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第十三章 紅葉祭
48話
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ツカサは手提げ袋を持って戻ってきて、そのままお昼休憩という運びになった。
場所は、昨日と変わらず書架の最奥。
「今日は母さんが作った弁当だから、昨日ほど豪華じゃない」
ツカサはそう言うけれど、私にとっては豪華か豪華じゃないかなんてどうでもよくて、ツカサのお母さんが作るお料理、というものに興味がある。
どんな味付けなのかな……。
薄味? それとも味はしっかりとついているのかな?
卵焼きは甘いのかな? それとも出汁巻き卵かな?
お弁当をじっと見ていると、
「そんなにじっくり観察するほど大したものじゃないだろ?」
「えっ!? そんなことないっ。情報たくさんっっっ」
「……情報って何? ただの弁当だろ?」
「え? あ、う……なんでもない。情報は関係なしで……」
ツカサは、無言で訝しがる視線だけを向けてくる。
「ほっ、本当になんでもないから」
苦しすぎる返答だ。
でも、ツカサが普段どんな味付けのものを食べているのかを知ることができるから、「情報がたくさん」とは本人を目の前にして言えるわけがない。
……どうして、どうして口にしちゃったかな。
気分的には、「帰っておいで、私の言葉たち」といった感じ。
まず最初にお箸をつけたのは卵焼き。
それは出汁の味もするけれど、ほんのりと甘い、優しい味の卵焼きだった。
「美味しい……」
次はカジキマグロの照り焼き。
色はしっかりとついているのに、味はさほど濃くはなかった。
「いつもこういう味付け?」
「家で食べるものと変わらない」
煮物の里芋もホクホクしていて美味しく、アスパラをお肉で巻いたものも歯ごたえがあって美味しかった。
ひとつ口にすると口にした分幸せになれるような、そんなお弁当だった。
それに、お弁当箱が小さいことも嬉しい。この分量なら全部食べられる。
嬉しくてそのお弁当箱の縁を指でなぞると、
「それ、姉さんが幼稚部のときに使っていた弁当箱だって」
「湊先生の?」
「そう。姉さんの、幼稚部、のときの弁当箱」
やけに引っかかる話し方に疑問を抱くと、
「翠は今いくつだっけ?」
その一言で気づく。
ツカサは幼稚園児並みの胃袋でどうする、と言いたいのだろう。
「文句は私の胃に言ってください」
「胃に独立した意思があるなら胃に言わせてもらう。が、残念ながら胃には独立した意思はない。よって、その持ち主であり、宿主である翠に言うのが妥当かと思うけど?」
「……わかりました。じゃ、私が聞いて胃に伝えておきます」
どうしてこんな会話になっちゃうのかな。もっと普通の話をしたいのに、どうしてかいつもこうなってしまう。
そんなことを考えながらお弁当の蓋を閉めていると、それを横から取り上げられた。
「ツカサ、お弁当箱は洗って返したいっ」
「面倒だからいい」
「別にツカサが洗うわけじゃないでしょうっ!?」
「こっちの都合でこういうことになってる。だから、そういうことまでされるのは気が引ける」
ツカサははっきりとそう言った。
「ツカサ……? ……これからも友達でいる限りはこうなのでしょう?」
「申し訳ないけどそうなる」
「……なら、それを普通にさせてほしい」
ツカサは何を言われたのかわからないような顔をしていた。
「お弁当を作ってもらったのならお礼を言いたいし、せめてもの礼儀としてお弁当箱を洗って返すくらいのことはさせてほしい。これがずっと続くのならなおのこと。……言ったよね? 私はここにいたくてここにいるって……。だから、気が引けるとか、申し訳ないとか、そういうのはやめて?」
「……わかった。でも、そういうのを差っ引いたとして、これを受け取りに来る人間がいる。弁当箱はそのときに回収されることになっている」
「そうなの……?」
ツカサは頷いた。
「もし礼をしたいと思うなら、翠の都合がいいときに母さんに会いに行ってやって」
「え……?」
「……母さん、基本家にひとりでいるから来客があると喜ぶ。ハナも翠には懐いているみたいだから難なく家の中に入れると思うし……」
「本当……?」
「こんなことで嘘をついても仕方ないだろ」
確かに……。
「それに、今なら藤山の紅葉もきれいな時期」
「本当っ!?」
「だから――」
「あ、うん。嘘つくことじゃないよね? ……朝ね、登校してくるときに校舎向こうに藤山が見えて、きれいだなって思っていたの。だから、行ってみたくて……」
「……俺でよければ連れていくけど? じーさんの許可をもらわないと入れない場所もあるし」
「許可……?」
「じーさんが祖母のために作った散策道がある。そこはじーさんの許可なしには入れないんだ」
「そうなのね……?」
「……紅葉祭が終わればしばらくイベントもないしテストも期末考査まで大きなものはない。その間に行くか……」
「……いいの、かな?」
「だから……じーさんの許可が下りれば問題ない」
「……うん。……楽しみに、してるね」
……違うのよ?
