光のもとで1

葉野りるは

文字の大きさ
651 / 1,060
第十二章 自分のモノサシ

29話

しおりを挟む
 今、自分の心臓がどういう状態なのかはわからないけれど、脈が乱れていることはわかる。バイタルを見なくても、自身の身体で感じていた。
 突如襲うのは去年と同じことになってしまったらどうしよう、という不安。
 家の中だろうと外だろうとかまうことなく気を失って倒れていたあのころ――それらはすべて血圧と不整脈のせいだった。
 今日は家にいるし、ほとんど寝て過ごすのだから倒れることはないだろう。
 頻脈発作が起きたら頓服薬を飲めばいい。でも、跳んでしまう脈は対処のしようがない。
 不安を抑えきれず、ベッドから抜け出し掃除をしている栞さんを探す。
「リィ……?」
 洗面所から唯兄に声をかけられたけれど、それに答える余裕はなかった。
「栞さんっ」
 リビングを掃除していた栞さんがびっくりした顔で振り向いた。
「どうかした?」
「私の脈って、今どれだけ悪いっ!?」
 早くこの不安をどうにかしたくて、栞さんの腕を両手で掴む。
「……翠葉ちゃん、落ち着いて? 私は看護師なの。だから、それは医師である湊に訊きましょう?」
「また入院しなくちゃいけない手前だったらどうしたらいいっ!?」
「翠葉ちゃん、少し落ち着こうね」
 栞さんは身体を抱きしめてくれた。
 不安に泣く私の背をゆっくりと一定のテンポでさすってくれる。
「不安になっちゃったか」
 背後から聞こえたため息混じりの優しい声は唯兄のもの。
「若槻くん、私、翠葉ちゃんを連れて学校へ行ってくるわね」
「了解。リィ、診察を受けて安心しておいで」
 そう言われた十分後にはマンションを出ていた。

 学校へ行くというのに私は私服だった。
 違和感を覚えつつも人目にはつきたくなくて、授業中の時間帯に学校へ行くことになった。
 栞さんは私を安心させるように、
「車は職員駐車場に停めるわ。そこからなら、桜林館脇は通らなくちゃいけないけれど、クラスで授業を受けている一、二年棟の前を通らなくて済むでしょう? 図書棟の一階でスリッパを借りて行きましょう」
「……ありがとうございます」
「……迷惑だなんて思ってないわよ?」
「え……?」
「むしろ、不安だと思っていることを話してもらえて嬉しかった」
 栞さんは嬉しそうに笑うから不思議でならない。
「翠葉ちゃんは高熱を出しても痛みがひどくても、基本的には『助けて』ってSOSを発してくれないんだもの。こんなふうに真正面から不安をぶつけてくれたことはなかったわ」
 今までの自分がどうだったかよくわからない。ただ、人に迷惑をかけるのが嫌で、どうにもできなものなら口にしてもしなくても変わらない。そう思っていたから――
 でも、それが言えるようになったのだとしたら、それは相馬先生とツカサのおかげ。
 そんな話をしていれば学校に着いてしまう。
 あらかじめ栞さんが連絡を入れてくれていたので、「来たわね」といった感じで湊先生が出迎えてくれた。
「栞は適当にお茶でも飲んでて」
「そうさせてもらうわ」
「翠葉はこっち」
 いつものベッドへと促される。
 カーテンを閉めると、湊先生は首にかけていた聴診器を手にする。
「ゆっくり吸って、吐いて、吸って、吐いて……」
 胸が終われば背中。そして横になって腹部。
 そのあと、臥位、座位、立位、と体勢を変えて血圧を測り、身体中のリンパ腺のチェック、貧血、脱水症状のチェック、反射のチェックを受けて診察が終了する。
「良くはない。でも、今までにもあった心臓のクリック音以外に心雑音はなし。少し安静にしていれば、そのうち脈も落ち着くでしょう」
 その言葉にほっとする。
「翠葉も知っているように、心臓に働きかける薬は二種類出してる。ひとつは立ちくらみを防いだり心臓を動かすためのもの。もうひとつは頻脈を落ち着けるために、心臓を休ませる薬。ふたつは正反対の作用をする。今はこれを上手に使うしかない。あとは、相馬の鍼とカイロの施術でどこまで体内バランス、自律神経を整えられるか」
 私の弁膜は人よりも薄いらしい。だから、血液を繰り出す力が弱くて血圧も低い。それに加えて起立性障害もある。
 これらを防ぐために飲む薬は心臓を刺激するタイプのものだ。
 普段はそれでいいけれど、今は身体に負担をかけてしまったこともあり、頻脈発作が頻繁に起きている。昨夜もそれで夜中に目が覚めた。
 滋養強壮剤を飲むのをやめても、この症状はしばらく続くのだとか……。
 それを抑えるためには心臓を休ませるための薬を飲まなくてはいけない。すると、必然的に血圧も下がる。
 相反するふたつの薬をそのときの自分の身体の症状に合わせて飲み分けたり追加したり――それはもともとやっていたことだけど、今は自業自得。自分が招いた結果なのだ。
「湊先生、ごめんなさい」
「もういいわよ。これで許すっ」
 先生の手が近づいてくると、額に軽くデコピンを受けた。
「でも、自分の身体をもう少し大切に扱ってやりなさい。はい、診察終了。ほらほら、さっさと帰って自宅で休む」
 カーテンを出ると、栞さんが湊先生にカップを差し出した。
「湊、いつもより少し甘めのローズヒップティー作ったから飲んでね」
 耐熱ガラスであろうスタイリッシュなカップに赤い液体が入っており、湯気がゆらゆらと立ち上っていた。
「さ、翠葉ちゃん、長居は無用よ。帰りましょう」
 私は栞さんに背を押されて保健室をあとにした。

