光のもとで1

葉野りるは

文字の大きさ
510 / 1,060
第十一章 トラウマ

08話

しおりを挟む
 廊下に出ると、ツカサはいつもみたいに少しの反動でドアから離れる。
 その瞬間がちょっと好き……。
 目が合えば、「遅い」と一言。待たせたうえに忘れていたとは言えない。ここはしっかり頭を下げて謝っておこう。
「ごめんなさい」
「……頭を下げられるほど怒ってない」
 ツカサはスタスタと歩きだした。その後ろ姿を追うと、
「さっき何話して――やっぱなんでもない」
 ツカサが言いかけてやめるのは、ものすごくらしくない。
「さっき、何……?」
「いや……何話してたのかと思って。後ろで海斗や簾条が俺を見て笑ってたから」
 河野くんとの会話のことかな……?
 私は桃華さんたちに背を向けた状態で話していたため、みんなが笑っていたことは知らなかった。
「河野くんがね、ツカサと付き合い始めたのかって訊くから、違うよって話をしていたの。名前を呼び捨てにするとそう思われるものなの?」
「……さぁ」
「ツカサ先輩に戻したほうがいいのかな?」
 瞬時にツカサの歩く速度が上がった。
「ちょっと待ってっ! 足の長さが違うんだからそのあたり考慮してよっ」
 一年A組の前を通り過ぎ、テラスへと続くドアを目の前にしてツカサがピタリと足を止めた。
「何?」
「ルート間違えた」
「え?」
 間違えたって……テラスに出てそのまま歩いていけば図書棟のはずだけど……。
「いいから、こっち……」
 校舎内の階段を下りて一階に着くと、桜林館の外周廊下へと歩みを進める。
 屋外へ出ると、むわっとした空気に呑まれる。
 さっき保健室から教室へ戻る途中に感じた、昇降口付近の熱気よりも数倍熱い感じ。
 始業式前はもう少し涼しかった気がするんだけどな……。
「あ――二階のテラスはもっと暑かったよねっ?」
 少し前を歩くツカサに追いついて顔を見上げると、
「たぶんね……。別に翠のためじゃない、俺だって暑いよりは涼しいほうがいい」
 ツカサは私が言う前に答えをくれることが多い。時に、言いたいことを言わせてもらえないというか……。
「ありがとうくらい言わせてくれてもいいのに……」
「あぁ、それなら今からでもかまわないけど?」
 シニカルな笑みを浮かべる様はちっとも残念がってないし、むしろ楽しそう……。
 そんなツカサの表情を見るのは久しぶりな気がした。

「司くんっっっ」
 突如、目の前に数人の女子が躍り出た。
 本当はもっと違う現れ方だったのかもしれないけれど、ツカサの顔を見ていた私には突然現れたようにしか見えなかった。
「何か用?」
 面倒くさそうにツカサが応じると、
「夏休みに毎日図書館でデートしてたって……本当なの?」
 一年生は「司くん」とは話しかけないだろう。そこからすると、この人たちは二年生か三年生。
 うちの学校は防犯の一環として、校章や制服では学年がわからないようになっているため、身なりを見ても、藤宮の生徒であることしか確認できない。それ以上を求める場合は学生証が必要になる。
「その場を見ていた人間がいるなら、デートとは思わないはずだけど? それに毎日じゃない」
 ツカサは端的に答えた。
 図書館でデート――思い当たることはひとつ。家庭教師、だ。
 夏休み最後に宿題を教えてもらう際、「このくらいならまだ教えられる」とツカサが漏らした。
 その言葉が何を意味するのかと尋ねたら、珍しくひとりの女の子のことを愚痴りだした。
 前の日に教えたものを翌日には忘れいている最悪な頭の持ち主だとか、宿題もやらなければ予習復習もしてこない、教わる姿勢が全く見えない云々――
 どうやら、おうちの関係で蔑ろにはできない女の子の家庭教師を期間限定ですることになった、とそんな話だったと思う。
「でも、確かめた人なんていないし……。噂、すごく広まっているし……」
 と、左端の先輩が口にする。
「噂をいちいち確認しに来られるのは迷惑だ。でも……何をどう思われてもかまわないけど、アレだけは噂で勘違いされるのも不愉快」
 そう言うと、ツカサはスタスタと歩くことを再開した。
「えっ? ツカサっ!?」
 置き去りにされそうになって慌てて追いかける。
「なんでこんなことまでいちいち訊かれなくちゃいけないんだっ」
 ツカサの機嫌は最高潮に悪そうだ。さっきの不機嫌なんてかわいすぎる。今の不機嫌度合いは全然かわいくない。むしろ怖い。
 でも、あんな言い方しなくてもいいのにな……。
「だいたいにして、あんな人間と二度と会うかっ」
 吐き捨てると同時、図書棟の一階に着きエレベーターに乗り込んだ。
 このエレベータは本来生徒が使っていいものではない。でも、ツカサが迷わずに乗り込んだから私もあとに続く。
 マンションのエレベーターよりも格段に狭い四角い箱。ふわん、とエレベーター特有の浮遊感を感じたとき、
「さっきの先輩たちは知りたかっただけだと思うよ? ……普通に、期間限定家庭教師、って教えてあげたら良かったのに……」
「……翠、課題テストや全国模試の準備できてるのか? もしできてないなら、俺が面倒見るけど?」
 にこりと笑ったこの人は、間違いなく氷の女王だと思うの――

