光のもとで1

葉野りるは

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第十三章 紅葉祭

14話

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 館内はいつになく混雑していた。
 香乃子ちゃんが手を引いてくれなかったら、途中ではぐれていたかもしれない。
 更衣室のドアには関係者以外立ち入り禁止の貼紙がしてある。
 一番乗りは嵐子先輩で、ほかにも手芸部の人たちが五人スタンバイしていた。
 桃華さんも茜先輩もすぐに揃い、衣装と共に簡易フィッティングルームへ押し込められる。
 私たちの着替えが済むと、軽音部やフォークソング部の女の子たちが着替えに入るそう。
 ほかの吹奏楽部、ダンス部、和太鼓部、コーラス部は部員数が多いこともあり、各部室で着替えてくることになっていた。
 ワンピースに着替えフィッティングルームから出ると、すでに着替え終わった嵐子先輩が待ち構えていた。
「あ、それ……」
 それ、と指されたのは自分の喉元。
「いつも髪留めに使ってるのだよね?」
「あ……」
 咄嗟にとんぼ玉を手で掴む。
 髪の毛は何もしないで来て、と言われていたから、今日はネックレスにしてきていた。
 緑のとんぼ玉が視界に入るのは日常のことだからか、着替えたときには何の違和感も覚えなかったのだ。
「いつもつけてるけどお気に入り?」
 お気に入りかといわれたらお気に入りだけれど――それより、もっともっと特別なものだと思う。
 言葉にするなら、「大切なもの」かな。
「すぐに外します」
「えっ!? あ、いいよ、いいいいっっっ」
 大声で遮られ、周りの視線を集めてしまう。
「っと、ごめん。声、大きかったわ。スミマセン」
 嵐子先輩が周りにペコリとお辞儀をして私に向き直る。
 嵐子先輩の手には手芸部が用意してくれたであろうネックレスがあった。
「それ、今日のために用意されたネックレスですよね?」
「そうだけど……。そっちのほうが似合ってる。ね、まっちゃんどう思う?」
 嵐子先輩が隣の人に訊くと、
「うん、悔しいけど……用意してたものよりもバランスいいね。私たちが用意したのはシンプルを意識しすぎてペンダントトップが小さすぎたわ。そのとんぼ玉のほうが姫の肌にも映えるし、何よりもカメラ映えすると思う」
「でもっ……」
「気にしない気にしない! みんな舞台を作るのも何をするのも全力なの。その場その場でいいものを優先するのは決して悪いことじゃないよ。でもね、これは翠葉のために作られたものだから、ライブが終わったら衣装と一緒にプレゼントする」
 申し訳なく思っていると、
「ほらほら、そんな顔しない! 仕上げのメイクするよ」
 椅子に座らされ、ナイロンのケープを肩からかけられる。
 ピンを使ってフェイスラインをすっきりさせると、化粧水で肌を整えたあとに下地をつけられ、顔全体に薄くパウダーをはたかれた。次に、頬の高いところにピンクのチークを乗せられる。
 ビューラーという器具で睫をカールすると、マスカラを塗られた。
 最後に唇。下地になるリップバームを筆で丁寧に塗られ、苺のように赤い口紅を薄く塗ったあと、上品なピンクのグロスをのせられる。
 普段見慣れない唇の色に赤すぎないかな、と不安に思ったけれど、グロスを重ねたことで血色が良く艶やかなそれとなった。
「はい、できあがりっ!」
 嵐子先輩にお礼を言って立ち上がると、まっちゃんと呼ばれていた先輩が「まだよ」と言う。
 ナイロンケープを外され、代わりに少しくすんだ薄いグリーンのケープを肩からふわりとかけられた。
 胸元のリボンを結ばれると、手首にブレスレット、足首にはアンクレットをつけられる。
 手首はつや消しをされた幅五ミリほどのシルバーのバングル。アンクレットは二連のチェーンでその片方には天然石が等間隔に配置されていた。どちらもシンプルだけれど、衣装ととても相性の良いデザイン。
 そして、嵐子先輩たちが言うように、ツカサからもらったとんぼ玉はその衣装の雰囲気から浮くこともなく、私の胸元にちょこんとぶら下がっていた。
 髪の毛は左サイドに大きめコサージュがつけられ、最後に「足元にはこれね」と室内用ブーツを差し出された。
 足裏はラバー素材で筒状の部分はフリースでできている。
 そっと足を入れると、ふかふかとしてとてもあたたかかった。
「ステージに立つまでは極力冷やさないように!」
 嵐子先輩とまっちゃん先輩がにっ、と笑った。

