光のもとで1

葉野りるは

文字の大きさ
376 / 1,060
Side View Story 08

27~28 Side 司 01話

しおりを挟む
 最近は、藤山の家へは帰らず姉のマンションに帰ってきていた。
 理由は明快。こっちに帰ってくるほうが翠の情報を入手しやすいから。
「明日、午前中だけ翠葉が出てくるわ」
「ふーん……」
「海斗にも言ってあるけど、あんたもフォロー頼むわよ?」
「……俺、学年違うけど?」
「まぁね……。それに、翠葉のクラスなら何も言わなくてもしっかりフォローしてくれるんでしょうけど」
 言いながら、意味深な視線を俺によこす。
「何……」
「別に? あんたが手助けしたくてしょうがないんじゃないかと思って」
 姉さんは面白そうに口にする。それがわかった途端に姉さんの相手をするのが面倒になり、
「そろそろ寝たほうがいいんじゃないの?」
 時計に視線を向けると、
「あら本当。美肌のゴールデンタイムが刻々と減っていくわ」
 姉さんはソファから離脱して寝室へ向かった。
「明日、翠が学校へ来る――」


 海斗たちが問題なくフォローするであろうことはわかっていた。けど、翠に会いたいという自我には勝てず、結果こうして翠が廊下に出てくるのを待っている。
 海斗と簾条あたりが付き添っているかと思いきや、海斗ひとりだった。
 ドアを閉める瞬間に簾条と目が合った。悠然と笑みを浮かべる様がむかつく。
 たぶん、俺がここで待っているのを予想していたのだろう。
 内心、舌打ちをしたい気持ちで翠の腕を取る。その腕が、ずいぶんと細くて驚いた。一瞬、腕と手首を間違えたかと思うほど。
「ふたりとも、ごめんなさい。本当は自習したい時間なのに……」
 翠が申し訳なさそうに眉をひそめる。
「俺は問題ない」
 海斗も似たり寄ったりの返事をすると、翠はほんの少し笑みを見せた。
「それより、翠……食べられているのか?」
「……かろうじて、かな」
「……そう」
 嘘を隠すのが下手過ぎる。あまりにもバレバレな嘘で、その先を訊く気にはならなかった。
 何より、この腕の細さが物語っている。
 ストールをしているから、見た目にはあまりわからないとはいえ、掴んでしまえば目くらましはきかない。
 さらには、翠はこの暑い中、長い髪を下ろしたままでいる。
 気温のことは関係なく、ただ顔を晒したくないだけのような気がした。
 髪が隠すその頬は、こけているのではないだろうか。
 そうは思いつつも、確認するほどにじっとは見ることができなかった。

 翠を保健室に送り届けると、行きの倍以上の速さで俺たちは歩く。それが俺たちの普段の速度。翠の歩みは、一般的なそれとはずいぶんと異なった。
「翠葉、かなり痩せたな……」
「あぁ……」
「今日の授業に出たら、今学期はもう登校してこないって桃華が言ってた」
「そう」
「湊ちゃんから何か聞いてる?」
「いや」
 そんな会話をしただけで二階に着いてしまう。
「次、佐野が迎えに行く予定」
「……わかった」
 階段を上がりながら考える。
 翠は今ごろ頃点滴を打たれていることだろう。けれど、五〇〇ミリリットルを落とすのには時間が足りない。時間から考えれば二〇〇ミリリットルかと思う。でも、あの状態の翠には五〇〇は必要。だとしたら……姉さんのことだ、点滴をさせたままクラスへ戻すだろう。
「司ー! 次の授業自習だって!」
 教室で嵐に情報をもらう。
 自習、か……。
「……抜け出すか」
「なんか言った?」
 尋ねられて、「何も」と返す。
 俺は自習のプリントを終わらせると、終業チャイムが鳴る十二分前に席を立った。
「は? 司どこ行くん?」
 ケンに尋ねられ、
「野暮用」
「あぁ、トイレか」
 とくに訂正はしなかった。

