621 / 1,060
Side View Story 11
49~51 Side 司 01話
しおりを挟む
どうしてかは知らないが、どうやら今朝のやり取りを高崎兄弟に聞かれていたらしいことはわかった。そして翠が、俺が言ったことの大半を覚えていなかったことも。
よりによって、「虫唾が走る」しか覚えてないってずいぶんだと思うんだけど……。
おまえの頭、そこまで鶏頭だったか? 高崎も驚いていたけど、俺だってびっくりだ。
さらには、なんで俺がこんな柱の影に隠れて立ち聞きしなくちゃいけないのか……。
バカらしくなってふたりの前に出た。
先に気づいたのは高崎。翠は立ち上がった拍子にこちらへ背を向けたため、まだ俺には気づいていない。
高崎の視線に気づいたのか、翠が振り返る。
「ツ、カサ……」
それ以降は絶句。わずかに、身体も声も震えていた。
そこまで怖がってもらえると光栄というかなんというか……。
とりあえず、それくらいの影響力はあったということだろう。
こんな状況なのに、少し心が満たされる。
俺が口を開くと、高崎が俺と翠の間に割り込んだ。
「藤宮先輩、ちょっとたんまっっっ! 翠葉ちゃん、今色々と混乱してるだけですからっ」
「だから何?」
そんな説明は必要ない。
翠が混乱しているのも動揺しているのも泣いたのも――全部は俺のせい。そんなことはわかっているし、これからその収拾作業に入るところだ。
「だから――えぇと……あまり手厳しいことは今ちょっと……」
「無理。翠、病院まで付き添う。御園生さんには連絡してあるし了承も得てる」
今日は徹底的に追い詰めると決めている。
それで自分だけは翠のテリトリーに入る。その他大勢はどうでもいい。
でも、こういう場で御園生さん以外の人間に守られること自体は、翠にとってはいいことなのかもしれない。一経験として。
今朝、一限が終わってから御園生さんに電話をした。
『司……』
張りのない声が携帯から聞こえてきた。
「今、大丈夫ですか?」
『大丈夫だよ』
御園生さんには珍しく、険を含む声だった。
まぁ、それもそうか……。
翠のあの顔じゃ、かなり泣いたんだろうということは想像に易い。
「今日の翠の病院、俺が送りたいんですけど」
『さらに追い討ちをかけるつもりか?』
「いえ、収拾しにいくだけです」
『収拾……?』
「……朝は置き去りにしましたけど、別に突き放したらそのままってわけじゃないですから。あの時点でのサルベージはお願いしました。でも、そのあとのフォローまでしてもらうつもりはありません。自分でやります」
『俺はさ、なんて答えたらいいわけ?』
「黙って病院に送り届ける権利を俺にくれればいいだけです」
『その収拾作業って近日中に終わるのか?』
「翠しだいですが、長引かせるつもりはありません。こと、自分に対してだけですが」
『は?』
「予鈴が鳴りました。了承は?」
『……任せる。ただ、学校へ通えなくなるような事態だけは避けてほしいんだけど』
「それも翠しだいです」
『もし、そんなことになったら俺は司を許さないよ?』
「許さないって、たとえばどうするんですか?」
『会わせない、とかかな』
御園生さんがそこまで言う理由もわかる。が、
「御園生さんも、ですね。あまり俺たちを見くびらないように。俺だけじゃなく、簾条や海斗、それから翠自身のことも」
『そんなつもりはないけどね』
と、自嘲じみた声が言う。
「御園生さんも翠も自覚がないから性質が悪い。……とりあえず、許可は得たということで」
今朝同様、一方的に通話を切った――
高崎の後ろにいる翠に視線を定め、
「ついでに、高崎に訊かなくても直接俺に訊けばいいんじゃない? 翠に言った張本人に訊くのが一番いいと思うけど?」
血色の悪い唇が言葉を紡ぐことはなかった。
そんなことも想定済みだけど。
「……教室からかばん持ってきたからこのまま行くよ」
右手のそれを少し持ち上げ告げると、目を瞠った翠を確認してから昇降口へ向かって歩きだす。
靴に履き替え一年B組の下駄箱に移動するも、翠はまだ来ない。
廊下に顔を出し桜林館の方を見ると、翠は三年の下駄箱の前で俯いていた。完全に足が止まっている。
「翠」
俺の声に顔を上げては眉をハの字にする。そのあと、若干ぎこちない動きで自分の下駄箱まで来ると、少しほっとしたような顔をした。
