野の課題を異例の速さでパスした超人っ!? 人間違えてたりしない!?」
 ……それは間違いなく私のことだと思うのだけれど、もしかして疑われているのだろうか。
「くっ、間違いなく翠葉よ。だから言ったでしょう? 純粋培養だって」
 湊先生が口にすると、褒め言葉なのかがわからなくなる。
「つまりはあんな常人らしくない人間の中に混ざっても大丈夫かってことよ」
 篠宮先生に改めて訊かれた。
 常人らしくない人間イコール生徒会メンバー……?
 話の流れ的にはそうだろう。
 確かに常人からは少し逸脱している感はあるけれど、それでもみんな優しくてあたたかい人たちだ。
 私が潰されてしまいそうな要素は見つからない。
「みんな個性的ですけど、優しくていい人たちですよ?」
「……なるほど、御園生翠葉も変人ということね」
 不服を申し立てたい気はするけれど、篠宮先生から見た生徒会メンバーとはどんなものなのだろう。
 不思議に思っていると、
「なーんか変なメンバーも増えたし、たまには生徒会に顔出すかなー?」
 つり目気味に見えなくもないべっ甲のメガネを外して胸ポケットにしまうと、藤宮先生が立ち上がった。
「そうよ、あんたサボりすぎ」
「っていうか、本当に忙しいのよ」
 話についていけないでいると、
「私、三年AB、二年のABクラスのみ英語教諭なの。それから生徒会顧問でもあり、学園規則委員長の肩書き持っているわけ」
「……それはお忙しそうですね」
 どのくらい忙しいのかは不明だ。でも、肩書きがいくつかあるのは大変なことだと思う。
「いっそがしいわよ~。だから、生徒会は秋斗に押し付けたんだけどね」
 あ……前に秋斗さんが言ってた顧問は別にいるけれど忙しい人、というのは篠宮先生のことだったのね。
 それに、湊先生張りの篠宮先生では押し付けられても文句は言えない気がした。
「ま、あんま無理しなさんな。病院での通信学習制度も早ければ二学期には使えるようになるわ」
 ありがたいことだとは思う。でも、受け入れられるかという問題は別。
 だって、まるで入院することが前提みたいに思えるから。
 たとえるならば、まだ誰も亡くなっていないのにお墓を用意する、みたいな気分。
「なんて顔してんのよ」
 今朝湊先生に言われたことと同じ言葉を篠宮先生に言われる。
「なんでもないです」
 それ以外になんて答えられただろう。
 もし、この気持ちを言葉に変換できたとしても、健康な人にはわかってもらえない気持ちだと思った。

 篠宮先生が出て行ってから、少し思考を巻き戻す。
「先生、私、ここまでどうやって来たのでしょう……」
「司が運んできたのよ。ステージが下降しているときに気絶したって言ってたわ。咄嗟に司が支えたから良かったものの、恐ろしく最悪な状況を考えれば、あんたステージの下に落ちていてもおかしくなかったのよ? もう少しまともな気の失い方習得したほうが身のためよ」
 そうは言われても、できれば気絶はしたくないわけで、そんな方法を会得する方法があるなら誰かに教えてもらいたいです――
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