 更衣室を出る際、嵐子先輩からツカサのコサージュを預かった。
 奈落に着いたらすぐにツカサを探そうと思っていたけれど、探す必要はまったくなかった。
 白いシャツに黒のパンツを履いたツカサが、誰よりも先に目に飛び込んできたのだ。
 とてもシンプルなコーディネートなのに、どうしてこんなに格好良く見えるのか……。
 周りの女の子たちも忙しそうに動いてはいるけれど、みんな一度は必ず振り返る。
 首元というか、襟元がいつもよりも広く開けられていて、妙なドキドキに胸を押さえずにはいられない。
 どうしよう……。
 見慣れているはずの端整な顔すらいつも以上に格好良く見えて、直視できない。それ以前に近づけない。
 忘れていた。完全に忘れていた。
 ツカサって無駄に格好いいんだった……。でも、これ、渡さなくちゃいけないし……。
「翠葉ちゃん、それ、藤宮先輩に渡さなくていいの?」
 奈落に着いた途端、人の邪魔になるのも憚らず足を止めた私を不思議に思ったのだろう。
 香乃子ちゃんに訊かれて情けない顔になってしまう。
「あの、ね……格好良すぎて近寄れない」
 小さく答えると、きょとんとした顔を向けられる。少ししてから、
「暗くてはっきりとはわからないんだけど……。翠葉ちゃん、今ものすごく顔が赤い気がしますよ?」
 どうしてか敬語で言われた。言われて、思わず頬に手を当てたけれど、本当はそんなことをしなくてもわかっていた。
「うん……。火照ったみたいに熱い気がする……。でも、内緒にしておいてね?」
 顔だけではなく、声も情けない。
 香乃子ちゃんはふふ、と笑った。
「ここ、機材が置いてある都合上、空調の温度設定も低めのはずなんだけどね。……大丈夫! 翠葉ちゃんも負けず劣らずかわいいから! ほら、行っておいで!」
 背中を押された勢いで、とと、と数歩前に出ると、ツカサが気づきこっちに歩いてくる。
 斜め後ろから見ていたツカサが、今は正面から歩いてきているのだ。
 気持ち的には二、三メートル先で、「ストップ」と声をかけたいところだったけれど、それも言えずに目の前まで来られてしまう。
「嵐が翠からコサージュ受け取れって言ってたけど、それ?」
「あ、うん。これ……」
 手に持っていたコサージュを差し出す。
「……なんで下向いたまま?」
「……それは訊かないでほしいかも?」
 相変わらず直視できずに、顔一個分下の首辺りを見ていたのだけれど、肌の露出にさらに視線を下げ、しまいにはツカサの足元を見ていた。
 少し間があったあと、
「これ、どこにつけるもの?」
「あ、えと、胸元でいいと思うよ?」
 迂闊にも、場所を確認するために顔を上げる。と、すでにその胸元にはコサージュが装着済みだった。
「やっと顔上げた」
 呆れ顔のツカサに、私は「意地悪」としか言えない。
「俺、今のところ何もしてないと思うんだけど……」
「何もしてなくても存在自体が反則なのっ」
「何それ……」
「……ツカサがっ、ツカサが――格好良くて……困る……」
 私の声は尻すぼみに小さくなっていく。
 ツカサはため息をつき、
「そんなこと言われても困るんだけど」
「私だって今ものすごく困ってるもの」
 人が作業をするのに困らない程度の照明でも、ツカサが理不尽そうな顔をしているのはわかる。
「翠、たった十分十五分そこらで俺の顔は変わりようがない」
 そんなことわかってるけど、わかってるんだけど――
 こんな会話をしていると朝陽先輩がやってきて、「これ、何プレイ?」と訊かれた。
 何プレイって遊んでるわけじゃないんだけどな……。
 ツカサは律儀に「さぁ?」と答えた。
 朝陽先輩がいつものようにツカサに絡むと、
「翠葉ちゃんって本当に面白い子だよね」
 ツカサはうざったそうにその腕を払い、私は「全然面白くないです」と答えた。 
 だって、今の私はどこからどう見ても困っている人のはずだもの。
「緊張でもしてるんだろ?」
 ツカサはそう言うと、私の頭に手を置いた。
「ステージに上がったら観客は皆イモやカボチャ、そこらに転がってる野菜だと思えばいい」
 そのあと、待ち時間に座っている場所へと案内された。
「椅子が用意されているけど、つらくなる前に床に座れ」
 パイプ椅子の脇にはビーズクッションが用意されていた。
「ありがと……」
「どういたしまして」
 ぶっきらぼうなのに優しさだけは細やかに感じる。
 それが嬉しくて、心がほわりとあたたかくなり、さらにはどこかくすぐったくもある。
 けれど、私はその感情に名前があることをまだ知らなかった――
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