ほっとしたとしたら何にだろう……。
きっとクラスの人間がいないこと、だろうな。
バカらしいとは思う。けど、それが翠にとってどれほど大きな問題なのかは理解しているつもりで、どうしてこんな方法を取ったかなんて決まっている。
自分が翠のテリトリーに入るため。それだけの理由。
俺ほどの行動には出ないにしても、海斗も簾条も同じ心づもりだろう。だから、そっちはそっちで勝手にしてくれ。
昇降口を出てしばらく歩くも、翠は俺の隣に並ばない。
まるで入学してきたときと同じ。
部室棟から図書棟へ行くとき、テラスで鉢合わせたときのことを思い出す。
思えば、あの日に翠の身体のことを知ったんだったな……。
「一緒に歩けないほど速く歩いているつもりないんだけど」
足を止めて肩越しに振り返ると、翠も足を止めた。
あのときは俺に追突したんだったか……。
今回もそうだったら良かったものを。
「……あのねっ、かばん、自分で持てるっ」
相変わらず話の飛躍が達人級。
「……話噛み合ってないけど?」
指摘しつつ、手を伸ばせば届くところまで戻りかばんを渡した。
「ありがとう……」
翠は両手でかばんを受け取ると、視線のやり場に困って足元を見る。
「体調は?」
「大丈夫」
「やりなおし」
やっぱり鶏頭決定……。
このやり取り、夏休み中に何度したと思ってる?
「……微熱があるけど大丈夫」
「本当はバスに乗せたいところだけど、バスじゃゆっくり話しなんてできそうにないから歩くよ」
そう言って、桜香苑へと続く道に足を向ける。
歩かせたら疲れさせる。でも、バスに乗って風邪をひいた人間がいても困る。
それに、バスの中で翠が話せる内容ではない。
そういう意味では、御園生さんが送迎するのが一番良かったわけだけど、俺は夕飯前に決着をつけたかった。
夕飯時、周りに勘ぐられるのは面倒……。
病院の帰りは兄さんが送ってくれる。
今日は夜勤明けで昼過ぎまでの勤務だと聞いていたから、そっちはすでに手配済み。
俺は一緒でも別でもどっちでもいい。
翠のペースだと、高等部から大学敷地内まで十分ちょっと。大学の脇を通って私有地に入ってからは十五分……いや、もう少しかかるか。
そんなことを考えながら芝生広場を歩いていた。
「いい加減隣を歩け」
後ろを向くと、翠はびくりと肩を震わせた。
四歩戻ってその隣に並ぶ。
「朝の会話をどれだけ大声で話させるつもりなんだ」
翠としっかり目を合わせ、
「俺が朝に言ったこと、もう一度話すから、今度は忘れずにしっかり覚えておけ」
「さっき空太くんに聞いたからっ、だから大丈夫っっっ」
思い切り拒絶、ね。
「だいたいにして、なんで高崎が知ってるんだか……」
思わず舌打ち。
高崎が知っていた理由までは知らないけど、それは大した問題じゃない。
翠、もう一度言うから――今度こそ、言葉の意味をきちんと考えろ。
「俺は、これから先どんなときでも翠の体調を優先する。翠がどれほど葛藤しようが、言われるたびに悩もうが、それでも俺は止めるから。そのつもりで」
最初にそう言った。それだけのつもりだった。
翠が、「どうして朝から急に」なんて言うから少し気が変わったんだ。
「翠がなんで朝から急にそんな話なんだって訊いてきたから、朝から急に、なのは翠だけで、俺は昨日の帰りからずっと考えてた。……やっぱり、俺は言いたいことは言っておかないと気が済まない。そういうふうに翠が考えるのは仕方がないことなのかもしれない。翠がバカでこういうことに関しては学習能力が乏しいのも理解したけど、あまり俺たちを侮るな。考えただけでも虫唾が走る。言いたいことはそれだけだ――以上。で……翠は何を思ってあんなに泣きはらした目で遅刻ギリギリに登校してきたんだか……。俺はそっちが知りたいね」
笑みを深め翠を見る。
想像はつくけど、想像だけでわかったつもりになるのはもうやめたんだ。それに、これは翠の口から聞くことに意味がある。
「安心しろ」
言うと、翠は「何を?」という顔をした。
「すでに呆れるは通り越しているからこれ以上呆れようがない。翠がどれだけ突飛な持論を展開させたところで何がどう変わるわけでもない。ただ、俺にバカとか阿呆と言われる覚悟だけはしておけ。言わない自信は微塵もない」
そろそろ煙くらい立っただろうか?
