光のもとで1

葉野りるは

文字の大きさ
659 / 1,060
第十二章 自分のモノサシ

37話

しおりを挟む
 廊下では朝陽先輩が一年生の女の子たちと楽しそうに話をしていた。
 女の子はみんな頬を紅潮させ、目を輝かせている。
 朝陽先輩はツカサと違って声をかけやすい雰囲気があるから、こんな光景は日常茶飯事。
 嬉しそうに話をしているのを中断させるのが申し訳なくて、声をかけられずにいた。
 駐車場までひとりで行くことも考えたけれど、待っていてくれた人に何も言わずに行くのは気が引ける。それに、朝陽先輩の目はすでに私を捉えていた。
 朝陽先輩は話の区切りがいいところで、
「じゃ、俺は巡回に戻るから、君たちもがんばってね」
 手を振って彼女たちを見送った。
「翠葉ちゃんは遠慮屋さんっていうか、気遣い屋さんだね?」
 階段を下りながら顔を覗き込まれる。
 それは、たぶん違う……。
「気遣いというよりは、怖いだけです」
 自分の顔が歪むのがわかった。
「んー……それはつまり、人気者の俺を彼女たちから引き剥がして、あの子たちに冷たい目で見られるのが嫌ってことかな?」
 ツカサとは違う形で的を射てくるのが朝陽先輩、とつい最近気づいた。
「当たりです」
 自然と笑みが漏れた。苦い笑みが。
「変ですよね。大好きな人たちに嫌われるのが怖いだけなはずなのに、どこかでいらぬ反感は買いたくないと思っているみたいで」
 口にして再度思う。自分はどれだけ臆病なのだろうか、と。
 世界が広がってきれいなものや大切なものが増えるたび、それと同量のリスクを背負っている気がしてならない。
 すべての人に好かれたいなんて思っていないはずなのに、冷たい視線を浴びることに慣れる気はしない。
「翠葉ちゃん、それって普通のことじゃない? 人の反感を買いたい人なんてそうそういないし、人の目って多かれ少なかれ気になるものだと思うよ」
 この言葉に救われたらいけない気がするのはどうしてだろう。
 ……たぶん、今心に引っかかっているのがツカサの目だからだ。
 歩みを止めて朝陽先輩を見上げると、優しい笑みが降ってくる。かけられる言葉とは裏腹に。
「それでも翠葉ちゃんは呼び出しには応じるんでしょ?」
「……そうですね」
 全員がわかってくれるわけじゃない。それでも、一握りの人はわかってくれたから。
 その一握りの人を得たいと思うのは間違いなのかな。強欲……なのかな。

 階段を下り靴を履きかえると、
「さて、生徒会規約の第三章なんだけど……」
 朝陽先輩は淡々と話し始めた。
 第一章は生徒会の定義。第二章は生徒会の義務。第三章は生徒会における権限その他。
 規約というだけに硬い文章ばかりが並んでいる。
 朝陽先輩は第三章だけを話しても意味がわからないと思うから、と第一章から砕けた言葉で教えてくれた。
 前にもツカサに言われて何度か目を通していたから、内容がさっぱりわからないわけではない。
 でも、ツカサや朝陽先輩みたいに空で言えるほど詳細に渡って記憶しているわけでもなかった。
「司が言おうとしていたのはこれだと思うんだよね。生徒会規約第三章七項。生徒会長により申請された案件は、学校長が特例措置を認可した時点から特例装置ではなく準規約として扱われる。また、準規約は対象生徒が在籍中に限り、現行規約と同列に扱われる」
 一瞬頭が真っ白になる。
 真っ白というよりは、今言われた言葉がおさまるべき場所を見つけられずにぐるぐると脳内を回り始めていた。
「つまりね、今回翠葉ちゃんが学校外で会計の仕事ができるのは、この規約に組するものなんだ。意味わかる? 翠葉ちゃん以外の生徒会メンバーが満場一致でこの案を会長に託しました。それを会長が学校長に申請しました。学校長に認可されました。はい、この時点で翠葉ちゃんが家で会計の仕事をできるのは『特別』でも『特例』でもなくなります。ただし、これは翠葉ちゃんのみに適用されるもので、翠葉ちゃん以外の人間には適用されません。ついでに、翠葉ちゃんが学校を卒業すると同時に抹消されます。そういうルール」
 私はかなり間抜けな顔をして聞いていたと思う。
「現時点ではこの件以外の準規約は存在しないけど、過去には何件もの事例がある。ちゃんと生徒会規約に則った手続きを踏んでるんだ」
「……あの、質問が……」
「はい、何かな?」
「それ……特別じゃないって言えないんじゃ――」
 朝陽先輩は指を立て、
「ノンノン。『準規約は現行規約と同列に扱われる』って言ったでしょ? その時点で『特別』からは除外されるんだ」
 ずいぶんな力技に思えてならない。
「納得してなさそうだね? 理解したけど納得できない。そんな感じかな?」
 コクリと頷く。
「ま、生徒会規約なんて読んでる人間のほうが少ないんだろうけれど、しっかり読めば意外と抜け道が隠れていたりするんだよね。この規約の存在を知っていたのは、司と会長、茜先輩、桃ちゃん、俺くらい。ほかの人間は生徒会規約すら理解せずに生徒会役員をやっているのか、って司の不興を買って、翌日に規約を暗唱できなかった人間は仕事増量とか言い出して大変だったよ」
 ツカサらしすぎて何も言えない。
 そんな話を聞いていたら駐車場に着いてしまった。