本当は、ツカサは好きな人と一緒に行きたいんじゃないかな、って思っただけなの。
私ではなく、好きな人と――
ごめんね、気のきいたことが言えなくて。いつも甘えてばかりで。
でもね、私も一緒にいたいの。ツカサと一緒にいたいんだよ。
お弁当を食べ終わったあと、
「クラスまで送る」
「え? どうして……?」
「翠が何ごともなくクラスまで五分以内にたどり着けるならひとりで行かせてもいいけど?」
……正直、人ごみは苦手で、さっきの巡回のときも何度も話しかけられて前へ進むこともままならなかった。
きっと、そのときの話も沙耶先輩から聞いているのだろう。
「たどり着くのに時間がかかれば迷惑を被るのは翠のクラスだから俺は別にかまわないけど」
「……スミマセン。お願いします」
図書室を出てテラスを歩いていると、途中で桃華さんと海斗くんと合流し、ツカサとはそこで別れた。
「翠葉、巡回大変だったんですって?」
「大変というか……。全然役に立てなかったのは確かだと思う……」
申し訳なくて視線が落ちてしまう。
「だいじょーぶ! その集客力でクラスに貢献してもらうから!」
海斗くんに言われて苦笑を浮かべる。
クラスに着くと、受付に鎌田くんたちがいた。
「御園生、今戻ってきたの?」
鎌田くんに訊かれてコクリと頷く。
「翠葉、こちらどちら様?」
「中学の同級生」と答えると、桃華さんがす、と私の前へ出た。
反応の仕方がツカサや沙耶先輩と同じ。それは桃華さんだけではなく、海斗くんも。
「桃華さんっ、海斗くんっ。大丈夫だからっっっ」
後ろからふたりの袖を引っ張る。
「……翠葉?」
桃華さんが振り返り、遅れて海斗くんも振り返る。
「あのね、鎌田くんだけは大丈夫なの」
「……本当に?」
海斗くんに訊かれて、一生懸命首を縦に振った。
それでもふたりはあまりいい顔はせず、教室に入るのを渋っていた。
私は鎌田くんに謝りたくて、ほかの四人には先にクラスへ入ってもらい、鎌田くんひとりだけを廊下に引き止めた。
「何度もごめんね」
鎌田くんは緩く首を振って、「ううん」と言ってくれる。
「御園生、すごくいい友達がこの学校にいるみたいで、なんだか安心した」
「うん……一年遅れたけど、この学校に来られて良かった」
「俺も。……少しがんばって海新に行って良かったと思ってる。うちの中学っていうか、幸倉近辺ってなんか全体的に少し歪んだところがあったから……。そういうところには行きたくなかったんだよね」
鎌田くんも……?
「意外だった?」
「意外っていうか……同じようなことを考えてる人がいるとは思わなかったから……」
「そっか。そうだよね。……でも、この学校の人たちの反応見てると……。高校入ってから何かあった? ほら、以前街中で会ったときも一緒にいた人に牽制されたし」
え……?
「私、鎌田くんと会ってる……? 街中で会ったのって……いつの話?」
「……五月の終わりだったかな? ウィステリアデパートの雑貨屋さんで会ったけど、覚えてない?」
どれだけ思い出そうとしても、そんな記憶はない。
これもなくした記憶の一部なのだろうか……。
「鎌田くん、あのね、私……春からの記憶の一部をなくしてしまって……」
私が記憶をなくしたのはツカサと秋斗さんが関わるものだけ。
鎌田くんはツカサのことを知っている。けど、ツカサと一緒にいたと言わないということは、一緒にいたのは秋斗さん……?