「それから、足――乗り物に乗ってるわけじゃないんだから自力で前へ進まないと病院からは近づいてこないけど?」
「そのくらいわかってるっ」
点火準備OK?
「あぁ、それは良かった」
少し笑みを浮かべ、歩くのを再開した。翠がいつも歩くテンポ、俺にはゆっくりすぎるペースで。
「朝はあんなに怖い顔してたのに……」
さっきよりは近い斜め後ろから声がした。
「あぁ、そっちのほうが効果的だろ?」
実際、機嫌が良かったわけじゃない。けど、あの表情は俺のデフォルトだと思うけど……。
「今はどうして笑っているの? 楽しいことなんて話してないし、心から笑っているわけじゃないのに」
「翠が必要以上に俺を怖がるから?」
「……笑顔でもある意味怖い」
それはどうも……。
「悪いけど、俺に『甘さ』は求めないでもらえる? 俺に標準装備されてるのは無愛想と誰かさんが命名した氷の女王スマイル。別名、絶対零度の笑顔のみ」
こんな話をするために今一緒にいるわけじゃないんだけど……。
「いい加減話せ。なんで泣いていたのかを」
話を本題に戻すと、
「……どう話したらいいのかわからない」
「どこからでもいい。だいたいの想像はついてる」
「じゃぁ、どうして訊くの?」
翠は再度足を止めた。
「……やめたんだ。翠を見てわかったつもりになるのは。翠が思ったこと、感じたこと、考えていることを翠の口から聞く。そう決めたんだ。夏休みにもそう話したはずだけど?」
「……いつもなら勝手に表情読んで先回りして答えをくれるのに」
「差し支えないときならそれでいい。でも、これは違う」
翠は重い口を開くと、
「好きな人がいる学校は――楽しくて幸せで……それと同じくらい怖い」
やっと言ったか……。でも、要約しすぎ。
「必要なら貸すけど」
翠の前に自分の手を差し出す。翠はその手を見るだけで手を伸ばしはしなかった。
「この手も取らないわけね」
でも、別に手を差し出して翠がこの手を取らなくても、俺が翠の手を取ればいいだけのこと。
待つことはできるけど、今、この問題に関してだけは待つ気はない――
よりによって、「虫唾が走る」しか覚えてないってずいぶんだと思うんだけど……。
おまえの頭、そこまで鶏頭だったか? 高崎も驚いていたけど、俺だってびっくりだ。
さらには、なんで俺がこんな柱の影に隠れて立ち聞きしなくちゃいけないのか……。
バカらしくなってふたりの前に出た。
先に気づいたのは高崎。翠は立ち上がった拍子にこちらへ背を向けたため、まだ俺には気づいていない。
高崎の視線に気づいたのか、翠が振り返る。
「ツ、カサ……」
それ以降は絶句。わずかに、身体も声も震えていた。
そこまで怖がってもらえると光栄というかなんというか……。
とりあえず、それくらいの影響力はあったということだろう。
こんな状況なのに、少し心が満たされる。
俺が口を開くと、高崎が俺と翠の間に割り込んだ。
「藤宮先輩、ちょっとたんまっっっ! 翠葉ちゃん、今色々と混乱してるだけですからっ」
「だから何?」
そんな説明は必要ない。
翠が混乱しているのも動揺しているのも泣いたのも――全部は俺のせい。そんなことはわかっているし、これからその収拾作業に入るところだ。
「だから――えぇと……あまり手厳しいことは今ちょっと……」
「無理。翠、病院まで付き添う。御園生さんには連絡してあるし了承も得てる」
今日は徹底的に追い詰めると決めている。
それで自分だけは翠のテリトリーに入る。その他大勢はどうでもいい。
でも、こういう場で御園生さん以外の人間に守られること自体は、翠にとってはいいことなのかもしれない。一経験として。
今朝、一限が終わってから御園生さんに電話をした。
『司……』