 廊下に出ると、授業中ということもあり人の気配はなかった。
 自分の歩く音だけが廊下に響く。すると、巡回している警備員が渡り廊下からやってきた。相手は軽く会釈をしたが、俺は目を合わせることなく無視を決め込む。
 礼をされる関係ではない。俺は藤宮の人間ではあるが、警備員の上司でもなければなんの関係も持たない。
 なんで一学生に礼なんてするんだか……。
 俺を藤宮の人間と意識してこその行動だとは思うが、バカらしくて何を言う気にもならない。
 きっとあの警備員はまだ配属先が決まっていない新人だろう。
 ここ藤宮学園は会長本宅の膝元といえる場所なだけに、ジョブランクの低い人間が配属される場所ではない。が、その一方、現場適正の最終判断をする場になっていることも事実。
 この場所で秋兄が仕事をしているのは、最終判断を下すという意味合いもあるらしいけど、全部後付けの理由に思えた。
 自分が学校でのんびり仕事をしたいがために、そんな仕事を請け負った。きっと、そんなところ。
 軽くノックをしてから保健室に入ると、
「あら、気が利くじゃない」
「点滴したまま戻すつもりでしょ」
「大当たり」
「翠、嫌がったんじゃないの?」
「ま、いい顔はしなかった。でも、拒否もしなかったわ。自分の状態は自分が一番よくわかってるんでしょ」
 姉さんは何事もなかったようにノートパソコンに視線を落とす。
 カーテンの隙間から中に入ると、青白い頬を露にした翠が寝ていた。
 血色なんてものは欠片もない。小さな寝息だけが、翠が生きていることを教えてくれる。
 時計を目にすれば終業チャイムの十分前。どう起こそうか躊躇った。
 身体に触れたら痛みが走るかもしれない。しかし、声をかけてびっくりさせるのも忍びない。
 最終的に思いついたのは頬をつつくことくらいだった。
 指先でつついた頬は、少しのぬくもりも感じず冷たいものだった。思わず、自分の手の体温を分けたくなるほどに。
 翠は、「ん……」と一度身じろぎ目を開ける。
「……司先輩?」
「そう。あと十分で終業チャイムが鳴る。その前に教室まで移動」
 点滴スタンドをカーテンの外に出したものの、翠はまだ目を白黒とさせている。
「今、授業中ですか?」
「そう。……うちのクラス自習だから」
「なかなか気が利く弟でしょ?」
 姉さんが会話に加わると、翠はようやく身体を起こした。

 かまいたがる姉さんを無視して保健室を出ると、今度は足音ではなく、点滴スタンドを転がす音が不規則に響いた。不規則な原因は、翠が左足をかばうように歩いているから。
 痛みは足にも出ているのか……?
 浮かび上がった疑問を明確にしたい気はした。でも、尋ねることはできなかった。
 翠が、あまりにも必死に歩いていたから。
 階段に差し掛かると、
「先輩、ありがとうございます」
「礼を言われるほどのことはしてない」
「でも、ありがとうございます……」
「何度も言わなくていい」
「でも、ありがとうございます……」
「……何度言ったら気が済むの?」
「……何度言っても足りない気がするから、何度も言いたいんです」
 そうして何度言われたところで返せる言葉がレパートリーに富むことはない。
 俺は足を止め、ため息をひとつつく。
「俺はそのたびに返事をしなくちゃいけないんだけど」
 別にかまわないけど、そんな様は傍から見たらバカっぽいと思う。
「先輩、ひとつ謝罪」
「何」
 自分、謝られるようなことをされた覚えはないけど……。
「先輩は格好いいけど意地悪、じゃなくて、格好良くてすごく優しい人、です」
 それはあまりにも不意打ちで、俺は目を見開き言葉を発することができずにいた。
「……先輩?」
 若干顔が熱かった。それを隠すために下を向いて早くも後悔。
 こんな行動とったら、どんな言い訳をすればいいんだか……。
 ふと目に入ったのは今上がってきたばかりの階段。俺は、その階段を静かに振り返った。
「それはつまり……氷の女王撤回ってことでいいのか?」
 俺は俺なりに階段を上がれているのだろうか。
「……そうですね。でも、あれは氷の女王スマイルだと思いますよ?」
 そんな会話をしていると終業チャイムが鳴り、教室の前のドアから佐野が出てきた。
 佐野は不思議そうな視線を俺に向けていたけれど、何を問うことも許さず点滴スタンドを押し付ける。そして、翠が教室へ足を踏み入れたのを確認してから教室のドアを閉めた。

 三階へ続く階段を上る前に、今上がってきたばかりの階段に目をやる。
 俺は翠の中でどのあたりにいるのだろう……。
 翠が歩く速度のようにゆっくりでかまわない。少しずつでいいから、翠に寄り添えたらそれでいい。