今日会ったとき、鎌田くんを見たことがあるような気がしたのは気のせいではなく、会ったことがあったからなんだ――
場所は、昨日と変わらず書架の最奥。
「今日は母さんが作った弁当だから、昨日ほど豪華じゃない」
ツカサはそう言うけれど、私にとっては豪華か豪華じゃないかなんてどうでもよくて、ツカサのお母さんが作るお料理、というものに興味がある。
どんな味付けなのかな……。
薄味? それとも味はしっかりとついているのかな?
卵焼きは甘いのかな? それとも出汁巻き卵かな?
お弁当をじっと見ていると、
「そんなにじっくり観察するほど大したものじゃないだろ?」
「えっ!? そんなことないっ。情報たくさんっっっ」
「……情報って何? ただの弁当だろ?」
「え? あ、う……なんでもない。情報は関係なしで……」
ツカサは、無言で訝しがる視線だけを向けてくる。
「ほっ、本当になんでもないから」
苦しすぎる返答だ。
でも、ツカサが普段どんな味付けのものを食べているのかを知ることができるから、「情報がたくさん」とは本人を目の前にして言えるわけがない。
……どうして、どうして口にしちゃったかな。
気分的には、「帰っておいで、私の言葉たち」といった感じ。
まず最初にお箸をつけたのは卵焼き。
それは出汁の味もするけれど、ほんのりと甘い、優しい味の卵焼きだった。
「美味しい……」
次はカジキマグロの照り焼き。
色はしっかりとついているのに、味はさほど濃くはなかった。
「いつもこういう味付け?」
「家で食べるものと変わらない」
煮物の里芋もホクホクしていて美味しく、アスパラをお肉で巻いたものも歯ごたえがあって美味しかった。
ひとつ口にすると口にした分幸せになれるような、そんなお弁当だった。
それに、お弁当箱が小さいことも嬉しい。この分量なら全部食べられる。
嬉しくてそのお弁当箱の縁を指でなぞると、
「それ、姉さんが幼稚部のときに使っていた弁当箱だって」
「湊先生の?」
「そう。姉さんの、幼稚部、のときの弁当箱」
やけに引っかかる話し方に疑問を抱くと、
「翠は今いくつだっけ?」
その一言で気づく。
ツカサは幼稚園児並みの胃袋でどうする、と言いたいのだろう。
「文句は私の胃に言ってください」
「胃に独立した意思があるなら胃に言わせてもらう。が、残念ながら胃には独立した意思はない。よって、その持ち主であり、宿主である翠に言うのが妥当かと思うけど?」
「……わかりました。じゃ、私が聞いて胃に伝えておきます」
どうしてこんな会話になっちゃうのかな。もっと普通の話をしたいのに、どうしてかいつもこうなってしまう。
そんなことを考えながらお弁当の蓋を閉めていると、それを横から取り上げられた。
「ツカサ、お弁当箱は洗って返したいっ」
「面倒だからいい」
「別にツカサが洗うわけじゃないでしょうっ!?」
「こっちの都合でこういうことになってる。だから、そういうことまでされるのは気が引ける」
ツカサははっきりとそう言った。
「ツカサ……? ……これからも友達でいる限りはこうなのでしょう?」
「申し訳ないけどそうなる」
「……なら、それを普通にさせてほしい」
ツカサは何を言われたのかわからないような顔をしていた。
「お弁当を作ってもらったのならお礼を言いたいし、せめてもの礼儀としてお弁当箱を洗って返すくらいのことはさせてほしい。これがずっと続くのならなおのこと。……言ったよね? 私はここにいたくてここにいるって……。だから、気が引けるとか、申し訳ないとか、そういうのはやめて?」
「……わかった。でも、そういうのを差っ引いたとして、これを受け取りに来る人間がいる。弁当箱はそのときに回収されることになっている」
「そうなの……?」
ツカサは頷いた。
「もし礼をしたいと思うなら、翠の都合がいいときに母さんに会いに行ってやって」
「え……?」
「……母さん、基本家にひとりでいるから来客があると喜ぶ。ハナも翠には懐いているみたいだから難なく家の中に入れると思うし……」
「本当……?」
「こんなことで嘘をついても仕方ないだろ」
確かに……。
「それに、今なら藤山の紅葉もきれいな時期」
「本当っ!?」
「だから――」
「あ、うん。嘘つくことじゃないよね? ……朝ね、登校してくるときに校舎向こうに藤山が見えて、きれいだなって思っていたの。だから、行ってみたくて……」
「……俺でよければ連れていくけど? じーさんの許可をもらわないと入れない場所もあるし」
「許可……?」
「じーさんが祖母のために作った散策道がある。そこはじーさんの許可なしには入れないんだ」
「そうなのね……?」
「……紅葉祭が終わればしばらくイベントもないしテストも期末考査まで大きなものはない。その間に行くか……」
「……いいの、かな?」
「だから……じーさんの許可が下りれば問題ない」
「……うん。……楽しみに、してるね」
……違うのよ?
本当は、ツカサは好きな人と一緒に行きたいんじゃないかな、って思っただけなの。
私ではなく、好きな人と――
ごめんね、気のきいたことが言えなくて。いつも甘えてばかりで。
でもね、私も一緒にいたいの。ツカサと一緒にいたいんだよ。
お弁当を食べ終わったあと、
「クラスまで送る」
「え? どうして……?」
「翠が何ごともなくクラスまで五分以内にたどり着けるならひとりで行かせてもいいけど?」
……正直、人ごみは苦手で、さっきの巡回のときも何度も話しかけられて前へ進むこともままならなかった。
きっと、そのときの話も沙耶先輩から聞いているのだろう。
「たどり着くのに時間がかかれば迷惑を被るのは翠のクラスだから俺は別にかまわないけど」
「……スミマセン。お願いします」
図書室を出てテラスを歩いていると、途中で桃華さんと海斗くんと合流し、ツカサとはそこで別れた。
「翠葉、巡回大変だったんですって?」
「大変というか……。全然役に立てなかったのは確かだと思う……」
申し訳なくて視線が落ちてしまう。
「だいじょーぶ! その集客力でクラスに貢献してもらうから!」
海斗くんに言われて苦笑を浮かべる。
クラスに着くと、受付に鎌田くんたちがいた。
「御園生、今戻ってきたの?」
鎌田くんに訊かれてコクリと頷く。
「翠葉、こちらどちら様?」
「中学の同級生」と答えると、桃華さんがす、と私の前へ出た。
反応の仕方がツカサや沙耶先輩と同じ。それは桃華さんだけではなく、海斗くんも。
「桃華さんっ、海斗くんっ。大丈夫だからっっっ」
後ろからふたりの袖を引っ張る。
「……翠葉?」
桃華さんが振り返り、遅れて海斗くんも振り返る。
「あのね、鎌田くんだけは大丈夫なの」
「……本当に?」
海斗くんに訊かれて、一生懸命首を縦に振った。
それでもふたりはあまりいい顔はせず、教室に入るのを渋っていた。
私は鎌田くんに謝りたくて、ほかの四人には先にクラスへ入ってもらい、鎌田くんひとりだけを廊下に引き止めた。
「何度もごめんね」
鎌田くんは緩く首を振って、「ううん」と言ってくれる。
「御園生、すごくいい友達がこの学校にいるみたいで、なんだか安心した」
「うん……一年遅れたけど、この学校に来られて良かった」
「俺も。……少しがんばって海新に行って良かったと思ってる。うちの中学っていうか、幸倉近辺ってなんか全体的に少し歪んだところがあったから……。そういうところには行きたくなかったんだよね」
鎌田くんも……?
「意外だった?」
「意外っていうか……同じようなことを考えてる人がいるとは思わなかったから……」
「そっか。そうだよね。……でも、この学校の人たちの反応見てると……。高校入ってから何かあった? ほら、以前街中で会ったときも一緒にいた人に牽制されたし」
え……?
「私、鎌田くんと会ってる……? 街中で会ったのって……いつの話?」
「……五月の終わりだったかな? ウィステリアデパートの雑貨屋さんで会ったけど、覚えてない?」
どれだけ思い出そうとしても、そんな記憶はない。
これもなくした記憶の一部なのだろうか……。
「鎌田くん、あのね、私……春からの記憶の一部をなくしてしまって……」
私が記憶をなくしたのはツカサと秋斗さんが関わるものだけ。
鎌田くんはツカサのことを知っている。けど、ツカサと一緒にいたと言わないということは、一緒にいたのは秋斗さん……?
今日会ったとき、鎌田くんを見たことがあるような気がしたのは気のせいではなく、会ったことがあったからなんだ――
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