 図書室にはまだ誰も来ていなかった。
「今日は何をするの?」
 生徒会役員になってからというもの、こういう場に自分が参加するのは初めてのことだと思う。
 生徒総会のときも、私は準備に携わらなかった。当日は誘導されるままに動いて、渡された資料を読み上げたのみ。
 そのため、ここでどんな仕事をするのか、私には未知の領域だった。
「今日は二学期にある行事に関する打ち合わせ。全国模試と課題テストが終わったあと、二十四日には球技大会がある。それ自体は学期ごとに必ずあるイベントだから準備することは少ない。十月の中間考査が終わると月末には紅葉祭がある。そっちはハロウィンパーティーとも絡めるから決めることもそれなりにある。今日話し合うのは紅葉祭に関することだろうな」
 ツカサがパソコンを立ち上げていると、カウンター奥のドアが開き、秋斗さんが出てきた。
 本当にここでお仕事をしているのね……。
 話には聞いていたけれど、なんだかしっくりとこなかったのだ。
「翠葉ちゃん、こんにちは」
「こんにちは」
「体調は大丈夫?」
「はい。秋斗さんはこれからお出かけですか?」
 手にはアタッシュケースとスーツの上着を持っていた。
「これから本社で会議があるんだ。それさえなければ翠葉ちゃんをお茶に誘うんだけどね」
 クスリ、と笑う笑顔が甘い。声も甘い。
 甘いは秋斗さんの標準装備。
 秋斗さんの背後で大きなスライドドアが静かに閉まる。
 ドアの入り口には認証システムらしきものがついているけれど、ほかに鍵はついていないみたい。
「どうかした?」
「あ……アナログの鍵はないんだな、と思って……」
 さっき図書室に入るときは指紋認証で入るとツカサが教えてくれた。それまではカードキーだったことも教えてくれた。
「ここに入るには声紋認証と指紋認証、網膜認証が必要。俺が中にいればインターホンっていう手もあるけどね」
 秋斗さんは、ドア脇にあるカメラ付きインターホンを指差した。
 アナログの鍵はなかったけれど、やっぱり見た目どおりの厳重セキュリティだった。
「その先は未知の空間ですね?」
 私の言葉を秋斗さんは笑う。
「そうでもないかもよ?」
 どういう意味だろう……?
「今度、未知の空間に招待するよ。じゃ、司、あとの戸締りは頼む。俺が戻るのは六時を回るから」
 秋斗さんはツカサに戸締りをお願いして図書室を出た。
「ねぇ、ツカサ……? どうして戸締りがツカサなの?」
「雇われてるから」
「え……?」
「俺のバイト先、そこだから」
 ツカサは未知の空間を指差した。
「そういえば、昇さんが秋斗さんのところでお仕事お手伝いしてるって言ってた……」
「それ」
「戸締りがお仕事?」
 ツカサはパソコンのタイピングをやめてこちらを見る。
「そんなわけないだろ? ほかの仕事のついでが戸締り。別に毎日じゃないし、秋兄がいれば俺がやる必要はない」
 そう答えてから、また黙々とパソコンに向かってキーを打ち始めた。
 その数分後、海斗くんと桃華さん、サザナミくんが入ってきた。
 一度ドアが閉まり、またすぐに開いて二年メンバーと三年メンバー全員が揃った。
しおりを挟む
感想 24