 教室に戻ると、
「長いトイレだったな」
 ケンに声をかけられた。
「お腹壊してるの?」
 嵐は心配そうに俺を振り返る。
 そこで、「保健室に行ってきた」とだけ答える俺は捻くれているのだろうか。
しおりを挟む
感想 24

あなたにおすすめの小説

光のもとで2

葉野りるは
青春
一年の療養を経て高校へ入学した翠葉は「高校一年」という濃厚な時間を過ごし、 新たな気持ちで新学期を迎える。 好きな人と両思いにはなれたけれど、だからといって順風満帆にいくわけではないみたい。 少し環境が変わっただけで会う機会は減ってしまったし、気持ちがすれ違うことも多々。 それでも、同じ時間を過ごし共に歩めることに感謝を……。 この世界には当たり前のことなどひとつもなく、あるのは光のような奇跡だけだから。 何か問題が起きたとしても、一つひとつ乗り越えて行きたい―― (10万文字を一冊として、文庫本10冊ほどの長さです)

静かに過ごしたい冬馬君が学園のマドンナに好かれてしまった件について

おとら@ 書籍発売中
青春
この物語は、とある理由から目立ちたくないぼっちの少年の成長物語である そんなある日、少年は不良に絡まれている女子を助けてしまったが……。 なんと、彼女は学園のマドンナだった……! こうして平穏に過ごしたい少年の生活は一変することになる。 彼女を避けていたが、度々遭遇してしまう。 そんな中、少年は次第に彼女に惹かれていく……。 そして助けられた少女もまた……。 二人の青春、そして成長物語をご覧ください。 ※中盤から甘々にご注意を。 ※性描写ありは保険です。 他サイトにも掲載しております。

【完結】イケメンが邪魔して本命に告白できません

竹柏凪紗
青春
高校の入学式、芸能コースに通うアイドルでイケメンの如月風磨が普通科で目立たない最上碧衣の教室にやってきた。女子たちがキャーキャー騒ぐなか、風磨は碧衣の肩を抱き寄せ「お前、今日から俺の女な」と宣言する。その真意とウソつきたちによって複雑になっていく2人の結末とは──

幼馴染が家出したので、僕と同居生活することになったのだが。

四乃森ゆいな
青春
とある事情で一人暮らしをしている僕──和泉湊はある日、幼馴染でクラスメイト、更には『女神様』と崇められている美少女、真城美桜を拾うことに……? どうやら何か事情があるらしく、頑なに喋ろうとしない美桜。普段は無愛想で、人との距離感が異常に遠い彼女だが、何故か僕にだけは世話焼きになり……挙句には、 「私と同棲してください!」 「要求が増えてますよ!」 意味のわからない同棲宣言をされてしまう。 とりあえず同居するという形で、居候することになった美桜は、家事から僕の宿題を見たりと、高校生らしい生活をしていくこととなる。 中学生の頃から疎遠気味だったために、空いていた互いの時間が徐々に埋まっていき、お互いに知らない自分を曝け出していく中──女神様は何でもない『日常』を、僕の隣で歩んでいく。 無愛想だけど僕にだけ本性をみせる女神様 × ワケあり陰キャぼっちの幼馴染が送る、半同棲な同居生活ラブコメ。

