光のもとで1

葉野りるは

文字の大きさ
359 / 1,060
第八章 自己との対峙

24話

しおりを挟む
 痛みがひどくなると、痛覚にしか神経が使われていないのではないか、と思うほど、ほかのことが何も考えられなくなる。自分が何を発しているのか、それすらもわからなくなる。
 十七歳になってようやく、自分に今余裕があるのかないのかを把握できるようになった。でも、それがわかったところでコントロールができるわけではない。
 湊先生が注射を打ってくれたあとのことはまったく覚えていなかった。気づいたら外が真っ暗という程度には時間が経っていたし、先生と栞さんの姿が見えなければお父さんの声も聞こえはしなかった。
 左手の点滴も抜針が済んでいる。キッチンからリズミカルは包丁の音が聞こえてくるところから察すると、お母さんが夕飯の支度をしているのだろう。蒼兄と唯兄は二階だろうか。
「……少し起きよう」
 あえて声に出して身体を起こす。軽い眩暈を感じつつ、ベッドサイドに置かれたお水を口にした。
 デスクに置かれたままのノートパソコンを起動させると、身に覚えのないソフトが起動される。
「……何?」
 ウィンドウの中には蒼兄と唯兄の名前があって、次々と文章が表示される。


蒼:起きたのか?
唯:痛みは? ご飯まであと少しみたいだけど


 これはなんだろう……。
 恐る恐るタイピングしてみると、自分の文字が画面上に表示された。


翠:おはようございます
翠:今はそんなに痛くないよ
翠:少し眩暈がするけど身体起こしたくて
蒼:パソコンは目にくるからあまり長時間はよくない
唯:あんちゃん、俺一日これに向かってるんですけど
蒼:それについてはノーコメント
翠:これ、なぁに?
蒼:チャットとかメッセンジャーって呼ばれる類
翠:ふーん……なんか文章で会話するのって変な気分ね?
翠:私、少し考えごとしたいからバイバイ


 そこで私はウィンドウを閉じ、メモ帳を立ち上げた。
 本当は真っ白な紙に書き出したかったけれど、今は右手に筆記用具を持つのもつらいから。それならパソコンを利用しようと思った。
 実際に打ってみて、タイピングのほうがまだ楽な気がする。
 蒼兄たちには考えごとと話したけれど、実際は頭の中を少し整理したかっただけ。
 私が今望んでいることと、何をどうしなくちゃいけないのか。それから周りの人のことも考えなくてはいけない。
 考えられるときに考えないと……。
 何を一番に優先させたいのか、させなくてはいけないのか。自分が譲れないものが何なのか。
 私はまだ大人目線のことなんて考えられはしないだろう。だから、本当のところはお父さんやお母さんが現場を抜けて家へ帰ってくることがどのくらい大変なのか、想像しかできない。でも、目一杯想像して誇大妄想するくらいがちょうどいいと思う。
 私が両親にかける心配と、両親が仕事で関わる人たちにかける迷惑はまるで違うものだから。
 私は想像をしなくてはいけない。私のどんな行為が誰にどんな迷惑を及ぼすのか。どこまで被害を及ぼすのか。そのうえで、わがままを言っていいのか悪いのか――
 こういうこと、相談できる誰かがいたらよかった。でも、誰もいないのが現状。
 私の周りは優しい人ばかりだから、そういう人たちの意見では意味がない。常に公平で、常に冷静で、私を甘やかさない人じゃないとだめ。
 そういう意味では静さんはそういう人かもしれなかった。けれど、忙しい人にこんな小さな相談ごとはできない。まずは自分の力で――
 何から考えたらいいだろう。……まずは自分がいる場所から考えよう。