あなたにおすすめの小説

光のもとで2

葉野りるは
青春
一年の療養を経て高校へ入学した翠葉は「高校一年」という濃厚な時間を過ごし、 新たな気持ちで新学期を迎える。 好きな人と両思いにはなれたけれど、だからといって順風満帆にいくわけではないみたい。 少し環境が変わっただけで会う機会は減ってしまったし、気持ちがすれ違うことも多々。 それでも、同じ時間を過ごし共に歩めることに感謝を……。 この世界には当たり前のことなどひとつもなく、あるのは光のような奇跡だけだから。 何か問題が起きたとしても、一つひとつ乗り越えて行きたい―― (10万文字を一冊として、文庫本10冊ほどの長さです)

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

【完結】イケメンが邪魔して本命に告白できません

竹柏凪紗
青春
高校の入学式、芸能コースに通うアイドルでイケメンの如月風磨が普通科で目立たない最上碧衣の教室にやってきた。女子たちがキャーキャー騒ぐなか、風磨は碧衣の肩を抱き寄せ「お前、今日から俺の女な」と宣言する。その真意とウソつきたちによって複雑になっていく2人の結末とは──

愛された側妃と、愛されなかった正妃

編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。 夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。 連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。 正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。 ※カクヨムさんにも掲載中 ※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります ※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。

遡ったのは君だけじゃない。離縁状を置いて出ていった妻ーー始まりは、そこからだった。

沼野 花
恋愛
夫と子供たちに、選ばれなかったイネス。 すべてを愛人に奪われ、彼女は限界を迎え、屋敷を去る。 だが、その先に待っていたのは、救いではなかった。 イネスを襲った、取り返しのつかない出来事。 変わり果てた現実を前に、 夫はようやく、自分が何を失ったのかを思い知る。 深い後悔と悲しみに苛まれながら、 失ったイネスの心を取り戻そうとする夫。 しかし、彼女の心はすでに、外の世界へと向かっていた。 贖罪を背負いながらもイネスを求め続ける夫。 そして、母の心を知っていく子供たち。 イネスが求める愛とは、 そして、幸せとは――。

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

幼馴染が家出したので、僕と同居生活することになったのだが。

四乃森ゆいな
青春
とある事情で一人暮らしをしている僕──和泉湊はある日、幼馴染でクラスメイト、更には『女神様』と崇められている美少女、真城美桜を拾うことに……? どうやら何か事情があるらしく、頑なに喋ろうとしない美桜。普段は無愛想で、人との距離感が異常に遠い彼女だが、何故か僕にだけは世話焼きになり……挙句には、 「私と同棲してください!」 「要求が増えてますよ!」 意味のわからない同棲宣言をされてしまう。 とりあえず同居するという形で、居候することになった美桜は、家事から僕の宿題を見たりと、高校生らしい生活をしていくこととなる。 中学生の頃から疎遠気味だったために、空いていた互いの時間が徐々に埋まっていき、お互いに知らない自分を曝け出していく中──女神様は何でもない『日常』を、僕の隣で歩んでいく。 無愛想だけど僕にだけ本性をみせる女神様 × ワケあり陰キャぼっちの幼馴染が送る、半同棲な同居生活ラブコメ。

学園のアイドルに、俺の部屋のギャル地縛霊がちょっかいを出すから話がややこしくなる。

たかなしポン太
青春
【第1回ノベルピアWEB小説コンテスト中間選考通過作品】 『み、見えるの?』 「見えるかと言われると……ギリ見えない……」 『ふぇっ? ちょっ、ちょっと! どこ見てんのよ!』  ◆◆◆  仏教系学園の高校に通う霊能者、尚也。  劣悪な環境での寮生活を1年間終えたあと、2年生から念願のアパート暮らしを始めることになった。  ところが入居予定のアパートの部屋に行ってみると……そこにはセーラー服を着たギャル地縛霊、りんが住み着いていた。  後悔の念が強すぎて、この世に魂が残ってしまったりん。  尚也はそんなりんを無事に成仏させるため、りんと共同生活をすることを決意する。    また新学期の学校では、尚也は学園のアイドルこと花宮琴葉と同じクラスで席も近くなった。  尚也は1年生の時、たまたま琴葉が困っていた時に助けてあげたことがあるのだが……    霊能者の尚也、ギャル地縛霊のりん、学園のアイドル琴葉。  3人とその仲間たちが繰り広げる、ちょっと不思議な日常。  愉快で甘くて、ちょっと切ない、ライトファンタジーなラブコメディー! ※本作品はフィクションであり、実在の人物や団体、製品とは一切関係ありません。

処理中です...