みんなの女神サマは最強ヤンキーに甘く壊される

けるたん
青春
「ほんと胸がニセモノで良かったな。貧乳バンザイ!」 「離して洋子! じゃなきゃあのバカの頭をかち割れないっ!」 「お、落ちついてメイちゃんっ!? そんなバットで殴ったら死んじゃう!? オオカミくんが死んじゃうよ!?」 県立森実高校には2人の美の「女神」がいる。 頭脳明晰、容姿端麗、誰に対しても優しい聖女のような性格に、誰もが憧れる生徒会長と、天は二物を与えずという言葉に真正面から喧嘩を売って完膚なきまでに完勝している完全無敵の双子姉妹。 その名も『古羊姉妹』 本来であれば彼女の視界にすら入らないはずの少年Bである大神士狼のようなロマンティックゲス野郎とは、縁もゆかりもない女の子のはずだった。 ――士狼が彼女たちを不審者から助ける、その日までは。 そして『その日』は突然やってきた。 ある日、夜遊びで帰りが遅くなった士狼が急いで家へ帰ろうとすると、古羊姉妹がナイフを持った不審者に襲われている場面に遭遇したのだ。 助け出そうと駆け出すも、古羊姉妹の妹君である『古羊洋子』は助けることに成功したが、姉君であり『古羊芽衣』は不審者に胸元をザックリ斬りつけられてしまう。 何とか不審者を撃退し、急いで応急処置をしようと士狼は芽衣の身体を抱き上げた……その時だった! ――彼女の胸元から冗談みたいにバカデカい胸パッドが転げ落ちたのは。 そう、彼女は嘘で塗り固められた虚乳(きょにゅう)の持ち主だったのだ! 意識を取り戻した芽衣(Aカップ)は【乙女の秘密】を知られたことに発狂し、士狼を亡き者にするべく、その場で士狼に襲い掛かる。 士狼は洋子の協力もあり、何とか逃げることには成功するが翌日、芽衣の策略にハマり生徒会に強制入部させられる事に。 こうして古羊芽衣の無理難題を解決する大神士狼の受難の日々が始まった。 が、この時の古羊姉妹はまだ知らなかったのだ。 彼の蜂蜜のように甘い優しさが自分たち姉妹をどんどん狂わせていくことに。 ※【カクヨム】にて編掲載中。【ネオページ】にて序盤のみお試し掲載中。【Nolaノベル】【Tales】にて完全版を公開中。 イラスト担当:さんさん

学園のアイドルに、俺の部屋のギャル地縛霊がちょっかいを出すから話がややこしくなる。

たかなしポン太
青春
【第1回ノベルピアWEB小説コンテスト中間選考通過作品】 『み、見えるの?』 「見えるかと言われると……ギリ見えない……」 『ふぇっ? ちょっ、ちょっと! どこ見てんのよ!』  ◆◆◆  仏教系学園の高校に通う霊能者、尚也。  劣悪な環境での寮生活を1年間終えたあと、2年生から念願のアパート暮らしを始めることになった。  ところが入居予定のアパートの部屋に行ってみると……そこにはセーラー服を着たギャル地縛霊、りんが住み着いていた。  後悔の念が強すぎて、この世に魂が残ってしまったりん。  尚也はそんなりんを無事に成仏させるため、りんと共同生活をすることを決意する。    また新学期の学校では、尚也は学園のアイドルこと花宮琴葉と同じクラスで席も近くなった。  尚也は1年生の時、たまたま琴葉が困っていた時に助けてあげたことがあるのだが……    霊能者の尚也、ギャル地縛霊のりん、学園のアイドル琴葉。  3人とその仲間たちが繰り広げる、ちょっと不思議な日常。  愉快で甘くて、ちょっと切ない、ライトファンタジーなラブコメディー! ※本作品はフィクションであり、実在の人物や団体、製品とは一切関係ありません。

ヤンデレ美少女転校生と共に体育倉庫に閉じ込められ、大問題になりましたが『結婚しています!』で乗り切った嘘のような本当の話

桜井正宗
青春
 ――結婚しています!  それは二人だけの秘密。  高校二年の遙と遥は結婚した。  近年法律が変わり、高校生(十六歳)からでも結婚できるようになっていた。だから、問題はなかった。  キッカケは、体育倉庫に閉じ込められた事件から始まった。校長先生に問い詰められ、とっさに誤魔化した。二人は退学の危機を乗り越える為に本当に結婚することにした。  ワケありヤンデレ美少女転校生の『小桜 遥』と”新婚生活”を開始する――。 *結婚要素あり *ヤンデレ要素あり

学校一の美人から恋人にならないと迷惑系Vtuberになると脅された。俺を切り捨てた幼馴染を確実に見返せるけど……迷惑系Vtuberて何それ?

宇多田真紀
青春
学校一の美人、姫川菜乃。 栗色でゆるふわな髪に整った目鼻立ち、声質は少し強いのに優し気な雰囲気の女子だ。 その彼女に脅された。 「恋人にならないと、迷惑系Vtuberになるわよ?」 今日は、大好きな幼馴染みから彼氏ができたと知らされて、心底落ち込んでいた。 でもこれで、確実に幼馴染みを見返すことができる! しかしだ。迷惑系Vtuberってなんだ?? 訳が分からない……。それ、俺困るの?

処理中です...