張りのない声が携帯から聞こえてきた。
「今、大丈夫ですか?」
『大丈夫だよ』
御園生さんには珍しく、険を含む声だった。
まぁ、それもそうか……。
翠のあの顔じゃ、かなり泣いたんだろうということは想像に易い。
「今日の翠の病院、俺が送りたいんですけど」
『さらに追い討ちをかけるつもりか?』
「いえ、収拾しにいくだけです」
『収拾……?』
「……朝は置き去りにしましたけど、別に突き放したらそのままってわけじゃないですから。あの時点でのサルベージはお願いしました。でも、そのあとのフォローまでしてもらうつもりはありません。自分でやります」
『俺はさ、なんて答えたらいいわけ?』
「黙って病院に送り届ける権利を俺にくれればいいだけです」
『その収拾作業って近日中に終わるのか?』
「翠しだいですが、長引かせるつもりはありません。こと、自分に対してだけですが」
『は?』
「予鈴が鳴りました。了承は?」
『……任せる。ただ、学校へ通えなくなるような事態だけは避けてほしいんだけど』
「それも翠しだいです」
『もし、そんなことになったら俺は司を許さないよ?』
「許さないって、たとえばどうするんですか?」
『会わせない、とかかな』
御園生さんがそこまで言う理由もわかる。が、
「御園生さんも、ですね。あまり俺たちを見くびらないように。俺だけじゃなく、簾条や海斗、それから翠自身のことも」
『そんなつもりはないけどね』
と、自嘲じみた声が言う。
「御園生さんも翠も自覚がないから性質が悪い。……とりあえず、許可は得たということで」
今朝同様、一方的に通話を切った――
高崎の後ろにいる翠に視線を定め、
「ついでに、高崎に訊かなくても直接俺に訊けばいいんじゃない? 翠に言った張本人に訊くのが一番いいと思うけど?」
血色の悪い唇が言葉を紡ぐことはなかった。
そんなことも想定済みだけど。
「……教室からかばん持ってきたからこのまま行くよ」
右手のそれを少し持ち上げ告げると、目を瞠った翠を確認してから昇降口へ向かって歩きだす。
靴に履き替え一年B組の下駄箱に移動するも、翠はまだ来ない。
廊下に顔を出し桜林館の方を見ると、翠は三年の下駄箱の前で俯いていた。完全に足が止まっている。
「翠」
俺の声に顔を上げては眉をハの字にする。そのあと、若干ぎこちない動きで自分の下駄箱まで来ると、少しほっとしたような顔をした。
ほっとしたとしたら何にだろう……。
きっとクラスの人間がいないこと、だろうな。
バカらしいとは思う。けど、それが翠にとってどれほど大きな問題なのかは理解しているつもりで、どうしてこんな方法を取ったかなんて決まっている。
自分が翠のテリトリーに入るため。それだけの理由。
俺ほどの行動には出ないにしても、海斗も簾条も同じ心づもりだろう。だから、そっちはそっちで勝手にしてくれ。
昇降口を出てしばらく歩くも、翠は俺の隣に並ばない。
まるで入学してきたときと同じ。
部室棟から図書棟へ行くとき、テラスで鉢合わせたときのことを思い出す。
思えば、あの日に翠の身体のことを知ったんだったな……。
「一緒に歩けないほど速く歩いているつもりないんだけど」
足を止めて肩越しに振り返ると、翠も足を止めた。
あのときは俺に追突したんだったか……。
今回もそうだったら良かったものを。
「……あのねっ、かばん、自分で持てるっ」
相変わらず話の飛躍が達人級。
「……話噛み合ってないけど?」
指摘しつつ、手を伸ばせば届くところまで戻りかばんを渡した。
「ありがとう……」
翠は両手でかばんを受け取ると、視線のやり場に困って足元を見る。
「体調は?」
「大丈夫」
「やりなおし」
やっぱり鶏頭決定……。
このやり取り、夏休み中に何度したと思ってる?
