光のもとで1

葉野りるは

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24 Side 零樹 02話

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 一晩かけて碧を説得した。
 なんとか説き伏せたものの、それは彼女にとっては棘だらけのサボテンを飲み込むことと等しく、気丈な奥さんは携帯を握りしめ俺に文句を言いながら延々と泣いていた。
 なんというか……気丈でいられるのは娘に関わること以外の部分だけなのかもしれない。
 翠葉は気丈な奥さん唯一のウィークポイントだ。そして俺のウィークポイントは――
 しまったな……。俺、ウィークポイントだらけかもしれん。なんてこった……。
 でも、それらが今の俺を立たせ、支えてくれていることに違いはない。
 俺が立ち止まらずにがんばれる理由。
 それは自分と家族が幸せであるため。幸せに生きるため。
 ウィークポイントとは、ある種の強みでもあるのかもしれない。
 何にせよ、俺の弱点は俺の宝物。

 翌日、夕方に携帯を見ると確かに珍しい数字が並んでいた。
 それは血圧を知らせる数値だった。
 普通の人間からしてみたら少し低いくらいの数値。でも、翠葉の普段の数値を知っている人間が見れば、ひどく違和感を覚える数値。
 つまりは高い。
「あぁ、確かに心臓に悪いぞ……」
 自分の胸を手で押さえひとり言を漏らす。と、
「どうかしましたか?」
 周防に訊かれ、
「うん。娘の血圧が九十五もあるんだ」
 周防は首を傾げ、
「いつもより高いくらいですかね?」
 と、携帯のディスプレイを覗き込んだ。
「そうなんだ。これね、滋養強壮剤ってやつの効果らしいんだよね。うちの子さ、いつも血圧が低い分、急に血圧が上がるようなことがあると、頭が割れそうな頭痛を起こすんだけど……ほら、高血圧の人が頭痛いっていうあの症状?」
「……九十五で、ですか?」
「いや、一〇〇を超えたらそうなるっぽい。今はまだ大丈夫……括弧、たぶん、括弧閉じ」
「でも、高血圧の人間の頭痛と同じような症状がその数値で出るとは……」
「ははは、そうなんだよね。本当に規格外だらけでかわいそうなんだけど」
「かわいそう」という言葉を口にして悩む。
 果たして、「かわいそう」という言葉を使っていいものか……。
「娘さんも親御さんもつらいところですね」
 周防の声が俺の思考を中断してくれた。
「周防~……今、おまえが横にいることが、たまらなく嬉しいと思っているんだが……」
「……自分は、なんで上司に抱きつかれているのかがわからなくて少々複雑な気分です」
「おお、すまんな。つい」
 笑って周防から離れる。
「うちの子さ、普段脈圧ってものもないんだよ」
「脈圧ってなんですか?」
「あぁ、血圧って上と下があるだろ? その数値の差のことを言うんだ。通常は二十以上あることが好ましいそうだ。それがないと、ドックンドックンって血液を送り出すポンプ力が弱くなる。拍動そのものが弱くなるんだ」
「なるほど」
「頭が痛いっていうのはさ、血圧が上がって上下の差ができて、普段は感じない拍動を頭という部分でより強く感じるかららしいんだよね」
「……なんと申したらいいものか」
 そりゃそうだ。
 正常値と言われる数値に近づくのに、いつもと違うというだけで身体がおかしいと判断するのだから。
 巷で言われている「正常値」を今すぐ翠葉が獲得できたところで、あの子の身体はその変化にはついていかれない。だから余計に悲しくなる。
 何がいい悪いではなく、翠葉の身体にあった数値を維持することが一番最良なのだから。
 ほかの何とも比べることはできない。けれど、一般論やら正常値、そんな言葉はどこにでも転がっていて、大人である親の俺たちすら何を基準にしていいのかがわからなかった。子どもの翠葉はもっとだろう。
「こんな話をされても困っちゃうよなぁ……」
「いえ、困るというよりは、尊敬、ですかね。子どもの心配をしていないわけじゃない。どちらかというと親ばかの類。それでも自分の上司は仕事放棄はしませんから」
 そう言って俺に笑みを向けてくれる。
「自分にも小学六年生になる娘がいます。うちの子ははやり風邪をひくくらいで健康にはなんの問題もない子ですが……。どうしても、というときは言ってください。そのくらいの信頼を得られる仕事はしてきたつもりです」
 本当にいいやつを部下に持てたと思う。今回のこの仕事っきりっていうのが惜しいくらいだ。
 またいつかどこかで一緒に仕事をしたい。
「周防ちゃん、ありがとう。お父さんはもう少しがんばるよ。それができるのはさ、親友が紹介してくれた病院があるおかげなんだよね。そこに信頼できる主治医がいて、さらには学校に近い場所、病院に近い場所にマンションを提供してくれた親友のおかげなんだ」
 そして、周りで生活をサポートしてくれる人や、翠葉に新しくできた友人のおかげ。
「その親友ってオーナーですよね?」
「そっ! 一生返せないような恩だよね。だから、がんばってこれを作らねばならんのさー!」