 私がいられる場所は二ヵ所あった。自宅とマンションの二ヵ所。
 そのふたつのメリットデメリットを考えて自宅へ帰ってきたけれど、もう一度考えよう。
 自宅に戻ってきたのは本当に正しかったのか……。
 マンションは学校と病院に近い。湊先生や楓先生が近くにいる。ほかの人に会う機会も多い。
 けれども、秋斗さんがいる。正直、まだどう接したらいいのかがわからない。
 普通に接するのは難しい気がするけれど、マンションにいれば会う機会は多くなる。それに、今はこんな状態だからこそ体調を気遣われるのがつらい。
 自宅は自分の家だから落ち着く。ほかの人の介入が少ない分、人に気を遣わないですむ。会う人が限られているのも楽。基本的には痛みと対峙をすればいいだけ。でも、病院は遠くなるし学校には通えない。それから、蒼兄と唯兄、両親や栞さんだけに負担がかかる。

 これだけ見れば、自宅に帰ってきて正解だったと思える。気持ち的には自宅にいるほうが断然楽なのだ。
 人がたくさんいると、楽しいことも多い反面、その人たちを意識せずに生活をすることはできない。
 マンションでの暮らしは常に誰かの手を借りながらの生活だった。主には栞さんであり、司先輩や湊先生。時には美波さんやコンシェルジュの方たちにもお世話になってしまう。
 自宅なら差し出される手が限られる。その分、その手にかかる負担も大きくなる。
 それはわかっているけれど、それでも自宅の方が気持ちがとても楽……。

 両親は大好き。楽しそうに仕事をしている両親が好き。
 自分のせいで仕事に影響が出るようなことだけは避けたい。
 痛くてどうしようもないとき、完全に余裕がなくなったとき、私が言いたくない言葉を口にしてしまいそうだから側にいられると困る。
 蒼兄も大好き。
 私にばかり手がかかって蒼兄の時間が少なくなることが嫌。大学にはちゃんと通っていてほしい。それから、桃華さんと会う時間だってきちんと確保してほしい。
 唯兄も大好き。
 他人だけど兄妹で、一緒にいるのが苦にならない人。でも、病院に入ることを望んでいる気がする。それを勧められることが怖い。
 栞さんも大好き。でも、今は体調が心配。
 栞さんも優しい人だから――傷つけたくない。

 病院は嫌……。大嫌い。
 私はここにいたいけど、そうすることで必ず蒼兄と唯兄、それから栞さんには負担がかかる。
 ただ負担がかかるのではなく、集中して負担がかかる。今はお母さんがいるけれど、それも三、四日のこと。
 お母さんにとっては現場へ戻ることは本意ではないのだろう。たとえ現場に戻ったとしても心配はするのだろうし、ここに残ったとしても現場を気にするのだろう。
 けれども、仕事上ではたくさんの人とお金が動くと聞いた。私のせいで悪影響が出てしまうのは嫌。
 責任が私ではなくお母さんにくるのが嫌……。
 仕事と子どものどちらを取るのか、なんて選択をさせたら、たいていの親は子どもを取るのだろう。それはお母さんもお父さんも例に漏れず……。
 でもね、お母さん、お父さん。私は内臓疾患で痛みが出てるわけではないみたいだから、この痛みで死ぬことはないのよ。
 生死に関わるものではない――
 もちろん、そんな言葉はなんの救いにもならないし、誰を納得させることもできないのだろうけれど……。
 でも、私は死なないのだ。無くなりはしない。でも、仕事は違うでしょう?
 信頼や信用を失えば仕事は無くなるに違いない。だから、無くなる可能性があるものを優先してほしい。
 これも私のわがままで、エゴでしかないのかな――
しおりを挟む
感想 24

あなたにおすすめの小説

光のもとで2

葉野りるは
青春
一年の療養を経て高校へ入学した翠葉は「高校一年」という濃厚な時間を過ごし、 新たな気持ちで新学期を迎える。 好きな人と両思いにはなれたけれど、だからといって順風満帆にいくわけではないみたい。 少し環境が変わっただけで会う機会は減ってしまったし、気持ちがすれ違うことも多々。 それでも、同じ時間を過ごし共に歩めることに感謝を……。 この世界には当たり前のことなどひとつもなく、あるのは光のような奇跡だけだから。 何か問題が起きたとしても、一つひとつ乗り越えて行きたい―― (10万文字を一冊として、文庫本10冊ほどの長さです)