「……微熱があるけど大丈夫」
「本当はバスに乗せたいところだけど、バスじゃゆっくり話しなんてできそうにないから歩くよ」
そう言って、桜香苑へと続く道に足を向ける。
歩かせたら疲れさせる。でも、バスに乗って風邪をひいた人間がいても困る。
それに、バスの中で翠が話せる内容ではない。
そういう意味では、御園生さんが送迎するのが一番良かったわけだけど、俺は夕飯前に決着をつけたかった。
夕飯時、周りに勘ぐられるのは面倒……。
病院の帰りは兄さんが送ってくれる。
今日は夜勤明けで昼過ぎまでの勤務だと聞いていたから、そっちはすでに手配済み。
俺は一緒でも別でもどっちでもいい。
翠のペースだと、高等部から大学敷地内まで十分ちょっと。大学の脇を通って私有地に入ってからは十五分……いや、もう少しかかるか。
そんなことを考えながら芝生広場を歩いていた。
「いい加減隣を歩け」
後ろを向くと、翠はびくりと肩を震わせた。
四歩戻ってその隣に並ぶ。
「朝の会話をどれだけ大声で話させるつもりなんだ」
翠としっかり目を合わせ、
「俺が朝に言ったこと、もう一度話すから、今度は忘れずにしっかり覚えておけ」
「さっき空太くんに聞いたからっ、だから大丈夫っっっ」
思い切り拒絶、ね。
「だいたいにして、なんで高崎が知ってるんだか……」
思わず舌打ち。
高崎が知っていた理由までは知らないけど、それは大した問題じゃない。
翠、もう一度言うから――今度こそ、言葉の意味をきちんと考えろ。
「俺は、これから先どんなときでも翠の体調を優先する。翠がどれほど葛藤しようが、言われるたびに悩もうが、それでも俺は止めるから。そのつもりで」
最初にそう言った。それだけのつもりだった。
翠が、「どうして朝から急に」なんて言うから少し気が変わったんだ。
「翠がなんで朝から急にそんな話なんだって訊いてきたから、朝から急に、なのは翠だけで、俺は昨日の帰りからずっと考えてた。……やっぱり、俺は言いたいことは言っておかないと気が済まない。そういうふうに翠が考えるのは仕方がないことなのかもしれない。翠がバカでこういうことに関しては学習能力が乏しいのも理解したけど、あまり俺たちを侮るな。考えただけでも虫唾が走る。言いたいことはそれだけだ――以上。で……翠は何を思ってあんなに泣きはらした目で遅刻ギリギリに登校してきたんだか……。俺はそっちが知りたいね」
笑みを深め翠を見る。
想像はつくけど、想像だけでわかったつもりになるのはもうやめたんだ。それに、これは翠の口から聞くことに意味がある。
「安心しろ」
言うと、翠は「何を?」という顔をした。
「すでに呆れるは通り越しているからこれ以上呆れようがない。翠がどれだけ突飛な持論を展開させたところで何がどう変わるわけでもない。ただ、俺にバカとか阿呆と言われる覚悟だけはしておけ。言わない自信は微塵もない」
そろそろ煙くらい立っただろうか?
「それから、足――乗り物に乗ってるわけじゃないんだから自力で前へ進まないと病院からは近づいてこないけど?」
「そのくらいわかってるっ」
点火準備OK?
「あぁ、それは良かった」
少し笑みを浮かべ、歩くのを再開した。翠がいつも歩くテンポ、俺にはゆっくりすぎるペースで。
「朝はあんなに怖い顔してたのに……」
さっきよりは近い斜め後ろから声がした。
「あぁ、そっちのほうが効果的だろ?」
実際、機嫌が良かったわけじゃない。けど、あの表情は俺のデフォルトだと思うけど……。
「今はどうして笑っているの? 楽しいことなんて話してないし、心から笑っているわけじゃないのに」
「翠が必要以上に俺を怖がるから?」
「……笑顔でもある意味怖い」
それはどうも……。
「悪いけど、俺に『甘さ』は求めないでもらえる? 俺に標準装備されてるのは無愛想と誰かさんが命名した氷の女王スマイル。別名、絶対零度の笑顔のみ」
こんな話をするために今一緒にいるわけじゃないんだけど……。
「いい加減話せ。なんで泣いていたのかを」
話を本題に戻すと、
「……どう話したらいいのかわからない」
「どこからでもいい。だいたいの想像はついてる」
「じゃぁ、どうして訊くの?」
翠は再度足を止めた。
「……やめたんだ。翠を見てわかったつもりになるのは。翠が思ったこと、感じたこと、考えていることを翠の口から聞く。そう決めたんだ。夏休みにもそう話したはずだけど?」
「……いつもなら勝手に表情読んで先回りして答えをくれるのに」
「差し支えないときならそれでいい。でも、これは違う」
翠は重い口を開くと、
「好きな人がいる学校は――楽しくて幸せで……それと同じくらい怖い」
やっと言ったか……。でも、要約しすぎ。
「必要なら貸すけど」
翠の前に自分の手を差し出す。翠はその手を見るだけで手を伸ばしはしなかった。
「この手も取らないわけね」
でも、別に手を差し出して翠がこの手を取らなくても、俺が翠の手を取ればいいだけのこと。
待つことはできるけど、今、この問題に関してだけは待つ気はない――
2
あなたにおすすめの小説
光のもとで2
葉野りるは
青春
一年の療養を経て高校へ入学した翠葉は「高校一年」という濃厚な時間を過ごし、
新たな気持ちで新学期を迎える。
好きな人と両思いにはなれたけれど、だからといって順風満帆にいくわけではないみたい。