 ゲストルームに帰ると、唯兄が笑顔で出迎えてくれた。
「安心できた?」
 私は苦笑しつつ、「うん」と答えた。
 苦笑の理由は自業自得だから。
 湊先生にはこんなふうにも言われた。
「ただ寝るだけじゃ疲れは取れない。熟睡できるだけの体力が人間には必要なの。寝るって行為は意外と体力を要するものだしカロリーも必要」
 寝るのに体力がいるなんて初めて知った。でも、その先に続く言葉を聞くと、妙に頷けるものだった。
 寝ている間にも心臓は動いているし、呼吸をしているのだから肺も機能している。
 夜に頭や神経、筋肉を休めている間にも、ずっと働き続けている機関がある。
 人の身体は寝ている間に老廃物を取り除くために動き出す。けれど、それはその作業をするための体力やカロリーが残っていないとうまく行われない。
 結果、体力不足だと一晩ではリセットしきれいないままに次の日がスタートする。
 それを日々重ね何度も繰り返していくうちに、人の身体には疲労が蓄積されていくらしい。
 人間は眠る体力を温存して動く生き物らしいけれど、私のようにもともと体力がない人間や、先日使ったような滋養強壮剤を使ってしまうと、持っている体力を根こそぎ通常の生活で使いきってしまうため、夜の眠りが浅くなり、リセット作業も滞る。
 それでももとが健康体の人は、そのまま無理を続け、気づかないうちに過労死へ歩み寄ってしまうのだとか……。
 だから相馬先生は滋養強壮剤を使うなら、前後できちんと休むことが必要だと言ったのだ。
 ……ちゃんと理解できた。
「薬には抵抗があるだろうけれど、今は熟睡することが先決」
 そう言われて、いつもより少し強い睡眠薬を処方された。
 睡眠導入剤と一緒に飲むことで、中堅型と呼ばれる睡眠薬は六時間ほどは眠れるらしい。
 どうやら、手術前の患者さんに飲ませるものらしかった。
 睡眠薬にも色々あるけれど、そのどれもが身体に耐性ができやすく、睡眠が浅くなるほか悪夢を見るようになるという副作用があるそう。
 それを紫先生から聞いていた私は、痛みがひどいときにしか服用しない。
 夏は毎日のように飲んでいて、それでも眠れることはできなかったのだけど、今は飲んで休むべきなのだろう。
 マンションに戻ってきたのは十一時前でお昼にはまだ早い時間。
 お腹は空いていなかったけど、軽く昼食を食べ、薬を飲んで寝ることにした。
しおりを挟む
感想 24

あなたにおすすめの小説

光のもとで2

葉野りるは
青春
一年の療養を経て高校へ入学した翠葉は「高校一年」という濃厚な時間を過ごし、 新たな気持ちで新学期を迎える。 好きな人と両思いにはなれたけれど、だからといって順風満帆にいくわけではないみたい。 少し環境が変わっただけで会う機会は減ってしまったし、気持ちがすれ違うことも多々。 それでも、同じ時間を過ごし共に歩めることに感謝を……。 この世界には当たり前のことなどひとつもなく、あるのは光のような奇跡だけだから。 何か問題が起きたとしても、一つひとつ乗り越えて行きたい―― (10万文字を一冊として、文庫本10冊ほどの長さです)

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

【完結】イケメンが邪魔して本命に告白できません

竹柏凪紗
青春
高校の入学式、芸能コースに通うアイドルでイケメンの如月風磨が普通科で目立たない最上碧衣の教室にやってきた。女子たちがキャーキャー騒ぐなか、風磨は碧衣の肩を抱き寄せ「お前、今日から俺の女な」と宣言する。その真意とウソつきたちによって複雑になっていく2人の結末とは──

愛された側妃と、愛されなかった正妃

編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。 夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。 連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。 正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。 ※カクヨムさんにも掲載中 ※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります ※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。

遡ったのは君だけじゃない。離縁状を置いて出ていった妻ーー始まりは、そこからだった。

沼野 花
恋愛
夫と子供たちに、選ばれなかったイネス。 すべてを愛人に奪われ、彼女は限界を迎え、屋敷を去る。 だが、その先に待っていたのは、救いではなかった。 イネスを襲った、取り返しのつかない出来事。 変わり果てた現実を前に、 夫はようやく、自分が何を失ったのかを思い知る。 深い後悔と悲しみに苛まれながら、 失ったイネスの心を取り戻そうとする夫。 しかし、彼女の心はすでに、外の世界へと向かっていた。 贖罪を背負いながらもイネスを求め続ける夫。 そして、母の心を知っていく子供たち。 イネスが求める愛とは、 そして、幸せとは――。

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

幼馴染が家出したので、僕と同居生活することになったのだが。

四乃森ゆいな
青春
とある事情で一人暮らしをしている僕──和泉湊はある日、幼馴染でクラスメイト、更には『女神様』と崇められている美少女、真城美桜を拾うことに……? どうやら何か事情があるらしく、頑なに喋ろうとしない美桜。普段は無愛想で、人との距離感が異常に遠い彼女だが、何故か僕にだけは世話焼きになり……挙句には、 「私と同棲してください!」 「要求が増えてますよ!」 意味のわからない同棲宣言をされてしまう。 とりあえず同居するという形で、居候することになった美桜は、家事から僕の宿題を見たりと、高校生らしい生活をしていくこととなる。 中学生の頃から疎遠気味だったために、空いていた互いの時間が徐々に埋まっていき、お互いに知らない自分を曝け出していく中──女神様は何でもない『日常』を、僕の隣で歩んでいく。 無愛想だけど僕にだけ本性をみせる女神様 × ワケあり陰キャぼっちの幼馴染が送る、半同棲な同居生活ラブコメ。

学園のアイドルに、俺の部屋のギャル地縛霊がちょっかいを出すから話がややこしくなる。

たかなしポン太
青春
【第1回ノベルピアWEB小説コンテスト中間選考通過作品】 『み、見えるの?』 「見えるかと言われると……ギリ見えない……」 『ふぇっ? ちょっ、ちょっと! どこ見てんのよ!』  ◆◆◆  仏教系学園の高校に通う霊能者、尚也。  劣悪な環境での寮生活を1年間終えたあと、2年生から念願のアパート暮らしを始めることになった。  ところが入居予定のアパートの部屋に行ってみると……そこにはセーラー服を着たギャル地縛霊、りんが住み着いていた。  後悔の念が強すぎて、この世に魂が残ってしまったりん。  尚也はそんなりんを無事に成仏させるため、りんと共同生活をすることを決意する。    また新学期の学校では、尚也は学園のアイドルこと花宮琴葉と同じクラスで席も近くなった。  尚也は1年生の時、たまたま琴葉が困っていた時に助けてあげたことがあるのだが……    霊能者の尚也、ギャル地縛霊のりん、学園のアイドル琴葉。  3人とその仲間たちが繰り広げる、ちょっと不思議な日常。  愉快で甘くて、ちょっと切ない、ライトファンタジーなラブコメディー! ※本作品はフィクションであり、実在の人物や団体、製品とは一切関係ありません。

処理中です...