光のもとで1

葉野りるは

文字の大きさ
308 / 1,060
Side View Story 07

01~04 Side 司 01話

しおりを挟む
 玄関でドアレバーを引く音が何度かした。それは途切れることなく続く。
 翠と御園生さんが不思議そうな顔をしてはいたけれど、俺と栞さんはドアの外に誰がいるのか予想がついていたと思う。
「俺が出ます」
 御園生さんが立ち上がると栞さんもそれに続く。
「翠葉ちゃん、大丈夫よ。このマンション、変な人は入ってこれないから」
 翠はというと、未だ続くガチャガチャという音に耳を傾けたままだった。
「びっくりすると泣き止むんだ?」
「あ……えと、ごめんなさい……?」
「別に謝らなくてもいいけど……」
 ただ――
「あまり無理はしてもらいたくない」
「なんだか……全部が無理なことに思えてきてどうしたらいいのか……」
 翠は色んなことを背負いこみすぎだと思う。間違いなく超過ならぬ積載オーバー。
 普通、自分に背負える積載量くらいは心得ているものだと思うけど、翠においては定かではない。
 翠は無理に笑おうと表情を繕った。
 ……そんなこと、しなくていいのに。
 そのとき、玄関から栞さんの声が聞こえてきた。
「美鳥さん、またやっちゃったのね」
「あー……そのようだ。申し訳ない」
 ハスキーな声の持ち主――対馬美鳥、ゲストルームの階下の住人だ。
「ずいぶんとお疲れみたいですね?」
「バカ兄貴たちが急に海外へ行くとか言い出すからだっ! こっちは締め切り前だというのにっ」
「もしよかったら、今日、うちでご飯を食べていきませんか? 食材が余ってるの」
「……栞くんが天使に見える……」
「あああ、ちょっとっ! ここで寝ないでくださいっ! 蒼くん、美鳥さんを奥に運んでもらってもいいかしら?」
「……了解です」
 美鳥さんが間違えてゲストルームのドアを開けようとするのはそう珍しいことではない。
 ドアの前を御園生さんが通り過ぎたとき、翠は目を見開いて抱えられている人間を見ていた。
「対馬美鳥さん、美しい鳥って書いてミトリ。この部屋の真下、八階の住人」
 そう伝えると、翠はなんとなく状況を察したようだ。
「ロッククライマーで物書き業をしている人」
 自分が持つ情報を追加すると、翠は俺を凝視していた。
 即ち、組み合わせがおかしいとでも思ったのだろう。
 口で説明するよりも現物を見せたほうが早いかもしれない。
「翠、少し立てる?」
「……あ、たぶん?」
「手を貸すから少し立って」
 いつもと同じようにゆっくりとした動作で立ち上がる。十二分に時間をかけて。
 でも、やっぱりだめなんだな……。
 立った瞬間、手に力がこめられた。
「せ――」
「いいから。それ、毎回言わなくてもいい。視界がクリアになったら声かけて」
 もう何度もこんなやり取りをした。そのたびに同じことを言わせるな……。
「視界クリアです」
「じゃ、こっち」
 窓際へ移動し、目の前の窓を開ける。
 外は生憎の雨降りで視界良好とは言えない。が、ライトアップされている部分は問題なく見える。
「……何を見ればいいのでしょう?」
「少し見づらいけど、駐車場の壁面が見えるだろ? あそこ、クライミングができるように作られてるんだ。だから傾斜が違う」
 指で指し示すと、翠は目を細めて駐車場の壁を注視した。
 もともとは普通の壁面だった。単なる箱といえなくもない壁面でクライミングができるようにしてくれと要望が出されたのはいつのことだったか……。
 確か、美鳥さんのご主人が存命中だったはず。
 費用の一切を対馬家が負担し、それが実現された。
「あれ、美鳥さんの要望で作られたらしい」
 ポカンと口を開けていた翠が首を傾げ、
「……なんだかすごい人なのね?」
 見せるものは見せたので、そのまま翠をベッドへと誘導した。
「年は姉さんや栞さんのひとつ上。言えることは独特な世界観を持った人」
 そこへ御園生さんが戻ってきた。
「女性であの筋肉、俺負けたかも」
 それはそうだろう。あの人は日々身体を鍛えているのだらから。
 このマンションで見かける率が一番高いのはトレーニングルームだ。次に駐車場の壁面。
 マンションの通路や一階のカフェラウンジで見かけるほうがよほど珍しい。
「翠葉は落ち着いたのか?」
 翠は苦笑しながら答える。
「少し落ち着いた、というよりは中断しただけかな。もう、頭がおかしくなりそう……」
 いや、それは勘弁してほしい。
「……すでにおかしいから、それ以上おかしくなるのはやめてほしいんだけど」
 真面目にお願いをすると、
「……それは嫌みですか?」
「いや、真面目に」
 冗談なわけがない。むしろ、これ以上おかしくなるというほうを冗談だと言ってほしい。
 これ以上おかしな思考回路を披露されても、自分に読み解ける気が一切しない。
 玄関で新たな音がすると、
「ただいまー!」
 海斗が大声をあげて帰ってきた。
「栞ちゃんっ、今日のご飯何っ?」
「おかえりなさい。今日はハンバーグよ」
「やりっ!」  海斗は跳んだ勢いで部屋に入ってきた。
 入ってくるなり、
「翠葉無事っ!?」
「え……?」
「……おまえ、その顔泣いてただろ? 何があった? 秋兄の仕業っ!?」
 海斗が手洗いうがいも済ませずに翠に近づこうとした。
「海斗ストップ……」
「あの、えと……その、キャパシティオーバー……かな」
 先に手洗いうがいを済ませてこい、そう言おうとしたら、
「襲われたりしなかったっ!?」
 少しは言葉を選べ――そう思いつつも俺は翠の反応を気にする。
 実のところ、俺もそれが気になってここへ来たのだから。
 翠は小さく口を開けフリーズしていた。
「……実際のところ、どうだったの?」
 海斗を押さえながら訊くと、翠はパタリと布団へ突っ伏した。
 そんな翠を見たからだろうか、言い出した海斗が強引に腕を首に回し、
「司……こういうことはデリケートな問題だからさぁ、やっぱ言えないと思うんだよねぇ……」
 などと言う。
 そのまま突っ伏している翠を苦笑で見つめていた御園生さんが、何かに気づき手を伸ばした。
「翠葉、首どうした?」
 御園生さんが髪を一房手に取ると、首に赤い痣のようなものが見えた。
 俺たちの視線が翠の首に集ると、
「「キスマークっっっ!?」」
 御園生さんと海斗が声を揃えた。
 俺は声を発することもできなかった。
 息を呑むとはこういうことを言うのかもしれない。
 うなじにキスマーク――こんなことをするのは秋兄しかいないだろう。
「やだっ、見ないでっ。みんな部屋から出ていってっっっ」
 首を押さえてベッドの上で蹲る翠の声は、絶叫に近いものがあった。
「……悪い、ふたりとも先に出ててもらえる?」
 御園生さんに言われて、俺と海斗は部屋を出た。
 後ろ手にドアを閉めるも、自分が呼吸をできているのかすらわからなかった。
「秋兄……最後まではしてないよな?」
 海斗がなんとも言えない表情で訊いてきたけど、訊かれても困る。
 むしろ、そんなことは訊いてくれるな――
しおりを挟む
感想 24

あなたにおすすめの小説

光のもとで2

葉野りるは
青春
一年の療養を経て高校へ入学した翠葉は「高校一年」という濃厚な時間を過ごし、 新たな気持ちで新学期を迎える。 好きな人と両思いにはなれたけれど、だからといって順風満帆にいくわけではないみたい。 少し環境が変わっただけで会う機会は減ってしまったし、気持ちがすれ違うことも多々。 それでも、同じ時間を過ごし共に歩めることに感謝を……。 この世界には当たり前のことなどひとつもなく、あるのは光のような奇跡だけだから。 何か問題が起きたとしても、一つひとつ乗り越えて行きたい―― (10万文字を一冊として、文庫本10冊ほどの長さです)

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

【完結】イケメンが邪魔して本命に告白できません

竹柏凪紗
青春
高校の入学式、芸能コースに通うアイドルでイケメンの如月風磨が普通科で目立たない最上碧衣の教室にやってきた。女子たちがキャーキャー騒ぐなか、風磨は碧衣の肩を抱き寄せ「お前、今日から俺の女な」と宣言する。その真意とウソつきたちによって複雑になっていく2人の結末とは──

遡ったのは君だけじゃない。離縁状を置いて出ていった妻ーー始まりは、そこからだった。

沼野 花
恋愛
夫と子供たちに、選ばれなかったイネス。 すべてを愛人に奪われ、彼女は限界を迎え、屋敷を去る。 だが、その先に待っていたのは、救いではなかった。 イネスを襲った、取り返しのつかない出来事。 変わり果てた現実を前に、 夫はようやく、自分が何を失ったのかを思い知る。 深い後悔と悲しみに苛まれながら、 失ったイネスの心を取り戻そうとする夫。 しかし、彼女の心はすでに、外の世界へと向かっていた。 贖罪を背負いながらもイネスを求め続ける夫。 そして、母の心を知っていく子供たち。 イネスが求める愛とは、 そして、幸せとは――。

愛された側妃と、愛されなかった正妃

編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。 夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。 連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。 正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。 ※カクヨムさんにも掲載中 ※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります ※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。

幼馴染が家出したので、僕と同居生活することになったのだが。

四乃森ゆいな
青春
とある事情で一人暮らしをしている僕──和泉湊はある日、幼馴染でクラスメイト、更には『女神様』と崇められている美少女、真城美桜を拾うことに……? どうやら何か事情があるらしく、頑なに喋ろうとしない美桜。普段は無愛想で、人との距離感が異常に遠い彼女だが、何故か僕にだけは世話焼きになり……挙句には、 「私と同棲してください!」 「要求が増えてますよ!」 意味のわからない同棲宣言をされてしまう。 とりあえず同居するという形で、居候することになった美桜は、家事から僕の宿題を見たりと、高校生らしい生活をしていくこととなる。 中学生の頃から疎遠気味だったために、空いていた互いの時間が徐々に埋まっていき、お互いに知らない自分を曝け出していく中──女神様は何でもない『日常』を、僕の隣で歩んでいく。 無愛想だけど僕にだけ本性をみせる女神様 × ワケあり陰キャぼっちの幼馴染が送る、半同棲な同居生活ラブコメ。

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

学園のアイドルに、俺の部屋のギャル地縛霊がちょっかいを出すから話がややこしくなる。

たかなしポン太
青春
【第1回ノベルピアWEB小説コンテスト中間選考通過作品】 『み、見えるの?』 「見えるかと言われると……ギリ見えない……」 『ふぇっ? ちょっ、ちょっと! どこ見てんのよ!』  ◆◆◆  仏教系学園の高校に通う霊能者、尚也。  劣悪な環境での寮生活を1年間終えたあと、2年生から念願のアパート暮らしを始めることになった。  ところが入居予定のアパートの部屋に行ってみると……そこにはセーラー服を着たギャル地縛霊、りんが住み着いていた。  後悔の念が強すぎて、この世に魂が残ってしまったりん。  尚也はそんなりんを無事に成仏させるため、りんと共同生活をすることを決意する。    また新学期の学校では、尚也は学園のアイドルこと花宮琴葉と同じクラスで席も近くなった。  尚也は1年生の時、たまたま琴葉が困っていた時に助けてあげたことがあるのだが……    霊能者の尚也、ギャル地縛霊のりん、学園のアイドル琴葉。  3人とその仲間たちが繰り広げる、ちょっと不思議な日常。  愉快で甘くて、ちょっと切ない、ライトファンタジーなラブコメディー! ※本作品はフィクションであり、実在の人物や団体、製品とは一切関係ありません。

処理中です...