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

【完結】イケメンが邪魔して本命に告白できません

竹柏凪紗
青春
高校の入学式、芸能コースに通うアイドルでイケメンの如月風磨が普通科で目立たない最上碧衣の教室にやってきた。女子たちがキャーキャー騒ぐなか、風磨は碧衣の肩を抱き寄せ「お前、今日から俺の女な」と宣言する。その真意とウソつきたちによって複雑になっていく2人の結末とは──

遡ったのは君だけじゃない。離縁状を置いて出ていった妻ーー始まりは、そこからだった。

沼野 花
恋愛
夫と子供たちに、選ばれなかったイネス。 すべてを愛人に奪われ、彼女は限界を迎え、屋敷を去る。 だが、その先に待っていたのは、救いではなかった。 イネスを襲った、取り返しのつかない出来事。 変わり果てた現実を前に、 夫はようやく、自分が何を失ったのかを思い知る。 深い後悔と悲しみに苛まれながら、 失ったイネスの心を取り戻そうとする夫。 しかし、彼女の心はすでに、外の世界へと向かっていた。 贖罪を背負いながらもイネスを求め続ける夫。 そして、母の心を知っていく子供たち。 イネスが求める愛とは、 そして、幸せとは――。

愛された側妃と、愛されなかった正妃

編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。 夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。 連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。 正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。 ※カクヨムさんにも掲載中 ※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります ※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。

幼馴染が家出したので、僕と同居生活することになったのだが。

四乃森ゆいな
青春
とある事情で一人暮らしをしている僕──和泉湊はある日、幼馴染でクラスメイト、更には『女神様』と崇められている美少女、真城美桜を拾うことに……? どうやら何か事情があるらしく、頑なに喋ろうとしない美桜。普段は無愛想で、人との距離感が異常に遠い彼女だが、何故か僕にだけは世話焼きになり……挙句には、 「私と同棲してください!」 「要求が増えてますよ!」 意味のわからない同棲宣言をされてしまう。 とりあえず同居するという形で、居候することになった美桜は、家事から僕の宿題を見たりと、高校生らしい生活をしていくこととなる。 中学生の頃から疎遠気味だったために、空いていた互いの時間が徐々に埋まっていき、お互いに知らない自分を曝け出していく中──女神様は何でもない『日常』を、僕の隣で歩んでいく。 無愛想だけど僕にだけ本性をみせる女神様 × ワケあり陰キャぼっちの幼馴染が送る、半同棲な同居生活ラブコメ。

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

学園のアイドルに、俺の部屋のギャル地縛霊がちょっかいを出すから話がややこしくなる。

たかなしポン太
青春
【第1回ノベルピアWEB小説コンテスト中間選考通過作品】 『み、見えるの?』 「見えるかと言われると……ギリ見えない……」 『ふぇっ? ちょっ、ちょっと! どこ見てんのよ!』  ◆◆◆  仏教系学園の高校に通う霊能者、尚也。  劣悪な環境での寮生活を1年間終えたあと、2年生から念願のアパート暮らしを始めることになった。  ところが入居予定のアパートの部屋に行ってみると……そこにはセーラー服を着たギャル地縛霊、りんが住み着いていた。  後悔の念が強すぎて、この世に魂が残ってしまったりん。  尚也はそんなりんを無事に成仏させるため、りんと共同生活をすることを決意する。    また新学期の学校では、尚也は学園のアイドルこと花宮琴葉と同じクラスで席も近くなった。  尚也は1年生の時、たまたま琴葉が困っていた時に助けてあげたことがあるのだが……    霊能者の尚也、ギャル地縛霊のりん、学園のアイドル琴葉。  3人とその仲間たちが繰り広げる、ちょっと不思議な日常。  愉快で甘くて、ちょっと切ない、ライトファンタジーなラブコメディー! ※本作品はフィクションであり、実在の人物や団体、製品とは一切関係ありません。

処理中です...