 俺たちが今作っているのは静が湊先生と式を挙げるための施設――「Planet Palace」。まんま、惑星宮殿だ。
 もっとも、静がここで挙式を揚げることなど現場の人間では俺しか知らない。
 この施設は山の一部を平地にして、サークルを模った中につくられている。
 大きな外円の中に、さらにサークルがあり、その一ヶ所に俺たちがステーションと呼ぶ建物がある。要は、宿泊手続きなどをするフロントがある建物。
 サークルのカーブに沿った長方形に近い建物で、正面から見ると長方形。横から見ると楕円形を半分にした形。
 二階建てのその建物は、外円側は天井まで吹き抜けのフロント。右側にクロークとオフィスルーム。その奥にチェンジングルーム併設の美容室とレストルームがある。
 これらの裏手、つまりは内円側には一階がカフェラウンジとなっており、二階は立食パーティーなら二〇〇人くらい収容可能なパーティーフロア。着席なら八十席人から一〇〇席といったところ。
 内円側もほとんどガラス張り。強度の関係で柱や壁を入れた部分は、上部から伝い流れる水の演出を施した。
 カフェラウンジは、カップルが挙式のプランを打ち合わせする場所に使われる。ほかにも宿泊客がお茶をしたり用途は様々。
 二階のフロアは披露宴会場やパーティー会場になる。もちろん、会場は用途に応じて広さを調節することが可能。
 可動型の壁を採用し、「広さはご自由に」の自由自在設計。
 何せ、フロントでチェックしないことには、この先の惑星系には入れない。そういうつくり。

 宿泊施設はすべて離れ状態。
 ステーションの両脇から伸びるガラスの回廊に沿って、八つの半球体の建物がある。
 それぞれ客室の間には不自然すぎない植樹を施してあるため、プライバシーも守られる。
 客室はファミリータイプが二部屋とカップルタイプが六部屋。それぞれ用途を分けて設計した。
 ガラスの回廊には「Crystal corridor」という絶対に呼んでもらえそうにない名前がついている。
 どうせならその中に建てた建物に名前をつけろ、と文句を言ったらすぐに答えが返ってきて驚いた。
 惑星の中央にある建物には、「Sol habitat」という名前がつけられていた。
「へ? ソールハビタットってなんだ? 靴底の住居? 魂の家?」
「くっ、それはない」
 静が吹きだして笑うところなんて初めて見たかもしれない。
 発音だけじゃわからんっつーの!
「ここはプラネットなんだろ?」
「うん」
 そりゃ、自分が建てているものの施設名くらいは知ってるさ。
「それでなんでわからない? この惑星の中央に建つものなのに」
 短絡思考を起動させると、惑星の核には太陽というのが一般論だが……。
「まさか、太陽とか言わないよな? でも、発音は近い? イタリア語でソーレって言えば太陽だし……」
「そこまであからさまでもないが、強ち外れてもいない。碧に北欧のものを集めさせたのにも意味はある」
 北欧……?
「あぁ、神話はおまえの圏外か? 翠葉ちゃんなら気づいてくれるだろうか」
 そう言われて、その場でパソコン端末叩いたさ。
 でも、翠葉でも気づかなかったと思うぞー? 翠葉が好きで読んでいるのはギリシア神話だからだ。
 太陽で神話と言われれば間違いなく出てくるのは「アポロン」だろう。言うまでもなく、アポロンは男神だ。
 静がその建物につけた名前は「Sol habitat」。「Sol」とは北欧神話に出てくる女神のことだった。
「Sol habitat」で、女神の住まう場所、住処、ということらしい。
 なんで太陽の女神なのかと尋ねると、
「彼女に対する私の印象だ」
 翠葉が太陽の女神かぁ……。俺は月の女神アルテミスって感じかと思っていた。
 そう話すと、
「彼女は月ではなく太陽の属性だと思うぞ」
 意外ではあったけど、なんだか嬉しくて心がホクホクした。
 これは翠葉に秘密にしておこう。静が翠葉に話してくれるその日まで――
 でも、ここだけの話、俺たち現場の人間は「ハビタット」なんて言葉は使わずに、「ソールハウス」や「太陽館」って呼んでるよね。
「ソールハウス」なんて綴りを知らなければ「魂の館」だ。意味を知らないと危険な呼び名だよな。
 短縮しようと思えばいくらでも短くすることができて、ほかにも「中央」なんていうのはよく使われていたし、「センターボール」「核」なんて言っている人間もいた。
 つまりは意味さえ通じればどんな呼び方をしていてもかまわないっていうのが現場ルール。
 俺はたいてい「お日様さん」って呼んでいた。
 怖いオーナーには秘密秘密……。

 回廊の中に建つ円形ラウンジ――ソールハビタットは一階がレストラン、二階がバーラウンジとなっている。
 丸い建物ではあるけれど、その二分の一近くは厨房だったりスタッフルームだったりする。
 この施設の料理はすべてここで賄われるため、そのくらいの広さが必要だった。
 一階の天井は開放感を出すため高めに作られており、二階はバーカウンターのほかにいくつかのソファセットが間隔を開けて置かれる予定。
 天井は傾斜をつけたガラス張り。
 天気が良ければ星空を臨めるし、雨が触れた天然流水の出来上がり。
 ま、それはこの施設の建物どこもが、なんだけどね。
 ソールハビタット、ここに翠葉の写真が飾られる――
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