 唯兄は車から降りて待っていた。
「遅くなってごめんなさい」
 言うと、コツリ、と軽く頭を小突かれた。
「連絡取れなくなるから心配したでしょーが」
 唯兄は朝陽先輩に目を向け、
「美都くん、ごめんね。リィを送ってきてくれてありがとう」
「いえ、自分は司に頼まれただけですから。じゃ、翠葉ちゃん、家に帰ったら会計作業お願いね」
「はい、ありがとうございました」
 唯兄は朝陽先輩の後ろ姿を見ながら、
「何、この学校。生徒会は皆美形じゃないと入れないとかって規約でもあんの?」
「ううん、さっき聞いた限りだとそういう規約はなかったかな」
「でも、みんな容姿が秀でてるよね?」
「違うんだよ。みんな成績も容姿も人としても秀でているの。それでいてお仕事もできる人たち。私がいることがおこがましくなるくらい……」
 口にしてはっとした。
 咄嗟に口元を押さえたけれど、もう遅い。
「何かあったんだ?」
 唯兄の顔を見上げたら涙が零れた。
 泣きたくないのに。こんなことで泣きたくないのに……。
「ま、とりあえず帰ろうよ。ほら、六時目前。早く帰って寝なくちゃ」
 唯兄に促されるまま車に乗り、今日はロータリーでは降りずに一緒に駐車場まで行った。
 車の中では一言も話さず、唯兄はカーステから流れてくる曲に合わせて鼻歌をフンフン歌っていた。
 湊先生の駐車場は立体駐車場の二階にある。だから、当然のことながらエントランスを通らない。
 泣き顔は見られたくないから嬉しいルートだけど、再申請や収支報告書を受け取りに行く必要がある。
「唯兄、私――」
「リィはさ、まず寝ようよ。申請書やらなんやらは俺があとで取りに行ってあげるから。じゃないと時間がずれ込んで夜の作業ができなくなるか、予習復習の時間が取れなくなるよ」
 時計を見ればすでに六時を回っていた。
「ね?」
 その言葉には頷くしかなかった。
 六時にはベッドに横になってなくてはいけないのだから。
「でも、身体は疲れていても心が寝るって行為を従順に受け入れてくれなさそうだよね」
 ゲストルームの玄関を開けると、栞さんとお母さんが心配の表情で出迎えてくれた。
「翠葉ちゃん……?」
 不安そうに声をかけてきたのは栞さん。お母さんは、「あらあらどうしちゃったのかしら?」といった感じ。
「とりあえずリィは寝かせたほうがいいと思うから、それはあとね」
 唯兄がその場を仕切ってくれ、私は洗面所へ押し込められた。
「まずは手洗いうがいでしょ?」
「翠葉、ついでに顔も軽く洗っちゃいなさい」
 廊下からお母さんの声がして、私は勧められるままに顔を洗った。
 私が洗面を終えると、廊下で待機していた唯兄が手洗いうがいを始めた。
「リィは制服を着替えてベッドへ直行。OK?」
「ん……」
 何もかも、行動を指示されて動いていた。まるで自分では何も行動できない人みたいに。
 言われたとおり、自室でルームウェアに着替えると、ドアがノックされる。
 入ってきたのは唯兄。
 片手にお水の入ったグラスを持っていた。
「こんなときはさ、薬の力を借りるのも悪くないよ」
 差し出されたのは私が普段飲んでいる筋弛緩剤だった。
「睡眠導入剤まで使う必要はない。ちょっと気分を落ち着けるために飲むもの。俺も、精神的に不安定だった時期があるから、そういうのはわかる。素人判断って言われたらそれまでだけど、この薬ならリィも普段から飲みつけてるでしょ?」
 コクリと頷き、私は薬の力を借りることにした。
「あとはラヴィでも抱いて寝ちゃいな。七時少し回ったら起こすから」
「唯兄……ありがとう」
「うん。なんだったら寝付くまでここにいるけど? 手、つなぐと安心するんでしょ?」
 唯兄はにこりと笑って手をつないでくれた。
「じゃ、少しだけ……」
 この手も違うな……。
 大好きな唯兄の手だけど、ツカサの手とも秋斗さんの手とも違う。蒼兄やお父さん、お母さんと同じ家族の手だ――
しおりを挟む
感想 24

あなたにおすすめの小説

【完結】イケメンが邪魔して本命に告白できません

竹柏凪紗
青春
高校の入学式、芸能コースに通うアイドルでイケメンの如月風磨が普通科で目立たない最上碧衣の教室にやってきた。女子たちがキャーキャー騒ぐなか、風磨は碧衣の肩を抱き寄せ「お前、今日から俺の女な」と宣言する。その真意とウソつきたちによって複雑になっていく2人の結末とは──

幼馴染が家出したので、僕と同居生活することになったのだが。

四乃森ゆいな
青春
とある事情で一人暮らしをしている僕──和泉湊はある日、幼馴染でクラスメイト、更には『女神様』と崇められている美少女、真城美桜を拾うことに……? どうやら何か事情があるらしく、頑なに喋ろうとしない美桜。普段は無愛想で、人との距離感が異常に遠い彼女だが、何故か僕にだけは世話焼きになり……挙句には、 「私と同棲してください!」 「要求が増えてますよ!」 意味のわからない同棲宣言をされてしまう。 とりあえず同居するという形で、居候することになった美桜は、家事から僕の宿題を見たりと、高校生らしい生活をしていくこととなる。 中学生の頃から疎遠気味だったために、空いていた互いの時間が徐々に埋まっていき、お互いに知らない自分を曝け出していく中──女神様は何でもない『日常』を、僕の隣で歩んでいく。 無愛想だけど僕にだけ本性をみせる女神様 × ワケあり陰キャぼっちの幼馴染が送る、半同棲な同居生活ラブコメ。

光のもとで2

葉野りるは
青春
一年の療養を経て高校へ入学した翠葉は「高校一年」という濃厚な時間を過ごし、 新たな気持ちで新学期を迎える。 好きな人と両思いにはなれたけれど、だからといって順風満帆にいくわけではないみたい。 少し環境が変わっただけで会う機会は減ってしまったし、気持ちがすれ違うことも多々。 それでも、同じ時間を過ごし共に歩めることに感謝を……。 この世界には当たり前のことなどひとつもなく、あるのは光のような奇跡だけだから。 何か問題が起きたとしても、一つひとつ乗り越えて行きたい―― (10万文字を一冊として、文庫本10冊ほどの長さです)

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

学園のアイドルに、俺の部屋のギャル地縛霊がちょっかいを出すから話がややこしくなる。

たかなしポン太
青春
【第1回ノベルピアWEB小説コンテスト中間選考通過作品】 『み、見えるの?』 「見えるかと言われると……ギリ見えない……」 『ふぇっ? ちょっ、ちょっと! どこ見てんのよ!』  ◆◆◆  仏教系学園の高校に通う霊能者、尚也。  劣悪な環境での寮生活を1年間終えたあと、2年生から念願のアパート暮らしを始めることになった。  ところが入居予定のアパートの部屋に行ってみると……そこにはセーラー服を着たギャル地縛霊、りんが住み着いていた。  後悔の念が強すぎて、この世に魂が残ってしまったりん。  尚也はそんなりんを無事に成仏させるため、りんと共同生活をすることを決意する。    また新学期の学校では、尚也は学園のアイドルこと花宮琴葉と同じクラスで席も近くなった。  尚也は1年生の時、たまたま琴葉が困っていた時に助けてあげたことがあるのだが……    霊能者の尚也、ギャル地縛霊のりん、学園のアイドル琴葉。  3人とその仲間たちが繰り広げる、ちょっと不思議な日常。  愉快で甘くて、ちょっと切ない、ライトファンタジーなラブコメディー! ※本作品はフィクションであり、実在の人物や団体、製品とは一切関係ありません。

夫と息子に邪険にされたので王太子妃の座を譲ります~死に戻ってから溺愛されても今更遅い

青の雀
恋愛
夫婦喧嘩の末に置き去りにされた妻は、旦那が若い愛人とイチャついている間に盗賊に襲われ、命を落とした。 神様の温情により、10日間だけこの世に戻った妻と護衛の騎士は、その10日間の間に心残りを処分する。それは、娘の行く末と……もし、来世があるならば、今度は政略といえども夫以外の人の妻になるということ。 もう二度と夫と出会いたくない彼女は、彼女を蔑ろにしてきた息子とも縁を切ることを決意する。 生まれかわった妻は、新しい人生を強く生きることを決意。 過去世と同じ轍を踏みたくない……

愛された側妃と、愛されなかった正妃

編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。 夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。 連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。 正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。 ※カクヨムさんにも掲載中 ※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります ※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。

娼館で元夫と再会しました

無味無臭(不定期更新)
恋愛
公爵家に嫁いですぐ、寡黙な夫と厳格な義父母との関係に悩みホームシックにもなった私は、ついに耐えきれず離縁状を机に置いて嫁ぎ先から逃げ出した。 しかし実家に帰っても、そこに私の居場所はない。 連れ戻されてしまうと危惧した私は、自らの体を売って生計を立てることにした。 「シーク様…」 どうして貴方がここに? 元夫と娼館で再会してしまうなんて、なんという不運なの!

処理中です...