少し環境が変わっただけで会う機会は減ってしまったし、気持ちがすれ違うことも多々。
それでも、同じ時間を過ごし共に歩めることに感謝を……。
この世界には当たり前のことなどひとつもなく、あるのは光のような奇跡だけだから。
何か問題が起きたとしても、一つひとつ乗り越えて行きたい――
(10万文字を一冊として、文庫本10冊ほどの長さです)
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
遡ったのは君だけじゃない。離縁状を置いて出ていった妻ーー始まりは、そこからだった。
沼野 花
恋愛
夫と子供たちに、選ばれなかったイネス。
すべてを愛人に奪われ、彼女は限界を迎え、屋敷を去る。
だが、その先に待っていたのは、救いではなかった。
イネスを襲った、取り返しのつかない出来事。
変わり果てた現実を前に、
夫はようやく、自分が何を失ったのかを思い知る。
深い後悔と悲しみに苛まれながら、
失ったイネスの心を取り戻そうとする夫。
しかし、彼女の心はすでに、外の世界へと向かっていた。
贖罪を背負いながらもイネスを求め続ける夫。
そして、母の心を知っていく子供たち。
イネスが求める愛とは、
そして、幸せとは――。
【完結】イケメンが邪魔して本命に告白できません
竹柏凪紗
青春
高校の入学式、芸能コースに通うアイドルでイケメンの如月風磨が普通科で目立たない最上碧衣の教室にやってきた。女子たちがキャーキャー騒ぐなか、風磨は碧衣の肩を抱き寄せ「お前、今日から俺の女な」と宣言する。その真意とウソつきたちによって複雑になっていく2人の結末とは──
幼馴染が家出したので、僕と同居生活することになったのだが。
四乃森ゆいな
青春
とある事情で一人暮らしをしている僕──和泉湊はある日、幼馴染でクラスメイト、更には『女神様』と崇められている美少女、真城美桜を拾うことに……?
どうやら何か事情があるらしく、頑なに喋ろうとしない美桜。普段は無愛想で、人との距離感が異常に遠い彼女だが、何故か僕にだけは世話焼きになり……挙句には、
「私と同棲してください!」
「要求が増えてますよ!」
意味のわからない同棲宣言をされてしまう。
とりあえず同居するという形で、居候することになった美桜は、家事から僕の宿題を見たりと、高校生らしい生活をしていくこととなる。
中学生の頃から疎遠気味だったために、空いていた互いの時間が徐々に埋まっていき、お互いに知らない自分を曝け出していく中──女神様は何でもない『日常』を、僕の隣で歩んでいく。
無愛想だけど僕にだけ本性をみせる女神様 × ワケあり陰キャぼっちの幼馴染が送る、半同棲な同居生活ラブコメ。
愛された側妃と、愛されなかった正妃
編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。
夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。
連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。
正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。
※カクヨムさんにも掲載中
※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります
※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。
私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。
MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。
学園のアイドルに、俺の部屋のギャル地縛霊がちょっかいを出すから話がややこしくなる。
たかなしポン太
青春
【第1回ノベルピアWEB小説コンテスト中間選考通過作品】
『み、見えるの?』
「見えるかと言われると……ギリ見えない……」
『ふぇっ? ちょっ、ちょっと! どこ見てんのよ!』
◆◆◆
仏教系学園の高校に通う霊能者、尚也。
劣悪な環境での寮生活を1年間終えたあと、2年生から念願のアパート暮らしを始めることになった。
ところが入居予定のアパートの部屋に行ってみると……そこにはセーラー服を着たギャル地縛霊、りんが住み着いていた。
後悔の念が強すぎて、この世に魂が残ってしまったりん。
尚也はそんなりんを無事に成仏させるため、りんと共同生活をすることを決意する。
また新学期の学校では、尚也は学園のアイドルこと花宮琴葉と同じクラスで席も近くなった。
尚也は1年生の時、たまたま琴葉が困っていた時に助けてあげたことがあるのだが……
霊能者の尚也、ギャル地縛霊のりん、学園のアイドル琴葉。
3人とその仲間たちが繰り広げる、ちょっと不思議な日常。
愉快で甘くて、ちょっと切ない、ライトファンタジーなラブコメディー!
※本作品はフィクションであり、実在の人物や団体、製品とは一切関係ありません。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる